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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第二百九十一話:コンビニという名の神殿

「莉奈さん……?」


ミーシャの、信じられないものを見たかのような声に、私ははっと現実に引き戻された。振り返ると、彼女が物置の入り口で立ち尽くし、扉の向こうの光景と私の背中を交互に見つめて、顔を青ざめさせている。


「ミーシャさん、これは……」


私が何かを説明しようとするより早く、物置の奥からガサゴソという音と、くぐもった声がした。

「親方ー!夜食の干し肉、どこやったんでげすかー?」

「マヤも、甘い木の実が食べたいですー!」


次の瞬間、小麦粉の袋をなぎ倒しながら、顔を真っ白にしたゴークとマヤが姿を現した。二人は、私のただならぬ様子と、開け放たれた扉の向こうに広がる異様な夜景に気づき、ぴたりと動きを止める。


「……なんだ、ありゃあ」


ゴークが、目を丸くして呟いた。彼の屈強な身体が、未知の光景を前にして警戒するようにこわばる。

だが、マヤは違った。彼女は扉の向こうから流れ込んでくる、あまりにも情報量の多い「味」の奔流に、その小さな鼻をくんくんとさせた。

「……しょっぱい味、速い味、寂しい光の味がします。大師匠、ここは……?」


好奇心は、恐怖に勝る。

私が止める間もなく、マヤは小さな冒険家のように、とてとてと扉の向こう、日本の路地裏へと駆け出してしまった。

「おい、マヤ!危ねえ!」

ゴークもまた、マヤを守るために、慌ててその大きな体で後に続く。


「待って、二人とも!」


私の制止の声も虚しく、二人は路地裏を抜け、煌々と光が溢れる大通りへと出てしまった。私もまた、覚悟を決めて、彼らの後を追う。


大通りに出た瞬間、三人の異世界からの来訪者は、その場で完全に固まった。

天を突くようにそびえ立つ、光を放つ塔(高層ビル)。鉄の竜(自動車)が、轟音と共に目の前を絶え間なく流れ去っていく。あらゆる場所から、電子音やアナウンス、人々の話し声が洪水のように押し寄せる。


「て、敵襲か!?」

ゴークは、腰に下げていないはずの戦斧を探すように、腰に手を当てた。彼の目には、ヘッドライトの光芒が、竜のブレスのように映っている。

「味が……味がうるさいです……!」

マヤは、両手で鼻と口を覆い、涙目になっていた。彼女の神の舌は、アスファルトの匂い、排気ガスの味、行き交う人々の感情の残り香、その全てを一度に味わい、完全に情報過多オーバーロードに陥っていた。


その混沌の光景の中、三人の視線は、ただ一点に釘付けになった。

彼らの目の前で、一つの建物が、まるで神殿のように清らかな光を放っていた。チリーン、と澄んだ音色と共に、ガラスの扉がひとりでに左右に開く。中から漏れ出すのは、人工的で、しかし完璧に調和の取れた冷気と、清潔な匂い。


コンビニエンスストア。


「……結界か?」ゴークが、ごくりと喉を鳴らす。「中には、とんでもねえお宝が眠ってるに違いねえ」

「いいえ」マヤは、震える声で言った。「宝物じゃありません。食べ物の味がします。でも、土の声がしない、不思議な食べ物……」


私たちは、吸い寄せられるように、その自動ドアをくぐった。

店内に足を踏み入れた瞬間、ゴークは再び息をのんだ。

そこは、彼が知るどの王宮の宝物庫よりも、明るく、そして整然としていた。棚には、色とりどりの液体が入った小瓶(ペットボトル飲料)が、寸分の狂いもなく並べられている。それは彼にとって、最高級のポーションが無限に並んでいる光景にしか見えなかった。壁一面の書物(雑誌)は、古代の魔法の巻物スクロールのように見えた。

そして、彼の視線は、レジ横のホットケースに釘付けになった。黄金色の衣をまとった肉片フライドチキンが、温かい光の中で湯気を立てている。

「……聖女様。あれは、神への供物でげすか……?」


マヤもまた、呆然と立ち尽くしていた。彼女は、おにぎりの棚の前で、その小さな指をガラスにそっと触れさせている。

「……この、三角のご飯。速くて、賢い機械の味がします。それと……ほんの少しだけ、握った人の、急いでいる朝の味がします」

彼女は、次に色とりどりの菓子パンが並ぶ棚へと向かう。

「この甘いパンは、虹と、子供の笑い声の味がします。でも、小麦さんが、少しだけ泣いています……」


二人の、あまりにも純粋な反応。

それを見て、私はようやく思い出した。

私にとっては何気ない、忘れてしまったはずの日常。それが、彼らにとって、どれほど奇跡的で、摩訶不思議な世界であるかということを。私は、ただの帰郷者ではない。失われた「古代文明」を案内する、唯一のガイドなのだ。


その、重大な事実に気づいた私の隣で、ゴークが、腹の虫をぐぅっと鳴らしながら、決意を固めたように、私を見つめていた。

「親方。俺、決めやした」

彼は、ホットケースの中で輝くフライドチキンを、震える指で指し示した。

「あの黄金の供物を、一口だけでいい。食べてみてえでげす」


彼の、あまりにも真剣な眼差し。

私は、これから始まる長い夜を予感し、懐かしい故郷の空気を吸い込みながら、深く、深くため息をついた。

私たちの、奇妙で、そしてきっと最高に美味しい聖地巡礼が、今、静かに始まろうとしていた。

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