九州征伐(下) 経で毒を殺す坊主と、根白坂の夜
◇
宮部の陣所の奥の幕に、腹を下した足軽が十四人、寝かされていた。
枕元には、川から汲んだままの水の入った手桶が置かれていた。経を上げてから汲んだ水らしい。俺はまず、それを下げさせた。
一人ずつ、診ていった。舌を見る。皆、からからに乾いていた。手の甲の皮をつまんで離すと、皮がつまんだ形のまま、なかなか戻らない。体の水が、腹から出ていってしまっている。便に血が混じっている者は、まだいなかった。それだけが、救いだった。
いちばん奥に寝ていた若い足軽が、俺の袖をつかんだ。唇が白く割れていた。
「殿。わしは、死ぬのでございますか。腹を下して死んだなど、村の者に笑われます。どうせなら、島津の槍で死にとうございます」
「死なせぬために来た。島津の槍にも、やるつもりはない。俺の言うものだけを飲め」
台所に重湯を炊かせた。米を多めの水で、粥よりも薄く煮る。それに塩をひとつまみ入れて、ぬるくしてから飲ませる。前の世で言えば、点滴の代わりだ。管を腕に刺せない時代に、口から入れられる、いちばんましな水だった。
病人の一角は、縄で囲わせた。病人だけが使う厠を掘り、付き添う者は幕を出るたびに手を洗い、器は使ったら湯で煮る。
「大将。これでは、まるで穢れ扱いでござる」
「穢れではない。うつるのだ。手と器と水を伝って、隣の幕へ渡る」
宮部は、縄の内側で寝ている足軽たちを、しばらく見ていた。
「・・・そういえば、山におった頃、はやり病の年には、同じ坊の僧ばかりが次々と倒れたものでござる。あれは、仏の罰ではなかったのか」
宮部は、黙って衣の袖をまくりあげ、水桶で手を洗った。それから、自分で重湯の椀を持って、縄の中へ入っていった。
◇
宮部が三か条に従うまでは、半日もかからなかった。
従ってからが、大変だった。
次の朝には、宮部の隊の鍋という鍋から、湯気が上がっていた。鍋の前では、宮部が経を上げていた。煮る前に一回、煮立ったところで一回。
「宮部殿。経は、上げなくても毒は死ぬ」
「上げても、死にまする。死にきらぬ毒が残っては困りますゆえ、念を入れており申す」
宮部の隊の手洗いの水桶の横には、組頭が二人ずつ立った。宮部の隊の厠は、三か条の百歩をはるかに越えて、川の下手の、そのまた下手に掘られた。夜中に腹を下した足軽が、厠までたどり着けずに泣いていた。
「宮部殿。百歩でいい」
「百歩では足りぬ気がいたしまして」
しまいには、宮部が隣の隊の陣所にまで出かけていって、手を洗わずに飯を炊いていた足軽を叱りつけていた。そこは、官兵衛の隊だった。
「黒田殿。貴殿の兵は、手を洗わぬ」
「拙者の兵は、拙者の勝手でござる」
「勝手で腹を下されては、陣が迷惑いたす」
官兵衛は、杖の先で地面をつついて、俺のほうを見た。何とかしてくれ、という顔だった。宮部に経を止めさせるより、官兵衛の兵に手を洗わせるほうが早いと思った。
幕の入口に板を一枚立てさせ、祐筆に、毎朝、縄の中にいる者の数を書かせた。十四。翌朝は十三。その次の朝は十一。宮部は板の前を通るたびに立ち止まり、数が減っているのを確かめては、手を合わせていた。
俺も毎朝、見回りのついでに幕に入り、一人ずつ舌を見て、手の甲の皮をつまんだ。板の数が減るより先に、皮の戻りが早くなっていた。
袖をつかんだ若い足軽は、四日も腹の具合を隠して働いていた。組頭に叱られるのが怖かったらしい。いちばん危うかったが、何日かすると、重湯の椀を自分で持てるようになった。宮部が、照れくさそうに、その頭を撫でていた。
俺は、三か条に一つ書き足させた。
『腹を下した者は、その日のうちに組頭に言うこと。申し出た者を叱ってはならぬこと。病を隠させた組頭は、罰すること。』
一五八七年 晩春 日向
陣は、日向へ入った。
島津の高城は、川に面した崖の上に建っていた。正面からは攻めにくい。囲んで、城の兵糧が尽きるのを待つことになった。物見の知らせでは、島津は南から兵を集め、高城を助けに来るつもりらしい。
城の南西に、東西へ長く延びる丘がある。島津の援軍が来るなら、この丘を越えてくる。
俺は、丘の上に砦を築かせた。築くのは、宮部と高虎と官兵衛に任せた。宮部が、守りを願い出た。
「拙僧の兵は、もう腹を下しませぬ。腹が無事なら、砦は落ちませぬ」
砦の縄張りは、高虎が引いた。丘の上に棒切れで線を引き、ここに堀、ここに土塁、ここに柵と、宮部と官兵衛を相手に一人でしゃべり続けた。ふだんは口数の少ない男が、土の上に線を引くときだけは、止まらなかった。一本引くたびに一歩下がって眺め、また棒切れを入れる。楽しくて仕方がない、という顔だった。
いずれ天下に名の知れる城をいくつも築く男だということを、俺は歴史の本で読んで知っている。本人は、まだ知らない。ただ、好きなことだけは、もう顔に出ていた。
「堀は、もっと深う掘らねばなりませぬ。島津は、浅い堀なら駆け下りて駆け上がってきまする」
「深う掘れば、兵が疲れる」
官兵衛が口をはさむと、高虎は棒切れで宮部の陣所のほうを指した。
「宮部殿の兵なら、掘れまする。今この陣で、いちばん達者な兵でござる。疲れても、寝れば治りまする」
宮部が、うなずいた。自分の兵が褒められたと思ったらしい。
宮部の兵は、丘に空堀を掘った。深さは三間ほどもあった。腹を下していない兵は、よく掘った。掘りながら、宮部が経を上げ、組頭が手を洗えと怒鳴っていた。
地の者は、その丘を根白坂と呼んでいた。
◇
島津が来たのは、夜だった。
本陣の幕の中で、俺は鉄砲の音で目を覚ました。丘のほうの空が、赤く揺れていた。鬨の声が、風に乗って切れ切れに届いた。
「殿。根白坂に、島津の大軍が取りついております」
高虎は、もう鎧をつけていた。
「行け。宮部殿を助けよ。砦の者を、一人も死なせるな」
「一人もは、無理でござる」
「なら、なるべく、だ」
高虎は、にやりと笑って幕を飛び出していった。
俺は、本陣に残った。大将が丘へ走れば、陣が乱れる。それは秀長の記憶が知っていた。
待つだけでは、手が空く。俺は、本陣の脇に幕を一つ張らせ、湯を沸かさせた。さらしを煮て、干させた。重湯を炊かせ、塩を用意させた。丘から運ばれてくる者がいれば、ここで手当てをする。台所の者たちは、夜中に叩き起こされて目をこすっていたが、湯を沸かすのには、もう慣れていた。白湯の陣で、毎日やっていたことだった。
官兵衛が、杖をついて本陣に来た。膝が利かないので、夜の丘には上がれない。床几に浅く腰をかけて、丘のほうへ耳を向けていた。
「鉄砲の音が、まばらになりましたな。島津が、堀で止まった間でござる」
「音だけで分かるのか」
「拙者は、足の代わりに耳を使うておりますゆえ」
島津は、空堀の前で止まった、と最初の使い番が言った。堀が深くて、這い上がれずにいる、と。二人目の使い番は、宮部の兵が一人も退かぬ、と言った。三人目は、高虎の隊が横から島津に突っ込んだ、と言った。夜が白むころ、四人目が駆け込んできた。島津が、退いていく。
それから、手当ての幕に、傷を負った者が次々と運ばれてきた。矢傷、槍傷、堀から落ちて足を折った者。俺は、煮て冷ました水で傷を洗わせ、煮ておいたさらしを使わせた。自分でも、運ばれてくる者のそばに膝をついた。
朝になって、宮部が本陣に来た。剃った頭が、煤で黒くなっていた。衣の袖が、片方ちぎれていた。
「大将。砦は、落ちませなんだ」
「見事だった。兵たちは、よう持ちこたえてくれた」
「つきましては、お願いがござる」
宮部は、膝をついて、両手を差し出した。
「白湯を、一杯いただけませぬか。夜通し怒鳴っておったら、喉が焼けて、経も上げられませぬ」
俺は、自分の白湯の椀を差し出した。宮部は、それを押しいただいて、ひと息に飲み干した。それから、椀の底を見つめて、首をかしげた。
「・・・やはり、ぬるうてまずうございますな」
本陣の幕の外で、誰かが笑った。高虎だった。鎧の肩に、島津の矢が一本、刺さったままになっていた。
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