第15話 ダンジョンへ
陸ダンジョンは東側の島の中央にある山の中腹に入り口がある。麓に山を囲うようにしてギルドや冒険者向けの施設や店が並んでいる。ギルドのすぐ側からダンジョンの入り口に向かう山道が続いている。きちんと整備されているので歩くのはそれほど困難ではない。
海ダンジョンは東側の浜に入り口があるらしい。
「佳穂、陸ダンジョンの採取依頼ってどんなの?」
山道を歩いている途中で先頭を歩く佳穂に優梨が聞いた。佳穂は斜めにかけていた鞄から依頼書を取り出して優梨に渡した。優梨は後ろにいる葵たちにも依頼書を渡していく。
「基本はドロップ品。後はダンジョン内にある薬草類や食材類ね」と佳穂。
「へぇ、食材はキノコ類各種に山菜だね。薬草は……結構色々な種類があるんだね」と葵。
「ドロップ品は……スライムの粘液、ホーンラビット・キラースネーク・グレイウルフの角とか皮、プラントの蔦、キラースパイダーの糸か……」と優梨。
「大体どれも5体分くらいだね」と咲緒理。
順番に依頼書を回しながら見ていく。何が必要なのか全員で把握をするためだ。
「そういえばダンジョンの詳細は聞いたの?」
紗奈が聞くと佳穂は頷いた。
「ここのダンジョンは海も陸も全部で30階層。10階層までが初級、11から20階層が中級、21から30階層が上級みたいね。当然階層ごとにボスがいるけれど10・20階層は中ボス、30階層は大ボスって感じらしいわよ」
「じゃあ、目標は10階層まで行くことかな?」
「そうなんだけれど……」
咲緒理の言葉に佳穂は少し言い淀む。優梨たちが首を傾げていると、佳穂は肩を落とした。
「私たちの今のランク、Fランクは行っても5階層までしか推奨できないみたいよ。6階層からはEランク向けらしいわね」
「要は実力に見合った階層までにしろってこと?」
「そういうこと」
依頼書の中のキラースネークとグレイウルフのランクはEランクだ。Fランクでも受けられる依頼ではあるが、経験がないと難しい依頼でもある。
「依頼期限も滞在期間もまだまだあるから地道に進めようか」
優梨がそう言うと、他の皆も頷いた。
ダンジョンに向かい始めて1時間足らずでダンジョンの入り口に着いた。冒険者が入り口に並んで順に潜る手続きをしている。手続き自体は入り口にあるタブレットのような魔道具にギルドカードをスキャンさせれば完了だ。この手続きはダンジョンや国ごとに方法は変わるが、日本にある大抵のダンジョンはこの方法となる。
15分ほどで優梨たちの番になった。順番に魔道具にカードをかざして登録し、転移石を1つ渡す。それが完了すればダンジョンの中に入れた。
最初の地下1階は典型的な石壁に幅の広い石畳の通路だった。天井は結構高いが一応目で確認することはできる。少し薄暗いが等間隔に松明が壁にあり、通路を照らしている。
「さてと……右と左、どっちの通路に進む?」
左右の道を交互に見ながら優梨が聞いた。それぞれ分かれて左右の道を見つめる。
「ん~、右の方が人の気配が多いかな?」
全員の中で一番耳の良い葵がそう言う。
「アオちゃん、良く分かるね」
葵の九尾の狐としての能力を知らない紗奈が驚いたように言う。
「なんとなくだよー」
にこやかに答えると紗奈はそれ以上何も言わない。こういう時、葵の天真爛漫さはすごいと優梨は思った。
左の方に進むと初級レベルらしくスライムが数体出てきた。
「《火球》」
優梨はさっそくスライムに魔法をぶつける。物理攻撃が効きにくいスライムには魔法がよく効く。すぐさま退治は完了し、ドロップ品を落としていく。スライムのドロップ品は「スライムの核」と「スライムの粘液」だ。粘液はご丁寧に瓶入りでドロップしている。野生のスライムから粘液を取るには従魔にしないと難しく、出回りも多くないのでダンジョンでドロップされる粘液は割と重宝される。どちらも数体分はあるので手分けして回収をする。
「……ねぇ、優」
「どうしたの、紗奈ちゃん」
「優って《無詠唱》のスキルを持っているの?」
そう言われ、優梨の肩が揺れた。顔色もサァッと青ざめる。
「(しまった……! いつもの癖でつい詠唱無しで魔法使っちゃった!)」
《無詠唱》はAランクのスキルで、そう簡単に会得できるスキルではない。このスキルを持っていない人でも詠唱の短縮ができる人はそれなりにいる。完全な詠唱無しは相当な経験値を積んでできるようになるか、生まれつき持っているかのどちらかだ。
「えっと、その……」
言葉が見つからず視線が泳ぐ。葵・咲緒理・佳穂もハラハラとした様子でこちらを見ている。
「……あっ、違うの。その、なんていうか……私も持っているから、同じなのかなって……」
「えっ?」
今度は優梨たちが驚く番だった。紗奈が能力者でいくつかスキルを持っていることは知っていたが《無詠唱》のスキルを持っているのは初耳だった。
「紗奈ちゃん、《無詠唱》を持っているの?」
「うん。それなりに珍しいスキルだからあまり言っていないんだけれど……」
不安そうに紗奈は優梨のことを見つめた。その様子に優梨はゆっくりと息を吐いた。
「うん、私も持っているよ」
「そっか、良かった……もしかして、アオちゃんたちも?」
葵たちに視線を向けて聞くと、葵たちも頷く。すると、紗奈は嬉しそうに笑った。
「嬉しい。今まで持っている人って聞いたことがなかったから、皆と同じで良かった」
「私たちも良かったよ。これで気兼ねなく使えるし、何なら詠唱ってちょっと恥ずかしいから……」
「私も分かるよ、その気持ち」
優梨の言葉に紗奈はくすくすと笑った。本当に嬉しそうに笑う紗奈に優梨まで嬉しい気持ちになった。
《無詠唱》持ちとお互いに分かってからの探索は、気持ち的にとても楽だった。使う魔法の種類とレベルには気を付けるが、詠唱のことは気にしなくなった分使いやすかった。
ゴブリンやコボルトの集団が出た時は手前を魔法で倒し、奥にいるのを優梨が弓矢で倒した。ドロップ品はこん棒などの武器類は拾い、明らかに汚い「ゴブリンの服」はその場に置いていった。途中、宝箱に化けたミミックが現れて退治すると、何の変哲もない木箱と極小粒の砂金と水晶が数粒だけ入った小瓶がドロップした。
「こんなに小っちゃい砂金と水晶、何に使えるんだろう?」
小瓶を拾いながら葵が呟いた。
「砂金は集めればそれなりになるけど、小さすぎるよね。水晶は……穴をあけてビーズとか?」
「……ビーズにしたら結構良い物かもね」
優梨の提案に葵は肩を竦め、鞄に入れるふりをして葵の《無限収納》にしまった。ちなみに木箱はその場に置いていくことにした。
「そろそろキラースパイダーが出ても良いと思うんだけど」
そう優梨が言った途端、威嚇するような声が聞こえてきた。上からだ。
「いた! ……って、大きすぎでしょ!!」
天井を見上げ、思わず優梨が叫ぶ。葵と咲緒理は悲鳴を上げて抱き合い、佳穂と紗奈は絶句している。
天井には人間など簡単に捕まえそうな巨大な蜘蛛が3匹もいる。紅い8つの目で優梨たちを見下ろし、口からは威嚇音が鳴っている。
誰からともなく回れ右をして方向を変え、全速力で走り出した。
「キラースパイダーってあんなに大きかった!?」
「バスケットボールくらいのはずよ!」
走りながら優梨が叫び、佳穂が答えた。元々虫が得意じゃない葵と咲緒理は半泣きになっている。足の速い紗奈は一番前を走って皆を先導する。
「キラースパイダーの特殊個体って大きいんだっけ!?」
「色が付くくらいよ!」
「じゃあ上位種のスパイダーキング!?」
「スパイダーキングでももう少し小さいし、あれはBランクよ!」
少し余裕がある優梨と佳穂がそう言い合うが一向に種類が特定できない。途中、通路横に戦闘エリアである小部屋を見つけ、中にいたゴブリンたちを瞬殺してそこに隠れた。
「ハァハァ……ま、まさか……さらに上位種のギガントスパイダーキング?」
「そんなはずないわよ。ギガントスパイダーキングはAランクの魔物……こんな初級レベルの階層にいる魔物じゃないわ」
「じゃあ、あれは何……?」
優梨と佳穂の言葉にその場がしんっと静まり返った。すると、部屋の外から独特な足音が聞こえてきた。全員で振り返るが、本来戦闘エリアの小部屋は、その場に発生する魔物以外は外から入ってこられない。倒した後の小部屋は自分たちが出るまでは安全地帯となる。それを思い出し、優梨たちはその場に座り込んだ。
「……とりあえず安全は確保したけど、どうしよう」
優梨はちらっと入り口の向こうで行き来する巨大な蜘蛛の姿を見た。優梨はよく家などで見る普通の蜘蛛は割と平気だった。しかし、さすがにあのサイズは寒気がした。
「……あれ?」
ふと葵が声を上げ、皆が注目した。
「どうしたの、アオちゃん」
「うん、ちょっと……」
咲緒理が聞くが、葵はジッと蜘蛛を凝視したまま黙り込んでしまった。皆は葵が話すのを待った。
「……ねぇ、あの蜘蛛の後ろ脚の付け根、何か付いているよ」
しばらくして葵が指を差しながら言い、優梨たちはそちらを見た。動き回っているから見えにくいが、確かに何か石のような物が見える。
「……まさか」
「何か分かった? 佳穂」
「可能性の話だけれど、あれって魔法付与がされた魔石か何かじゃないかしら?」
「魔法付与?」
「そう。確か、無属性魔法の《拡大》は生き物に直接は使えないけれど、魔法付与された物で間接的に使うことが可能なはずよ」
「じゃあ、あの巨大蜘蛛は大きいだけで普通のキラースパイダーってこと?」
「そういうこと。だから、あの石を取れば戻るはずよ」
優梨たちは互いに目配せをした。そして作戦を話し合い、水分を摂って態勢を整えた。
「――じゃあ、行くよ」
優梨の言葉を合図に全員が頷く。入口の前を蜘蛛が3匹とも同じ方向に通り過ぎると、4人は一気に小部屋を出て反対方向に走る。蜘蛛はすぐに気づいて優梨たちを追いかける。
「《風刃》!」
すると、蜘蛛の後ろに小部屋から紗奈が飛び出して現れ、風属性魔法をかける。風の刃はそのまま石の付いた脚を付け根から切り落とす。すると、蜘蛛は3匹とも見る見るうちに縮んでいき、バスケットボールぐらいのサイズになった。その後は退治するのはいとも簡単だった。それぞれ手持ちの短剣や魔法で倒し、キラースパイダーはドロップ品へと姿を変えた。ドロップ品は「キラースパイダーの糸」と「キラースパイダーの毒」だ。退治できると、5人はその場にへたり込むように座り込んだ。
「つ、疲れた……」と優梨。
「何だったんだろうね……」と葵。
「しばらく蜘蛛は嫌……」と咲緒理。
「とりあえず倒せて良かった……」と紗奈。
佳穂だけは黙り込み、ドロップ品の中に混じる石をジッと見つめた。
気持ちが落ち着き、全員で立ち上がってドロップ品を回収した。優梨は蜘蛛に付いていた石を拾った。そして密かに《鑑定》をする。
【魔石(付与済み)】
一般的な魔石。サイズは小。
《拡大》が付与されている。
鑑定内容に優梨はがっくりと肩を落として項垂れた。所有者の名前も鑑定できたが、知らない名前だった。
「佳穂ぉ、大当たりだったよ」
「あら、やっぱりそうだった?」
「うん。思うにギルドで販売されているのだね」
「そうなると、この事態の真相は……」
「十中八九嫌がらせ。それもとっても悪質な、ね」
「……報告案件ね」
優梨と佳穂は大きくため息を吐いた。とりあえず魔石は代表者の佳穂が持ってそのままギルドに報告することになった。
その後、先に進んでいくと今度は普通サイズのキラースパイダーに遭遇したが、問題なく退治した。ドロップ品も順調に集め、ボス部屋の入り口にも辿り着いた。ただ、すでに午後6時近かったので、ボス部屋のすぐ側に必ずある安全地帯に転移石を置いて優梨たちは戻ることにした。
地上に戻ると入口にいるギルド職員から渡した転移石を返してもらい、ギルドへと向かった。ギルドに戻るとちょうど慶人たちも戻っていた。慶人たちはすでに手続きを済ませていた。
佳穂もいくつか依頼を達成しているのでその手続きのため、依頼分とそれ以外のいらないドロップ品を優梨たちから集めて窓口に向かった。
「そっちは大丈夫だったか?」
佳穂を待つ間、慶人がそう聞いてきた。
「大丈夫なんてもんじゃない……」と優梨。
「すっごく大変だったね……」と紗奈。
「怖かったよぉ……」と葵。
「しばらく夢に見そう……」と咲緒理。
口々に思っていたのと違う反応に慶人たちは顔を見合わせ、不思議そうにした。
「何かあったのか?」
そう聞かれ、優梨がダンジョンであったことを話した。すると、慶人たちの表情は見る見る変わっていく。話し終えると、すっかり黙り込んでいた。
「…………」
「……あのぉ?」
恐る恐る声をかけるが、反応はない。優梨たちは不安げに慶人たちを見つめ続ける。
「……それで、その証拠の魔石は佳穂がギルドに報告するために持って行ったのか?」
「えっ、うん。あっ、一応持ち主は知っているんだけれど……」
「誰だ」
「えっ?」
「その持ち主は、誰だ?」
有無を言わさない雰囲気に優梨は鑑定で見た名前を答える。
「聞いたことねぇ名前だな」と慶人。
「フフッ。でも、情報としては十分かな?」と誠史。
「あぁ、十分だ」と朔夜。
「今夜にでも調べはつく」と玲。
「さすがだな」と雅樹。
何やら怪しげな笑みを浮かべながら話す5人。ただ全員目が笑っていないので恐ろしさは倍増している。思わず優梨は5人から距離を取ろうと後ずさった。すると背中が何かにぶつかり、見上げると匡利が立っていた。
「あっ、ごめん」
「いや……」
「ん? どうしたの?」
何か言いたげに見下ろしてくる匡利に優梨は首を傾げる。
「……怪我は、していないんだな」
「うん、それは大丈夫だけど……」
「それなら良い」
匡利はそう言って軽く頭を撫でると、未だに怪しげな話し合いをする慶人たちの元へ向かった。珍しいその行動に優梨は嬉しい半面、何が何だか分からず呆然とその後姿を見つめていた。
優梨が我に返ったのは佳穂が戻り、怪しい話し合いに決着がついた慶人たちを止める葵たちの声が聞こえてきてからだった。
ちなみに、ギルドは翌日には提出した魔石をもとに嫌がらせの犯人たちを特定できた。犯人たちはギルドから厳重注意を受け、ランクの降格と当分の冒険者活動の自粛、双子島のダンジョンには今後二度と入れないことが決定した。ただ嫌がらせ騒動から一晩明けた時、犯人たちは真っ青な顔で何かに怯え、ギルドマスターが何か言うたびに謝罪ばかりしていたらしい。何があったのかとギルドマスターは首を傾げていたが、結局犯人たちに何が起こったのか、それは誰も知る由がなかった。
もちろん、彼らを除いてだが……




