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11. 糸が切れた

 

 今日は、あのパーティーの日だ。

 1ヶ月前、一度目の生で死んでしまったことは今もありありと思い出せる。



「一緒にいるから、な?」



 そう笑いかけたのはヴァニタスだ。レティシアの手を握ってにっこりと笑う。それがレティシアを不安がらせないものであることは間違いない。


 レティシアはヴァニタスにエスコートされながら、会場に入場した。


 前回同様、セドリックにレイド、トレイ、それからエリックもいる。彼らは全員レティシアを横目で見ていた。


 ロンがいないのは、エリックを騙すためである。

 エリックはおそらく話を偶然聞いてしまったロンを口封じできたと勘違いしているはずだ。

 それに、レティシアがやはりパーティーに出るという話もすぐに耳に入ったことだろうから、毒も用意していることだろう。


 ヴァニタスとの約束で、今日は何も食べない、食べるふりをするだけとなっている。美味しそうな料理がたくさん並んでいるが、カゲミソウの毒がどこに含まれているか分からない。



「犯人は全員揃ってる。これから捕まるとも知らないで」



 ヴァニタスはグラスを片手に愉快そうに笑った。もちろん、ヴァニタスも仕事中のため食事はしない。


 アイゼン伯、セドリック、エリックの執事。実はこのパーティーと同タイミングで捜査班が証拠品の毒が入っていた小瓶を押収する手筈になっている。

 もちろんそんなこと知るよしもない彼らは今呑気に酒を飲んだり愉快そうにやっている。



 一方で、レティシアはエリックの動機について少し腑に落ちないところがあった。


 彼がレティシアの夫として爵位を継ぎたいのなら、レティシアの取り巻きの男性たちを殺した方が手っ取り早い。しかしレティシアを殺してしまっては元も子もないのでは――



「レティシア、もっと俺に寄ってくれない?」

「いいけど……どうして?」

「いや、あいつらレティシアのこと凝視してるから、捕まえる前にいっぱい見せつけとこっかなって」



 レティシアが少し距離をつめると、ヴァニタスはぐいっと腰を思いっきり引き寄せた。そのまましたり顔で彼らの方を向く。この行動はもちろん、公爵家の2人がお似合いな様子を見せつけるさまはずいぶん嫌味に映るだろう。

 会場は少しどよめいて、レティシアたちに注目が集まる。



 すると、レティシアのもとへウェイターがやってきた。

 トレーの上には並々と注がれたグラスが一つ置かれていた。


 それと同時に、レティシアは目を見開いた。


 ――カゲミソウの毒の匂い。


 なかなか受け取らないレティシアにウェイターは首を傾げた。おそらく何も知らされていないのだろう。

 レティシアは気取られないように受け取りかける――



「そのテーブルの上に置いておいてくださる? 後でいただくわ」



 レティシアがにこりと笑うとウェイターはグラスを置いて礼をして去っていった。



 先ほどまで疑問に思っていた、自分を殺す意味について唐突に理解した。


 エリックは私を好いているわけではない。けれど私と恋人関係だったと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思わせたい――


 父は病弱で、娘を失った悲しみも相まって、そんな娘を愛してくれていた相手とあらば感化されてしまうかもしれない。エリックにとっても説得など容易だろう。


 けどそれを証明するには、婚約書が必要だ。

 それに必要なものは――血判。



「レティシア、もしかしてそれ……」



 ヴァニタスがこそっと耳打ちしたのに、レティシアは頷いた。



「でも、私、このグラスを触れないわ。彼が狙っているのは私の指紋と血液よ」



 仮に飲まなかったとしてもグラスについた指紋が目的ならば、あとはどんな手段でレティシアを殺しても構わないのだ。

 ヴァニタスはそれで全て理解したらしかった。「とんだ陰険野郎だな」と悪態をつくと、胸ポケットからハンカチを取り出した。



「レティシアの手が汚れては困るからね。どうぞこれを使ってください」

「ふふっ、ありがとう。気が効くのね」



 わざと声を張り上げたヴァニタスに、レティシアも乗っかり笑ってみせる。

 レティシアはハンカチをグラスの持ち手部分に添えて、グラスを口に近づけていく。


 レティシアはチラリとエリックを伺う。なんとも悪い笑みを浮かべている。指紋は取れていないだろうが、とりあえず毒殺できた後でその辺りのことは考えるのだろう。

 レティシアはなんだか、魂胆が丸見えなエリックに思わず笑ってしまった。



「ヴァニタス、あとは私、あなたの名演技を聞いてるわね」

「完璧な演技に笑わないでくれよ?」



 ヴァニタスのいたずらっぽい笑みにレティシアも口角を上げた。その次の瞬間にはレティシアは体勢を崩していた。

 ヴァニタスはレティシアを受け止めて、必死に叫ぶ。


 ――これは本当に、迫真の演技ね。


 騒ぎに気がついたのか――無論、エリックは予定通りなのだろうが――エリックたちも駆け寄ってきた。


 あの日と一緒だ。

 彼らの表情や、言葉、何もかも。

 違うのは――隣にヴァニタスがいること。


 ヴァニタスはレティシアが投げ出したグラスを手に取って匂いを嗅いだ。そしてわざとらしく、エリックの顔を見て叫ぶ。



「これは、カゲミソウの毒だ。すぐ調べてくれ。近くに……犯人がいるはずだ」



 ヴァニタスの掛け声に合わせて、潜んでいたヴァニタスの部下たちが一気に動き出した。

 会場内は騒然とした。王族直属の捜査班について、噂だけは聞いていた貴族たちは少し理解したのか興味深そうに様子を眺めている。


 ……全て演技であるため、部下は例のグラスからカゲミソウの毒が検出されたとすぐさま戻ってきて報告した。

 それからすぐに部下たちがセドリックら一連の事件の犯人たちを拘束する。


「離せ、何するんだ!」と暴れるセドリックにヴァニタスは不敵な笑みを浮かべた。

 アイゼン伯やエリックの執事も事を理解したらしく、項垂れた。


 さて――残されたエリックだが。

 エリックはまだ自分にまでは気がついていないのだろうと余裕ぶった笑みを浮かべていた。


 周囲が騒動に気を取られていると、これ幸いとレティシアに向かって、指を切るために小型ナイフを向けている。


 しかし――彼がこう動くのも想定済み。


 ヴァニタスは待ってました、とばかりに悪人面をあらわにしたエリックを蹴り飛ばした。そのまま華麗に締め上げ拘束する。


 エリックは拘束されて悔しげに顔を歪めたが、すぐさまヴァニタスに向かって歪んだ笑みを浮かべる。その顔はまるで、『愛しいレティシアはもう死んでしまっただろう?』と言いたげな笑みだ。



「お前、頭が足りてなくて笑えてくるわ」

「なっ――」

「『俺はこのカゲミソウ毒には関係ない』ってシラを切るつもりなんだろ。ナイフだって俺が見ただけだもんな。金でどうにかできる……そう思ってんだろ?」



 ヴァニタスは不敵に笑い――横たわるレティシアに視線を落とした。エリックの目が信じられない、というように丸くなる。


 そこには、すっくと立ち上がり、美しく笑みを浮かべるレティシアがいた。


 レティシアはそのままスタスタと歩いて行き、エリックの執事の前で止まった。



「答えなさい。あなたはエリックにカゲミソウの毒を手に入れるよう頼まれたのよね。それは私を殺すために。そうでしょう?」



 エリックの執事はレティシアの鋭い視線から逃れようと顔を逸らした。

 レティシアはチラリとヴァニタスを窺うように見て、ヴァニタスが頷いたのを確認した。



「あなたが正直に答えてくれたら、拘束を解いてあげる。あなたがエリックに頼まれただけだと証明できるのなら、オルドリッジ公爵家があなたの処遇を軽くするとお約束するわ」



 エリックの執事は甘い誘惑に、困ったように声を漏らす。

 レティシアはにこりと美しい笑みのままだ。



「……エリック様は公爵の地位をなんとしても手に入れたいとレティシア様殺害を計画しておりました。私は毒を手に入れてこいと指示されました。逆らえば家族を殺すと脅されておりました。誓約書もございます」



 レティシアはそう、とだけ言うとエリックの執事の拘束を解いてやった。ヴァニタスの部下に「誓約書を持って来させるので見張ってください」と頼んだ。



 エリックは顔面蒼白になって蹲っていた。



「残念だったね。ぜーんぶお前のことなんてお見通しだったよ。終わりだね」



 ヴァニタスが浮かべた笑みはとても怖いものだった。エリックにしか見えないよう浮かべたその笑みは、エリックにとどめを刺すには十分すぎた。



 犯人たちが連れて行かれた。

 会場は相変わらず騒々しくて、レティシアとヴァニタスはすぐさま会場を抜け出した。



 ヴァニタスがレティシアの手を引いて走っていく。

 レティシアはヴァニタスの手をぎゅっと握り返す。到着して伝え合うことはもうお互い勘づいている。



 私は、ようやく誰かのマリオネットではなくなったのかもしれない。

 ずっと望んでいた愛を、他でもない彼から受け取りたい。


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