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第58話 始まり! ダンス・パーティー準備期間 後編

 5限目の体育はB組との合同授業になる。着替えは男女に分かれ、女子はA組の教室で、男子はB組の教室で着替えることになっている。お弁当を早めに食べ終え、着替えを済ませてから体育館へと移動する。さすがに移動教室の時は、大抵の人が遠慮してくれるため殆ど申し込みで声を掛けてくる人はいなかった。


 しかし、体育館に着いた途端、後ろから駆け寄ってくる足音と一緒に声がした。


「優梨ちゃーん!」


 体育館に入ろうとしたところで聞こえてきた声に優梨たちは目を丸くして振り返った。それと同時に、駆け寄ってきた男子は優梨の両手をがっしりと握りしめて詰め寄って来た。


「優梨ちゃん、今度こそダンス・パーティーで俺とペアになって下さい!」

「……志芭君、何度も言っているけれど、踊りたい人がいるのでごめんなさい。……あと、すごく近い」


 彼の名前は志芭(しば)尚樹(なおき)。匡利と同じサッカー部のレギュラーで、クラスは理系コースのD組だ。何かと優梨に声を掛けてくることはあったが、普段はそれほど頻繁ではなかった。それが今はダンパをきっかけに、優梨への申し込みとアプローチに拍車がかかっている。

 優梨が断ると、八の字眉で肩を落とした。何度か見ている姿だが、それでも優梨は少し申し訳なく思った。


「えー、また駄目なのか……」

「ごめんね……」

「……優梨ちゃんが踊りたい奴って、あいつだろ? うちの副部長」


 肯定も否定もせず、優梨は無言のまま俯いた。志芭は握りしめていた優梨の手を放し、何やら考え込んだ。いつの間にか葵たちがいなくなっていることに優梨は気付いたが、今はあまり気にならなかった。


「佐塚が相手ってかなり手強いよなぁ……」

「そう、かな……」

「そりゃあね。んー……じゃあさ、優梨ちゃん」

「ん?」


 考えがまとまったのか、志芭は何か企んでいるような笑みを浮かべ、優梨に声を掛けた。


「佐塚が申し込んできたら今回は諦める。でも、それまで俺は何回でも申し込みに来るからな」

「えっ!?」

「そうでもしなきゃ、いざっていう時にチャンスを逃すだろう? だから、そのつもりでいてよ」


 満面の笑みを浮かべ、志芭は優梨の顔を覗き込んだ。慶人たちで見慣れているとはいえ、学校でも評判のイケメンで女子からの人気も高い志芭の笑顔に、優梨は少し顔が熱くなった。

 ふと、2人は誰かが近づいてくる気配を感じ、優梨の後ろに目を向けた。途端、志芭は顔をしかめた。


「ゲッ。何で大野ちゃんたち、須藤を連れてきているんだよ。俺、あいつ苦手なんだよ……」


 志芭が何故か雅樹に対して苦手意識を持っていることは、優梨たちも知っている。だからこそ連れてきたんだろうと優梨は分かったが、敢えてここでは言わないことにした。


「仕方ねぇからサッサと退散するか……じゃあ優梨ちゃん、次の休み時間にな!」

「えっ、次も移動になるけど……」

「サッカー部の足を舐めんなよ? 走れば平気平気。じゃあな!」

「いや、廊下は走ったら危ない……って、行っちゃった……」


 あっという間に志芭は走っていなくなり、その後姿を優梨は呆然と見送った。同時に、雅樹を連れた葵と咲緒理が到着した。


「あれ? ちょっと遅かった?」


 志芭がいないことに気付き、葵が聞いてきた。優梨はそれに無言で頷いた。


「なんだ、つまらない」

「ごめんね、雅樹。わざわざ」

「良いよ。優も大変だな」

「うん……。おまけに、匡利が誘ってくるまで申し込みに来るって宣言されちゃった」

「……ご愁傷様」


 どこか笑いを含んだ雅樹の言い方に、優梨は頬を膨らませた。


「もう、他人事だと思って……。言っておくけれど、雅樹だって急いで紗奈ちゃんを誘わないと大変だと思うよ」

「なに、紗奈は誰かの誘いを受けそうなのか?」

「それはないと思うけれど、誘ってくる人は増える一方だし、明日あたりからは雅樹の所にだって女子たちが来ると思うよ」

「……はぁ?」


 訳が分からないと言いたげな声を雅樹は上げた。ある意味予想通りの反応に、優梨は肩を竦めた。


「だってサオが言っていたじゃない。勇気ある女子は自分から誘っても良いって。雅樹が誰も誘う気配がないって知ったら、誰かしらは雅樹の所に自分から誘いにくると思うよ?」

「……そうなのか?」


 雅樹に聞かれ、咲緒理は苦笑気味に頷いた。すると、雅樹はうんざりしたように顔を歪めた。


「明日からラブレターも増えるだろうね。特に呼び出しの」

「……それはお前らだって同じだろ?」

「雅樹くん、それは言いっこなしだよ。とにかく、雅樹くんは急いだ方が良いよ」

「そう言う葵は、自分から誘わないのか? 誠史を」


 雅樹にそう言われると、急に葵の表情が無くなった。


「誘いに来る人をどうにかするので手いっぱいだし、自分から誘ったりしたらエリカが怖い」

「……それもそうだな」


 尤もな言い分に雅樹は納得するしかなかった。そのままチラッと咲緒理を見たが、何も言わずに優梨の方を向いた。


「そのこと、匡利たちは知っているのか?」

「知ってはいるんじゃないかな、話はちゃんと聞いていただろうし……ただ、気付いていない可能性はあるかも。特に匡利」

「……俺から一応言っておく」

「そうだね……」


 話がまとまるのと同時に体育教師が号令をかける声が聞こえてきた。体育館の入り口の所にいた優梨たちは、急いで他の皆が集まる場所に向かった。その途中、優梨は先ほど志芭から言われたことを思い出し、小さくため息を吐いていた。




 それから相変わらず休み時間は忙しかったが授業は滞りなく進み、放課後になった。珍しいことに今日はどの部活も休みで、SHRが終わると皆はすぐに帰宅の準備を始めた。

 鞄の中身を詰め終えて席を立った紗奈の横で、咲緒理はまだ座ったままだった。


「さーちゃん、帰ろう」

「あっ、ごめんね。ちょっと職員室に用があるの。だから優たちと一緒に先に昇降口に行ってもらっても良いかな?」

「良いよ。もしかして1限のアンケート?」

「うん」

「実行委員も大変だね」


 紗奈は苦笑しながらそう言った後、ふと疑問が浮かんできた。


「あれ? そういえば今さらだけれど、実行委員を決める話し合いってしてないよね?」

「うん、そうだね……」

「……学園祭とダンパって実行委員一緒だったっけ? でも、朔夜くんは違うよね。あれ?」

「…………実は」


 紗奈の疑問に咲緒理は、学園祭終了から数日経った時のことを話し始めた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 その日の放課後、部活に向かう咲緒理に桜先生が後ろから声を掛けた。


「日向さん」

「桜先生、どうしたんですか?」

「学園祭、本当にお疲れ様。石井くんが思いの外、情報収集や調理係の方で忙しくなってしまったから、日向さんにはその分動いてもらって……でも、本当に素晴らしかったわ。ありがとう」

「いえ、そんな……」


 桜先生の率直な誉め言葉に、咲緒理は嬉しくなって頬を緩めた。しかし、桜先生が声を掛けた理由は別だった。


「これなら12月のクリスマス・ダンス・パーティーの実行委員も任せられるわ。日向さん、よろしくね」

「……えっ?」

「じゃあ、早速だけれどね――」


 その後、桜先生は咲緒理の返事を聞くことなく、最初の実行委員会の説明などをし始めた。一方で咲緒理の耳にはほとんど入らず、頭は真っ白になっていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 咲緒理の話を聞き、紗奈といつの間にか側に来ていた優梨と葵は唖然としていた。


「えーっ、それって要は強制じゃない」と優梨。

「でも、桜先生らしくもあるよねぇ」と葵。

「さーちゃん、大丈夫?」と紗奈。


 咲緒理は苦笑いを浮かべながら頷いた。


「一応ね。それに、実行委員って言っても、準備をする生徒会と学校側とクラスの連絡係みたいな感じで、そんなに大変じゃないの。だからなのか、学園祭と違って元々1人しかいないみたい」


 丁度そこで咲緒理の荷物がまとめ終わり、4人は途中まで一緒に歩いた。分かれ道で優梨たち3人は昇降口に向かい、咲緒理は職員室に向かった。


「(なんだかんだ言って、結構こういう仕事は嫌いじゃないんだよね……お人好し過ぎるかな?)」


 3人と別れてから、咲緒理は手に持つアンケートを眺めながらそう考え、苦笑していた。


 職員室に着き、ダンパ実行委員会の担当教員にアンケートを渡した後、咲緒理は部活の顧問に声を掛けられてしばらくの間、話をした。


「――失礼しました」


 話を終えて職員室を出ると、咲緒理は足早に昇降口へ向かった。


「(結構時間が経っちゃった。皆、待っているだろうな)」


 時計を見ながら急いで歩いていた咲緒理は前が見えず、角を曲がった瞬間に人とぶつかった。


「……っ! ごめんなさ、い……沖田、君」


 咲緒理がぶつかった相手は侑哉だった。咲緒理と侑哉は驚いたように互いを見つめ合った。


「(そういえば、ちゃんと顔を見るの、学園祭以来だ……)」


 久しぶりに顔を合わせた侑哉に何か話そうと、咲緒理は口を開きかけた。しかし、侑哉は咲緒理から視線を逸らし、俯いてしまった。そのまま何も言わず、咲緒理の横を通り過ぎて行ってしまった。


「(えっ……?)」


 侑哉の行動に咲緒理は表情が固まり、振り返ることができなかった。


「(今、無視された、よね……? どうして……)」


 グルグルと考えたままフラフラとした足取りで歩き出し、気付けば昇降口に着いていた。咲緒理に気付いた優梨たちは振り返ると、咲緒理の表情を見てギョッとした。


「サオ、どうしたの!?」

「えっ、何が……?」

「何がって、泣いているじゃない……」


 優梨に言われ、咲緒理は自分が泣いていることに初めて気付いた。慌てて涙を拭おうとしたが、次から次へと涙が流れて止まらなかった。


「何かあったの?」


 葵に心配そうに聞かれたが、咲緒理は首を横に振った。


「分からない……分からないけど、どうしてか止まらないの……」


 俯いて顔を覆いながらそう言う咲緒理に、優梨たちは困惑して互いを見た。3人とも首を振り、肩を竦めるばかりだった。

 それからしばらくして、やっと咲緒理の涙は止まった。咲緒理が分からないと言う以上、優梨たちは何も聞けなかった。そのまま4人は何事もなかったかのように帰路に就いた。




 咲緒理は家に着くと、自室のリビングのソファに横になっていた。クッションを抱きかかえ、先ほどの侑哉のことを考えていた。


「(学園祭の時のことが原因なのかなぁ、やっぱり……)」


 咲緒理は学園祭2日目の侑哉とのやり取りを思い出した。まだ、あの日のことを思い出すと胸が少し痛んだが、あの後に色々な事が起こったせいか、少しだけ吹っ切れてはいた。それでも、今日の侑哉の行動は咲緒理にとってとても悲しかった。


「(あの日、たまたま沖田君の機嫌が良くなかったのかなって思っていたけれど……私、気付かない間に何かしちゃったのかな……? だから、さっきも無視されちゃったのかな……)」


 いくら考えても侑哉の行動の真意が分からず、咲緒理は無意識にため息を吐いていた。それに加えて、咲緒理は自分の涙の意味も分からなかった。


「(無視されるのなんて、とっくの昔に慣れたと思っていたんだけれどなぁ……こんな事、初めてかも……)」


 分からないことばかりで、咲緒理は頭がパンクしそうな思いだった。それから咲緒理の思考の堂々巡りが収まったのは、優梨が夕飯だと告げに来た時だった。


ここまで読んで下さりありがとうございます!



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