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10. 真実

 

「ロン! ロン! しっかり!!」



 レティシアは必死にそう呼びかける。ロンはそこでようやくゲホゴホとひどく咳き込みだした。


 まだ大丈夫、そんなに飲まなかったんだわとレティシアはロンを日光が当たるところまで連れ出し、水で口内を濯ぐよう言う。


 水を飲ませてやり、必死に毒に負けまいとするロンを苦しげな表情で見つめていると、ロンはようやく落ち着いて呼吸ができるようになった。


 ロンは喉元を押さえながら浅く息をしている。

 レティシアがロンの背をさすりながら、ティーカップを見ていると。


 バンっと荒々しい音を立てて救護室のドアが開いた。

 飛び込んできたのはヴァニタスだった。レティシアもヴァニタスもお互いを見て安堵する。



「…………何があったか教えて。俺も、今分かってること全て伝えるから」



 ヴァニタスはロンは味方だと判断したようだった。

 レティシアはその物々しい雰囲気に何か事件に進展があったのだろうと察した。

 ヴァニタスに鍵を閉めるよう伝えたうえで周りに簡易な防音魔法を張った。



「ロンがカゲミソウの毒を盛られたの。たぶん、盛ったのはエリックよ」



 そうレティシアが静かに告げれば、隣でロンが裏付けるように「あの紅茶を淹れたのはエリックです」ときれぎれに言った。


 ヴァニタスはそこで少し戸惑った。



「俺は、一連の事件がセドリック・ノクターによるものかもしれないと伝えにきたんだけど……」

「セドリック?」

「あの日、セドリックは家にいなかったと確認が取れてる。ついでに密売場にいた男と背格好、利き手、声も一緒。殺された被害者はみんなノクター家の遠い親戚だった」



 さらにセドリックと被害者たちが金のやり取りや貿易ルートのことで不仲だったと被害者側からも話が聞けた。

 被害者側もノクター家と親類だったと気が付かないほど薄い縁だった。おまけにセドリックはそれを巧妙に隠していたようだった。



「だけど、もう1人あの場にいた人物が分からない。特定できない限りセドリックを捕らえることはそいつを逃すことにつながる危険がある……でもエリックが関わっているのなら話は変わってくる」



 ヴァニタスはロンの方を見て、何か知っていることを話せと言わんばかりに見た。

 先日、ロンがレティシアを呼び出して何かを伝えようとしていたことくらい気がついていた。

 そしてそれが――核心に迫ることだということも。


 ロンはだいぶ呼吸が安定していた。それから一気に青ざめて叫んだ。



「エリックはレティシアさんを殺すつもりなんだっ……!」



 レティシアもヴァニタスも瞠目した。

 ロンは堰を切ったように次々と話を続ける。



「あの日、エリックは執事と話していたんだ。『致死性の毒を手に入れた』とエリックに渡していた。エリックは『これでレティシアを殺せる』と、そう言ったんだ」



 そこでヴァニタスはあの密売場にきていた3人はアイゼン伯、セドリック、それからエリックの執事だったと分かった。

 奇しくも、全員がレティシアに関係のある人物だったのだ。

 元々寂しがっていたレティシアにつけ込むような奴らなのだ、決してただの女好きではないことぐらい分かってはいたが。まさかこうまで黒いとは。



 レティシアはその瞬間に、前世で自分を死に至らしめたのもエリックなのだと理解した。

 ただ彼がどうしてその行動に出たのかまでは見当がつかなかった。


「ありがとう、ロン。伝えてくれて」とレティシアは微笑んだ。ロンも安心したのかそのままパタリと眠ってしまった。





 救護室から出るとヴァニタスはレティシアに歩み寄り手を取って、その手を握りしめた。

 生きている、とその温もりを確認するような仕草だった。



「…………ほんと、見事にクズばっかだな」



 ヴァニタスはレティシアを取りまいていた男たちについて鼻で笑った。ついでに「レティシアは変なのを寄せ付けすぎなんだよ」と軽く諌める。


 セドリックはイガルド子爵ら3人をカゲミソウの毒で毒殺した犯人で。

 レイドは重たい愛からレティシアに嫌がらせをして。

 トレイはカゲミソウ毒密売の父親の息子で。彼についてはこれから一枚噛んでいるのかどうか追求するつもりだが。

 エリックはレティシア殺害を企てていて。



 ロンはまともでよかった、とヴァニタスは言う。

 レティシアは改めて彼らを取り巻いてきた自分を恥じた。

 悪どさに全く気がつけないなんて、とんだ愚か者だ。


 しかしレティシアには少し思うところがあった。



「エリックは私がパーティーに出ないことを知ってるの。だから、彼の目的は何か分からないけれど……何か起こる気がする。嫌な予感がするのよ」



 ヴァニタスはレティシアが言わんとしていることに勘づいたらしく、険しい顔になった。



「エリックはまだ手を汚してない。執事だって切るはずよ。もし私がいたら私に毒を盛るはずだわ」

「…………全然、大丈夫じゃないんだけど」



 ヴァニタスはレティシアをじっと見つめる。


 レティシアがあえて毒を飲むふりをして、エリックが他の誰かを傷つけたりする前に確実に、効率よく犯人を捕まえようとしてくれていることはすぐに理解した。

 たしかに、捜査班の長としてもセドリックとエリックを同時に捕らえるにはそれが最も良い判断だと思う。でも。



「レティシアが傷つくかもしれないのは、俺、嫌だ」



 我ながらなんて情けないのだろうとヴァニタスは思う。

 けれど、どうしても以前見た夢がいやに離れない。

 本当に、レティシアが死んでしまう気がして、怖い。


 レティシアはそんなヴァニタスの様子を見つめていた。



「ねえ、ヴァニタス。私、パーティーが終わったらヴァニタスに伝えたいことがあるの。だから、それを伝えるまで絶対にいなくならないわ。危ないこともしない。絶対に傷つかない」



 ヴァニタスは目を見開いて、固まってしまった。

 レティシアは反応のないヴァニタスに「私は毒の匂いも分かるし」と付け加える。



「レティシア、それ、絶対だからな」

「うん」

「危険だと思ったら逃げるって約束して」

「分かったわ」

「エリックたちは俺が見張ってるから、俺の目の届くところにいて」

「約束するわ」



 ヴァニタスはそんな確認を繰り返して、ようやく納得したようだった。



「ごめん、事件に巻き込んじゃって」

「…………ううん、元々私が招いた種だもの」



 ヴァニタスはその後何か言いかけたが、ぐっと押し黙った。

 これは、無事に事件が解決したら伝えるべきことだ。

 すぐさま切り替えて笑顔を作った。



「じゃ、犯人捕まえちゃいますか!」



 レティシアも大きく頷いた。


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