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第94話 保護施設にて


 目を覚ました優梨がまず目にしたのは、見たこともない天井だった。孤児院の部屋でも物置小屋でも無い天井に、優梨はうまく働かない頭でいったい何処なのかと考える。


『――目が覚めたかい?』


 突然横から声がして驚いた優梨はそちらを向く。そこにいたのは、椅子に座って微笑む俊哉だった。


『あ、あの……えっと、えっ……?』


 混乱しているのと喉が痛むせいでうまく声が出なかった。


『あぁ、無理にしゃべらない方がいい。私は君に危害を加えるつもりはないから、安心してくれ』


 この世界に転生して以来、大人からこんな丁寧に扱われたことがなかった優梨は戸惑った。ただ、不思議と信用できる気がして、強張っていた体の力を抜いた。

 そのまま優梨は軽く周りを見渡した。それほど広くはないが、どことなく病室か何処かのホテルの一室のように見えた。家具は最低限揃えられているようにも見える。ついでに自分が眠るベッドは、前世から考えてもかなり久しぶりに寝心地良く感じられた。窓からは日の光がよく入り、ひとつだけある大きな窓からは外のテラスに出られるようだった。


『気に入ったかい?』


 部屋を見ていることに気付いた俊哉が聞いてきた。優梨は無言で頷く。


『……あなたは?』


 なるべくゆっくり声を出すと、うまく話せた。


『私は藤宮俊哉。今のところ、君を保護している者だ』

『保、護……?』


 記憶が曖昧で何のことかと一瞬思った。しかし、すぐに自分の身に起こったことを思い出す。優梨の顔色がサーッと青褪め、呼吸が荒くなり出したことに気付いた俊哉は、慌てて声をかける。


『落ち着いて。君に酷いことをした男たちは私が捕まえた。それに、君は奴らに何もされていない』

『……っ、本当に……?』

『あぁ、本当だ』


 俊哉の言葉に優梨の呼吸は落ち着き、顔色も戻った。


『……ここは、どこですか……?』

『……難しい話になるのだが、大丈夫かい?』

『はい……』


 俊哉はなるべく子どもの優梨にも分かりやすいように説明を始める。

 あの時優梨は魔力暴走を起こしたこと、魔力暴走後はしばらくの間魔力が不安定になる事、ここは魔力暴走を起こした人がある程度まで落ち着くまで保護する施設であることを話した。そして、安定するまではこの部屋からは出られないと伝えられた。


『――だから、しばらく君には不便な思いをさせてしまうが、安全のために分かってもらえると嬉しい』


 俊哉の話を聞き、優梨は「やっぱりか」と思った。あの時、目の前が闇に染まった瞬間、自分の中で何かが切れるのを感じた。あれは理性と《魔力制御》の様な気がしていた。


『……君がここを出られるようになるまでは、ここの職員が君を世話する。部屋は好きなように使ってくれて構わないし、必要なものがあれば職員に言ってくれて構わない。用意しよう』

『……そこまでお世話になるのは申し訳ないです』

『遠慮しなくていい。ここにいる者は皆そうしている。君は、自分が無事回復することだけ考えてくれればいいんだ』


 そう言われるとこれ以上拒否するのも悪い気がして、優梨は素直に頷くことにした。


『それから君の事情(・・)についてある程度は知っている』


 優梨は目を見開いて俊哉を見る。彼の言う「事情」が異能者(ミュータント)であることだと分かった。思わず優梨の表情が固まる。


『安心してほしい。私は君がいた孤児院の院長のようなことは考えていない。……ただ、色々と落ち着いてからでいいので、そのうち君のことを話してほしい』

『……どうして……』


 どうしてこんなにも見ず知らずの自分を気にかけてくれるのかと思った。そんな気持ちを込めて聞くが、俊哉はただ微笑むだけだ。


『あぁ、そうだ。これだけは先に教えてもらいたい』

『……?』

『君の名前は?』


 優梨は一瞬だけきょとんとし、目を細めた。


『……汐崎、優梨です……』

『これからよろしく。優梨』




 それからの日々は今までは考えられないほど穏やかだった。

 初めのうち、優梨は一人でベッドから出ることができずにいた。通常と違う魔力枯渇のため、回復に時間がかかった。

 魔力回復のため眠っていることが多かったが、時間になると職員が食事を運んできてくれていた。お風呂やトイレを願うと、いつも快く手を貸してくれた。頼るしかないとはいえ、誰かがこうして助けてくれることが優梨はなんだかくすぐったいように感じた。

 数日もすれば優梨は自分で起き上がり、身の回りのことができるようになった。といっても、体力が無くなり疲れやすくなっていて、あまり頻繁に動くことはできなかった。


『(魔力って一晩寝たり食事をすれば戻ったけど、魔力暴走って本当に厄介なんだなぁ……)』


 一番安定して使える《鑑定》で自分のステータスを見るが、魔力の回復があまりできていないことを知った。徐々に増えてはいるが、元々の魔力量のせいで中々先は遠かった。


 俊哉は頻繁に優梨の元へ顔を出した。その度に何故か両手で抱えるほどの大きさのぬいぐるみを持ってきた。その種類は色々で鳥やらウサギやら、ハムスターまである。何故なのかと一度聞くと「独りで寂しくないように」と答えられた。中身は大人なので平気だと言いたくなったが、俊哉の顔を見ていたら言い出せなくなった。いつしか優梨はそのぬいぐるみを抱きしめながら眠るようになっていた。


 俊哉はぬいぐるみ以外にも本や漫画を手土産に持ってきてくれる。一度だけ好きだと話したら、それ以来優梨が好みそうなのを持ってくるようになった。こんなにも申し訳ないと断ろうとしたら、何故か悲しそうな顔をされる。チラッと側にいる職員の人を見ると苦笑いを返されるだけだった。それ以来、彼の厚意は断らないようにしようと優梨は密かに誓っていた。




 施設に来て最初の満月が近づいてきた。優梨は今まで感じていたような血の欲求はなかったが、少し不安に感じていた。

 どうしようかと思っている所に、いつものように俊哉がぬいぐるみと本を手に訪れた。


『浮かない顔をしているな』


 お茶をしながら話していると、唐突にそう言われた。優梨は驚いて俊哉を見た。


『何か困りごとがあるのか?』

『……あの、ひとつだけお願いが……』

『ん? 何かな?』


 珍しく優梨からそう願われ、俊哉はどこか嬉しそうに聞き返す。


『……薔薇を、数本いただけませんか? できれば、毎月……』

『薔薇を? それは構わないが、何故……あぁ、そうか』


 不思議そうにした俊哉は何かを思い出したのか、納得したように頷いた。


『薔薇は優梨に必要な“糧”の1つだったな』

『えっ……?』


 まるで吸血鬼のことを知っているかのような口ぶりに優梨は目を丸くした。


『実は“あの晩”に君の元を訪れた男の1人は、私の側近だったんだ』


 優梨は俊哉の話が孤児院で過ごした最後の日、魔力暴走を起こした日のことだと分かった。優梨の様子を伺いながら俊哉は話を続ける。


『あの晩、君に接触したあの男たちは闇の奴隷商人だ』

『奴隷、商人……』

『難しい話になるが大丈夫かい?』

『はい』

『うむ。では今の時代、世界的に奴隷制度は廃止されて人身売買は違法とされている。ただし、これは人間に限って(・・・・・・)の話だ。人間以外の種族の奴隷は、未だに少なからず存在している』

『…………』

『そのあたりのことは追々学ぶと良い。……それで、優梨のいた孤児院の院長だが、あいつは異能者(ミュータント)を人間以外のモノと考えるような奴だったんだ』


 優梨は不意にあの晩の院長の言葉を思い出した。


 ――異能者(ミュータント)は人間に非ず。


 その言葉に、優梨の元に闇の奴隷商人が訪れた理由が、嫌というほど詰め込まれていた。


『……私は、売られかけたんですね』

『……そうだ。法律上、異能者だったとしても人身売買は違法だ。だが、院長みたいな考えの人間は多く、さらには異能者というのは……需要があるんだ。色々と』


 その“需要”がどんなモノなのかは見当がつかなかった。ただ、俊哉の様子からあまり良くないモノだというのは理解できた。


『そのために闇の奴隷商や奴隷商人が後を絶たない。おまけに“闇”と言われるだけに、なかなか捕まらないのだよ』


 ため息交じりに俊哉は言う。


『そこで私の側近に、闇の奴隷商やその取引相手などの調査を命じて、買い手として接触してもらっていたんだ。奴隷商人と売り手の取引が成立したら、即逮捕できるようにな。そして、あの晩に繋がる』

『…………』

『優梨は覚えていないと思うが、魔力暴走を起こす直前に奴隷商人の男を襲っているんだ』

『えっ!?』


 優梨は目を白黒させ、思わず声を上げる。いくら思い出そうとしても、全く身に覚えがなかった。


『私の側近――蒼真(そうま)というんだが、彼の話によると、奴隷商人の1人に噛みついたらしい。首元をな。その時に血を吸っているんだ。一応伝えるが、その男は失血で意識不明だったが、命は無事だ』

『……全然覚えていません。でも、なんか納得できたような気もします……』

『そうか?』


 優梨は無言で頷く。

 優梨は目が覚めてから不思議と“すっきり”としていた。満月が近づくにつれてその感覚に戸惑っていた。いつもなら、ふとした時に「血が欲しい」と言う気持ちがあった。それを薔薇の生気を吸うことで満たしていた。物置小屋に閉じ込められ、薔薇が手に入らなくなってからは血に対する欲求がどんどん強まっていた。満月を過ぎてもその感覚は消えなかった。今思えば飢餓状態だったのだろう。今は満月の日が近いにもかかわらずそこまで血を欲していない。


『(その理由があの男の血っていうのがものすごく嫌だけれど……)』


 げんなりとした気持ちになり、優梨はため息を吐いた。


『まぁ、そういうわけで私は、優梨は吸血鬼の血が混じっているんじゃないかと思っている。それで君を保護してから吸血鬼について調べたんだ。その中に、吸血鬼は生き血以外に薔薇の生気を糧にすると知ったんだ』

『そう、だったんですね……』


 優梨はジッと目の前の俊哉を見つめた。これまでの俊哉の行動や、自分の正体を察しながらもこうして何でもないかのように接してくれていることを考える。ほぼ無意識に「この人なら……」と思い始めた。


『――俊哉さん』

『ん? なんだい』

『……私の、話を聞いていただけませんか? 私の正体について……』


 俊哉は目を見張ると、手にしていたカップを置き、真剣な表情で優梨を見る。

 優梨は俊哉が察している通り異能者(ミュータント)である事、魔力やスキルの事、鑑定の儀の時に何をしたのか、種族として人間ではあるが吸血鬼としての姿を持っている事を、拙いながらも話した。

 俊哉は時折相槌を打つ以外には何も言わずに優梨の話を聞いていた。

 全て話し終えると、優梨は緊張した面持ちで俊哉を見る。膝の上で握る拳が震えた。一方で俊哉は何やら考え込んでいた。


『……やはり思った通りか』


 その小さな呟きは優梨には聞こえず、首を傾げると、俊哉は笑みを浮かべて優梨を見る。


『話してくれてありがとう』


 そう言われるとは思わなかった優梨は、呆然と俊哉を見つめた。俊哉は不思議そうにする。


『どうかしたかい?』

『……あの、気持ち悪くは、無いんですか?』

『なに?』


 俊哉は怪訝そうに眉を顰める。


『……孤児院の院長たちが極端なのは分かります。でも、世間一般の認識とそれほど違わないことも分かります。正直、自分でも怖いんです……院長たちから異能者がどんなものか聞いていたけれど、そのどれとも違いすぎて……』


 言葉を紡ぐうちに自然と視線が下がり、優梨は俯きながら話した。

 優梨の脳裏には自分が異能者(ミュータント)だと話した時の曜輔(ようすけ)の姿が浮かんでいる。あれが一般的な反応だという事は嫌と言うほど知っている。目の前の俊哉がどう反応するのかと、優梨は怖くてたまらなかった。

 俊哉は徐に立ち上がると、優梨の側でしゃがみ、震える手を握り締める。優梨は驚いて俊哉の顔を見た。


『気持ち悪いとも、恐ろしいとも思わないよ』

『っ…………』

異能者(ミュータント)であろうとなかろうと、優梨は優梨だ。私はこの1ヶ月、僅かな期間だが君と話していて、君がどんな子か分かってきたつもりだ。その考えが、優梨が異能者だからと言って覆るモノではないよ』


 優梨の目を見ながらそう言われ、優梨は目頭が熱くなるのを感じた。ずっと張りつめていた緊張が解れるのを感じた。


『っ、あ、あり……ありがとう、ございます……っ』

『良いんだ。私はこれから優梨が健やかに過ごせるよう力を貸すよ』

『……どうして、そこまでしてくださるんですか?』

『そうだな……個人的な理由でしかないよ。優梨のように異能者(ミュータント)だからと苦しむ子どもをこれ以上増やしたくないだけだ』


 そう話す俊哉の様子で、それ以上の深い理由があるのだろうと思えた。ただそれは優梨が簡単に触れていいことではないのだろうと察した。


 それから優梨と俊哉はこれからのことを話し合った。

 優梨の魔力はまだ完全に回復しておらず、安定もしていない。それができるまではこの部屋から出ることはできない。おそらく、小学校卒業の頃までは出られないかもしれないと2人は結論付けた。


『学校復帰はこの際、中学からでも良いだろう。優梨に合いそうな学校を探しておこう』

『ありがとうございます』

『とりあえず、優梨が良ければ、明日からでも勉強を始めないか? まだ体調が万全でないから、1日1時間から始めて、体調を見ながら少しずつ増やすと良い。ここの職員で誰か紹介しよう』

『はい』


 それから優梨は俊哉から魔力制御と魔力操作の訓練もしてもらうことになった。優梨が独学でしていた方法でも十分らしく、さらに俊哉がそれを補う形になる。その話の流れで、俊哉は優梨の首に付けた制御装置の話もする。

 優梨の首に付いた制御装置は、魔力暴走を起こしそうな時のみ発動する仕組みだ。魔力暴走特有の過度な魔力放出で溢れ出た魔力を吸収するようになっている。

 優梨の制御装置はかなり大きいものだが、元々発動した時のみ姿を現す仕組みになっているので、生活に支障はないと俊哉は説明した。


『石はかなり大きなものを付けたが、もしかしたら優梨の魔力を吸収しきれないかもしれない。もし、魔力吸収をして石が満タンになるか壊れるかしたら、私に連絡して欲しい。新しい石と交換するからな』

『はい』


 この時の約束がまさかすぐに訪れるとはこの時2人は思わなかった。




 優梨が俊哉に正体を明かした日からしばらくして、優梨は再び魔力暴走を起こしかけた。原因は、たまたまテラスに出ていた優梨の肩を俊哉が叩いたことだ。

 優梨はその瞬間、あの晩のことをフラッシュバックし、パニックに陥った。そのまま過呼吸などの発作を起こすと気を失いかけた。その時、優梨の首の制御装置が現れ、魔力暴走を起こしかけたのだと俊哉は気付いた。

 幸い、俊哉の呼びかけに優梨が気づき、とっさに薔薇の生気を吸わせるとそのまま発作も落ち着いた。首の制御装置についた石は4つの内3つが満タンになっていた。そのことに優梨と俊哉は顔を青ざめさせ、交換する石はさらに大きい石にすることが決まった。


 その後、優梨は何度かフラッシュバックと発作に苦しめられた。その度に魔力暴走を起こすわけではなかったが、魔力が酷く不安定になることも分かった。そういう時、薔薇の生気を吸うと落ち着くことも分かっている。

 そのうち優梨の魔力暴走は、魔力がかなり不安定な時に発作を起こすとなりやすいことが分かった。その発作を起こす原因は完全には分かっていないが、体調がかなり悪い時や後ろから肩を掴まれると起こしやすいことまでは分かった。

 それ以来、優梨はより一層自分の体調に気を付け、俊哉は施設の職員に優梨の後ろから呼びかける時、先に肩を触れないように注意を促していた。


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