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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第二百九十六話:鉄の箱の静寂:テレビの中の聖女

「……ずいぶんと時間がかかったな」


安宿の一室に響いた、ジロの冷徹な声。その登場は、未知の世界に戸惑っていた仲間たちに、安堵よりも新たな緊張をもたらした。彼は、まるで生まれ故郷に帰ってきたかのように、この世界の空気に完全に馴染んでいる。その瞳は、すでにこの文明の本質を見抜き、分析し終えたかのような、深い光を宿していた。


「ジロさん!なぜ、ここに?」

「フン。お前たちが迷子になっている間に、俺は一足先にこの世界の『ことわり』を調査していただけだ」


彼はそう言うと、部屋の隅に置かれていた、この世界では「テレビジョン」と呼ばれる魔法の箱の前に立ち、その表面を無機質に撫でた。

「感傷に浸って道に迷っている間に、私は、この文明における食料流通システムの、根本的な欠陥を三つ、すでに見つけ出したが?」

ジロの言葉に、ミーシャの目がカッと見開かれる。彼女が一日かけてようやくその入り口を垣間見た戦争の全体像を、この男は数時間で把握したというのか。


ジロは、こともなげにリモコンと呼ばれる小さな魔法具を操作し、テレビの電源を入れた。暗いガラス板の上に、突如として色鮮やかな光景が浮かび上がる。その圧倒的な情報量に、ゴークやマヤは「おおっ!」と声を上げた。


「……何ですの、これは」ミーシャが、眼鏡の位置を直しながら尋ねる。「幻影魔法の一種、ですか?」

「似て非なるものだ」ジロは、画面を指し示した。「これは、この世界の情報を、光と音の信号に変え、この箱を通じて一方的に送りつけてくる、強力な情報伝達装置だ。いわば、吟遊詩人のいない世界の、物語の語り部だな」


画面の中では、陽気な音楽と共に、きらびやかな服を着た男女が、湯気の立つどんぶりを囲んで大げさな身振り手振りで何かを語っていた。グルメ番組だった。

『いやー、見てください、この黄金色に輝くスープ!まさに奇跡のラーメン!』

『一口飲めば、悩みも疲れも吹き飛ぶこと間違いなし!』


その、どこか空々しい賛辞の言葉。だが、仲間たちはその言葉ではなく、画面に映し出された一杯のラーメンに釘付けになっていた。それは、私たちが先ほど食べた【らーめん頑徹】のものとは違う、もっと洗練され、もっと大衆向けに作られた、どこにでもあるラーメンだった。


『さあ、ご紹介しましょう!この奇跡の一杯を生み出したのが、この方!ラーメン界の若き聖女と謳われる、斎藤莉奈さんでーす!』


その名が呼ばれた瞬間、私の心臓が凍り付いた。

画面に映し出されたのは、数年前、まだ私がこの世界にいた頃の、大学の文化祭で撮られたであろう、一枚の写真。エプロン姿で、少し照れくさそうに、しかしラーメンへの情熱に満ちた目で笑っている、若き日の、私の姿。


「「「えええええええっ!?」」」


ゴークとミーシャの絶叫が、狭い部屋を揺がした。ケイレブ様も、その氷の仮面のような表情を崩し、画面と私の顔を交互に見比べている。マヤは、ただ目を丸くして、テレビの中の「もう一人の私」を指さしていた。


『斎藤莉奈さん。数年前に大学を卒業後、その消息は不明ですが、彼女が学生時代に作り上げたこの一杯の伝説は、今もなお多くのラーメンファンに語り継がれています』

番組は、私の不在をいいことに、私を半ば伝説の人物として祭り上げ、私のレシピを元にしたというラーメンを、面白おかしく紹介していた。


「……聖女」ケイレブ様が、呆然と呟いた。「リナ殿は、この世界でも……」

「違う!違うんです!」

私は、顔を真っ赤にして両手を振った。聖女などではない。ただの、ラーメン好きの学生だっただけだ。だが、仲間たちの目には、尊敬と、そしてほんの少しの畏怖の色さえ浮かんでいた。彼らにとって、私はこの高度な文明社会においても「奇跡」を起こす、特別な存在なのだと、改めて認識されてしまったのだ。


その、あまりにも気まずい空気を、ジロの冷たい一言が断ち切った。

「フン、下らん。メディアによる、虚像の偶像化か。実に、非合理的だ」


彼はテレビを消すと、仲間たちに向き直った。

「いいか、よく聞け。この世界の『食』は、二極化している。一つは、あの頑固親父が作るような、個人の魂と技に依存する『芸術』。そしてもう一つは」

彼は、テレビを指さした。

「メディアと資本が生み出す、大量生産可能な『商品』だ。そして、この二つの戦争において、常に勝利するのは後者だ」


ジロの言葉は、この世界の、もう一つの冷徹な真実を、私たちに突きつけていた。

私が創り出したラーメン文化もまた、この世界では、いずれ「芸術」か「商品」か、その選択を迫られることになる。

私が、異世界で「聖女」として歩んできた道。その原点が、今、テレビという魔法の箱の中で、ただの消費される「物語」として、虚しく映し出されていた。

私は、仲間たちの尊敬の眼差しを受けながら、これまでにないほどの、深い孤独を感じていた。

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