第84話 明けましておめでとう 前編
お久しぶりです。
長らく更新ができず申し訳ありませんでした。
年が明けた元旦。優梨たちはいつもより少し遅い時間に起きて厨房にいた。それぞれ簡単に朝食を済ませながら今日の日程を話し合っている。
「――じゃあ予定通り午前中は神殿、午後は神社に行って、夕方には帰ってきたらそのまま夜の用意。……そんな感じでいいのかな? 俊哉さん、今年は今夜来れるんだよね?」
優梨が慶人に聞くと、慶人は無言で頷いた。
この世界には優梨が前世からよく知る教会や寺、神社などの他に「神殿」が存在し、その意味と役割は前世の時と少々異なる。
宗教に関して優梨はさほど詳しくはないが、この世界にも前世の時と同じように宗教が存在している。優梨の感覚では、異界の1つに「天界」が存在するためそれぞれの宗教の信者は前世の時よりも信心深いように感じている。とはいえ、日本人の宗教観に関してはさほど変わりないようにも思う。教会で結婚式を挙げ、神社にお参りをし、寺で葬式をする。お盆もあればクリスマスもお正月もある。
そんな中で前世と明らかに異なるのが「神殿」とそこで祀られる神々だ。
この世界には、前世と異なる独自の神々が存在する。その神々を祀り、祈りと信仰の中心の場が「神殿」だ。祀る神によってそれぞれ神殿が存在する地域もあるが、大きな神殿では複数の神々を祀っていることもある。
そして、祀られている神々の代表が「魔法の神」「スキルの神」「魔道具の神」など、ギルドに深く関わる神がほとんどだ。そのため神殿の運営にはギルドが深く関わっている。
神殿では日々の礼拝や節目の行事以外に、冒険者向けの診療所や孤児院も運営している。冒険者は通常の病院では治療が困難な怪我を負ったり、魔法や呪いを受けたりすることが常だ。自分たちの治療が難しいことがほとんどなので、そういう時は神殿運営の診療所で治療を受けたり療養したりすることになっている。
孤児院に関して、この世界は前世と比べて孤児が多いように優梨は感じていた。それに伴って孤児院の数も運営先も様々にある。神殿が運営する孤児院もその1つだ。
孤児になってしまう理由は様々だが、神殿の孤児院に入る子どもの多くは親が冒険者で依頼中に亡くなってしまったことが殆どだ。また、何らかの理由で通常の孤児院では受け入れられないとされた子どもが最終的に向かうのも神殿の孤児院である。
さらに神殿の孤児院は保育所としての役割もあり、子どもがいる冒険者が長期間の依頼を受ける際の預け先となっている。
そして、正月は1年の初めということで節目の行事が神殿では行われる。それが「大祈祷」だ。大祈祷は、一般向け、貴族向け、各ギルド向けなどいくつかに分けて行われる。優梨たちが行くのは冒険者向けの大祈祷だ。前年の成果を報告して無事に1年を終えられたことを感謝し、新たな年の無事と成果を願う。必ず出なきゃいけないものではないが、優梨たちはこれに毎年出席している。
身支度を整えたら、電車やバスを乗り継いでギルド街へと向かう。ギルド街の中心部、大きなギルドの建物の裏側に同じように大きな建物がある。この建物が「日本中央神殿」、通称「大神殿」だ。
大理石と思われる石造りの建物で、形は教会と神殿を合わせたようだ。広い階段の先にはいくつもの柱が並び、そこを過ぎると正面扉がある。その先には礼拝堂がある。階段を上りながら周りを見ると、小綺麗で軽装の装いをした冒険者たちが何人もいる。ただ、優梨たちと同年代と思われる人はほとんどいない。だからか、向こうも優梨たちを不思議そうに横目で一瞥し神殿に入っていく。
「(まぁ、普通未成年が冒険者になるのってかなり訳ありだからね……)」
決していないわけじゃないが、見慣れないのだろうと思う。ただ、元々冒険者は割と訳ありの人が多いせいか、余計な詮索をしたり変に絡んできたりする人がここにいないのがありがたかった。
礼拝堂の中はよく写真で見る教会のように、赤い絨毯が敷かれた中央の通路の左右に何列も長椅子が並んでいる。優梨たちは真ん中あたりの壁に近い長椅子に固まって座った。続々と人が中に入り、それが落ち着くと入り口の扉が閉まる。しばらくして、奥の左右にある扉から人が続々と入ってきた。全員、白を基調とした神官服を着ている。服の模様の色や身に付ける装飾で階級が分かれるのだと、朔夜が話す声が優梨は聞こえた。
男性は「神官」と呼ばれ、女性は「神殿巫女」と呼ばれる。神官と神殿巫女になるには年齢はあまり関係なく、持っているスキルによる。最低でも<光属性魔法><治癒属性魔法>のどちらかを持っていることが条件となり、最も重宝されるのがSランクスキルの<聖魔法>だ。
このスキルはさすがの優梨たちも持っておらず、どのようなスキルなのかあまり知らない。ただ、貴重なスキルであること、このスキルを持っていると判明した時点で神殿に入ることは優梨たちも知っている。
そして、スキルに関わらず能力に優れた神官・神殿巫女は「聖者」と「聖女」と呼ばれ、最終的に一握りの人しか得られない「大聖者」と「大聖女」の資格を得られるのだと、優梨は朔夜たちから聞いたことがあった。
大祈祷で祈祷を行うのは、大神殿で最も優れた力を持つ聖女だ。神官と神殿巫女たちが並んだあと、最後に礼拝堂に入ってきて中央に立った。その装いはやっぱり白が基調で、ところどころに金色の刺繍が施されているのが見える。身に付けている服も装飾も華美ではないがとても清麗だ。顔はヴェールで覆われていてよく見えないが、同じような雰囲気なのだろうと優梨は思った。何よりその佇まいがこの場にいる誰よりも神聖なのだと思わせた。
神殿長が長々とした話をした後、前方にもけられた祭壇に前年の成果の一部を奉納する。それは物であったりお金であったり、中にはレポートの様なものをまとめている人もいる。優梨たちも慶人が代表して、奉納用に残していた夏に行った双子島のダンジョンのドロップ品とその時の依頼料の一部を奉納した。
奉納が終わると、いよいよ聖女による祈祷だ。朗々と神への祝いの言葉が述べられ、礼拝堂中にその声が響いている。
「(この声ってわずかだけど魔力を含んでいるよね)」
神へ届けるためか祈りの言葉に力を持たせるためかは分からないが、魔力を含んだ聖女の声はとても心地良かった。
『――《聖域》』
祈祷の最後に唱えられたのは聖魔法だ。その中でも上級にあたる。この魔法の効果は色々とあるが、中でも体に残った魔物による毒や呪いを消し去る効果がある。前年の依頼などで受け、治癒属性魔法や魔法薬で治しきれずに巣食ったモノをここで失くせる。
普段ならそれなりにかかる金額を払いやってもらう魔法であり、なおかつもっと下位の魔法をしてもらうものだが、この新年の時だけは祈祷の中で受けることができるため多くの冒険者が参加するのである。
「(……とはいっても、私たちはまだそこまで魔物と対峙しているわけじゃないから、本格的に挑んでいる人たちに比べて効果はほとんど感じられないんだけどね……)」
優梨たちが大祈祷に来るのは聖魔法よりも奉納と「聖女の祈り」が理由だ。祈りの内容は時によって異なるが、新年の大祈祷ではこれからの1年の健康と成功と幸福を願っている。
普段は滅多なことがない限り、聖女の祈りを受けることはできない。だから年に一度のこの貴重な機会に優梨たちを含めた多くの冒険者は大聖堂にやってきている。
すべての祈祷を終えると、聖女たちは多くの歓声と拍手の中礼拝堂を後にした。扉をくぐるその直前、聖女が一瞬だけ礼拝堂を振り返った。
「(あれ……? 今、目が……?)」
振り返る聖女の視線と交わった気がした。それは優梨だけでなく側にいる葵たちも同じ様で、横目に少し驚いているのが分かった。そして、不思議と優梨たち以外の近くにいる冒険者たちは気づいていないようだった。もう一度聖女の方を見るが、すでにその背が扉の向こうに消えるところだった。
「(……きっとたまたまだよね)」
聖女たちが全員その場からいなくなると、順に礼拝堂を出始めた。優梨たちも自分たちの番が来ると前に続いて進んだ。外に出ると階段を下り、比較的人が少ない場所に集まった。
「これから店だったか」
「うん」
優梨たちはこれから午後の予定に向けて、クリスマス・ダンス・パーティーの時のドレス選びで行った店に行く予定だ。そこで人と待ち合わせもしている。
店に向かうと、そこにはすでに待ち合わせの相手達が待っていた。
「悪い、待たせたか?」
慶人が代表して声をかけた。
「いや、そんな待ってへんよ。なぁ?」
「うん。今日は誘ってくれてありがとうね、天宮君」
「「ありがとうございます」」
待ち合わせの相手は侑哉、君枝、澄香、鈴音の4人だ。
優梨たちは毎年初詣には着物を着ていた。今年もその予定だったが、今までと違って咲緒理たちが侑哉たちを誘っていたのだ。さらに侑哉たちも一緒に着物を着るという話になった。そこで問題になったのが着付けだ。
侑哉たちは着物を持っているが着付けに関しては不安があるという話だった。優梨たちは自分で着ているものの、魔法を駆使しているからできているだけで実際はできないに等しい。人に着せるなどもっての外だ。そもそも4人を優梨たちの家に呼ぶわけにもいかず、着付ける場所もないのだ。
そこで考えたのが、ダンパの時に世話になったこの店だ。ここではドレスや着物の販売だけでなく着付けもしてもらうことができる。着付けと一緒にヘアメイクもしてもらえ、足りない小物や飾りをその場で買い足すこともできる。
侑哉たちに話すと、彼らからも賛成がもらえ、今日はこうして皆で集まったのである。
「じゃあ、終わったら中央広場ね」
「あぁ」
店内に入ると男子と女子で別れて準備を整えることにした。大所帯なので、終わった後は店のすぐ近くの中央広場で集まることになっている。
着替えスペースに行くとまずはヘアメイクだ。軽く化粧をした後、それぞれの希望を交えながら着物と合う髪飾りを選び、髪を結ってもらった。
優梨は編み込みを混ぜたアップスタイルにしてもらった。すぐ側の咲緒理は同じアップスタイルだが、飾りが優梨よりも華やかなので髪型はすっきりとまとめている。一番髪が長い葵は、巻いてもらったり三つ編みをしたりして綺麗に結い上げている。髪型がかなり華やかなのでその分髪飾りはシンプルだ。紗奈は長めのボブヘアなので編み込みを混ぜたハーフアップにし、咲緒理のように華やかな髪飾りをしている。
優梨がチラッと澄香たちの方を見ると、澄香と鈴音は優梨と咲緒理、君枝は紗奈と同じようにしてもらっているのが見えた。3人とも少し緊張した表情をしていたが、ヘアメイクができるのにつれて顔を綻ばせていた。
ヘアメイクができると今度はいよいよ着付けだ。まずはそれぞれ個室に入って足袋と長襦袢までを着る。それができると、個室から出て広いスペースで着物の着付けだ。ここでは全員が揃っているので、皆がどんな着物を着るのか見ることができた。
全員華やかな振袖で優梨は赤に宝尽くしの柄、葵は黄色に松竹梅の柄、咲緒理は水色に水仙の柄、紗奈は白に扇の柄、澄香は紫に水仙と牡丹の柄、鈴音は水色とピンクに松竹梅、君枝が緑に鳳凰の柄だ。
順番に着付けてもらい、優梨は最初の方で終わった。壁際の椅子で他の皆が終わるのを待つことにした。優梨より先に君枝が終わったのか、2人掛けのソファに座っていた。スタッフの人が気を遣ってお茶を用意してくれていた。
「君枝先輩。隣いいですか?」
「もちろん」
優梨は着物の裾に気を付けながら君枝の隣に座った。優梨にもお茶が運ばれてくれると一息ついた。
「フフッ、着物って着るだけでも大変ね」
「そうですね……毎年着ていますけど、ちっとも慣れません」
「日常で着ないとね。……でも、今日こうして着ることができて良かった。本当にありがとうね」
「いえ……。先輩の着物、すごく素敵ですね」
「ありがとう。……母の、形見なの」
嬉しそうに微笑みながら言われた思いもよらない言葉に、優梨は目を丸くした。何て返したらいいのか分からず、言い淀んでしまった。その様子に君枝は苦笑した。
「気にしないで。もう何年も前の事だから」
「…………」
「今もまだ悲しくなるけれど、吹っ切れてきてもいるの。皮肉だけど、色々と悲しんでばかりもいられなかったから、そのおかげでね……」
「そう、なんですね……」
「……澄香ちゃんはお祖母さんから、鈴音ちゃんはお兄さんから贈られたみたい。2人とも着る機会がなかったから着られて嬉しいって、優梨ちゃんたちを待っている時に言っていたの。だから、ありがとう」
「……いえ」
優梨はその一言しか返せなかった。
この世界では複雑な家庭環境の子どもはあまり珍しくない。優梨たちが通う藤永学園に通う生徒たちは比較的恵まれているが、それでも思ったよりも身近にもいるのかと優梨は内心驚いていた。
「優梨ちゃんたちの着物は?」
「私たちは後見人の方が贈ってくれたんです。慶人の遠い親戚なんですけど」
「そう。良い後見人が巡り会えたのね」
どこか羨ましそうな声色で君枝は言った。
「……私はね、事故で両親とも亡くして、今は父方の親戚が私の後見人なの」
君枝はどこか遠くを見るような眼差しでゆっくりと話す。
「元々その親戚と私の両親はあまり仲が良くなくて……結構ドロドロの話し合いの末にその人たちが私の後見人に決まったんだけど、完全に厄介者扱いなのよね」
最初の事情は異なるが、あまりにも既視感のある話に優梨はズキッと胸が痛むのを感じた。普段の溌溂として明るい君枝からは想像もできない話だ。
「だから高校からは寮で暮らして、お金も両親が残してくれたモノとかアルバイトでどうにかやりくりして、その親戚には頼らないようにしてるの。学校も奨学金でね」
「なんて言うか、すごいですね。でも、大変なんじゃ……」
「まぁ、やっぱり想像よりも大変だったけど……でも、あの人たちに頼るしかなかった時に比べたら、気持ちは楽だし性にはあってたかな? ただね……」
君枝はため息をつき、優梨は首を傾げた。
「本当はアルバイトじゃなくてギルドに登録したかったの」
「そうなんですか?」
「うん。冒険者ギルドはスキル的に難しいかもだけど、商業ギルドなら少なくとも今よりいい働き口を紹介してもらえそうだから。でも、ギルド登録するのに未成年のうちは……」
「……あっ。『保護者もしくは後見人の許可』……」
「そうそれ。……親戚は私を厄介者扱いする割に、きちんと養っているって思われたいみたいで……要は世間体を気にして許可をくれなかったの。……許可なしで登録ができないわけじゃないけど、色々制限が厳しいしね」
残念そうに言うと優梨の方を振り向く。
「優梨ちゃんたちはここに来る前、冒険者向けの祈祷に参加したんでしょう? 後見人の方は許可をくれたんだね」
「そうです。……気にしなくていいと言われたんですが、お世話になるばかりで申し訳なくて、将来的なことも含めて登録したいと言ったら許可をくれました」
「……皆の気持ちを尊重してくれるいい人だね、やっぱり」
「……はい」
俊哉のことを褒められ、優梨は君枝に申し訳ないと思いつつも嬉しい気持ちになった。
その一方で、気になることができて聞いてみることにした。
「今の話は朔夜には……?」
「朔夜くん? 話したことあるけれど、実はすでに知っていたみたいなのよ」
「(やっぱり……)」
「彼すごいね。別に秘密にしていたわけじゃないから知っている人は勿論いるけれど、彼の場合どこから情報を仕入れるのかな?」
「……私たちにも謎なんですよね。本人曰く『企業秘密』らしいんですが」
「将来はそっちの方で仕事ができそうだね」
君枝のその言葉を優梨は前にも誰かが言ったような気がした。誰にしろ、考えることは皆一緒なのだなと思っていた。
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