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第97話 最初のきっかけ


 中学3年生の2学期末の頃、優梨は少し困っていた。

 あと1週間と少し経つと、期末試験が待っている。いくつかある教科の中で、優梨は歴史のテスト勉強に苦戦していた。


『(他の教科は前世の時にやったのとほぼ変わらないけれど、歴史だけは前世の時と違う部分が多いんだよね……歴史人物も知っている人はいるけれど、持っていたとされるスキル名まで覚えられない……)』


 歴史は大まかな流れや人物に関して大きな違いはない。しかし、こちらの世界独自のできごとや特徴が増えていた。そして、何より困ったのは優梨が前世で覚えていたことが、こちらの世界では違っていることだ。


『優って歴史だけ時々変な間違え方するよね』


 歴史の勉強をする優梨の横で葵がそう言う。優梨たちは今、家の図書室でテスト勉強をしている最中だ。葵の言葉に優梨は乾いた笑いしかできなかった。


『(有名な偉人が能力者だったり、事件やら戦の原因に魔物が絡んでいたり……極めつけはダンジョンの発見者やら魔物暴走(スタンビート)まで出てくるから頭がパンクしそう……)』


 教科書や資料集を広げながら優梨は頭を抱えてため息を吐いた。それを見て目の前にいた葵と咲緒理は顔を見合わせた。


『ん~……何だかんだ、いつも80点以上取っているから大丈夫じゃない?』

『……それが戦国時代に入ったあたりから全然覚えられないの。江戸中期以降から近代なんて悲惨……身分制度やら何やらの改革が、全然頭に入ってこない……』

『あぁ……そのあたりは苦手な人結構いるよね』


 この頃は高校受験の時期でもあり、優梨たちはこのまま藤永の高等部に入るつもりだった。3学期になってから入試があるが、優梨たちは教師から合格のお墨付きをもらっている。ただ、その時提出する成績に2学期末のテストが関わる。もし、歴史のテストが悪かったとしても全体の成績にはほとんど影響はないと言われているが、なるべく良い点数を取りたいと優梨は何とか頑張っていた。


『(でも、そろそろできなさ過ぎて心が折れそう……)』


 どうしたものかと3人で悩んでいると、図書室の扉が開いた。目を向けると、匡利が入ってきた。


『匡利くんだ』


 葵が声をかけると、匡利も気付いたようだ。目礼すると、優梨たちがいるテーブルの隣の席に座った。


『匡利君もテスト勉強?』


 すぐ近くの咲緒理が聞いた。


『あぁ……3人は悩んだ顔をしてどうした』


 優梨たちを見た匡利が聞く。優梨たちは顔を見合わせ、肩を竦めた。


『優がね、歴史が覚えられなくて困っているの』

『歴史?』

『なんかね、覚えられている部分と覚えられない部分があるみたいで、そこがちょっと悩みみたい』


 葵と咲緒理が説明すると、匡利は優梨たちに近づいてきた。優梨の肩越しに、優梨が解いていたワークを見た。珍しく近い距離に優梨は何故か胸がドキッと鳴った。


『(な、何でこんなドキドキしているんだろう)』


 体がカチコチに固まりそうな優梨をよそに、匡利はワークのページを捲る。


『……スキルや魔物が関わると特に間違えるようだな。後は近代か』


 ザッと間違えている箇所を見た匡利がそう言う。一発で優梨が苦手に思っている部分を当てる匡利に、優梨は純粋に凄いと思った。


『匡利くん、歴史は得意?』

『……特に苦手科目はない』

『それなら、優に歴史を教えてあげられない?』

『『えっ?』』


 葵の提案に優梨と匡利の声が重なった。


『私たち、歴史は苦手じゃないけど得意でもなくて……優自身も行き詰っているし、私たちはどうアドバイスして良いか分からないし。どう?』


 この時の葵は純粋な親切心で匡利に言っていた。その気持ちはとても有難かったが、優梨は内心戸惑っていた。


『(一緒に暮らし始めて1年は経つけど、実は当たり障りない日常会話以外ほとんどしたことない……勉強関係なんてなおさら……)』


 どう返答するのかと側に立つ匡利を見上げた。匡利は首を傾げて考えている。見上げる優梨と視線が合うと、肩を竦めた。


『……人に教えたことはないから、うまく教えられるか分からないぞ』

『えっと……簡単なアドバイスとか、そんな感じでも十分、かな?』


 厄介な覚え方している自分に教えようとしてくれるだけでも意外だし有難かった。


『それなら、こっちのテーブルに来てくれ』

『えっ?』

『そこだと、葵たちが集中できないだろう』


 確かに、と思った。チラッと葵と咲緒理を見ると、2人は頷いたり親指を立てたりしている。優梨は素早く勉強道具をまとめると、隣のテーブルに移動して匡利の正面に座った。


『資料集を貸してくれ』


 そう言われて渡すと、手持ちの付箋を手早く張り始めた。少しして資料集は戻ってきた。


『その付箋のところが、今回のテスト範囲で覚えた方がいいところだ。後、優が間違えやすいところでもある』

『へぇ……あっ、本当だ』


 優梨が資料集を確認していると、いつの間にか匡利は席を立って本を探しに行った。少しして、何冊かの本を手に戻ってきた。


『それから、教科書と資料集よりこの本を読んだ方が分かりやすい。スキルと魔物関連の歴史がまとまっている』

『そんな本がここにあるの、知らなかった』


 次から次へと勉強材料が集まってくる。今度は優梨が解いていたワークに付箋を貼っている。


『テスト範囲に限れば、この付箋のところを確実に覚えれば点は取れる』


 手際よくそう言ってくる匡利に優梨は内心感心していた。

 一応、高校受験どころか大学受験を経験した身だ。あの頃はただひたすら頭に叩き込むようにして勉強していた。あの時は必至だったからそれで何とかなっていた。

 こうして確かな勉強方法や参考資料を提示できる匡利は、本当に勉強ができるんだなぁと思った。


『――とりあえず、これらを参考にまずはやってみてくれ。それで分からなければ、別の覚え方を考える』

『うん、ありがとう』


 優梨はとりあえず匡利が提示してくれた資料やワークの箇所を勉強することにした。


 この日を境に、優梨は自然と匡利と勉強をすることが増えた。場所は図書室や居間が中心で、時々家の裏にある東屋(ガゼボ)ですることもあった。そこは温度調整の結界が張られていて、本格的な冬が近づいていても屋根の下にいる限りは快適だった。

 勉強も歴史だけじゃなく、他の教科も一緒にやっていた。


 この日も匡利と東屋で勉強をしていた。優梨は国語を勉強し、匡利は英語をやっている。


『(国語も実は苦手な部類なんだよね……)』


 本を読むのは好きだが、不思議とテストになると分からなくなることが多い。点数は悪くないが、できると感じたことがあまりない。

 基本的に黙々と2人で勉強を進め、分からない時は優梨が匡利に聞くというやり方でやっている。


『……ねぇねぇ、この語句問題ってこっちの答えで良いの?』


 答えに自信がなく、聞いてみる。匡利は手を止め、優梨の手元を見た。


『……こっちだと思う』

『文章的にこれでも通じない?』

『通じるが、元々の意味としてはこちらの方が正しい。こういう場合、言葉の意味を正しく知っているか聞いている部分もある』

『なるほど』


 匡利の意見を聞いてさらに問題を進めていく。最後に答え合わせをすると、匡利の答えで正解だった。問題の意図も匡利の言う通りだった。


『匡利はすごいね』


 休憩の時、優梨は呟いた。匡利は不思議そうに優梨を見た。


『出題者の意図とかそういうのも考えながら勉強しているじゃない? 私はそこまで考えられないから……』

『……そう言っても、成績は良いんじゃないか? ずっと特進クラスで特待生なんだから』


 それに関しては優梨と匡利以外の皆にも言える事ではあった。


『ん~、私はただ必死に叩き込んでいるだけの部分があるからね……こうやって誰かに教わりながらっていうのも、初めてだし』

『……俺も教えるのは初めてだ。一緒に勉強をしても、お互い自分のことをやるだけだった』

『そうとは思えないくらい教えるの上手だよ』


 実際、匡利は教えるのが上手かった。何だかんだとスパルタになりがちだが、聞けば解説や資料を交えて教えてくれる。


『……優はただ覚えるだけ、と言うのはあまり得意じゃないんじゃないか?』

『あぁ、分かる? 本当はね、そういう覚え方って苦手なんだ。でも、それ以外やり方が分からなかったから……』


 前世でも現世でも、それ以外のやり方を教えてくれる人はいなかった。それでも前世の時は目標があった分頑張れていた。


『……何か頑張ろうと思うモノがあればモチベーションも違うんだけれど』


 無意識の呟きに匡利は何か考えだした。


『……ご褒美、という事か?』

『えっ? ……私、声に出してた?』

『あぁ』


 聞かれていたことに優梨は何となく気恥ずかしく感じた。


『えっと、ただの目標でも良いんだけれど、今の目標って“テストで良い点を取る”じゃない? だから、何か違う目標が欲しいなぁって思っただけだから』


 何故か慌てて言い訳をするが、聞いていないのか匡利は考えごとをしている。そして、その考えがまとまったのか優梨を見る。


『俺がやろうか?』

『……えっ?』

『……優が良ければだが、俺が何かやろうか?』


 思いがけない提案に目を丸くした。とても、匡利の口から出る言葉と思えなかった。


『えっと、具体的にどんな……?』


 恐る恐る聞くが、匡利は眉を顰めて首をひねった。


『……俺にできる範囲になるが、とりあえず高額な物はそもそも無理だ』

『いやいや、そんなのお願いしないから大丈夫だよ』

『……買い物や食事くらいなら付き合える』

『ご褒美らしいご褒美だねぇ』


 そう言いつつ、優梨はひとつだけ思っていることがあった。


『(買い物とか食事も嬉しいけど、折角だからもうちょっと打ち解けたいんだよね)』


 匡利とはこうして話すことはあっても、慶人たちほど打ち解けていない。どこか一線を引かれているように感じるのだ。


『(とは言っても、もっと打ち解けてって何をしてもらえばいいのか分からないしなぁ……それに、人それぞれのペースもあるよね)』


 そう考え、優梨は匡利を見る。


『今のところ特に思い浮かばないかなぁ』

『……そうか』

『うん。なので、とりあえず良い点数を取ったら褒めて』


 当たり障りのないことと言えばこれだろうと、優梨は提案する。


『……は?』


 一方の匡利は珍しく間の抜けた声を発した。僅かに目を見開いて優梨を見ている。


『褒めるって、何を……』

『普通に“よくできました”って言ってくれれば十分だよ?』

『……俺の誉め言葉にそんな価値はないぞ』


 自嘲するように匡利は言う。その言い方に優梨は首を傾げた。


『そうかな? 私は結構貴重だと思うけど』

『……そういうのは、慶人の方が気の利いたことを言えるぞ』

『慶人? まぁ、確かに褒め上手だよね。……でも、私は匡利が良いんだけれど』


 匡利はまたもや呆然と優梨を見る。優梨の言葉が本心だと悟ると、ため息を吐いた。


『……前向きに検討する』

『うん。楽しみにしている』

『……続きをやるぞ』


 匡利の言葉を合図に、2人はテスト勉強を再開する。




 数日後、匡利が何やら慶人に相談をする姿を何人かが見かけていることを、優梨は知る由もなかった。





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