↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/109

第98話 慟哭


 優梨たちのテスト勉強から数日後、期末テストが行われた。

 休みを挟んだ週明けは毎年恒例のクリスマス・パーティーがあり、その後すぐに冬休みに入る。その冬休み初日に学校からテストの結果が郵送されてきた。

 優梨は自室で葵と咲緒理と一緒に郵送された封筒を開封している。


『せーので出すよ?』

『『うん』』


 3人で一度深呼吸をし、声を掛け合って封筒の中身を出す。

 何枚もあるテスト用紙の一番上に、全教科のテスト結果がまとめられた用紙がある。3人はそれを見る。


『……うん、皆どれも90点越えだ。良かったぁ』


 安堵の息をつき、3人は体の緊張を解く。


『通信簿だけじゃテスト結果は分からないもんねぇ』

『これで高校受験も入試だけだね』

『でも、このテストでここまで取れればひとまず安心だね』


 そう言いつつじっくりとテスト用紙を確かめる。


『どれも点数が上がったなぁ』

『そうだね。匡利くん、教えるの上手だったんだね』

『厳しいけど、優しかったよ』


 匡利の話題が出て、優梨はテスト勉強中の約束のことを思い出した。


『……匡利にもテスト結果の事、話してこようかな』

『今から行く?』

『うん。2人はここでゆっくりしてていいからね』


 優梨はテスト用紙を手に立ち上がった。葵と咲緒理は手を振って見送り、優梨もそれに振り返して部屋を出ていった。


 匡利のいそうな所をあちこちと探し回り、最終的に東屋(ガゼボ)にいるのを見つけた。そこで匡利もテスト結果を見ているようだった。


『匡利』


 声をかけると、匡利は顔を上げる。


『優、どうした』

『テスト結果、報告に来た』

『……あぁ』


 優梨の手にあるのを見て気付いたのか、匡利は優梨に場所を空けるように少し移動する。優梨はありがたく匡利の隣に座り、手にしていたテスト用紙を目の前のテーブルに置いた。


『匡利に教わったおかげでね、見て。こんなにテスト良かったよ』

『……前に間違えていたところもできているな』

『うん。テスト受けている時もね、いつもより手応えを感じて面白かった』

『そうか』


 匡利は無表情ながら優梨の報告を聞いて満足そうにしている。その匡利の顔を優梨は覗き込む。


『……どうした』

『ん? 約束のお願いしたいなぁって』


 照れ隠しにお道化て言うと、匡利も思い出したようだ。

 少々思索すると、匡利は徐に手を伸ばした。その手は優梨の頭に伸び、ゆっくりと撫でられた。


『よくできたな』


 予想以上の誉められ方に優梨の思考は一瞬止まり、一気に顔を赤く染めた。


『えっ、あっ、あり、ありが、とう……?』


 優梨は思い切り動揺し、匡利は首を傾げる。


『……どうした』

『いや、あの……撫でられるとは、思っていなくて……』

『……嫌だったか?』


 声が少しだけ寂しげに感じ、優梨は慌てて首を振る。


『違う違う! 予想外過ぎただけで、むしろ嬉しいよ! 何ならもっと撫でてって……』


 必死になりすぎて思わず本音が零れた。さすがに最後のセリフには優梨も恥ずかしくなった。匡利も何と言ったらいいか分からない様子だ。


『……い、今のは忘れていただけると……』

『……善処する』


 これは忘れないなと悟り、優梨は肩を落とした。


『(と言うか、何で私は精神的にずっと年下の男の子に頭なでなでを強請っているんだろう……)』


 そう思うが、嬉しかったのは事実だ。ずっと匡利はそういうことはしない人だと思っていたからだ。


『そ、それより、匡利だって嫌じゃないの?』


 優梨は話題を逸らすように聞いてみる。すると、匡利は「何のことだ」と言いたげに眉を顰めた。


『だって、今までこういうスキンシップって取らなかったじゃない。てっきり嫌いなんだと思っていたよ』

『……あぁ、なるほど』


 質問の意図を理解したのか、匡利は考え込む。優梨は匡利が話し出すのを待った。


『……結論から言えば、好きかどうかは分からないが、嫌いでもないのは確かだ』

『そうなの?』

『したことがないから何とも言えないが……俺は慶人や誠史のように気の利いた言動ができない。俺なんかが、慶人たちのようにして良いものかと考えあぐねていただけだ』

『(あっ、まただ……)』


 匡利は時折自分を卑下するように言う事があった。その事に優梨は最近気付いた。


『(頭が良くて、運動もできて、こんなにかっこいいのに……)』


 匡利の今まで育った環境は知らない。そんな中でこんなにも自分に自信が無くなったのかと思うと、優梨は胸が痛んだ。

 していいんだよと言いたくなり、優梨は匡利の袖を引いた。


『なんだ』

『やっぱりもっと撫でて』


 今度は素直にお願いすると、匡利は少しだけ目を丸くした。そして、さっきと同じようにゆっくりと撫でた。その手がとても優しくて、心地よかった。


『……優梨は』


 不意に匡利が話し出し、優梨は顔を上げて匡利を見た。


『こうしていると、いつも懐かしそう(・・・・・)にするな』

『……えっ?』


 何故か匡利の感想に違和感を覚えた。優梨の戸惑いが伝わったのか、匡利は撫でる手を止めて言葉を続ける。


『他の皆――特に葵や咲緒理はこうされるといつも嬉しそうにするが、優梨だけはいつも懐かしそうにしている』

『そう、かな……?』


 完全に無意識で、思い当たる理由がなかった。しいて言えば、俊哉がよく撫でてくれていた。


『前、俊哉さんがよく撫でてくれたからかな……?』

『……俺にはもっと別の誰かに感じた』

『別のって……』


 誰だろうか、と思った。この世界に転生してから俊哉に出会うまで頭を撫でてくれるような人はいなかった。孤児院にいた頃、曜輔がことある事に頭をポンポンとする事は確かにあったが、懐かしむほどじゃない。

 ならば前世かと思うが、叔母一家は決して優梨の頭を撫でたりなどしなかった。従兄が撫でてくれたことがなかったわけじゃないが、今の優梨にとってあの人は懐かしむような相手じゃない。むしろ忘れ去りたい人だ。




 ――優梨。




 記憶を巡らせると、不意に思い出す声があった。とても懐かしく、同時に切なくなる声だ。せっかく神様に忘れないようにしてもらったのに、あまりにも悲しくて辛いことばかりが続き、思い出すと余計につらくなるからと記憶の奥底に封印してしまった。


『お、父さ、ん……』


 優梨の父親はその大きな手でよく優梨の頭を撫でてくれた。母親も同じくらい撫でてくれた。何故思い出せなかったのかと不思議に思うほど、懐かしくて大切な記憶だった。

 戸惑いに放心していると、匡利が首を傾げて優梨を見た。


『……父親を覚えているのか?』


 優梨はハッと我に返り、匡利を見上げた。この頃の優梨たちにとって、前の家族の話題は暗黙でご法度だった。顔を青ざめさせて狼狽えていると、匡利がもう一度軽く撫でてきた。


『落ち着け、大丈夫だ』

『う、うん』


 思いの外動揺していて、優梨は落ち着こうと深呼吸をした。優梨の動揺が収まると、匡利は手を離した。


『無理に話さなくても良いんだからな』


 優梨を気遣い、匡利が言う。


『大丈夫……ただ、何から言えばいいか……』


 元々優梨は匡利たちには孤児院育ちだと話している。父親の記憶があるなど、匡利は思いもしていないだろう。


『……私、孤児院に入る前の、両親の記憶が少しだけあるんだ。本当に昔のことだから、ずっと忘れていたんだけれど、お父さんとお母さんがよく撫でてくれていたの』

『そうか……』


 本当のことはさすがに言えないので、誤魔化しつつ話した。匡利の様子から怪しまれてはいなさそうだった。


『……聞いても良いか?』

『なぁに?』

『何故、優梨は孤児院に?』


 聞かれるだろうなと思っていた。ただ、どこまで話せば変に思われないだろうかと考える。中々答えないでいると、匡利の方が困惑し始めた。


『話せない事なら答えなくていいぞ』

『えっ? あぁ、ごめん。大丈夫……詳しいことは覚えていないんだけれど、交通事故で2人とも……それで、他に引き取る人がいなかったの』

『そう、か……』


 珍しく見て分かるほど表情を暗くし、匡利は黙り込んでしまった。今度は優梨がそれに驚いた。


『気にしないで。本当に昔のことなの。それこそ、ずっと忘れていたくらいで……』


 慌ててそう言うと、匡利は眉を顰めた。


『それでも、多少は覚えているんだろう? ご両親のこと』

『う、うん……でも、もうとっくに吹っ切れているから』


 優梨は取り繕うように笑いながら言うが、匡利の方は納得していない様子だった。それが分かり、優梨は困ってしまった。


『本当に、大丈夫なんだよ……? だって、もうずっと前のことで……』


 そう、ずっと前のことだ。匡利は知らないが、すでに両親の死から前世を合わせて20年以上たつ。両親に会いたいと泣いたのは、もう遠い昔のことだ。すでに悲しみは乗り越えているはずだ。




 ――それなのに、どうしてこんなにも胸が締め付けられるように痛いの……?




 困惑が隠せないでいると、匡利はさっきよりもずっと優しく頭を撫でてきた。


『それでも、悲しかったな……』

『……えっ?』


 何を言っているのかと、率直に思った。


『(悲しかった……? それはもちろんだけど……おじいちゃんたちだって先生だって皆“残念だ”って言ってくれて……)』


 不意にあの頃のことを思い出した。




『誠に残念ですが、ご両親は……』

『ご両親のことは本当に残念だった……気を確かにな』

『こんなことなら、意地を張らずもっと早く会いに行けば……』

『この手紙のおかげで、優梨ちゃんがどんな子なのか知ることができたのよ』

『優梨ちゃんのお母さんに一目会いたかったわ。……本当に、残念だわ』

『伯父さんたちのことは本当に残念だったな。……でも俺は、優梨だけでも生き残ってくれて良かったよ』




 誰もが両親の死を悼んでいた。残念だ残念だと言い、優梨の無事を喜んでいた。気を確かにと、これから頑張れと励まされた。両親の死に実感が湧いていなかった優梨は、それらにただ頷くだけだった。


『――あれ?』


 ボロンと大粒の涙が零れ落ちた。一度零れた涙は次から次へと溢れ出て、優梨の頬を濡らした。


『えっ、な、なんで……』


 慌てて頬を拭うが、ますます涙が流れ出る。止めることのできない涙に優梨は狼狽えた。涙を隠そうと、咄嗟に下を向く。すると、匡利は震える優梨の肩を抱き寄せた。


『あ、きとし……?』

『……こうすれば、俺からは何も見えない』


 その言葉で、気遣ってくれたのだと分かった。


『……ごめんね。急に、こんな……』

『構わない』

『何でかな……っ、もう、とっくの昔に、吹っ切れたって……平気になったって、ずっと……っ』


 優梨は嗚咽交じりに呟いた。匡利は肩を抱いた手を放し、そのまま優梨の頭を撫でた。


『――何年経っていようと、たとえ一度吹っ切れたんだとしても、悲しい時は悲しんでいいんじゃないか』


 頭上からかけられた言葉は、優梨が知る中でもとても優しい声だった。ぽろぽろと零れ落ちる涙が、匡利の服を濡らす様子をただ眺めた。


『……優梨は、ご両親に大事にされていたんだろう?』


 唐突に匡利が優梨に聞いた。優梨は両親のことを思い浮かべ、ゆっくりと頷いた。


『うん……大事に、してくれた……』

『たくさん愛情をかけてもらえたんだな』

『うんっ……いっぱい、愛してくれて……いつもっ……すごく……』

『幸せ、だったんだな……』

『……うん……っ、幸せ、だった……っ』


 幸せだった。この上ないくらい、とても幸せな日々だった。2人を思い出すだけで、泣きたくなるほど幸せだったのだ。

 いつ忘れてしまったんだろう。いつから幸せな思い出が、つらい思い出になってしまったんだろう……


『……っ、私……妹か弟が……できるはずだったの……っ』


 この事を知るのは、事故の時に母親の手術をした医者だけだ。祖父母にも叔母家族にも、誰にも話さなかった。あまりにも悲惨な事故だったため、葬式の時も顔以外見られなかった。だから、葬式で顔を見ただけの彼らは、母親のお腹が大きかったことを知らない。

 誰にも言えないまま、ずっと優梨の中で秘められていた。


『もうすぐ……4人家族になるって、皆……たの、楽しみっ……ヒック、楽しみに、してたの……っ』

『…………』

『なのに……お父さんもお母さんも、赤ちゃんも、皆……いなくなっちゃった……っ、わた、私だけ……置いて、ヒック、置いてかれて……っ、うぅ~』


 漏れ出る嗚咽が抑えられず、優梨は匡利の服をギュッと握りしめた。


『皆……私だけでも、生きてて良かったって……言ったけど……っ、私は、良くない……っ! だって私、独りに……ヒック、独りに、なっちゃったのに……っ』


“残念だったね”

“君は生きてて良かったね”

“だから、頑張れ”


 周りの人がかける言葉はそんな言葉ばかりだった。誰も疑問に思わなかった。独り残されたわずか10歳の子どもが、泣きもせず、喚きもせず、ただ頷いていることに……。この子は強い子だと、誰もが信じて疑わなかった。でも……


『……寂しい……』


 ポロッと言葉が零れる。


『……っ、寂しいの。寂しかったの……本当は、ずっと悲しくてしょうがなかった……っ!』


 悲しかった。誰かに縋って思い切り泣きたかった。でも、誰もさせてくれなかった。

 皆、両親の死に目を向けるばかりで、目の前で悲しみを押し殺す子どもに気付かなかった。優梨に関心を向けた従兄ですら、結局は自分のことしか見ておらず、優梨の心の奥底にあった悲しみには目もくれなかった。


 いつしか優梨自身も、悲しみを封じ込めたまま忘れてしまった……


『――つらかったな』


 泣きじゃくる優梨の背を撫でながら、匡利が静かに言った。


『悲しかったな。……今まで、よく我慢していたな』

『……うっ……ふぅ……っ』

『俺は、どこまでお前の悲しみを理解してやれるか分からないが……受け止めることはできる』


 撫でる手を止め、肩を抱く手に力を込めた。


『泣きたければいくらでも泣いていい。肩ならいくらでも貸す。……もう、我慢しなくていい』

『…………っ』


 泣くなと言われた。泣いてはだめだと思っていた。でも、匡利だけは泣いていいと言ってくれた――


『……っ、うわぁぁああああん……っ!』


 匡利の背に腕を回し、しがみつく様に抱き着いた。優梨は子どものように声を上げて泣いた。20年分の涙が、次から次へと溢れ出て止まらなかった。

 匡利はただ何も言わずに、優梨を抱きしめて優しく頭を撫でていた。




 その後、優梨は泣き疲れて気を失うように眠ってしまった。優梨の部屋で、優梨の帰りを待っていた葵と咲緒理は、優梨が匡利に抱きかかえられて戻ったことに心底驚いた。同じように、夕飯時になって目を覚ました優梨も、いつの間にか自分の部屋にいたことに驚愕した。

 何とも言えない気恥ずかしい気持ちのまま匡利と顔を合わせることになったが、匡利は軽く優梨の頭を撫でるだけだった。実はその様子を見ていた他の皆がギョッとしていたことは、2人は知らない。




 匡利への気持ちが芽生えた日の記憶を、優梨は涙を流しながら見つめていた。

 あれから2年ほど経った。今でもあの日のことは忘れられない。






 ――ねぇ、匡利。

   あなたは知らないだろうけれど、あなたが初めてだったんだよ。

   私ですら気付けなかった、私の“悲しみ”に気付いてくれたのは……

   

   過去に置いてきた小さな私を、泣きたくても泣けなかった小さな私を、あなたが見つけてくれた。

   

   あの日から、私は両親のことを思い出してもつらくなることはなくなった。

   悲しくなったり、切ない気持ちになったりはしたけれど、つらいとは思わなくなったの。

   匡利のおかげで、私はやっと両親たちのことを偲ぶことができた……

   未だに乗り越えられない過去はたくさんあるけれど、私はやっと皆の死を乗り越えられたの……

   

   全部あなたがあの日、私に「泣いていい」って言ってくれたからなんだよ……――






「――あの日から、私は匡利のことを好きになったんだよ……」


 そう呟くと、周りの景色が消えて真っ白な世界に立っていた。


「(あぁ、きっと目覚めるんだ)」


 記憶の旅の中で、自分は眠っているのだと気付いた。あの日のことを思い出し、匡利への気持ちを確かめた優梨は、(うつつ)へと戻っていった。




長かった優梨の過去編はこれでおしまいです。

ここまで読んで下さりありがとうございました!





【読者の皆様へお願い】

この小説を「面白い」「続きが気になる」「他の人にも読んでほしい」と思って下さる読者様、

よろしければブックマークまたは感想・いいねなどの評価、レビューをぜひお願いいたします。

執筆の励みになります!


もし誤字脱字にお気付きの際は遠慮なくご報告してくださいませ。


また、この小説はアルファポリス様でも掲載しております。

よろしければ、各小説または目次の下部にあるバナーをクリックしてください。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=901426221&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。