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第42話 学園祭デート ~ 咲緒理編 ~

「――なぁ、姫さん」


 売り上げなどの報告が終わると、おもむろに侑哉が声を掛けてきた。


「なぁに?」

「姫さん、いつから休憩なん?」

「えっ? 2時からの予定だけれど……」

「そん時、誰かと約束してはったりする?」


 そう聞かれ、咲緒理は優梨たちの方をチラッと見た。休憩までそんなに時間はない。ちょうど誠史が葵を誘っているのが見えた。きっと優梨や紗奈も誰かと一緒に回るんだろうな、と咲緒理は思った。


「ううん。まだ何もしていないよ」

「そんなら、良かったら俺と一緒に学園祭回らへんか? 俺も丁度2時から休憩なんや」


 思いがけない侑哉からの誘いに咲緒理はすぐに頷いた。


「私で良ければ是非」

「良かった。着替えはどこで?」

「教室だよ」

「ほなら、着替え終わったらA組の教室の前でええか?」

「うん」


 待ち合わせが決まると、侑哉は他のクラスの所へ行くと言って向かった。その後念のため優梨たちに声を掛けると、何とも言えない笑みを浮かべながら「私たちは大丈夫だから、行っておいで」と言われた。


 それからしばらくして午後2時になり、咲緒理たちは次の担当の子と交代をした。教室に戻って着替えを済ませ、咲緒理は教室の外で侑哉が来るのを待った。

 教室を出る時、葵が壁際で誠史が来るのを今か今かと待っていた。その直前には優梨と匡利が脱兎のごとく教室を出て行き、その後をアレックスとアンジュが追いかけていくのを見かけた。紗奈と佳穂は、咲緒理が着替えブースから出る前にどこかへ行ったようだった。


 教室の前で待ち始めてから数分後、侑哉がやってきた。先ほどまで着ていた着物を脱いで、今は制服姿だ。


「待たせてしもてスマンな」

「ううん、大丈夫だよ」


 そう言うと、侑哉は少しホッとしたように微笑んだ。


「最初なんやけどな、ちょっと行きたい所があんねん。そこでもええ?」

「うん」

「ほなら、行こうか」


 歩き出そうとすると、侑哉が不意に咲緒理の手を握った。咲緒理が驚いて顔を上げると、侑哉は少し苦笑気味の表情をしている。


「このままやと、はぐれてまうから……少しだけ我慢したって」

「う、うん」


 顔が赤くなりそうなのを隠すように咲緒理は顔を俯かせた。侑哉はそれに気付いていない風にゆっくりとした歩調で歩いた。


 咲緒理と侑哉はそのまま校舎を出て、外の出店エリアを歩いている。そこは、お祭りの縁日に並ぶ出店の様な出し物が並んでいる。その中でもそれなりに行列になっている店があった。


「なんや、結構並んどるやんか」

「沖田君が来たかったのってここ?」

「そうや。ちょっと待つけどええか?」

「うん」


 何の店かと思い、咲緒理が看板を見ると「1-C たこ焼き屋」とあった。


「たこ焼き屋さん? 1年生のクラスだね」

「ここ、部活の後輩のクラスやねん」

「部活ってことは、テニス部の?」

「そうや。なんでも、クラスの出し物がたこ焼き屋に決まったはええんやけど、クラスの誰もちゃんとした作り方を知らへんかったらしいんや。それで、終日の準備期間が始まる前に、俺に作り方を教えてくれって言われてな」


 そう言うと、侑哉は少し肩を竦めて苦笑した。


「せやけどな、鉄板が届くのは学園祭始まる直前やし、後輩らの家にはたこ焼き器はあらへんし……結局、俺の家に呼んで練習することになったんや」

「沖田君の家で?」

「せや。俺、一人暮らしやから、そこらへんは好きにできるんや」


 そう話す侑哉の表情が一瞬だけ暗くなったように咲緒理は感じた。元々侑哉が大阪からの転校生だということは慶人たちから聞いていた。同時に一人暮らしだということもチラッとだけ聞いている。


「(独りでわざわざ大阪から東京に来たのって……やっぱり何か理由があるのかな?)」


 そう咲緒理が思って侑哉を見上げると、侑哉がこちらを見てニコッと笑った。


「練習には一晩中かかって、その日は正直ウンザリするほどたこ焼きを食べまくってな……。まぁ、それだけのことをしたんやから、その成果を見てやろうと思て来ることにしたんや。けれど、姫さんには付き合わせてしもてスマンな」

「ううん、大丈夫だよ」

「おおきに。……あっ、そろそろ番やな」


 侑哉の言葉で前を見ると、いつの間にか大分進んで自分たちまでの頃1組になっていた。


「ありがとうございましたー」

「次の方……あっ、沖田先輩! 来てくれたんスね!」


 侑哉の後輩たちは、侑哉に気付くと嬉しそうに顔を輝かせた。それを見て咲緒理は「慕われているんだな」と思った。


「なんや、結構盛況みたいやな」


 侑哉がそう声を掛けると、後輩たちは大きく頷いた。


「沖田先輩のおかげッスよ! マジでありがとうございました!」

「大げさやなぁ。とりあえず、2つくれへん?」

「あざっす! あっ、沖田先輩はあっちにある飲食スペースで待っててください。俺ら、持っていくんで」

「ホンマ? おおきに、そうさせてもらうわ」


 侑哉はたこ焼き2つ分の料金を払うと、咲緒理を連れて近くにあった飲食スペースへと向かった。

 学園祭では校舎内だけじゃなく外にも食べ物を販売する出し物がたくさんある。そのため、買ったものを落ち着いて食べられるように敷地内のあちこちに飲食スペースが設けられている。

 咲緒理たちが向かった飲食スペースの席はたくさんの人で埋まっていたが、咲緒理たちは比較的近い場所で4人掛けのテーブルを確保できた。


「空いてて良かったね」

「せやな。ここならあいつらもすぐに分かるやろ。……あぁ、来たな。佐藤! 古田!」


 それぞれトレーを持った後輩たち――佐藤と古田は、咲緒理たちに気付いて向かってきた。


「お待たせしました」

「おおきに。……って。ドリンクは頼んでへんけど」


 2人が持ってきたトレーにはそれぞれたこ焼き8個とドリンクの入った紙コップが乗っていた。ドリンクはどうやら烏龍茶のようだ。


「俺らのサービスっす! 代わりに、食べた感想を利かせてください」


 佐藤がそう言うと、侑哉は納得したように笑った。


「あぁ、ええよ。おおきにな。ほな、いただきます」

「いただきます」


 咲緒理と侑哉はそれぞれ箸を持つと、たこ焼きを1個頬張った。外側はカリッとして、中はトロリとしている。主役のたこは大振りでプリプリとしている。


「美味しい」

「ホンマやな。形もちゃんと丸いし……。最初は潰れたたこ焼きばっかりやったのに、上達したんやな」

「鉄板が届いてから俺らスッゲー練習したんスよ」

「おかげで、俺らは当分たこ焼きは遠慮したいッスけど」

「その気持ちはよぉ分かるで」


 彼らが練習に来た日のことを思い出したのか、侑哉は苦笑していた。そんな侑哉と後輩たちのやり取りを、咲緒理は微笑ましそうに眺めていた。すると、佐藤が躊躇いがちに咲緒理の方をチラッと見てきた。何だろうかと思い、咲緒理は首を傾げた。


「あ、の……沖田先輩」

「ん? なんや」

「さっきから気になってたんスけど……一緒にいるのって日向先輩、ッスよね……?」

「今更なんやねん。まぁ、そうやけど……よぉ分かったな」

「いや、分かりますって! あの日向先輩ッスよ!? スッゲー有名じゃないッスか!」


 佐藤は興奮気味にそう言い、古田は額を抑えた。咲緒理と侑哉は目を丸くして佐藤を見つめた。


「えっと、私ってそんなに有名なの?」

「そりゃもう! ていうか、そもそも俺、日向先輩のスッゲーファンでファンクラブにも入って、いる、んです……」


 咲緒理の問いに勢い余って答えたものの、自分がファンであることを暴露してしまった佐藤は我に返って顔を真っ赤に染めた。古田はそのことを知っていたのか、同情の眼差しで慰めるようにして佐藤の肩を軽く叩いた。


「ところで2人で回っているのって、もしかして付き合っているんスか?」

「えっ、マジっすか!?」


 何の気なしに古田が聞くと、佐藤はギョッとしたように2人を見た。侑哉は呆れたような表情になり、咲緒理は顔を真っ赤にして首を横に振った。


「何言うてんねん。付き()うてへんよ。今日は単に俺が誘っただけや」

「な、なんだ……」

「てっきりそうだと思ったんスけど……」


 佐藤はホッとした表情で息を吐き、古田は「つまらない」と言いたげな顔をした。それが分かった侑哉はため息を吐いた。


「大体なぁ、俺なんか姫さんにはもったいないやろ? 姫さんには、俺よりもっとええ男が似合うてるっちゅーねん」

「いや、あんた何言ってるんスか、マジで」

「沖田先輩でももったいなかったら、俺なんてどうなるんスか……」


 自分の人気と価値を分かっていない侑哉の言い草に、佐藤も古田も真顔で言い返した。佐藤に至ってはそのままがっくり肩を落としている。その理由をよく分かっていない侑哉はキョトンとして2人を見た。その様子を咲緒理は苦笑気味に眺めた。

 そして、咲緒理は心に何とも言えない引っ掛かりを感じていた。


「(私にはもったいない、か……。本当は逆なんだろうなぁ……)」


 そう思った途端、一瞬だけズキッと胸が痛んだ。


「(っ、私……何でショックを受けているんだろう……?)」


 これまでに経験したことのない感情に咲緒理は少し戸惑った。それを誤魔化すように目の前のたこ焼きを頬張った。佐藤たちと話しながら侑哉は、そんな咲緒理の様子を横目で見つめていた。


 たこ焼きを食べ終わり、佐藤たちも係に戻ると、咲緒理と侑哉は少し食休みをした。回る場所を反し合い、それが決まると2人は移動を始めた。

 2人は場所を校舎内に移した。昔懐かしい駄菓子屋や海の家、縁日をモチーフにしているクラスなど、色々な所を回った。縁日のクラスでは、的当てを侑哉がやって見事ウサギのぬいぐるみを当てた。そのぬいぐるみを侑哉はそのまま咲緒理に渡した。


「えっ、良いの?」

「ええよ。俺が貰ってもしゃあないしな。姫さんにプレゼントや」

「……ありがとう」


 はにかむように笑い、片腕にすっぽりと収まるそのぬいぐるみを咲緒理は大事そうに抱きしめた。


「ん、どういたしまして」


 それを侑哉は少しだけ嬉しそうに笑いながら見ていた。

 そのすぐ後に2人は縁日のクラスを出た。次はどこに行こうかと話しながら歩く2人の目に長い行列が映った。


「なんやろ、この行列」

「……あっ、お化け屋敷みたいだよ」


 列の最後尾から少し前に進んだ所に「お化け屋敷 最後尾はこちら」と書かれた看板を持った生徒が立っていた。


「……姫さん、あれって優梨ちゃんやないか?」

「えっ?」


 侑哉が指さす方を見ると、確かに優梨がいた。お化け屋敷の出口の側に設けられたベンチに座り、ハンカチで目元を抑えている。半泣きというか、ほぼ泣いている優梨をアレックスとアンジュが必死に慰めている。そこに匡利がどこかで買ったらしいペットボトルの飲み物を手にやってきた。それを優梨に渡すと、アレックスとは反対側の隣に座って優梨の背中を撫でていた。


「あれ、どないしたんやろ……?」

「……多分、お化け屋敷に入って皆が思う以上に優が怖がったんだろうね。提案したのはアンジュとアレックス君かな?」

「なるほど。この行列は、あのお嬢さんの様子で興味が沸いた奴らが並んどるんやろうな」


 そう話した直後、お化け屋敷の中から大きな悲鳴が聞こえてきた。その声もどこかで聞いたことがあった。


「……この声は葵ちゃんか」

「うん、多分……」

「……姫さんも入る?」


 侑哉はそう聞いて目の前の行列を指さした。咲緒理は継続的に聞こえてくる葵の悲鳴と、匡利たちに慰められる優梨を見ていて、とても入る気は起きなかった。


「……やめておこうかな」

「それがええかもな」


 咲緒理の答えを予想していたのか侑哉はあっさりとそう言い、咲緒理の手を取って踵を返した。


 その後、咲緒理たちが向かったのは体育館でやっている2年生の劇だ。ちょうど上映時間に間に合い、運よく中央に近い場所に席を取れた。

 題材は「シンデレラ」なのだが舞台背景は現代の日本で、王子は貴族の跡取りという設定になっている。しかも、その貴族の息子役は「王子」と「魔法使い」の両方の役割をしている。

 大まかな筋書きは「“シンデレラ”に一目惚れした“王子”はその財力を使って、まるで“魔法使い”のように“シンデレラ”を次々と着飾らせ、パーティーに連れ出した。その後、姿をくらませてしまった“シンデレラ”を“王子”は自分が贈った様々な物を頼りに彼女を捜し、見事見つけ出して2人は結ばれる」という風だった。

 シンデレラの物語を上手い具合に現代に反映させたその劇を、咲緒理と侑哉は思っていた以上に楽しめた。


「上手いもんやったなぁ」

「脚本と演出は演劇部と文芸部の人が考えたみたいだね」

「そんなら上手いはずやな。題材はシンデレラやけど、普通に現代のシンデレラストーリーとしても通じるな」

「そういうの詳しいの?」


 聞くと、侑哉は何故か苦笑して頷いた。


「俺の趣味、映画や舞台鑑賞やから。ジャンルは何でも観るで。アクションもサスペンスも、もちろん恋愛系も」

「へぇ……」

「アニメも好きやなぁ。……変やろ?」


 初めて聞く趣味の話に咲緒理が大いに興味を沸かせていると、侑哉が自嘲気味に言った。


「ううん、そんなことないよ」


 言われてすかさず首を横に振って否定すると、侑哉は一瞬目を丸くし、それから嬉しそうに笑った。


「姫さんは優しいな」

「そ、そんなことないよ」

「そうか? 俺はそう思うんやけどなぁ」


 不意に侑哉は手を伸ばし、そっと咲緒理の頭を撫でた。急な侑哉の行動に咲緒理は驚き、顔が熱くなるのを感じた。その一方で、自分の頭を撫でるその大きな手がとても温かく感じ、心地よかった。


「(そう言えば、こうして頭を撫でられるのって、皆以外では初めてだ……)」


 優梨たちは普段、よく仲間内でスキンシップを取る。手を繋いだりハグをしたり、頭を撫でたり、滅多にないが時には頬や額にキスをすることだってある。今までそういった愛情表現を受けず、同様にスキンシップを取ってもらえなかった故か、優梨たちは“家族として”そういうスキンシップを取るようになり、それが当たり前だった。

 そして慶人や朔夜、玲がよく頭を撫でてくる。時折、珍しく匡利や誠史、雅樹が撫でてくることもあった。その誰とも違う手に、咲緒理は不思議と安心感を覚えた。できることなら、もう少し撫でてもらいたいとさえ思った。

 何も反応しない咲緒理に照れているのだと思った侑哉は、撫でる手を離した。咲緒理はそれを少しだけ名残惜しく思った。


「……なぁ、咲緒理ちゃん」

「うん?」

「……あっ、いや……次、どこ行こうか?」


 そうやって聞いてくる侑哉が、本当は別のことを言おうとしていたように咲緒理は感じた。しかし、何も言わない侑哉のことを考え、気付かないフリをして彼が広げたパンフレットの案内図を覗き込んだ。

 その後、咲緒理と侑哉は1日目の終了時間まで色々な場所を回り、学園祭を堪能していた。


読んでいただきありがとうございました!


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