9. 邂逅
翌日、レティシアは救護室へと向かっていた。
あの後ロンは気絶したままで、ひとまずシュバルツ家の迎えを待ちロンを送り届けたのだが、今朝登校してきてすぐまた倒れてしまったと聞いたのだ。
ロンから話を聞かなければならない。
レティシアは昨日の怯えた様子のロンを思い返して、核心に迫る何か、なのだろうと思った。
知るのは怖い。けれど知らないのも――
レティシアは救護室の前でドアノブに手をかけて深呼吸した。
ノックをすると「はい」とロンではない男の人の声がした。
医師だろうかと思いながら名前と面会に来たと言えば、ドアが内側に開いた。
出迎えた人物はロンでも、医師でもなかった。
「エリック……久しぶりね。あなたもロンの面会にきたの?」
「うん、まあね」
エリックは薄い唇で弧を描いた。
紳士的な笑みだが――どこか含みをもった笑み。
「入ってもいいかしら」と入り口で立ち往生していることに対して迷惑だと言い含めると、エリックは笑顔を崩さず中へ入れた。
同時にすれ違おうとしたらしくエリックの足先は出口へと向く。
「ああ、そういえば、君は今度のパーティーに出ないんだってね」
「……ええ、そうだけれど。何か、問題でもあった?」
「いいや。ただ小規模とはいえどけっこうな賓客も多いと聞いていたから、公爵のご令嬢が出ないというのはどうなんだろうと思っただけだよ」
まるで、パーティーに出ろと暗に言われているようだった。
あの日のエリックはよく覚えている。
恋人のシャロンを連れていて、毒にやられているレティシアを小馬鹿にするように見ていた。
「私が出ないことに、あなたが文句を言える立場ではないはずよ」
と、レティシアはだいぶ強気で返した。
彼は男爵家出身。本来なら敬語を外して会話をすることすら叶わないはずだ。
謝罪をした日、その辺りもまとめて伝えたはずだった。
しかしながらセドリックもレイドもエリックも正す気はなかったらしい。
エリックは、一瞬悔しそうに唇を噛んで「失礼いたしました」とだけ言い、部屋から出て行った。
レティシアはふうと息を漏らしてから、ロンの眠るベッドに近づいた。カーテンを少し捲るとロンはうっすらと目を開けていた。
しかし、その目はどこか虚ろだ。
「ロン、大丈夫……?」
熱があるか額を触って確認するも、平熱だ。部屋が暑くて不快なのかもと少し水魔法をミスト状に出してみるが、ロンは反応しない。
そこで、レティシアは初めて脇に置かれたテーブルに紅茶が置かれていることに気がついた。
医師が用意したのだろうかと覗き込んで――すぐに顔を真っ青にした。
一見は普通の紅茶。けれど香ってくるのはツンと鼻を刺す刺激臭。その直後に覆い隠すような甘い匂い。
間違いない。
これは、カゲミソウの毒だ。
***
「ヴァニタス様、怪しい人物のリストアップ完了いたしました」
「ありがとう。引き続きよろしく頼む」
ヴァニタスは手渡された資料を食い入るように眺めた。
ここ数週間でイガルド子爵のような事件が2つほど起こっていた。
アイゼン伯がカゲミソウ密売の主犯格であることは間違いない。近々拘束して洗いざらい吐かせるつもりではいるが、いかんせんあの密売場にいた2人が誰かわからない限り本当の意味で事件の解決とはいえない。
「それに、トレイ・アイゼンが事件に関わっているとしたらレティシアも危ないし……」
しかし下手に動くのは危ない。トレイが一枚噛んでいるとしたら父親を拘束するまでに話が通じてしまう。
殴って一発なら話がどれだけ早いか――捜査班の長とは考えられない脳筋な考えにヴァニタスは乾いた笑みを浮かべた。
しかしながら、本当に共通点がない。
イガルド子爵の他に今回新たに毒殺されたのは、ヴェルツナー卿とティルゴー卿だ。彼らは新興貴族でもなければ爵位も持たない。
正直言って、損得の面のみで考えると彼らがいなくなって得することもなければ損することもない、という感じだ。
だから私怨ということになるのだろうか。
ヴァニタスはもやもやとしたまま、部下が持ってきた資料に目を通した。
怪しい人物のリストと一緒に、被害者情報が書かれている。
イガルド子爵、ヴェルツナー卿、ティルゴー卿と目を通していき、ヴァニタスはあることに気がついた。
それと同時に慌ただしく立ち上がった。
彼らには一つ共通点があった。
毒殺された彼らは全員――ノクター家の遠い親類だった。
セドリック・ノクター、レティシアを取り巻いていた彼が容疑者に上がった。




