第18話 夏の思い出に 前編
蒔田の兄・巧巳はその後、蒔田の言う通り優梨たちのパーティーに加わることはなかった。しかし、何故かダンジョンの中で事あるごとに出会い、そのたびに彼の従魔のシルバーウルフのリズが彼を連れ戻しに来るということを繰り返していた。そのためダンジョンに入って3日目と4日目は思うように進まず、6階層までしか行けなかった。慶人たちの海ダンジョンも同じような進み具合だった。
その後、優梨たちの間で話し合いがされ、5日目と6日目は当初の目的の1つだった観光をしてダンジョンは休もうということになった。
5日目の日、優梨たちは西側の島へ行った。島の中心部以外は観光地となっており、主にショッピングが楽しめた。ご当地グルメとして屋台も並び、ダンジョンや島で採れる食材が使われていた。
優梨たちもダンジョンに入っているのでダンジョン産の物はすでにいくつか採っていたが、島の沖合で採れる海産や島の中心部に広がる森で採れる食材などはなかった。市場に行けば買えると聞いて優梨たちはさっそく向かい、新鮮な魚介や山菜や果物をたくさん買った。
夕飯は島で最も有名なレストランへ向かい、美味しい料理に舌鼓を打った。実はそのレストランは蒔田兄弟の紹介で、昼間の観光には気を遣って別行動だったが、夕食だけは一緒に食べていた。その中で2人が今まで行ったダンジョンの話なども出てきた。特に、巧巳はすでに成人している上にBランクなので、あちこちを経験していた。
「――海外のダンジョンもすごい所が多かったよ。中には海中にある遺跡ダンジョンなんかもあったけど、さすがにそれは行くのを断念したよ。当時はまだCランクだったし、そこまで行くのに海魔や大型のサメがウヨウヨいてかなり危険だったからな」
「行くとしたらどうやって行くんですか? そのダンジョン」
「金銭的に余裕があれば、専用の潜水艇を借りるか買うのが一番だな。後は、結界を張ってそこまで泳ぐしかないな。それでも、毎年結構な人数がやられるみたいだけどな」
海魔やサメが周りを泳ぐ中そこまで泳ぐことを想像して、優梨たちは身震いした。
「優梨ちゃんたち、チラッと見ていたけど結構強そうだし、ランク上げて海外に行くのもいいんじゃない? 俺が案内してもいいし!」
そう言われたが、まだ将来のことを考える余裕はなかった。
「……いつか、行けたらいいですね」
曖昧にそう返事をした。冒険者の中には複雑な事情を抱える人が多く、それを心得ている巧巳はそれ以上のことは言わなかった。
夕飯を終えると、巧巳は従魔と一緒に泊まれる施設なので途中で別れた。そのまま自分たちの泊まる宿泊施設に戻ると、ロビーにオーナーがいた。
「あら、お帰りなさい。観光はどうだった?」
「楽しかったです」
「それは良かったわ。蒔田くんたち、みんなに迷惑かけなかった?」
そう聞かれ、優梨は無言で笑みを浮かべるだけにした。それだけで理解したのか、オーナーは何も言わなかった。
「あっ、そうそう。みんなちょっと良いかしら」
部屋に戻ろうとする優梨たちをオーナーが引き留めた。
「あなたたち、明日海に行くって言ってたじゃない? 海水浴場、ここからちょうど島の反対側くらいの位置にあって、ちょっと遠いのよ。それで、良ければ私が連れて行きましょうか?」
「いいんですか?」
慶人が聞くと、オーナーはにっこりと笑った。
「えぇ。施設の方はスタッフがいるから大丈夫だし、私も休みなんだけれど用事もないし……それに、あなたたちには蒔田くんたちがすっかりお世話になったもの。そのお礼をさせて」
そう言われ、優梨たちは顔を見合わせた。そして、オーナーの申し出を受けることにした。集合時間などを決め、優梨たちはそれぞれの部屋に戻った。
部屋に戻って寝る支度を整えた後、優梨たちは更に翌日に海に行く用意も済ませることにした。
「水着でしょう、寒くなった時の上着でしょう、帽子でしょう……明日の用意はこれくらいかな」
あまり手持ちの荷物は多くない方が良いと考えて、持ち歩き用の鞄をアイテムバッグとして見立てて持ち物は全て《無限収納》にしまうことにした。《無限収納》の中身は《ステータス》で確認できるので、優梨は自分の目の前に広がる半透明の画面の様なパネルを見ながら持ち物を確認している、
「なんだかんだで、海にちゃんと行くのって初めてだね」
用意が終わると、葵がそう言ってきた。
「そうだね。去年も行くには行ったけれど、あまり海水浴って感じじゃなかったもんね。その前は……」
咲緒理はそこまで言うと、口を噤んだ。優梨と葵は、咲緒理が言おうとしたことを理解していた。
小さい頃は想像できなかった。あの頃は海に行くなんてことはもっての外だった。まさか、いつか自分がこんな生活を送れるようになるなんて思ってもみなかった。
それが、今の優梨たちの正直な気持ちだった。
「……せっかくだから、思い切り楽しもうね。優、サオちゃん」
「「うん!」」
葵の言葉に優梨と咲緒理は大きく頷いた。小さい頃のことは忘れ、3人は再び翌日のことを楽しげに話し合っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、夏らしい快晴の空となった。双子島海水浴場の浜辺は、一番の観光スポットらしく人が多くいたが、遊ぶには十分なスペースがあった。
「「「「「海だーーーーっ!!」」」」」
まるで島に来た初日のように優梨たち女子はそう叫んではしゃいでいた。
「あらぁ、元気ねー」
「ハハッ……」
オーナーは微笑ましそうにはしゃぐ優梨たちを眺め、慶人たち6人は苦笑気味に眺めていた。
「いやぁ、可愛いねぇ」
「兄貴……」
ちゃっかりと蒔田兄弟もついて来ていて、巧巳は優梨たちを眺めながら頬を緩め、蒔田は呆れ気味に兄を見ていた。
「それにしても優梨ちゃんたちの水着姿、華やかだなぁ。スタイル良いから似合っているしね」
巧巳がそう言うと、蒔田の視線は自然と優梨たちに向かった。
優梨は、赤に大きな黄色い花柄のビキニタイプで、腰にはパレオを巻いている。
葵は、白地にカラフルな花柄のビキニで、トップスが前でリボンを結び、ボトムスがフリルスカートタイプの可愛らしいデザインだ。
咲緒理は、バッククロスのフレアワンピースの水着で、水色にリーフ柄が大人っぽい雰囲気にさせている。
佳穂は、黒いVネックのモノキニで、シンプルなデザインが大人っぽく、スタイルの良さを際立たせている。
紗奈の白地に黄色とオレンジのチェック柄のタンキニは、ホルターネックなのがおしゃれなデザインで、背が高くスラリと細長い手足とスタイルの良さがとても良く分かる。
蒔田は思わず見惚れてしまい、顔が赤くなった。
蒔田と巧巳の会話が聞こえた慶人たちは「こいつら、やっぱり危ない!」と思い、手早く準備を整えて優梨たちを連れて海に入った。それを見た蒔田たちも海に入り、オーナーだけは慶人たちが用意したビーチパラソルの下で笑って眺めている。そのうち、優梨たちが用意したビーチボールでバレーを始めたり、男子だけで水泳勝負をしたりと大いにはしゃいで遊んだ。
太陽が高く昇り、そろそろお昼時という時間になると、優梨たちは海から出てビーチパラソルの下に集まった。
「じゃあ、売店に行ってくるわね」
「私も行きます」
「私も」
オーナーについて佳穂と紗奈も売店の方へ向かうと言い、その後に蒔田兄弟が向かい、さらにその後を雅樹と玲が向かった。売店に向かった7人が戻るまでの間、他の皆はパラソルの下で休むことにした。
「ふぅ、良く泳いだねぇ」
「楽しかった?」
「うん!」
パーカーを着ながら葵が言い、側にいた誠史が声をかけた。嬉しそうに葵が返事をすると、誠史はジッと葵を見つめた。何だろうと思いながら葵は首を傾げ、誠史の言葉を待った。しばらくして、何か言おうと誠史が口を開こうとした。
「キャーッ! 加村くんですの!?」
聞いたことのある声と言葉遣いに葵は勢いよく振り返り、誠史も葵越しにその背後を見た。そこには、水着姿のエリカが立っていた。
「エリカ……!」
「どうしてここに……」
意外な人物に葵は顔をしかめ、誠史は驚いたように目を丸くした。近くにいた優梨や咲緒理も何事かと目を向け、驚いていた。一方のエリカは、他の皆は全く目に入っていないようで誠史に釘付けになっている。
「こんなに嬉しい偶然があるなんて……これだけでも来た甲斐がありましたわ!」
そう言うや否や、エリカは誠史の腕に抱きつくように腕を絡めた。さすがの誠史もお互いに水着姿でのその行動に驚いていた。すると、すかさず葵が2人に近づき、エリカとは反対の腕を掴みながら誠史を引っ張り、2人を離した。油断していたエリカの腕から誠史は離れ、葵はエリカと誠史の間に立った。
「(何をするのですか!)」
「(誠史くんにベタベタしないで!)」
葵もエリカもムッとした表情で互いを睨み合う。スキル《念話》を使っているわけじゃないのに不思議と通じ合い、2人の間に火花が散る。そして、どちらからともなく「フンッ!」と言って互いに視線を逸らした。
「ところで、エリカは何でここに?」
葵との攻防が落ち着いたところで優梨が聞いた。
「何故って、この双子島の西側の中心部は別荘地でもあるのですよ」
島の中心部は島の住人が暮らす住宅街だが、そのさらに中心は一等地で別荘が並んでいるのだと、島の住人が話していたのを優梨たちは思い出した。
「あなた方こそ、何故ここにいるのです?」
「私たちは休みを利用してここのダンジョンに来たのよ。今日は、ダンジョンは休んで観光がてら海水浴に来ているの」
優梨がそう説明すると、エリカは納得したような表情をした。
「ダンジョンですか……こちらのダンジョンはすごいと聞きますわ。少々難しいようですが、採れるものは良質で一級品の物が多いとか……」
「うん、初級レベルでも結構良いのが採れたよ」
「皆さん、ご一緒に潜っているのですか?」
「さすがに人数多いから、海ダンジョンと陸ダンジョンには分かれているけど、一緒に潜っているよ」
「……そう。良いですね」
優梨の話を聞き、エリカは一瞬だけどこか寂しげな表情を浮かべた。すぐにいつもの表情に戻ったが、しっかりと見ていた優梨たちは意外な表情に目を丸くした。
「おい、白鳥。誰か呼んでいるぞ」
慶人がそう言うと、エリカは後ろ振り返った。
「……レイカお姉さまですわ。ごめんなさい、加村くん。私、もう戻りますね。また学校で」
「うん、また……」
「それでは、ご機嫌よう」
誠史に声をかけてから優梨たちにもそう言うと、エリカはその場から離れて行った。思っていたよりもあっさりとした様子に葵も不思議そうにしている。
「……何だったのかな?」
「ねぇ……」
葵と咲緒理が複雑そうな表情でそう話す。
「……エリカにも私たちには想像できないような悩みとか葛藤があるのかもね」
そう言う優梨の脳裏に、一瞬だけ見せたエリカの寂しそうな顔が浮かんだ。その表情が何を意味するのか、いつか分かり合える日が来るのかな、と優梨は思っていた。
その後、エリカがいなくなってからさほど時間がたたないうちにオーナーたちが戻ってきた。ひとまずエリカのことは忘れ、和気あいあいと楽しく昼食をとっていた。
続きます。




