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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第二百九十四話:スーパーマーケットという名の戦場

「……俺は、無力だ」


ケイレブ様の、そのか細い呟きは、東京の夜の喧騒にかき消されそうだった。騎士としての誇りが、見えない「ルール」という名の絶対者の前に砕け散った瞬間。私は、彼の傷ついた魂に、かける言葉を見つけられずにいた。


「さあ、みんな。いつまでもここにいると目立つわ。今夜の寝床と、ご飯の材料を買いに行きましょう」


この気まずい空気を断ち切るように、私は努めて明るい声で言った。仲間たちをこの世界の常識に染めるには、まず、この世界の日常を体験してもらうしかない。食料の調達。それは、どんな世界でも、生きるための基本のはずだ。

私が皆を導いた先は、駅前にそびえ立つ、巨大な食料品店――スーパーマーケットだった。


ウィーン、と音を立ててひとりでに開くガラスの扉。その向こうに広がっていたのは、ゴークとマヤが「神殿」と呼んだコンビニエンスストアとは比較にならない、広大で、光に満ちた空間だった。


「な……なんだ、ここは……!」


ゴークが、呆然と声を漏らす。

どこまでも続く商品棚。天井に埋め込まれた無数の光源が、昼間のように店内を照らし出し、床は一点の曇りもなく磨き上げられている。色とりどりの果物や野菜が完璧な陣形で並べられ、肉や魚は透明なラップに包まれて整然と陳列されている。それは、彼らにとって、王宮の宝物庫ですら及ばない、豊かさと秩序の象徴だった。


「見てください、ケイレブ様!鉄のいのししが、こんなにたくさん!」

ゴークが指さす先には、買い物客が使うショッピングカートが積まれている。ケイレブ様は、その整然と並んだ鉄の塊を、攻城兵器でも見るかのように、鋭い視線で分析していた。


だが、その光景に、誰よりも心を奪われていたのはミーシャだった。

彼女は、店の入り口で立ち尽くしたまま、眼鏡の奥の瞳を、信じられないものを見るかのように大きく見開いていた。彼女の視線は、商品そのものではない。その背後にある、見えない「仕組み(システム)」に向けられていた。


「……ありえない」ミーシャは、震える声で呟いた。「このリンゴを見てください。全て、寸分違わぬ大きさ、寸分違わぬ色艶。これが、何千個も。一体、どれほどの規模の農地と、どれほど厳格な選別基準があれば、これが可能になるというのですか」

彼女は、次に、南国の果物であるバナナの棚を指さした。

「そして、これ。私の故郷では、王族しか口にできない幻の果実。それが、こんな北の国で、当たり前のように山と積まれている。これを腐らせずに、ここまで運んでくる輸送網ルートは、一体どうなっているの……?」


ミーシャは、まるで夢遊病者のように、ゆっくりと店内を歩き始めた。彼女の目には、一つ一つの商品が、奇跡の結晶のように映っていた。

彼女は、レジで会計を済ませる客の姿に足を止める。店員が、商品の表面に描かれた奇妙な縞模様バーコードに赤い光を当てると、ピッと軽い音と共に、目の前の画面に瞬時に数字が表示されていく。

「……手計算ではない。勘定合って銭足らず、という人的ミスが存在しない。なんて、なんて完璧な会計システム……!」

彼女が異世界で、算盤と羊皮紙を使って血の滲むような努力で築き上げてきた経営の全てが、この赤い光一つの前で、あまりにも原始的なままごとに思えた。


その頃、ゴークは精肉コーナーで、その巨体を子供のように震わせていた。

「親方……見てくだせえ。ボアの足、猪の腹、猪の肩……全ての部位が、こんなに綺麗に……!天国でげすか、ここは!」

マヤは、色とりどりのパッケージが並ぶお菓子コーナーで、その小さな鼻をくんくんとさせていた。

「この袋のお菓子は、笑っています。でも、隣の箱のお菓子は、『早く誰かに食べてほしい』って、少しだけ泣いています……」


私は、仲間たちの、あまりに純粋な反応に、微笑みながらも、胸の奥がちくりと痛むのを感じていた。私が捨ててきた故郷は、彼らにとって、これほどまでに輝かしい奇跡の世界だったのだ。


やがて、店の全てを見て回ったミーシャが、私の元へと戻ってきた。その顔は、興奮で真っ赤に紅潮し、その瞳は、新しいビジネスモデルを発見した革命家のように、ギラギラと輝いていた。

彼女は、一つの商品――工場で完璧に包装された、一個百円の豆腐――を、まるで聖杯でも掲げるかのように、私の前に差し出した。


「莉奈さん。私、分かりました」


彼女の声は、静かだったが、その場の誰よりも、熱を帯びていた。


「ここは、ただの市場ではありません。ここは、世界中の生産者と消費者を巻き込んだ、壮大な戦場です。陳列棚は陣地、価格は武器、そしてパッケージは兵士の顔。私たちの街がやってきた商売など、村の子供の石合戦にすぎなかった」

彼女は、豆腐を強く握りしめ、そして、最高の賛辞と、最大の畏怖を込めて、宣言した。


「―――これは商売ではなく、戦争です!」


その言葉は、この世界の「豊かさ」が、どれほど高度で、そして冷徹な戦いの末に成り立っているのかを、私たちに突きつけていた。私は、ミーシャの瞳に宿る、恐ろしくも美しい光を見つめながら、これから始まる私たちの小さな戦いが、決して生易しいものではないことを、改めて悟るのだった。

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