第57話 始まり! ダンス・パーティー準備期間 前編
佳穂がアメリカに旅立ち、2学期の中間テストも終了した水曜日のこと。佳穂がいなくなった寂しさが少しずつ癒え始めたこの日、1限の古典が急遽LHRに変わった。
授業が始まると、咲緒理が教室の前に出て黒板に何かを書き始めた。そこには「合同クリスマス・ダンス・パーティー」と書かれていた。
「今日から、毎年恒例2学期末の合同クリスマス・ダンス・パーティーの練習・準備期間に入ります」
咲緒理の一言で、クラス中が急にざわめき出した。それが少し落ち着くと、咲緒理は説明を続けた。
「日時は12月25日の夜。終業式終了時刻の午後3時から準備を始めて、午後5時半に開場、午後6時に開宴。場所は、藤永の第2講堂です」
「合同って言うけど、どことするの?」
「今年は、藤永と特に親交のある城徳学院高等部だよ。男女のペアで、正装着用が基本なの」
そう説明すると、またクラスが少しざわついた。紗奈が手を挙げると、咲緒理は紗奈を指した。
「今までペアを決めないでパーティー参加だったと思うんだけど、何で今年は決めるの?」
紗奈がおずおずと言うと、クラスの大半の人が頷いていた。
「それがね、中等部から高等部1年生まではただパーティーに参加して、自由にダンスを楽しむだけだったんだけど、2年生から大学部はちょっとシステムが違うみたい。だから、会場も別だよ」
「システムが違う? どんなところが?」
「一番は色々な賞があることかな? それを決めるにあたって、最初からペアを決めておくみたいだよ。もちろん、ペアに関係なく踊れる『フリータイム』もあるらしいよ」
「……ペア決めって、どうやって決めるの? あと、練習とか」
クラスメイトの1人が聞くと、大半の人がハッとして咲緒理に注目した。
「えっとね、基本的には男子がパートナーになってほしい女子に申し込んで、女子から了承を得られればペア成立だよ。ちなみに上は大学部、下は高等部1年生までなら自由に誘って良いみたいだよ」
「なるほど……って“基本的には”? 違う方法もあるの?」
「うん。場合によっては数人で話し合った上で決めたり、勇気ある女子は自分から男子に申し込んだりしても良いの。ただ、ペアが決まったらそれぞれ自分のクラスの実行委員、うちのクラスなら私に必ず報告してね」
咲緒理がそう言うと、ちらほらと返事をする声が聞こえてきた。
「練習はしばらく間、それぞれの体育の時間にするんだけれど、そのうち合同練習の日程を決めてやるよ。予定では週に数回、5限目を検討しているよ。詳しいことは、城徳とうちの生徒会・実行委員会で話し合って決めるから、まだ先になるかな」
「日向さーん、今回のダンパは係とか決めねぇの?」
男子の1人が手を挙げながら聞いてきた。
「うん。ダンパの準備は基本的に学校側がしてくれるよ。生徒会と実行委員も少しやることがあるけれど、それ以外の生徒はただひたすら練習するのみかな」
「さっき賞があるって言っていたけれど、どんなの?」
「ちょっと待ってね……」
次々とクラスメイトからの質問に答えていた咲緒理は、手元の資料を捲った。
「えっとね、キング賞男子1名、クィーン賞女子1名、ダンサー賞男女各2名、ベストカップル賞1組、カップル賞4組、特別賞が数種類……みたいだよ」
「へぇ、賞を取ると何かあるの?」
「うん。タイプが違うけれど基本はテーマパークのチケットみたい。賞によっては宿泊旅行券付きになるみたいだよ。特別賞だけはまだ検討中なの。詳しい内容は、後で掲示板に貼っておくね」
テーマパークのチケットと聞き、クラスの何人かの目の色が変わった。咲緒理自身、ざっと見ただけでも随分と豪華だと思っていた。
「それじゃあ、正装のレンタル・販売ショップの資料とアンケートを配るね。アンケートは質問の他に何か要望があれば書いてね。内容はパーティーの食事のメニューとか音楽とか、何でも良いからね」
咲緒理はそう言いながら、各列の先頭の人に人数分の資料とアンケートを配った。その後、しばらくの間はアンケートを記入し、それを回収後は本番までに予定されていることや当日に関して、現段階で決まっていることの説明をした。
1限が終わり、休み時間になった。その途端、A組の教室はいつも以上に騒がしかった。
「汐崎さん!」
「へっ?」
「大野さん!」
「うん?」
「松川さん!」
「えっ?」
「日向さん!」
「わっ!?」
「「「「僕と踊ってください!!」」」」
大勢いる男子の声が重なった後、自分が先だと揉め始めた。彼らは全員、優梨たち4人にダンパのペアを申し込みに来た生徒たちだ。あまりの数と白熱ぶりに、クラスメイトを始め、同じように別の人を誘いに来た生徒たちは遠巻きに眺め、避難していた。
「……ある程度の予想はしていたが、これは想像以上だな」
遠巻きにしていた一人である玲が、山のようになっている人だかりを見ながらそう呟いた。そして、ちらりと横を一瞥した。
「……誠史、平気か?」
「フフッ、葵が承諾するとは思っていないけれどね。とは言え……気分が悪いことには変わりないよね……」
段々と声とセリフに黒い何かを感じ取った玲は、思わず誠史から顔を背けた。そのまま今度は足元に座っている雅樹に目を向けた。
「雅樹はどうだ?」
「……気に食わない」
珍しくギラついた視線で紗奈の周りを囲む男子を睨みながら雅樹は一言そう言った。
1人、また1人と少しずつ集団から離れて行く男子はいるが、優梨たちを囲む男子の数は減る兆しが全く見られなかった。
「……なぁ、匡利。お前はどうするんだ」
「何がだ」
雅樹は玲とは反対側に立つ匡利を見上げながら声を掛けた。匡利は訝しそうに雅樹を見下ろし、側にいる慶人たちは2人の会話に耳を傾けた。
「何ってペアの事だよ。佳穂は今アメリカだろ?」
「確かにそうだが……何故、そこで佳穂の名前が出る」
「……匡利、佳穂の事が好きなんだろ?」
雅樹の直球の質問に、気付けば慶人たちの視線も匡利に向けられた。
「……待て、雅樹。何故そうなるんだ」
「雅樹だけでなく、俺たちもそう思っているぞ」
朔夜にそう言われ、匡利は慶人に目を向けた。慶人は肩を竦め「俺は半々だ」と言った。すると、玲の向こうから誠史が顔を出した。
「ちなみに、俺たちだけじゃなくて葵たちもそう思っているよ」
「……何故そうなったんだ」
誠史の言葉に匡利はため息を吐き、肩を落とした。匡利の疑問には誠史が答えた。
「匡利って、よく佳穂の事を気にかけていただろう? 佳穂がアメリカに行く時にプレゼントもしていたし」
「…………」
「それで、実際はどうなんだい?」
誠史が聞き、慶人たちはジッと匡利を見つめた。匡利は1人1人の顔を眺め、もう一度大きくため息を吐いた。
「……俺はただ、佳穂が俺たちに対して壁を作っているように感じて、それが気になっていただけだ」
「壁?」
「あぁ。特に優たちに対して感じていた」
「……それは何か確証があったのか?」
慶人が聞くと、匡利は軽く首を横に振った。
「ない。ただの勘だ。例えば優たちと一緒に何かをして楽しそうにしていても、笑顔に違和感があった。……それで何か悩みでも抱えているんじゃないかと、気になったんだ」
「それで、よく声を掛けていたのか?」
「あぁ。様子からして優たちは知らないようだったから、優たちには言えないことなのかと思い、できれば相談に乗ってやれたらと思っていたんだ。……この間の話で色々と納得はできたがな」
匡利がそう話す中、慶人たちはチラチラと互いを見た。そして、慶人が匡利の両肩を掴んで向かい合った。
「……匡利」
「なんだ」
「つまりお前は……その佳穂の作る壁や違和感が気になり、それで佳穂を気にかけていただけで、佳穂の事は何とも想っていなかった、ということか……?」
「あぁ、そうだ」
きっぱりと返事をする匡利。その一方で、慶人は呆れたようにため息を吐き、雅樹はつまらないと言いたげに唇を尖らせ、朔夜と玲は互いに顔を見合いながら肩を竦め、誠史は苦笑していた。
「……あのな、匡利」
「なんだ、慶人」
「お前の行動は紛らわしいにも程があるぜ……」
珍しく心底脱力した声で慶人はそう言った。匡利はよく分かっていないのか眉をひそめ、首を傾げながら慶人を見つめた。
「(……まぁ、そんな事だろうと思っていたがな。それにしても、佳穂本人すら気付かなかった違和感に匡利が気付いていたとはな……)」
慶人は苦笑し、匡利の肩を軽く叩いてその場から離れた。もうすぐ授業が始まるというのに全く戻る気配のない男子たちを一喝した。そして優梨たちから感謝される慶人の後姿を、匡利は不思議そうに眺めた。そんな匡利を、誠史たちは苦笑しながら見つめていた。
昼休みになると、優梨たちは大急ぎで屋上に移動して昼食を食べていた。
「あ~……本当に疲れた」
「休み時間のたびに来るもんねぇ……」
「ちょっと困るよね……」
「ペア決めって、こんなに大変なんだね……」
優梨たちから口々に出る言葉に、側にいる慶人たちは憐みの視線を向けた。
「次、体育だよねぇ……ダンパの練習かな、やっぱり」
「多分ね。去年も少しやったけれど、さすがに基本以外は忘れたなぁ」
「そもそもダンスなんてやる機会ないもんね」
「……とりあえず、移動くらいはすんなり進みたいなぁ」
どこか願望交じりの優梨の言葉に、葵たち3人は何度も頷いた。
「そういえば、優」
「なぁに、アオ」
「思ったんだけれど、優の方に毎回休み時間になるとペアの申し込みに来ている人いるよね?」
「えっ? あー……もしかして志芭君の事かな? うん、来ているよ。大体1番目か2番目に」
「……それで毎回断っているんだよね?」
「うん、まぁ……」
「なんていうか、すごいね」
葵のしみじみとした感想に、優梨は乾いた笑いしか出なかった。
断ってもまた来る人は他にもいたが、2回ほど断れば大半は諦めている。それが彼は何度断っても来るので、4回目に来た時はさすがに優梨も開いた口が塞がらなかった。
「ところで、アオの方は来たの? 例の彼」
「例の彼?」
「ほら、バスケ部の“おきあがりこぼし”君」
「もしかして枚田君のこと? 最初の休み時間の初めの方に来たけど、断ってからは見ていないよ。ちなみにサオちゃんは?」
葵が咲緒理に目を向けると、咲緒理はキョトンとした。
「えっ?」
「なんていう名前だっけ? 陸上部の高跳びしている人」
「あっ、羽鳥君のこと? さっきの休み時間に来ていたかな。まだ申し込まれてはいないよ。その前に慶人君が教室から出しちゃったから」
「毎回あの大人数を教室から追い出す慶人も大変だよね……。紗奈ちゃんは? バレー部だったよね、あの人」
「桐谷君のことかな? 毎回来ているみたいだけれど、まだ声はかけられていないかなぁ」
ペアの申し込みに来ている男子の情報を交換する優梨たちの隣で慶人たちは静かだった。毎回優梨たちに群がる男子生徒を追い出していた慶人は、どこかウンザリしたような表情を浮かべている。
「……おい。誠史、雅樹」
「なに? 慶人」
「次の時間から葵の方は誠史、紗奈の方は雅樹が追い出せ。俺一人じゃあの数はキリがねぇ……」
「俺は良いよ。雅樹は?」
「良いよ。そろそろ気になってはいたからな……」
「じゃあ、優と咲緒理は引き続き慶人が頑張ってね」
誠史にそう言われ、これからのことを考えて慶人は肩を落としてため息を吐いていた。
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