第93話 後始末
優梨が見知らぬ最後の男――新垣蒼真はにこやかに笑いながらも不快感いっぱいに目の前の光景を見つめていた。彼の目線の先では他の男2人が優梨の服を引き千切ろうと躍起になっている。それを蒼真の横では院長と麥田がニヤつきながら見ている。唯一曜輔だけが心苦しそうに視線を逸らしていた。
『(とことんクズだな……)』
苛立ちを覚えつつも今ここで手を出すわけにもいかず、気を紛らわそうと手元の魔力計を見た。
『っ!?』
蒼真は驚愕に目を見開く。先程まで正常値を指していたはずの魔力計の針が振り切っていた。
『――離れろ!!』
蒼真は慌てて声を上げるが、一歩遅かった。
『うわぁああああ!』
先程まで弱々しく抵抗していた優梨が子どもとは思えないような力で足元にいた男を蹴り倒した。そのままの勢いで起き上がったかと思うと、側にいたもう一人の男に思い切り噛みついている。よほど痛いのか男が叫び声を上げる。噛みつかれていた男はすぐに放されたが、その場に崩れ落ちるように倒れたまま動かない。
『ど、どうしたのだ』
『……分かりません』
狼狽えたように院長が聞いてくるが、蒼真にも答えようがない。嫌な冷や汗が背中を流れる。
すると、優梨がゆっくりとこちらを振り向く。口元は血に濡れ、その瞳は光がない。虚ろな目がこちらをとらえたかと思うと、顔が苦痛に歪んだ。
『っ、逃げろ!』
蒼真はそう声を上げ、優梨の足元で倒れる男を素早く回収して離れる。優梨に蹴られた男もおぼつかない足でその場を離れようとしている。院長と麥田は一目散に駆け出すが、曜輔は蒼真から離れた場所で立ち竦んでいた。
『くそっ!』
抱えていた男をその場に投げ捨てると、両手にいくつもの石を持ち、詠唱を唱える。
『(間に合え……っ!)』
詠唱が紡がれるにつれて蒼真たちの目の前に大きな透明の壁の様なものが何枚もできる。その向こうでは優梨の周りでバチバチと電気のように何かが弾けている。
『(最後の1枚……)』
ギリギリ間に合ったかと思うと、優梨のいた小屋が弾け飛んだ。小屋の瓦礫と地面の土やら何やらを巻き上げ、優梨の周りを渦巻く。もうすでに優梨の姿は見えない。
『(魔力の渦があれほどに……)』
目の前の壁を維持するのに必死な蒼真の額に汗が流れる。
優梨の魔力の渦は徐々に膨れ上がり、蒼真が見上げるほどに膨張する。そして突如、その全てが弾け飛んだ。
激しい爆音ともに激しい衝撃波が起こり、蒼真が作り出した壁をいくつも壊す。壁で抑えきれなかった爆風で、蒼真のかなり後ろにある孤児院の建物の窓ガラスが割れた。建物からは子どもたちの悲鳴が聞こえてくる。
僅か数十秒の出来事がその何倍もの時間に感じた。全てが収まり顔を上げると、蒼真の目の前は隕石でも落ちたのかと思うほど地面が抉れ、大穴が開いていた。
そして、穴の中央には優梨が力なく倒れこんでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数十分後、優梨が空けた穴の淵で1人の男が立っている。男の目線の先には未だに優梨が横たわっている。
『俊哉様―』
蒼真に呼ばれ、淵に立っていた男――俊哉はゆっくりと振り返った。
『蒼真』
『いやぁ、参りました。まさか、こんな事になるとは……』
『私も予想外だよ』
俊哉は穴の中にいる優梨を一瞥する。それにつられ、蒼真も優梨を見る。
『あの子の様子は?』
『ずっと動かない。おそらく、魔力枯渇で動けないのだろう。そろそろ近づいても大丈夫だと思うぞ』
『あ~……でも、気を付けてください。多分あの子、吸血鬼の血が混じっています』
『吸血鬼?』
蒼真は優梨が魔力暴走を起こす直前、男に噛みついて血を吸ったことを俊哉に話す。それを聞き、俊哉は納得したように思案する。
『なるほど……まぁでも、そこで血を摂取しているのなら、もう落ち着いている可能性もある。……ところで、その男は? 失血死か?』
『いえ、ギリギリ生きています』
『なんだ、生きているのか』
残念だと言いたげな様子の俊哉に蒼真は苦笑する。もっとも彼が生きていなかった時の方が色々と問題があるので、無事でいることに越したことはなかった。
『他の被害は?』
『孤児院の中にいた子どもたちと職員は全員無事です。割れたガラスやら何やらで怪我はしていますが、いずれも軽症です』
『それは良かった』
『院長と麥田という職員は、防ぎ切れなかった爆風で飛ばされ、結構な怪我を負っています。まぁ、命に別状はありませんし、あれやこれやと文句を述べているので頭の方も大丈夫でしょう』
『ふむ……それで、闇の奴隷商人の2人は?』
『あいつらが一番被害を被っていますね。俺が回収した男は失血状態で意識不明、もう1人は爆風と瓦礫に巻き込まれて飛ばされ、体のいたる所が複雑骨折で重傷。どっちも神殿の診療所行きです』
『あいつらが今まで犯してきたことを思えば、まだ足りないくらいだと思うがな』
忌々しげに俊哉が吐き捨てると、蒼真が肩を竦めた。
『あと1人、全くの無傷の少年がいます』
『無傷?』
『はい。院長たちと一緒にここまで案内してくれた子なんですけどね。どうも、あの子と親しかったみたいです』
『君が守ったのか?』
『いえ。俺からは離れていましたし、見ての通り俺もあちこち擦り傷まみれになっているくらいですから……おそらく、あの子が無意識に守ったんじゃないですか?』
俊哉は優梨に目を向けしばし考える。
『……もしかしたら、あの子は《結界》のスキルを持っているのかもしれないな』
『だとしたら相当なレベル持ちですね』
『“結界師”と呼ばれる君よりもか?』
『そうだと思いますよ。俺、これでも《結界》のレベルも魔力量もかなりある方だと思っています。そんな俺の魔力はほぼすっからかんですし、念のため持っていたSランクの結界石は6個全部、魔力が空です。そこまでやってこんなに傷まみれなんですよ? 無傷で防げるほどの結界を張るなんて相当です』
蒼真の話に俊哉は目を丸くした。
『そんなにすごかったのか』
『すごいなんてもんじゃありませんよ。特大サイズの魔力障壁の結界が、10枚張ってそのうち9枚が一瞬で粉々。最後の1枚はかろうじて残りましたけどヒビだらけです。正直、あと数秒暴走が続いていたら俺もただじゃ済みませんでした』
蒼真は身震いしながら力説する。その力の込みように俊哉は少々圧倒される。
『とりあえず1回下に降りよう』
俊哉はそう言うと、穴の斜面を滑るようにして降りていく。その後を蒼真も同じように降りる。穴の底に着くと、先程までいた場所がかなり上の方だった。
『深いな』
『えぇ。この孤児院が街から離れた場所にあって良かったですよ。周りは畑やら田んぼばかりで、この時間に人なんていません。……だからこそ、こんな犯罪が横行していたんですが』
『あの院長、余罪がありそうだな』
俊哉はここへ来る途中、チラッと見た院長を思い出す。側にいた他の職員や蒼真に何やら声を荒げていた。とても子どもを慈しみ育てるような人間には見えなかった。
『蒼真があの闇の奴隷商に潜入してくれて助かった。おかげで奴隷商1つと子どもを売り物にする孤児院が1つ、これで無くなる』
『潜入と言うか買い手として接触しただけですけどね……それにしても、この間保護した子どもといい、今回の子といい……近頃の孤児院はどうなっているんですか』
『前も今回も、運営は民間だ。国営でもギルド運営でもなければ、よくある事だ』
顔をしかめて文句を言う蒼真を宥めるように俊哉は言う。
『民間だとしても、異能者もしくはその疑いがある子どもを奴隷商に売り捌くって正気ですか?』
『確かに正気の沙汰とは思えないな。……だが、これが異能者に対する扱いの現実だ』
重々しい俊哉の言葉に蒼真は肩を竦めることしかできなかった。
異能者に対する迫害は今に始まったことではない。近年は保護を推奨する声が上がり、活動も頻繁になってきているが、まだ足りない事ばかりだ。その影響をいつも受けるのは、まだ何の力も持たない子どもだった。
優梨の側まで来ると、俊哉はしゃがみ込んでまじまじと見る。優梨の服があちこちボロボロなのに気付くと、俊哉は自分の上着を上からかけた。それから優梨の顔や腕などあちこちにある傷や痣に目を向ける。
『すみません。取引が成立した時点でないと両方検挙できないので、止めることができませんでした』
俊哉の行動を見ていた蒼真は苦々しげに言った。
『分かっている。……これも、課題の1つだな』
『はい』
俊哉は立ち上がり、蒼真と目を合わせて肩を竦める。できる事なら無傷で救い出したかったと2人は思った。
『見たところ、やはり魔力枯渇で気を失っている。元々の魔力量が分からないが、当分は目を覚まさないな』
『はい』
『……ところで、何故この子は魔力制御装置も魔力吸収装置も付けていないんだ? 異能者かどうかは関係なく、魔力量が300以上の子どもは念のため付けるように推奨されているだろう。この子、明らかに300以上あると思うが』
『それが院長の話では“鑑定の儀”の結果は平均程度だったらしいんです』
『平均?』
『はい。どの数値もスキルも一般的な5歳児より少し上なくらいで、異能者らしい数値はなかったそうです。だからこそ、これまで見抜けなかったとも……』
俊哉は眉を顰め、蒼真の言葉について考えこむ。
『……もしかしたら我々が知らないような、ステータス値を誤魔化すスキルか何かがあるのかもしれないな』
『はい。そのスキルか何かで、鑑定の儀で“普通”を装ったのでしょう』
俊哉は立ち上がると大きなため息を吐いた。
『ここの院長や一部の職員は異能者に対して排他的だ。自分が“普通”でないと知られた時の危険性を、その年で感じたのかもしれないな』
『ただ、そのせいで魔力暴走を抑制する制御装置がつけられず、このような結果に……』
『この子は責められないぞ。全ての元凶はあの院長だ』
『分かっています』
俊哉は蒼真の答えに満足そうに頷くと、小さなアイテム・バッグを手にする。その中から大きな石が4個もついたチョーカーの様なものを出した。
『俊哉様、それは……?』
『魔力暴走を起こした者がつける制御装置だよ。魔力吸収に特化している』
『……そんなサイズの石が付いた物は初めて見ます』
『特注だよ。石は現状で最高ランクのSSだ』
『えぇ……』
『何せ、君も知っているあの子と同じなら、普通の制御装置ではあっという間に壊れる。……正直この魔力吸収装置でも、次に魔力暴走を起こした時に抑えられるか疑問なくらいだ。だが、無いよりは良いだろう』
俊哉はそう言うと再び優梨に近づき、その首に制御装置を付けた。付けた瞬間、制御装置は見えなくなった。軽量化と隠蔽の魔法がかかっている。
『これで良いだろう』
『俊哉様、これからどのように?』
『この子はとりあえず藤宮で運営している保護施設に入れる。どちらにしろ、ある程度は魔力が安定するまで外に出せないからな。……ここの孤児院は当然解体、子どもたちや院長たちの犯罪に加わっていない職員は、信頼のおける孤児院に移ってもらおう。この大穴は《土属性魔法》の使い手にどうにか塞いでもらう』
『……俺はどうしますか? そろそろ、あなたの側近に戻りたいんですが』
蒼真の言葉に俊哉は一瞬目を丸くする。すぐに何かを考え始めた。
『……今のところ異能者が関わるような犯罪組織の話も怪しい孤児院の情報もない。そろそろ戻ってもらおうか』
不敵に笑みを浮かべながら言うと、蒼真はホッとしたように微笑んだ。
『そうさせていただきます。……あぁでも、数日休みを頂いても? 結界石に魔力の補充をしなきゃいけませんし、魔力なしであなたに仕えるわけにもいかないので』
『もちろんだ。今までよくやってくれた。しばらく休むと良い』
『ありがとうございます』
今後の方針が決まると、蒼真は優梨を抱き上げた。持ち上げた時、予想外の軽さに蒼真は驚く。よく見れば、優梨は年齢の割に痩せていた。先程の院長の態度を見ればどのような扱いを受けていたのか見当がつく。そのことに蒼真は顔をしかめる。
そんな蒼真の様子が分かったのか俊哉が軽く肩を叩いた。蒼真は顔を上げ、軽く頷くと優梨を抱いたまま斜面を登って行った。
穴を出ると、いつの間にか警察やギルドなど、色々なところから人員が派遣されていた。俊哉に気付いた何人かが近づき、彼からの指示を仰ぐ。それが終わると、誰かが呼んでいた救急車の1つに優梨を乗せる。
『では、蒼真。後は任せたぞ』
『はい。お任せください』
蒼真の言葉を皮切りに救急車の扉が閉まる。優梨と俊哉を乗せた救急車は、優梨の新たなる安寧の場へと運んで行った。
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