第43話 1日目の終わり
夕方4時になり、学園祭1日目が終了した。全員第3会議室に集まり、食器を片付けて掃除をした。その最中、優梨はアンジュに声を掛けるアレックスの声が聞こえてきた。
「アンジュ、どうかしたか?」
振り返ると、アンジュはどこか機嫌が良くなさそうに見えた。アレックスに何かを言っているが、その声は聞こえてこなかった。
「(お化け屋敷の後分かれて、匡利と学園祭回ってるはずだけど……何かあったのかな?)」
少し気になったが、聞くのも気が引けたので優梨は気にしないことにした。
掃除が終わると2日目の打ち合わせが行われた。料理の出具合はおおむね予想通りで問題はないと朔夜から報告がされ、飲み物だけ今日中に買い足すことになった。買い出しに行く人を決め、2日目の担当の確認をした後、生徒たちは全員帰路についた。
優梨たちはこの日、夕飯は家ではなく皆でファミリーレストランに寄って食べた。少し早い夕飯を済ませ、家に帰ってくると自然に皆リビングルームに集まった。全員で好きな飲み物を用意して、思い思いに座って寛いだ。
「それにしても、今日は思った以上にお客さんが入ったね」
ココアを手に葵が言った。
「やっぱり口コミが凄かったみたいだよ」
咲緒理はそう言うと、チラッと慶人たちの方を見た。慶人たちは優梨たちとはまた違った大変さもあったせいか、珍しく疲れた表情を見せている。
「……おい。アレは明日もやるのか?」
慶人が代表して聞くと、優梨たちは顔を見合わせた。
「なかなか評判だったみたいだし……」と葵。
「何よりも集客にかなり貢献しているし……」と紗奈。
「この調子だったら、模擬店部門の優勝は確実だし……」と咲緒理。
「というわけで……」
優梨は立ち上がり、正面から慶人の両肩に手を置いた。
「明日もよろしくね?」
「…………ハァ」
コテンと首を傾げながら言う優梨に、なんとなく断れない雰囲気を感じ取った慶人は大きくため息を吐いた。慶人が了承したら他の皆も断れない。匡利たちはそれぞれ項垂れたり苦笑したりと、それぞれ反応を見せていた。
「そろそろ、部屋に戻るね」
時計を見た誠史がそう声を掛けた。それを皮切りにそれぞれがのろのろと動き出した中、一足先に佳穂がリビングルームを出て行った。その背中を葵が訝しそうに見つめているのに優梨は気付いた。
「アオ、どうしたの?」
「ん……なんか、佳穂の様子おかしくない?」
「えっ? んー、確かにちょっと変かなって感じだけど……何か思い当たることでもあるの?」
「……今日の昼間、佳穂が食器を割ったの、覚えてる?」
葵がそう聞くと、優梨は無言で頷いた。いつの間にか側で話を聞いていた咲緒理と紗奈も同じように頷いた。
「その時に何か言われたんだけれど、私上手く聞き取れなくて……」
「アオが聞き取れないって相当小さい声で言ったんだね」
「うん。それでね、聞き返したんだけれど、何でもないってはぐらかされたの。ただ……」
「ただ?」
「……なんとなく、あまり良い感じがしなかった」
眉をひそめて言われた言葉に、優梨たち3人は顔を見合わせた。そして、紗奈はあることを思い出した。
「……もしかして、あれが関係しているのかな?」
「紗奈ちゃん、あれって?」
「昨日の前祝の時にね、佳穂、先生に呼び出されていたの」
「あっ、そう言えば……」
その場にいた優梨も紗奈の言葉で思い出した。そのことを知らなかった葵と咲緒理は目を丸くした。
「佳穂が呼び出されるって、相当だよね?」
「私たちもそう思ったんだけれど……ただね、意外と早く戻ってきたし、先生からは特に変な感じはしなかったから、大したことなかったのかなって思っていたんだけれど……」
紗奈がそう言うと、優梨たちも黙り込んでしまった。しばらく無言でいたが、最初に葵がため息を吐いた。
「どっちにしても、私の思い過ごしだったらいいんだけれどね。さっきだって、凄く疲れていただけかもしれないし……きっと、何かあったなら、相談してくれるよね」
どこか願望が入り混じった調子で葵が言うと、優梨たちも頷いた。
――相談、してくれるよね? だって、私たちは“家族”だもん。そうだよね? 佳穂……
心に何とも言えない違和感を抱えたまま、優梨たちはそれぞれの部屋に戻ることにした。
「――あっ。私、明日のお昼のお弁当の用意しないと……」
リビングルームを出て部屋へ向かおうとしたところで、優梨は思い出した。
「そう言えば明日の当番、優だったね」
「手伝う?」
葵と咲緒理も思い出してそう申し出ると、優梨は首を横に振った。
「ありがとう。でも大丈夫。もうほとんど中身はできているの。さすがに当日の朝はきついと思って何日かに分けて下ごしらえして、後はほとんど詰めるだけなんだ」
「そう……もし、やっぱり手伝いが必要になったら言ってね」
「うん。ありがとう、紗奈ちゃん」
葵たちとその場で別れると、優梨は厨房に向かった。エプロンを付け、材料を冷蔵庫から出して作り始めた。作っているのは、中身の最後のメニューになる数種類の卵焼きだ。
卵をまとめて溶いた後、いくつかボウルに分けてそれぞれ違う具材を加えて混ぜた。あとは順番に焼いていき、冷ましてから切り分けるだけだ。
冷めるのを待つ間に貯蔵室に向かい、棚から5段の大きめの重箱を出した。普段はそれぞれ別の弁当箱に詰めるが、今回は重箱にまとめることにした。厨房に戻ると、《無限収納》からすでに作り終えている中身を出し、先に重箱に詰めた。それが終わると、卵焼きを切り分けてそれも同じように詰めた。全てでき上がると、重箱を重ねて蓋をしてから大きめの風呂敷で包んだ。取り分けに使う紙皿とそれぞれの箸も用意すると、すべて自分の《無限収納》にしまった。
「ふぅ……あとは片付けだけだ」
いつもならば下洗いをした後に食洗器に入れるが、今日は《清浄》をかけて終わりにした。棚にしまっていると、厨房のドアが開く音がした。振り返ると、匡利が立っていた。
「あれ? 匡利、どうしたの?」
「飲み物を取りに来た」
そう言いながら、貯蔵室に入っていった。すぐに出てきて、その手にはペットボトルのお茶が握られていた。
「お前はどうしたんだ」
「私は明日のお弁当の用意をしていたの。もう終わったよ」
「……そういえば、明日当番だったか」
匡利は手にしていたペットボトルを作業台に置くと、そのまま片づけを手伝いだした。優梨は驚いて目を丸くしたが、あえて何も言わないことにした。数分後にはすっかり片付けも済んだ。
「ありがとう。おかげですぐ終わったよ」
「あぁ。……ところで、優梨」
「うん?」
「……もう大丈夫なのか。昼間のは」
躊躇いがちに聞かれ、何のことかと思ったがすぐに分かった。昼間、アレックス達に連れられて行ったお化け屋敷のことだ。
「多分大丈夫、かな……? 逆にごめんね、気を遣わせちゃって」
「いや、それは良い。むしろ、お前が入る前に渋った時に止めるべきだった」
匡利はどこか苦々しげに言った。優梨もこれには苦笑いを浮かべるしかできなかった。
「自分でもあんなになるとは思わなくて……元々、そんなに得意じゃなかったんだけど、学園祭の出し物だし平気かなって思って……まさか、あんなにリアルに生々しいのが出て来るとは思わなくて……」
優梨の想像では学生のコスプレを少し凝らせたもので、多少怖い程度だろうと思っていた。それが実際にはスキルを使った特殊メイクと《幻影》の効果で、高校生の学園祭でやるお化け屋敷とは思えないほどのものだった。なんなら、遊園地などにあるお化け屋敷並みかそれ以上じゃないかとさえ思えた。
「……お化け屋敷、行ったことがあるのか?」
そう聞かれ、優梨はハッとした。
「えっと……ずっと昔に少し行ったことがあって……」
その思い出は、もちろん現世のモノではない。前世の時、まだ両親が生きていた頃に何度か行った思い出だ。その時はその時で怖い思いをしていたが、優梨からしたら相当昔の話だ。怖かったことは覚えていても、実際どんな風だったのかはもう朧気だ。
しどろもどろとした答えだったが、匡利はそれで納得していた。
「それなら、なおさら止めた方が良かったな……すまない」
「ううん。匡利は気にしなくて大丈夫。私がもっと強く言えば良かったんだし……あと、日本のお化け屋敷に興味があるって言うアレックス君たちの言葉を断れなかったし……」
さすがに優梨が思い切り怖がったことには罪悪感を覚えたようだったが、アレックス達は大いに楽しめたようだった。
「匡利はよく平気だったね」
「何度か、アンデット系の魔物が出るダンジョンに入っているからな」
「なるほど、確かにアンデット系のダンジョンはお化け屋敷みたいなものだね。……そう言えば私、アンデット系ってほとんど出くわしたことないかも。あってもスケルトンくらいかな……」
無意識のうちに避けていたのかもしれないと、優梨は思った。
「今日の怖がり方なら、極力出くわさない方がいいだろうな」
「そうするよ。……そろそろ、私は戻るけど匡利はどうする?」
話の区切りがついたのと、意外と遅くなってしまったことに気付いた優梨がそう声をかけた。
「俺も戻る」
「じゃあ、また明日も頑張ろうね」
「あぁ。……優」
エプロンをしまっている優梨の背に匡利は呼びかけた。
「ん?」
「……お前たちと佳穂、喧嘩でもしたのか?」
匡利の問いに驚き、優梨は思わず勢いよく振り返った。匡利は真っすぐ優梨を見つめていた。少しの間沈黙が流れ、それを破ったのは優梨だ。
「何でそう思うの?」
極力冷静に聞いたが、どこか声が固くなった。
「……佳穂の様子と、お前たちへの接し方が少しおかしいと思ったからだ」
「……喧嘩はしていないよ。様子がおかしいなとは私たちも思っているけれど、理由はよく分からないんだ」
「そうか……」
気まずい空気が2人の間に流れた。優梨は、先ほどまでの高揚とした気持ちがすっかり萎んでしまっていた。
「……私、もう寝るね。おやすみ、匡利」
「あぁ……おやすみ」
厨房から出ると、優梨はすぐに《瞬間移動》で部屋に戻った。お風呂に入ったり翌日の用意をしたり、寝る準備を整えてベッドに入った。しかし、すぐには寝付けなかった。
「(……匡利、佳穂のこと気にしていたなぁ)」
先ほどの匡利のことを考え、胸が一瞬ズキンと痛んだ。
「(……仲間として、家族として様子がおかしかったら気にして当然なんだけれど……匡利があんな風に気にするのって珍しいしなぁ……見ていなきゃ気付かないよね……やっぱりそうなのかなぁ……)」
目を閉じたままあれやこれやと考えているうちに優梨は眠りについた。胸の内のモヤモヤは消えないまま、眠る間に胸の奥底へとしまい込んでいた。
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