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第95話 卒業、そして入学


 優梨が俊哉に保護され、施設に入ってから1年半以上経過した。

 この頃には優梨は発作を起こす頻度は減り、発作に伴う魔力暴走は起こさなくなった。それでも油断はできないと念のため制御装置は身に付けたままだ。予てからの目標だった3つのスキルのレベル上げは俊哉のおかげで順調に進んでいる。

 最近では部屋を出て敷地内を歩き回れるくらいにはなった。その時に優梨以外の施設にいる人を見かけることがあるが、互いに接触はしていない。

 勉強は俊哉の紹介で施設の職員にずっとみてもらっていた。小学校の教員免許を持っているらしく、とても分かりやすかったように優梨は思う。もっとも、優梨は前世で一度学んでいるからこそより理解しやすかったとも言える。優梨を優秀に感じた職員は、普通の小学生ならば少々難しく感じるような課題を出したりもした。それも難なくこなし、職員は「教えがいがある」と喜んでいた。


 そして、先日小学校卒業資格の試験をいくつか受けていた。その結果をこれから俊哉が持ってくる予定だ。優梨は部屋でいつものようにお茶の用意をして俊哉の訪問を待っている。

 お茶の用意が終わったタイミングでドアをノックする音がした。返事をすると、俊哉が部屋に入ってきた。


『こんにちは、優梨』

『こんにちは、俊哉さん』


 俊哉は優梨の案内でお茶が用意されたテーブルの席へと座る。優梨も俊哉の真向かいに座った。


『さて、優梨。この間の試験の結果だが……』

『はい』

『文句なしの合格だ。おめでとう。これで、君は無事小学校を卒業したのと同じだ』


 手応えは十分だったので何となく結果は分かっていた。それでもこうして改めて聞くと、嬉しいのと同時にホッとした。


『それを聞いて安心しました。あぁでも、中学はどうしますか? 今からですと、どこかの公立の中学になると思うんですが……』

『あぁ。それについては、ここの入学も同時に決まったよ』

『えっ?』


 優梨はおもむろに出された資料に目を丸くする。厚めの封筒の表には「藤永学園中等部」と書かれている。


『藤永って、結構有名な私立学校ですよね』

『そう。私は、そこの理事の1人なんだ』

『えっ!?』


 藤永学園はそういうことに疎い優梨でも知っている学校だった。まだ孤児院にいるころ、成績優秀な子どもが行きたいと言っているのを横でよく聞いていた。


『そこは貴族や上流階級の子どもが主に通っているんだが、そうでない子どもも多く通っている。入学条件の第一が学力だからな。そして、一度入学すればそこは実力主義の世界。通っている間は身分や親の仕事などは関係ない。もっとも、ここに入学できるだけで世間的に見ればかなり優秀だ』


 ニコニコと笑いながら説明する俊哉とは裏腹に、優梨は冷や汗が止まらなかった。


『えっと、あの、俊哉さん? 私、そこの入学試験とか受けた覚えがなんですが、さっき入学が決まったって……』

『あぁ、そうだ。4月からここの生徒だ』

『やっぱり聞き間違えじゃなかった! 試験とかどうしたんですか?』

『もちろん受けている』

『えっ、いつの間に?』


 いくら考えても入学試験なんて受けた覚えはない。頭を悩ます優梨に俊哉は楽しそうに笑っていた。


『この間受けた卒業資格試験、覚えているかい?』

『はい』

『どの教科も2つずつ受けなかったかい?』

『そういえば……でも、2年も学校に通っていなかったので、基礎と応用をそれぞれ受けたんだと思っていたんですが……』

『その優梨が応用だと思っている試験が、藤永の入学試験だ』


 優梨は開いた口が塞がらなかった。完全に卒業試験だと思ってあまり緊張せずに受けていた。それがまさか一世一代とも言える試験だとは思いもしなかった。


『えっ、ちょっ、そんな大事な試験をあんな気楽に……っ! あっ、でも、入学っていう事は合格ですか?』

『もちろん。しかも、特待生として特進クラスに通ってもらうよ』

『……失礼を承知で聞きますが、俊哉さん、何かしました?』

『何も。完全に優梨の実力だよ』


 優梨の反応は予想していたのか、始終にこやかにかつ楽しそうに俊哉は話している。頭が混乱している優梨は落ち着きを取り戻すために、目の前の紅茶を一気に飲み干した。


『えぇっと……大体の状況は呑み込めました』

『うん、良かった』

『……あのぉ、もう一度混乱しそうなんですが、入学金とか諸々はいったい……』

『それなのだが、中の資料を見てくれるかい?』


 俊哉に言われ、優梨は恐る恐る封筒の中身を出す。一番に目についたのが合格証だ。それを見て「本当に合格したのか」と優梨は思った。合格証を横に置くと、次の冊子が目に入る。


『……ん? この“特殊特待生の概要”と言うのは……?』

『それが、優梨が合格した特待生に関する資料だよ』

『へぇ……』


 優梨は冊子を手にし、中を見ていく。読み進めるうちにページをめくる手は緩やかになり、眉を顰めていく。


『……好待遇過ぎません?』


 優梨は冊子から顔を上げ、訝しげに俊哉を見る。


『そういう制度だからな。これは藤永で独自に行っている特待生制度の1つなんだ。優梨が合格したのは、その中でも一番の難関のモノだ』

『授業料、教材費、部費、その他諸々の経費全額免除、一部学用品や部活で使用する物、制服を含めた学校指定品の無料提供……ほぼほぼ無料で入学できるじゃないですか』

『その代わり、条件は厳しいぞ。成績はトップクラスを維持、部活に入った場合は好成績を残さなきゃいけない。藤永でそれを維持するのは難しいと判断されるからこその、その待遇だ』

『なるほど……』


 確かに冊子に掲載されている条件は俊哉の言う通り中々厳しいものだった。今の優梨には藤永の学力がいかほどなのかは知らないが、容易いものではないことは想像できた。


『(この待遇で入学できるのは嬉しいけど、特待生から落ちた場合はどうしよう……)』


 優梨は難しい顔で冊子を眺める。


『あぁ、もちろんのことだが、特待生でなくなったとしても私が援助をするよ』


 優梨の心配の種が分かったのか俊哉がそう言う。優梨は別の意味で驚いて顔を上げた。


『えっ、さすがに今までも十分お世話になっているのにこれ以上は……それに、私と俊哉さんにそこまでの関係は……』

『そうだ。だから、その関係をさらに築かないか?』

『えっ?』


 俊哉が鞄からさらに封筒を出した。封筒には何も書いておらず、優梨はおずおずと中身を出した。


『……後見人届出書……?』


 それは、俊哉が優梨の後見人になるための役所に出す書類だった。すでに俊哉の署名と捺印がされている。


『これは、いったい……?』

『そのままの意味だ。私を、優梨の後見人にして欲しい』


 優梨は言葉が見つからず、ただ書類と俊哉を交互に見つめた。しばらくしてからやっとの思いで「何故」と一言だけ言えた。


『大した理由はない。ただ君を助けたいと思っただけだ。今後も含めて』

『……すでに多くのことを助けていただいています。返したくとも返し切れないほどの恩があります。それだけでも十分なくらいなのに何故……見ず知らずの私にこんな……!』


 混乱のあまり声を上げるが、俊哉はただ微笑むだけだった。


『お金のことならば、気にすることはない。こう見えて私は高位の貴族なんだ。それに、数年前までは冒険者として活動していて、その時に一生遊んで暮らしても余るほどの財を成した。だから心配ない』

『でも……』

『それに、私は他にも後見人を務めているんだが、全員異能者(ミュータント)だ。それも、優梨に似たね』


 優梨は驚きに目を見張った。もしかして、と言う気持ちが沸々と湧いた。


『そのうち1人は私の遠い親戚なのだが、彼と約束したんだ。彼の様な異能者の子どもを探し、保護すると』

『…………』

『ただ純粋に優梨を助けたいと思ったことも本当だ。これまでの君はあまりにも……悲しい境遇だった。そのすべてを忘れるほどの幸せを掴んで欲しいと、その手助けをしたいと思ったんだ』


 どこか寂しげな表情で俊哉は優梨を見つめながら言った。その言葉と表情に、これ以上のことを言っても彼の考えは変わらないだろうと、優梨は思った。

 おもむろにペンを持ち、書類にサインをする。その様子を俊哉は少しばかり驚いたように見つめる。書き終わるとペンを置いて顔を上げ、優梨は微笑んだ。


『どうか、これからよろしくお願いします。俊哉さん』

『……あぁ、よろしく。優梨』


 俊哉が右手を差し出し、優梨もそれを握り返した。固く握りあうその手は、これから先の絆もそうでありたいという2人の決意のように思えた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 優梨の小学校卒業と中学校入学、そして俊哉が後見人となることが決まった日から数週間後、優梨はついに施設を出る日を迎えた。

 発作の心配は残っているが、魔力暴走に関してはよほどのことがない限りは大丈夫だろうと俊哉も施設の主治医も結論付けた。念のため、常に《無限収納(インベントリ)》には薔薇を入れておくようにと、俊哉は優梨に告げた。すでに優梨の《無限収納》には俊哉から何度か貰った薔薇の花束が大事に入っていた。

 施設にいる間に増えたぬいぐるみや本はさすがに置き場所がないだろうと優梨の《無限収納》にしまわれている。それ以外の荷物はとても少なく、俊哉が用意してくれた鞄2つに収まった。


『お世話になりました』


 施設を出る直前、優梨は見送りに出てくれた職員たちに深く頭を下げた。彼らは優梨が回復して良かったと喜んでくれた。またいつか施設(ここ)以外で会おうと話し、優梨は俊哉が乗る車に乗り込んだ。


『出してくれ』


 運転手に俊哉がそう告げると、車はゆっくりと動き出した。初めて乗る魔道車に興味津々で、優梨はキョロキョロと車内を眺めた。


『珍しいか?』


 優梨の様子を微笑ましそうに見ていた俊哉が聞いた。


『はい。外から見た大きさと中の広さが全然違うのが凄いなぁって……』

『これは魔道車の1つである魔道リムジンだ。貴族向けの物だな』

『へぇ……』


 いつの間にか、目の前のガラスでできたローテーブルにオレンジジュースが用意されていて、優梨はありがたくそれを飲んだ。


 優梨が今向かっているのは藤永の近くにあるホテルだ。

 藤永に入ってからは寮で暮らす予定だが、入居まで数日かかる。その間、俊哉の厚意によりホテルで生活することになった。

 ホテルに着いてから当たり前のようにスイートルームに案内されて優梨は目を白黒させた。あまりに広く、あまりに豪華な部屋に優梨はどぎまぎしながら数日を過ごした。


 数日後、優梨はついに藤永学園の寮に入る日となった。その日は俊哉が寮の入口まで見送りに来てくれた。


『優梨、これは私の連絡先だ』


 そう言いながら俊哉は一枚の紙を渡す。


『何か困ったことや助けて欲しいことがあった時は遠慮せずに連絡しなさい。もちろん、何もなくとも連絡してくれて構わないよ』

『はい。ありがとうございます』

『……それからすまないが、明後日の入学式は急な仕事で来られなくなってしまった』


 とても残念そうにしながら俊哉が言うので優梨は首を横に振った。


『大丈夫です。こうして見送りに来ていただいただけで十分です』

『そうか……優梨』

『はい』

『良い学校生活を……入学おめでとう』

『ありがとうございます』


 俊哉と固く握手を交わし、優梨は門を潜った。一度振り返ると、そこにはまだ俊哉がいた。優梨が見ていることに気付いたのか、俊哉が手を振った。優梨も腕いっぱいに動かして振り返す。それを見て俊哉は嬉しそうに笑っていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 藤永学園に入学してからの日々は、穏やかそのものだった。

 生徒の多くは校則通りの格好をしているが、優梨が思っていた以上に髪色や服装、メイクや持ち物に至るまで個性的にしている人が多くいた。ただ、そういう人は基本的にかなり優秀だ。俊哉の言う「実力主義」は伊達でなく、実力さえあれば見た目の差異など大したことないと考える人が大半のようだ。優梨の見た目に対して苦言を呈してくる教師も一定数いたが、これまでのことを思えば何でもなかった。


 それでも優梨の見た目はかなり目立つのか、同じクラスの生徒からは若干遠巻きにされていた。


『(まぁ、でもその気持ちは分からなくないからなぁ……)』


 自分が彼らの立場だったら、やはり同じ反応をするだろうと思えた。元より、友人を作りに来たわけでもないので平穏に学校生活が送れればいいと割り切って生活していた。

 どういうわけか嫌がらせを受けることもあったが、前世での学校生活や孤児院での生活を考えると、どれもこれも大したことないと放っておいた。それもあってか、ますます遠巻きにされるようになった。


『(いやいや、反応なくてビビるくらいならやらなきゃいいのに……)』


 呆れつつも「まだ子どもだしなぁ」とも思っていた。

 幸い、グループワークなど誰かと一緒に行動しなきゃいけない時は、一緒になった人と何事もなく活動を進めることができていた。


 このまま何事もなく穏やかに日々を過ごせたらと優梨は願っていた。




 優梨の穏やかな日々に変化が訪れたのは、入学してから半年以上が経ち、秋から冬に変わろうかという時だ。

 その日は久しぶりの席替えが行われた。たまたま入学した時からずっと一番後ろの席にいた優梨は、初めて後ろから2番目の席になった。


『(それでも窓際なのはラッキーだなぁ)』


 そう思っていると、不意に肩を叩かれた。

 すっかり後ろから肩を叩かれることがトラウマになってしまっていた優梨は、驚きのあまり後ろを向きながら思い切りその手を振り払った。

 見ると、中々の勢いで手を振り払われたその子は、驚きに桔梗色の瞳をまん丸にしていた。


『っ、あっ……ご、ごめんね。手、痛くなかった?』

『ううん、大丈夫。私もごめんね、驚かして』


 女の子があまりに申し訳なさそうに言うので、優梨は自分の行動を酷く後悔した。


『本当にごめんね。あの、私……後ろから肩を叩かれるの、すごく苦手で……何かあったら、名前を呼んでもらえると嬉しいな……』


 なんと説明しようかとしどろもどろに言うと、女の子は頷いた。


『うん。分かった』

『……あの、ところで、何か用だったかな?』


 そういえば呼ばれたのだと思い出した優梨が聞く。すると、相手の子は首を傾げてしまった。


『……ごめん、何となく声をかけたくなったの』


 本人も理由がよく分かっていないのか、困惑気味にそう言う。今度は優梨が目を丸くする番だった。前世を含めると中々長い時を生きてきたが、そんなことを言われたのは初めてだった。

 2人とも戸惑ってしまい何とも言えない空気が流れると、どちらからともなく笑みが零れた。


『知っていると思うけど、私は汐崎優梨。これからよろしくね』


 せっかくだからと自己紹介をし、右手を差し出した。すると、女の子はパッと表情を明るくさせた。


『私は大野葵。よろしくね!』


 そう言って女の子――葵は、優梨の手を握り返した。




 これが優梨と葵の出会いであり、最初の会話だった。

 この日を境に優梨の生活は一変し、さらなる出会いが待ち受けていた。




ここまで読んで下さりありがとうございました!




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