第96話 邂逅
葵と知り合って以来、優梨の日常は良い意味で変わった。
本人曰く結構な人見知りらしいが、慣れ親しむと人懐っこい葵は優梨にとってかなり癒しだった。心の底で、遠い昔に生まれるはずだった弟妹がいたら、こんな感じなのかと思うほどだ。
2人がより親密になったのは、知り合ってすぐに優梨がしたある種の“うっかり”のおかげだ。
『葵ちゃん』
何の前触れもなくそう呼ぶと、葵は驚いたように目を丸くした。どうしてそんな反応なのかと思ったが、葵が「汐崎さん、名前……」と呟くのを聞いて気付いた。
『(やっちゃった……つい年下相手のつもりで名前呼んだけど、普通同級生なら最初は苗字呼びだよね)』
中身は一回り以上年上だが、相手からすれば同級生にいきなり名前呼びされた状態だ。どうしたものかと思っていると、葵が躊躇いがちに口を開いた。
『あの……私も名前、呼んでいい?』
そう聞いてくる様子があまりにも可愛くて、優梨は無意識のうちに何度も頷いていた。
それ以来、優梨と葵は頻繁に一緒に行動していた。授業で何人かと組む時は必ず一緒で、休み時間も2人で過ごしていた。おまけに優梨と葵は寮の部屋が隣同士だった。それで寮にいても頻繁に行き来して交流を深めていた。
不思議と、以前であれば自分は異能者だからと人を避けていたのが、葵相手ではそうしようと思えなかった。もし、自分のことを知られたらと思うと怖かったが、それよりも今はこの関係を続けたいと思う気持ちが大きかった。
中学1年生の年が終わろうかという頃、新たな変化が訪れた。
ある日の昼休み、優梨と葵はいつものように昼食を一緒にする約束があった。いつもの場所のベンチで優梨は葵が来るのを待っていた。
『優梨ちゃん』
そう呼ばれて振り返ると、驚くことに葵1人ではなかった。他にもう2人、男子生徒が一緒だった。そのうちの1人は、入学式や集会などで見かけることが多い人だった。
『こんにちは』
葵のすぐ側に立つ紺青色の髪に青の瞳の男子が、にこやかに声をかけてきた。優梨は若干警戒しつつ、無言で頭を下げた。
『俺は加村誠史。彼は天宮慶人。彼の方なら知っているかな?』
『まぁ……えっと……』
優梨は困惑気味に葵を見た。
『ごめんね。誠史くんと慶人くんは私が入学した頃から、お世話になっている人なの。それで、優梨ちゃんの事を話したら、会ってみたいって……』
『そ、そうなんだ……』
どうしてなのかと、慶人と誠史を交互に見た。
徐に慶人が優梨の隣に座った。優梨はビクッと身を震わせ、思わず少しだけ慶人から離れた。それもお構いなしに慶人は優梨を見つめる。
『……あの、何か……?』
優梨は恐る恐る聞いた。吸い込まれそうなくらい澄んだ青い瞳に見つめられ、なんだか落ち着かなかった。
『……藤宮俊哉を知っているか?』
そう聞かれて優梨は驚いた。その反応を見て、慶人の表情が少し和らいだ。
『知っているんだな』
『うん。……えっと、天宮くんも知っているの?』
『知っているどころか、俺は遠い親戚だ』
慶人の言葉を聞き、優梨は藤永に入学が決まった日の俊哉との会話を思い出した。あの時俊哉は、自分には何人も後見人を務める子どもがいて、全員異能者だと言っていた。そして、そのうちの1人は遠い親戚だとも……
『俊哉さんが後見人をしている子……?』
『そうだ』
優梨は慶人の後ろにいる葵と誠史にも目を向けた。その視線に慶人が気づく。
『葵と誠史も同じだ。俊哉さんが後見人をしている。他に同じような男が4人いる』
優梨は驚きのあまり言葉を失い、慶人たちを交互に見ることしかできなかった。
『いくつか聞いていいか?』
『うん』
優梨は体の緊張を解き、慶人に向き合う。
『大体でいい。総合レベルは?』
『600越え』
『魔力は?』
『40万越え』
『スキルは?』
『正直、正確な数は分からないけれど多いよ。レベルはモノによるけど、かなり高い』
『……もう1つの姿は?』
その質問には内心驚いた。ただ、その言葉が出るという事は知っているという事だ。
『――吸血鬼』
最後の質問だったのか、慶人は満足そうな顔をしている。葵と誠史は驚きと嬉しさの入り混じった顔をしている。
『……天宮くんは?』
『俺は天使だ。誠史が悪魔で、葵が九尾の狐。他の奴らも同じようにもう1つの姿がある』
驚きや嬉しさ、戸惑いなど様々な感情が入り混じり、胸をこみ上げた。
『(やっと……やっと、見つけた……)』
神様から知らされていて、どこかにいるのは分かっていた。もっと見つけるのに苦労するかとも思っていたが、こんな形で見つかるとは予想しなかった。
『(俊哉さんとの出会いが、こんな風に繋がるなんて……)』
そう思うと、ここに入学する前までのことも悪くないと思えた。
『慶人、早い内の他の皆にも会ってもらおうか』
『そうだな。今日はさすがに無理だが、明日なら良いだろう』
慶人と誠史の会話が他の4人のことだと分かった。どんな人たちなのだろうかと、興味が湧いた。
『優梨ちゃん』
いつの間にか側に葵が来ていた。
『優梨ちゃんが同じ仲間で嬉しい。そうだったらいいなって、ずっと思っていたの』
『私も嬉しい。正直、自分のことを葵ちゃんが知ったらってずっと思っていたから……』
『私も同じ! でも、何となく優梨ちゃんの雰囲気とかが皆に似ていたからそうなのかなって……良かったぁ』
瞳を潤ませ、葵はそう言う。2人は手と手を取り合い、笑い合った。
『でもこれで、葵にも女の子の仲間ができたから良かったね』
『後は全員男だからな』
2人の話から考えれば、男の子6人の中に女の子の葵が1人でいたことになる。それは中々気まずい状況だと優梨は思った。
『他の人はどんな感じなの?』
『皆、優しいよ。でも、最初は近寄りがたい、かな? 私が人見知りするせいかもしれないけど』
『へぇ……』
チラッと慶人と誠史を見る。
2人とも子どもながらにかなり整った顔立ちをしている。他もこんな風なら、葵の気持ちも分からなくなかった。一方で葵自身もとても可愛らしい顔立ちだ。
『(この感じだと自覚はないんだろうなぁ)』
無意識に葵の頭を撫でていると、最初はきょとんとしていたのがそのうち顔を真っ赤に染めていた。どうしたのかと首を傾げたが、自分の手に気付いて優梨は慌てた。
『ご、ごめん! さすがに馴れ馴れしかった!』
『ううん、いいの! ただ……こうやって頭撫でてもらうの、慣れてなくて……嬉しかったの……』
その言葉に優梨は胸が痛んだ。
『(やっぱり、私みたいな経験をしているんだ……)』
葵さえよければこれからいっぱい撫でてあげよう、と優梨は密かに心に決めていた。
その後、優梨は慶人たちと翌日の放課後に空き教室で会おうと約束をして、その日は別れた。
翌日の放課後、優梨は空き教室で他の皆に会うことになった。待ち合わせの空き教室に行くと、前日に会った慶人と誠史以外に4人いた。手前にいる人から順に立ち、慶人が間に入って紹介する。
『石井朔夜、黒犬の獣人だ』
『よろしく』
朔夜は眼鏡が良く似合う活発そうな、ハンサムな男の子だと思った。
次は朔夜のすぐ隣に座っていた男の子が立つ。
『大和玲、白犬の獣人だ』
『よろしくな』
玲の印象は目元が涼やかで、和服が似合いそうな雰囲気に思わず和風美人と言いたくなった。
次は誠史の隣に座る男の子がたった。
『狼男の須藤雅樹だ』
『どうも、よろしく』
少し長い銀髪が印象的な雅樹は、緑色の三白眼でもの凄くミステリアスな雰囲気を感じた。
最後に、皆から少し離れたところに座った男の子が立つ。眼鏡の向こうから森を思わせるような深い緑の瞳が優梨を見た。
『最後がエルフ族の……』
『佐塚匡利だ』
匡利はそれだけ言ってすぐ座ってしまった。他の子と違ってあっさりした対応に優梨が目を丸くすると、慶人が苦笑した。
『悪いな。人付き合いが人一倍苦手なんだ、あいつ』
『そ、っか……』
正直、この時の優梨は内心「もの凄く不愛想だな」と思っていた。それぞれの自己紹介が終わった後、何だかんだと他の皆は優梨に話しかけてきた。ただ1人、匡利だけは遠巻きにそれを眺めているだけだ。
『(あまり喋らないし、大分無口な人なんだなぁ)』
横目にチラッと匡利を見ながら優梨はそう考えていた。
その後、優梨は葵だけでなく慶人たち6人ともよく会い、よく話すようになった。
2年生に上がってしばらくすると、優梨と葵は同じクラスになった咲緒理と仲が良くなった。その咲緒理が数学準備室に閉じ込められる事件をきっかけに、咲緒理も仲間だと知った。この頃、優梨は葵と咲緒理をあだ名で呼ぶようになった。
『せっかくだから俺たちも呼び方変えない?』
そう誠史に言われ、葵と咲緒理は名前の君付けが呼びやすいと言って特に変えなかったが、優梨だけは折角だからと名前を呼び捨てにさせてもらった。その事に誠史以外の皆は特に異論もなく賛成した。その中に匡利が含まれていることに、密かに優梨は意外に感じていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
仲間が9人に増え、慶人が暮らす家への引っ越しを慶人が提案した。慶人たち6人はすでに一緒に暮らしており、そこに優梨たち3人も一緒に暮らす形になる。最初家に行った時は、葵と咲緒理と一緒に唖然とした。まさか慶人が貴族で、家が立派な豪邸だとはつゆほども思わなかった。
この頃は、元の家のまま何もいじらずに暮らしていた。いくつも客間があり、優梨たちは1人1部屋使わせてもらっていた。
初めの暮らしは試行錯誤の連続だった。
まずは日々の暮らしだ。優梨たちが来る前、男子だけだった時は割と適当でもなんとかなっていた。でも、人数も増えたのでちゃんとしようかという事になった。食事、掃除、洗濯を中心に日々の細々とした家事は基本的には皆で協力することになった。これに関して、一番詳しかったのは優梨だった。葵と咲緒理もそれなりに知っていたが、前世で叔母の家の、現世で孤児院の家事雑用を一手にやっていた優梨は2人よりも経験値があった。普段から慶人の参謀として動いていた朔夜と玲に優梨の3人が、決められるものは当番を決め、それ以外をどのように回すか考えた。後は実際にやってみてその都度改善しようとなった。
この時決めたことは、数年たった今も役立てられている。
一緒に暮らし始めて一番気を使ったのはお風呂だ。客間にもそれぞれトイレはあった。しかし、お風呂に関してはシャワーのみで、部屋によってはそれすらもなかった。だから、家に唯一あった大浴場と言いたくなるほどの広いお風呂を順に使っていた。
今思えば、よく鉢合わせしなかったものだ。この点に関しては、のちに佳穂が注意していた。
そして、最初の頃は全員がどこかよそよそしかった。誰かと一緒に憎まれたり疎まれたりせずに「家族」として暮らすのは、全員が初めてだった。正確には優梨は両親と暮らしたことがあるが、それも遠い記憶のことですっかり忘れてしまっていた。
ただ、中身が大人だからか両親との思い出があるからか、優梨は無意識に手を繋いだり頭を撫でたり、時には抱きしめたりとスキンシップを取ることがあった。優梨はその度に「やってしまった」と自己嫌悪を感じていたが、他の皆は驚いても嫌がらず、むしろ「嬉しい」と思っていた。
『そういったスキンシップは、仲の良い家族ならよくある事だよ』
ある日、俊哉にそのことを話すとそう言われ、優梨たちはいつしか控えめながらも家族のようにスキンシップを取るのが当たり前になってきていた。
それは、中学3年生になって佳穂が仲間に加わっても変わらなかった。周りの人たちも、優梨たちの間では当たり前のものとして受け入れる人が多かったのも幸いだった。
そんな中、匡利はあまりスキンシップを取ろうとしなかった。佳穂も匡利ほどではないにしてもスキンシップは苦手そうだった。そういうモノとして優梨たちは受け入れていた。
『(でも、なんか時々考えている雰囲気はあるんだよねぇ……)』
この頃には皆が匡利の無表情ながら僅かにある感情や心の変化が分かるようになっていた。無口だった印象も、口数が少ないだけで慣れてくるとそれなりに喋るようにはなっていた。
そして、優梨は匡利が優梨たちのやり取りを見ながら何かを考えているのをたまに見かけた。いったい彼は何を考えているのだろうかと、優梨は少しだけ気になっていた。
ここまで読んで下さりありがとうございました!
【読者の皆様へお願い】
この小説を「面白い」「続きが気になる」「他の人にも読んでほしい」と思って下さる読者様、
よろしければブックマークまたは感想・いいねなどの評価、レビューをぜひお願いいたします。
執筆の励みになります!
もし誤字脱字にお気付きの際は遠慮なくご報告してくださいませ。
また、この小説はアルファポリス様でも掲載しております。
よろしければ、各小説または目次の下部にあるバナーをクリックしてください。




