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第16話 絶えない悩み

「ハァ、今日は本当に疲れたねー」


 嫌がらせ騒動の日の夜、入浴を済ませた葵がベッドに突っ伏しながら言った。


「そうだね……あの蜘蛛、夢に見たらどうしよう……」

「それは嫌すぎる……!」


 葵はがばっと起き上がると、隣のベッドに移動して咲緒理の手を握りしめた。


「サオちゃん、一緒に寝ない!?」

「いいよ! 一緒に寝よう!」


 手と手を取り合い、半泣きになりそうになりながら葵と咲緒理がそう言い合う。その様子を優梨は隣のベッドに座って笑いながら見ていた。


「(それにしても、結局夢の子が誰かは分からなかったなぁ……)」


 ただの夢と思いつつもあまりにリアル過ぎるあの夢は、いつの間にか優梨の悩みの種になっていた。


「(実は他の皆の誰かとか……? いや、それはないか……)」


 優梨たちの中で翼が生えるもう1つの姿を持つのは優梨と慶人と誠史の3人だけだ。ただし、優梨の翼は鳥ではなくコウモリの羽だ。慶人と誠史は鳥の翼が生えるが、誠史の翼の色は黒だ。そして慶人は白い鳥の翼が生えるが、髪や瞳の色が違う。そもそも、優梨は漠然とだが夢の子は“女の子”だと感じていた。そうなると慶人と誠史はそもそも性別が違う。


「(まさか、新しい仲間とか? ……可能性としてなくはないけど、確証はないしなぁ)」


 グルグルと色々考えてみるけれど、結局答えは出ないままだ。あまりにも考えすぎて、優梨はなんだか頭痛がしているような気さえしていた。

 ふと、未だにベッドに座って手を握り合いながら話している葵と咲緒理を見た。


「(……2人には今朝の夢のこと、話した方がいいのかなぁ)」


 そう思い、2人に声をかけようとした。その時、部屋のドアをノックする音がした。優梨は口を噤み、葵がそれに返事をした。

 ドアを開けて入ってきたのは佳穂だった。


「佳穂。どうしたの?」

「あの、紗奈を見なかった?」


 佳穂の問いに3人は顔を見合わせた。それぞれ順に首を横に振り、佳穂の方に向き直った。


「私たちは誰も見てないよ」

「そう……」

「紗奈ちゃん、いないの?」


 葵が聞くと、佳穂は無言で頷いた。


「30分くらい前にちょっと出るって言って行ったきり、戻ってこないのよ」

「お風呂とかは?」

「お風呂から出た後なのよ」


 佳穂の言葉に優梨たちは段々と不安げな顔になる。何も知らない様子の3人に佳穂は更に心配そうな顔をした。


「どこに行ったのかしら……この辺りは、夜行性の魔物が出ることがあって危ないのに……」


 どうしようかと4人で頭を悩ましていると、また部屋のドアをノックする音がして、優梨が返事をした。ドアを開けて入ってきたのは、紗奈だった。


「「「紗奈ちゃん!?」」」

「紗奈、どこに行っていたの?」


 4人で詰め寄るように言うと、紗奈は戸惑ったようにそれぞれの顔を見た。


「えっと、ちょっと散歩に行ってたんだけど、ついゆっくりと……」

「もうっ、心配したのよ」

「うん、ごめんね」


 無事と分かり、全員で安堵の表情を浮かべる。ふと、優梨は紗奈の髪に何かついているのに気付いた。


「紗奈ちゃん、髪に何かついているよ」

「えっ!? あ……ごめん……ありがとう」


 優梨に言われた紗奈は慌ててそれを払い落とした。髪から落ちたのは白い鳥の羽だった。紗奈の様子に葵と咲緒理は不思議そうな顔をした。佳穂も何か考えている風だったが、それ以上何も言わなかった。


「えっと、もう部屋に戻るね……」

「私も戻るわ。じゃあね、優梨、葵、咲緒理」

「うん、じゃあねー。佳穂、紗奈ちゃん」


 葵がそう言って手を振り、紗奈と佳穂もそれに振り返す。咲緒理も「おやすみ」と言いながら2人を見送った。優梨だけは足元に落ちた羽に目を向け、もう一度紗奈へと視線を戻した。一瞬2人の目が合ったが、紗奈はさっと逸らした。扉が閉まり、優梨は羽に手にとった。その脳裏には今朝見た夢の“少女”が浮かんでいた。


「(まさか……ね……)」


 部屋を出て行く寸前、紗奈が向けたその背中と夢の少女の姿が重なったように優梨は見えていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 翌日、優梨は目をこすりつつ宿泊施設のロビーに向かっていた。


「(う~、あんまり眠れなかった……)」


 寝不足の原因は遅くまで夢の少女と紗奈のことを考えていた上に、案の定前日の蜘蛛の夢を見てしまい、夜中に何度も目が覚めたせいだった。


「おはよう、みんな……」

「おはよう」


 優梨の声に答えてくれたのは匡利だった。顔を上げてみると、他の皆は何とも言えない表情で違う方向を見ている。


「どうしたの?」

「あれだ」


 匡利の視線の先を見ると、そこにはここに来た初日に出会った蒔田と紗奈、雅樹、慶人、誠史が何やら話していた。蒔田と雅樹など、ほぼ口論となっている。


「えっ、何あれ……」


 思わず言葉を漏らすと、匡利がため息交じりに説明してくれた。


「――つまり、昨日の嫌がらせ騒動のことをどこからか聞いた蒔田さんが、紗奈ちゃんが心配だから私たちと一緒にダンジョンに行くって言い出して、それに雅樹が大反対しているってこと?」

「簡単に言えばだ」

「それで、雅樹もこっちに入るって言い出して蒔田さんが反発して、誠史と慶人が宥めつつ話し合い中ってこと?」

「そうなるな」

「……いずれにしても紗奈ちゃんの意見は?」


 そう聞くと、匡利は肩を竦めた。つまり聞いていないということだ。


「……正直、蒔田さんがいるとやりづらいんだけど」

「葵と咲緒理も、何なら佳穂も言っていたが、聞いてもらえていない」

「…………」


 もはや何も言葉が出なかった。いつからこの状態だったのか、他の泊りの冒険者まで遠巻きに見ているほどだった。


「――だから! 俺の何が不服なんだよ。召喚魔法が使えるし、火魔法だって剣だって使える。紗奈ちゃんを守るのには十分だろう」

「だから、お前が一緒の方が危険だって言っているんだ」

「どこがだよ」


 何度目か分からないそのやり取りを蒔田と雅樹は未だに繰り返している。誠史も慶人もすっかり呆れ顔だし、紗奈はすっかり困っている。


「んー、下心が見え見えでそう言う意味では危険だよねー」

「それはさっき誠史が一応言っていたが否定してたぞ」

「まぁ、認めないだろうねー」


 一向に終わる気配のないやり取りを見ながら優梨は何の気なしに意見を言うが、大抵すでに出た意見ばかりだった。


「はいっ! 君たち、そこまで!」


 声がして振り返ると、そこにいたのは額に青筋を浮かべるオーナーだった。


「ゲッ、オーナー……」

「何が『ゲッ』よ、蒔田くん。いつもいつも女の子の冒険者にちょっかい出しては、トラブル起こすのもいい加減にしなさい!」

「ちょっ、それは今言うことじゃ……それに、いつもなんかじゃないですよ」

「同じことでしょ!」


 オーナーの言葉に優梨たちの視線が冷ややかになる。雅樹は蒔田の姿が見えないように紗奈を背に隠した。


「ハァ……とりあえず彼の下心はともかく実力があるのは確かなの。ここのダンジョンも何度も経験しているわ。一緒に潜って損はないと思うわよ。あなたたちが嫌じゃなければね」


 オーナーにそう言われ、優梨たちは互いに顔を見合う。しばらく沈黙が流れたが、それを破ったのは慶人の盛大なため息だった。


「……分かった。パーティーの編成を変えるぞ。1つは俺、玲、雅樹、紗奈に佳穂、それから蒔田だ。もう1つは優梨、葵、咲緒理、匡利、誠史、朔夜だ」

「……慶人が言うなら」


 雅樹は不本意そうだが、慶人の決定には素直に従った。蒔田は嬉しそうにガッツポーズをとる。


「そういうわけで、よろしくね! 紗奈ちゃん」


 蒔田はそう言いながら紗奈の手をギュッと握りしめる。次の瞬間には雅樹がその手を離させ、紗奈を背に隠した。2人は無言で睨み合い、その様子に慶人が頭を押さえていた。

 代表者はそれぞれ慶人と誠史に決まり、慶人たちが海ダンジョンへ、優梨たちが陸ダンジョンへ向かうことで決まった。パーティー変更の報告と手続きに慶人と誠史がギルドに向かった。

 雅樹と蒔田は未だにピリピリとした雰囲気だが、玲がうまく間を取り持ち、紗奈は佳穂と一緒に少し離れた場所にいる。


「とりあえず慶人と玲が一緒なら大丈夫かな? ちょっと大変そうだけど」

「そうだね」

「佳穂はなんか一番巻き込まれた形になって大変そうだね」


 優梨、葵、咲緒理で雅樹たちの様子を眺めながらそう言う。ふと、優梨の視界に朔夜と一緒にいる匡利が映った。何やらジッと誰かを見つめているようだった。


「(誰を見ているの……?)」


 無意識にその視線の先を追う。そこには、紗奈と一緒にいる佳穂がいた。


「(佳穂を見ている……? 何で……まさか……)」


 一瞬考えたくないことが浮かび、思わずその考えを振り払うように首を振った。突然の行動に葵と咲緒理が驚いていた。


「優? どうしたの?」

「頭でも痛い?」

「な、なんでもない……」


 2人が心配そうに聞いてくるが、それ以上何も言えなかった。ちらっと匡利を見るが、すでに匡利は佳穂から視線を外して朔夜と話している。


 ずっと夢の少女のことで悩んでいた優梨だったが、また別の悩みの種ができてしまった瞬間だった。



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