第17話 兄、現れる
慶人と誠史が手続きから戻ると、それぞれのダンジョンへと向かった。ダンジョンに潜る手続きを済ませると、転移石で昨日の場所へと移動した。
すぐにボス戦となったが全員仲間ということで遠慮なく力を発揮し、ボス部屋に10体ずついたゴブリンとコボルトは1分もかからないうちに退治した。
2階層へ移動すると、今度は広々とした草原に出た。
「すごーい、広いね!」
葵が目を輝かせながらそう言う。ダンジョンの中とは思えないほど広く、上には青空が広がっている。ここでは薬草の一部とホーンラビットを始めとした魔物がよく現れる。薬草を採取しつつ、魔物が現れると退治すことを繰り返した。
1時間もすれば依頼分はすっかり集まった。ついでに虫型の魔物もいくつか退治した。
「一度休憩を取ろうか」
誠史の言葉でセーフエリアへ移動した。そこにはすでに何組かのパーティーがいて、優梨たちが来ると視線を向けてきた。その視線を気にせず進み、奥の方に開けた場所を見つけた。それぞれ《無限収納》にしまっていたお弁当を取り出し、食べ始めた。このお弁当は宿泊施設でお願いすると作ってもらえるもので、出発前に受け取った。優梨たち女子はサンドイッチのお弁当を頼み、匡利たち男子はおにぎりのお弁当を頼んでいた、
「美味しいー」
「施設のご飯も美味しかったけど、やっぱりお弁当も美味しいね」
葵と咲緒理がそう話しているが、優梨はその会話に交ざらず黙々とお弁当を食べていた。
「(うぅ~……やっぱりさっきのことが気になる……何で匡利は佳穂を見ていたのかな……気になるけど聞けないし……)」
悶々とそう考えていると、いつの間にか声にして唸っていたのか葵と咲緒理が覗き込んできた。急に2人の顔が視界に映り、優梨は肩を跳ね上がらせた。
「びっくりした……どうしたの、2人とも」
「優……大丈夫? 今日ずっと変だよ?」
「寝てる時も唸ってたよね? 何かあったの?」
心配そうにそう聞いてくる2人。優梨は目を丸くさせ、心配させていることに心が痛んだ。
「……ごめんね、ちょっと色々考えることが多くて……寝てる時に唸ってたのは多分、昨日の蜘蛛を夢で見たからかな?」
「やっぱり見ちゃった? 私はサオちゃんと一緒だったから平気だったんだけど……」
「優も一緒に寝たほうが良かったね」
誘えば良かったとしょんぼりする2人を優梨は慌てて宥めた。
「私も平気だと思ったけど、やっぱり衝撃的だったみたいなんだよね。もう大丈夫だと思うから、2人とも落ち込まないで」
「……本当に?」
「うん、本当。ありがとうね、アオ、サオ」
ニッコリと笑いながらそう言うと、葵と咲緒理はホッとしたような表情を浮かべた。
それからすぐに休憩を切り上げ、2階の探索へと戻った。意外と早くボス部屋を見つけ、その中にいた魔物たちも相変わらず瞬殺して次へと進んだ。
3階は2階と同じ草原だった。今度は普通のホーンラビット以外に上位種のジャイアントホーンラビットやジャイアントボア、ゴブリン・メイジなどの特殊個体を交えたゴブリンの集団が現れた。それらも順調に退治し、薬草も珍しいものをいくつか採取することが出来た。
少々時間がかかったが3階のボス部屋も見つけ、中にいた数体のジャイアントホーンラビットとジャイアントボア、ホーンラビット、特殊個体交じりのゴブリンの集団も順調に倒した。そのあと4階に下りたところで時間になってしまった。すぐ近くのセーフエリアに転移石を置いて地上へと戻った。
ギルドに戻ると慶人たちは戻っている様子がなかったので先に手続きを済ませることにした。それを終えたところで慶人たちも戻ってきた。蒔田と雅樹はどちらがより成果を上げたかを言い合い、その後ろでは紗奈が苦笑いを浮かべていた。さらにその後ろでは他の3人がどこか疲れ切った顔をしていた。
「お、お疲れ様」
手続きに向かう慶人に優梨は思わず声をかけた。慶人は無言で頷き、ぐったりとしたように窓口に向かって行った。
「佳穂、大丈夫だった?」
「……正直に言えば、散々だったわね」
葵が声をかけ、佳穂が疲れ切った声で答えるのが聞こえてきた。ふと、匡利の方に視線を向けてみた。匡利はダンジョンに向かう前と同じようにジッと佳穂を見つめていた。
ズキンと胸が痛み、匡利から視線を外した。胸の痛みは収まらず、胸の前でギュッと手を握りしめた。
「――やぁ、何だか悲しそうな顔をしているね」
急に後ろから声がして、優梨はサッと顔色を変えた。声の主から離れるようにしながら後ろを振り返った。
「(誰……?)」
そこには、何だか見たことがあるような気がするが、明らかに初めて会う男がいた。考えを巡らせるが見当もつかず、ただ心臓が早鐘を打つ音だけがやけに大きく聞こえた。
「(お、落ち着け……何か、されたわけじゃない……)」
息を整えながら男を観察した。すると男は優梨の様子を意に介さず、にこやかに近づいてくると優梨の手を握った。優梨は肩を強張らせ、優梨の異変に気付いてこちらに向かってきていた葵と咲緒理はギョッとした顔になった。
「女の子は笑った顔が一番なのに」
「……はい?」
思わず聞き返してしまった。予想外の言葉に肩の力は抜けていくが、その代わり戸惑いが増した。
「さぁ、そんな男のことなんか忘れて」
「(……これはまさか)」
「俺と一緒にカフェでも行ってお茶しない?」
「(やっぱりナンパだ! しかもベタなの!)」
言葉が見つからず、ただ自分の手を握る相手を優梨は見つめた。切り抜ける方法を考えるが思いつかず、思わず葵と咲緒理に目を向ける。その2人も呆然と優梨の手を握る相手を見つめている。
「どうかな? 何なら、夕飯でもいいんだけど。美味しいレストランを知っているんだ」
「いや、あの、えっと……」
あまりに積極的な相手に優梨はたじたじとなり、言葉がうまく出ない。
「……なんだ、あの男は」
手続きから戻ってきた慶人は、優梨の手を握りしめて明らかに迫っている男を見ながら怪訝そうに言った。その声に今の今まで雅樹と言い合いをしていた蒔田が初めて優梨の方に目を向けた。そして、ギョッとしたように目を見開いて男を見た。
「あ、兄貴!?」
蒔田の言葉に男以外の全員が蒔田に注目した。当の男も一瞬遅れてから、蒔田の方を振り返った。
「お、孝己じゃん!」
男は優梨の手を離すと、嬉しそうに蒔田に近づいていく。一方の蒔田は明らかに狼狽していた。
「どうして兄貴がここに?」
「久しぶりだなぁ。今の時期ならここかと思ったけど、やっぱりいたんだな!」
「聞いてねぇし……」
兄の言動に蒔田は頭を抱えたくなった。そのやり取りを優梨たちは唖然と見つめた。
それから数分間、一方的に再会を懐かしんだ2人はやっと優梨たちの方に向き直った。
「えーっと、兄の蒔田巧巳です」
「よろしくー」
人の良さそうな笑顔で巧巳は挨拶をした。一方の蒔田は巧巳を一瞥して大きなため息を吐いた。
「兄貴はBランクの冒険者で、あちこちのダンジョンに潜ったり魔物の討伐をしたりしているんだけど……この間九州にいるって言ってなかったか? 何でここにいるんだよ」
「ん? そんなの、お前をからかいに来たに決まっているだろう」
「あぁ、そうか。……って、おいっ! どういうことだよ!」
「はははっ! 相変わらず良い反応だなぁ」
仲が良いのか、蒔田と巧巳は一見じゃれ合っているかのようにそんな会話をしていた。その2人をチラチラと見ながら雅樹たちは小さな声で話をしていた。
「まさか、あいつに兄がいるとは……予想外だ」
「顔も結構似ているね」
雅樹の呟きに誠史が答える。すると、雅樹は顔をしかめた。
「……まさか、あいつまで狙ったりしないよな」
「あの様子だと、蒔田巧巳が目を付けたのは紗奈ではなさそうだぞ」
玲がそう言うと、誠史と雅樹は集まっている優梨たち女子の方を見た。
「……葵だったらどうしてやろうかな」
「……誠史、落ち着け」
「大丈夫だよ、玲。ちょっとだけ生きていること後悔させてやるだけだから」
ニッコリと良い笑顔を浮かべながら言うが、目は少しも笑っていない。
「((それは大丈夫とは言わない……))」
誠史が何やら黒い考えをし、それに雅樹と玲が言葉を失っていることは露知らず、巧巳は蒔田と一緒に優梨たち女子の方に目を向けて話を続けていた。
「――にしてもさ、孝己」
「なんだよ……」
「可愛い子が多いなぁ。あの青っぽい髪の子なんてマジ可愛いじゃん!」
「…………」
確かに自分も同じ風に最初思っていたが、蒔田は自分の兄の言い草に開いた口が塞がらなかった。
「特にあの子、可愛い~。マジでタイプ!」
巧巳は優梨の方を見ながらそう言う。
「俺はあの子……大人っぽくて良い……」
蒔田は紗奈を見ながらそう言った。すると、巧巳は蒔田を横目に見つめると、ニヤリと笑った。
「へぇ……いつも違う女の子とパーティーを組むお前がねぇ……」
「な、なんだよ」
「いや、別に? さてと……」
巧巳はサッと蒔田の横から離れると、優梨の前に立った。すでに彼に慣れた優梨はキョトンとした顔で巧巳を見上げた。
「それで、えーっと……」
「あ、汐崎優梨です」
自己紹介がまだだったことを思い出し、優梨は自分の名を告げた。
「優梨ちゃんね。……で、優梨ちゃん、考えてくれた?」
「えっ、何を……」
「だから、デ・エ・ト」
「……えっと、それは……」
一瞬、優梨は少し離れたところにいる匡利に目を向けた。匡利は完全に呆れたように巧巳を見ていた。
「(……助けてくれるって期待する方がおかしいよね)」
そう思いながら、胸の奥がズキンと痛むのを感じた。その様子に気付かない巧巳は優梨の顔を覗き込んだ。
「どう? 優梨ちゃん」
「……あの、ごめんなさい。私、好きな人がいるので……」
優梨は小さな声でそう言ったが、すぐ目の前にいた巧巳にはしっかり聞こえたようだ。巧巳は残念そうに肩を落とした。
「そうかぁ、残念だなぁ」
「すみません……」
人は悪くなさそうなので、何故かとても申し訳なく感じた。
「大丈夫だよ」
にこやかにそう言い、クルッと優梨に背を向けた。そして、そのまま巧巳は咲緒理の前に立った。
「じゃあ、今度は青い髪の可愛い君」
「えっ?」
急に声をかけられた咲緒理はビックリしたように巧巳を見た。
「僕とお茶をしませんか?」
優梨と咲緒理は、巧巳のあまりの変わり身の早さに唖然として見つめた。
「(こ、この男、たらしだ!)」
その場にいる誰もが思った。それに気づかず、巧巳はますます笑みを深めた。
「どうかな?」
蒔田と巧巳は2人とも慶人たちに負けず劣らず顔がかっこいい。そんな巧巳の笑顔と誘いは、大抵の女の子であればとても嬉しい物なのだろう。
「ごめんなさい。私、そういうお誘い好きじゃないんです」
しかし、咲緒理には通用しなかった。それどころか巧巳の誘いをバッサリと切り捨て、にっこりと笑う姿は巧巳にそれ以上何も言わせなかった。その切り捨て具合は、慶人たちも感心するやら巧巳を気の毒に思うやら……
「そ、そっかぁ。残念だなぁ……」
滅多にない断りに多少なりともダメージを受けた巧巳の視線の先に、今度は佳穂がいた。
「それじゃあ、茶髪の綺麗な君は……」
「ありがたいお話ですけれど……」
そう言って佳穂は巧巳に左手を見せた。その手の薬指には綺麗な指輪が光っていた。それを見た巧巳の笑顔がひくつく。
「そ、それって……」
「はい、婚約指輪です。ということなので、ごめんなさいね?」
これにはさすがの巧巳もショックを受けたようで、膝から崩れ落ちるように沈んだ。同時に優梨たちも驚いたように佳穂を見た。
「……おい。佳穂はいつ誰と婚約したんだ」
慶人がすぐ側にいる朔夜と玲に聞く。その2人も無言で首を横に振る。どういうことなのか聞くに聞けない慶人たちの代わりに、咲緒理がそっと佳穂に近づいた。
「ね、ねぇ……婚約って本当なの?」
小声でそっと聞くと、佳穂は肩を竦めて咲緒理を見た。
「嘘よ」
「えっ?」
「こういう男って、婚約者でもいるって言わないと完全には諦めないでしょ? この指輪だって自分で買ったものだし、いつもは中指用よ」
「な、なんだ~」
いつの間に友人が婚約をしていたのかと驚くばかりだった咲緒理たちは、佳穂の言葉に胸を撫で下ろした。
一方、佳穂の言葉が聞こえていない巧巳はよろよろと立ち上がった。
「す、進んでいるんだな……今どきの女子高生……」
そう呟きながら、顔を上げると葵が視界に入った。
「えーっと、それじゃあ、そこの真っ赤な髪の可愛い子……」
気を取り直して葵に声をかけようとする。すると、葵の後ろに誰かが立ち、葵の両肩に手を置いた
「すみませんが、予定がありますので。遠慮していただけますか?」
「……あ、はい」
誠史だ。言葉は丁寧で、表情も優しい笑みを浮かべている。しかし、その背後に何やらどす黒いものを感じ取った巧巳は一歩下がった。まるで壊れたおもちゃのように何度も頷き、踵を返すと蒔田の元へ足早に向かった。
「マジ怖ぇ……」
「おい、兄貴。紗奈ちゃんはやめろよな。俺が狙っているんだから」
「分かっているって。弟の恋路は邪魔しないよ」
こそこそと言ってくる弟に巧巳はぐっと親指を立て、ウインクをしながらそう言った。何も知らない紗奈は不思議そうに見つめ、何かを察した雅樹は2人を鋭く睨んでいた。
「――あっ、ヤッバ。リズたちを待たせたまんまなんだった」
「はぁ? 兄貴、それ怒られるぞ」
ふと、何かを思い出した巧巳。事情を知る蒔田は何やら慌てだした。よく分からない優梨たちは顔を見合い、首を傾げた。
「しょうがないから、戻るか……じゃあな、孝己。またね、優梨ちゃん!」
「えっ? あ、はい……」
声をかけられ、優梨は戸惑ったように返事をした。巧巳は大きく手を振り、宿泊施設を後にした。彼がいなくなると、優梨たちはどっと疲れたように感じた。
「何だったんだ、あいつは」
「本当にね」
慶人の呟きに誠史が反応する。蒔田は少し申し訳なさそうに優梨たちを見た。
「悪いな、なんか……」
「それより、まさか巧巳までパーティーに加えろって言い出さねぇだろうな?」
慶人が怪訝そうにそう聞くと、蒔田は一瞬目を丸くした。そして、言われた意味を理解すると少し考えた。
「いやぁ、それはない……かな」
「本当か?」
「あぁ。リズたちが……あっ、兄貴は従魔師なんだけど、その従魔たちが多分許さないかな? 兄貴の従魔たち、結構ランクの高い魔物でちょっと気難しいというか……兄貴以外に中々心を許さないんだよ。だから即興のパーティーなんて到底無理だと思うな」
そう言われ、慶人たちは少し安心したような表情を浮かべた。一方で蒔田は少し困ったような表情をしていた。その表情のまま優梨に近づいて行った。
「あと、さ……優梨ちゃん、多分兄貴に気に入られたっぽい」
「えっ……」
なんとなく去り際の様子からそんな気がしていたが、改めて言われると何とも言えない気持ちなった。
「ちょっと軽いけど、悪い奴じゃないから。それだけ言っておくな」
言いたいことだけ言うと、蒔田はその場を去っていった。
「……いやいやいやいや、困るんですけど!」
「ごめんなぁ。俺にはどうすることもできないから!」
しばらく思考停止していたが、我に返って離れていく蒔田の背に叫ぶ。しかし、蒔田は苦笑いを浮かべながら我関せずといった風に返事をされた。開いた口が塞がらない優梨の両肩を葵と咲緒理がそれぞれ叩いた。
「優」
「頑張って」
「そ、そんなぁ~」
葵と咲緒理の言葉とこれからのことを思い、優梨はがっくりと肩を落としていた。




