九州征伐(上) 九州の陣で白湯を配ったら、まずいと言われた
一五八七年 春 豊後
豊後の野が、見渡すかぎり陣幕で埋まっていた。
旗と、幕と、炊事の煙。十万を超える兵が、ここから日向へ向けて南へ下る。前の世の地図で言えば、大分から宮崎へ、九州の東の海沿いを下る道だ。
兄の軍は西から肥後を通って下り、島津のいる薩摩を、東と西から挟む。その東の大将が、俺だった。兄の陣羽織は家康の肩に掛かったままなので、俺は自分の陣羽織を着ていた。秀長の陣羽織は地味な鉄色で、兄のものに比べると、ずいぶん目立たない。
夢の中の俺が目を覚ましたのは、この戦がすっかり片づいたあとだった。だから、九州の陣は夢でも見ていない。ここから先は、歴史の本で読んだことしか知らない。
前の世の医者なら、誰でも知っている話がある。戦では、刀や鉄砲で死ぬ者より、腹を下して死ぬ者のほうが多いことがある。十万の人間が一つ所に寄り集まれば、なおさらだ。
陣に着いた翌朝、俺はいつもの刻限に起きて、高虎と陣の中を歩いた。
郡山の城の庭とは、わけが違った。川の上手では、足軽たちが馬を洗っていた。そのすぐ下で、別の足軽たちが手桶で水を汲み、口をつけて飲んでいる。さらに下手では、炊事の鍋に同じ川の水を張っていた。厠はどこかと高虎に訊くと、高虎は黙って川べりの藪を指さした。
鍋の前にしゃがんでいた足軽の一人が、大将が来たと気づいて、あわてて立ち上がった。手は、さっきまで馬の口を取っていた手のままだった。
「おぬし、どこの者だ」
「や、大和の、郡山の者にございます。殿の朝の行列にも、いっぺん並ばせていただきました。関白殿下が途中でへばられた朝で」
余計なことまで覚えている足軽だった。高虎が、横でそっと目をそらした。
「なら、手を洗ってから鍋に触れ。郡山の行列に並んだ者なら、それくらいはできるだろう」
足軽は、自分の手のひらを見て、首をかしげた。汚れているようには、見えなかったらしい。
◇
昼過ぎ、大将の陣幕の中に、組頭たちと主だった将が集まった。組頭とは、足軽を何十人か預かって束ねる者たちだ。その前に、俺は祐筆に書かせた三か条を広げた。
『ひとつ、飲む水は、一度煮てから飲むこと。
ひとつ、厠は、川の下手に、水場から百歩離して掘ること。
ひとつ、飯を炊く者は、炊く前に手を洗うこと。』
陣幕の中が、ざわついた。島津との戦の手立てを聞きに来た者たちが、厠の掘り方を聞かされている。
真っ先に口を開いたのは、宮部継潤だった。もとは比叡山の僧で、浅井家から兄の下に移ってきて、それからずっと兄の戦に出てきた老将だ。頭は剃ったままで、日に焼けた顔に、皺が深く刻まれている。
「大将。水を煮る薪で、豊後の山が一つ禿げまする。それに、川の水が悪いと申されるが、拙僧の隊では毎朝、川に向かって経を上げてから汲んでおる。仏の守る水で、腹を下す者はおりませぬ」
「経で、水の毒が死ぬのか」
「死にまする。拙僧が、そう決めておりますゆえ」
陣幕の隅で、誰かが吹き出しかけて、咳でごまかした。宮部は、本気だった。本気の顔で、剃った頭をつるりと撫でた。
陣幕の端から、ゆっくりした声がした。
「薪は、煮る水だけに使えばよろしい。馬の水まで煮ることはない。それなら、山の半分で済みまする」
黒田官兵衛だった。兄の軍師として、この九州攻めでは俺の陣につけられている男だ。左の足を引きずって、陣幕の中ほどまで出てきた。昔、敵の城の牢に長く閉じこめられて、膝が曲がったまま固まったのだと、秀長の記憶が教えた。内科医の目には、湿った牢で冷やされて、筋と節が縮んだ膝に見えた。
「それに、湯を沸かす煙は、島津からもよう見えましょう。十万の兵が、毎日あれだけ湯を沸かしておれば、島津はこう思う。羽柴の大将は、腰を据えて、長く囲むつもりじゃ、と。煙は、ただで撒ける脅しでござる」
宮部は、しばらく口を引き結んでいた。それから、膝を叩いた。
「よろしい。薪は出しましょう。されど、拙僧の兵には、拙僧の経の水を飲ませる。それで腹を下す者が出たら、大将の三か条に従う。出なければ、三か条は陣幕の中だけの話にしていただく」
「それでいい。ただし、腹を下した者が出たら、その日のうちに知らせてくれ。隠せば、隣の隊まで移る」
評定が終わったあと、官兵衛だけが、杖に両手を重ねて陣幕に残っていた。
「その膝、冷える日は痛むだろう。湯で温めてから、少しずつ曲げ伸ばしをするといい」
「拙者の膝は、拙者の勝手でござる」
官兵衛は、そっけなく言って出ていった。その夜、官兵衛の陣幕の前を通りかかると、中から湯をはねる音と、小さく唸る声が聞こえた。高虎が、何か言いかけて、俺の顔を見てやめた。
◇
三か条は、陣中に回った。
兵たちは、湯気の立つ鍋の並ぶ陣を、白湯の陣と呼んだ。郡山の朝の行列の噂は、どこからか九州まで届いていた。
「大将の白湯は、ぬるうてまずい」
「戦の前に、腹の中から公家にされる」
高虎が聞きとがめて叱ろうとするのを、俺は止めた。文句を言いながらでも、煮た水を飲んでいるなら、それでいい。
炊事場の前の水桶は、次の日から高虎が自分で横に立った。大男が腕を組んで立っていると、さすがに誰も素通りしなかった。
◇
三か条を出して四日目、兄の使者が来た。
石田三成という、まだ若い男だった。兄の側で、兵糧や荷駄の勘定を任されている。背筋をまっすぐに伸ばして陣幕に入ってくると、懐から書き付けを出して読み上げた。
「殿下のお言葉にございます。小一郎、何を手間取っておるのじゃ。湯ばかり沸かしおって、まだ日向へ入らぬと聞いたぞ。わしは、もう肥後へ向かっておるぞ。早う攻めよ」
三成は、兄の口ぶりを真似ようとしているらしかった。だが、もとが堅い声なので、兄の言葉が、算盤をはじくような調子で並んだ。陣幕の隅で、高虎が下を向いた。
「・・・以上にございます。殿下が、なるべく殿下らしゅう申せと仰せでございましたので」
三成は、真顔でそう付け加えた。
迷った。湯を沸かす薪を集め、厠を掘り直すだけで、陣の動きは遅れる。兄の機嫌を損ねれば、大将を外されるかもしれない。だが、腹を下した兵を連れて日向の山に入れば、島津とぶつかる前に、陣が半分になる。
「殿下に伝えてくれ。小一郎は、兵を一人でも多く、島津の前まで連れていくために湯を沸かしております、と。それから、この陣の湯気は、島津からもよう見えます、と。黒田殿の言葉だと付け加えてくれ」
三成は、すぐには帰らなかった。薪の控えを見せてほしいと言った。祐筆が控えを出すと、三成はその場で指を折り、口の中で何かを数えはじめた。薪の束の数はどうか、腹を下して寝込んだ兵が食う兵糧の数はどうかと、ぶつぶつ言いながら一つずつ確かめているらしかった。
「・・・薪の値は、兵一人を十日寝かせる兵糧より安うございますな。殿下には、そのようにお伝えいたします」
三成は、控えを閉じて頭を下げると、来たときと同じ背筋のまま帰っていった。官兵衛が、その背中を見送りながら、珍しく素直な声で言った。
「あの者は、数でしか物を言いませぬゆえ。殿下には、それがいちばん効きまする」
◇
五日目の朝、宮部の隊の陣所のほうから、うめき声が聞こえた。
幕の外で、足軽が五人、腹を抱えて転がっていた。その向こうの幕の中から、また別の声がした。風に乗って、厠まで間に合わなかったらしい臭いが流れてきた。
幕の前に、宮部が立っていた。剃った頭に、汗が光っていた。宮部は、俺の顔を見ると、何か言いかけて、目をそらして口を閉じた。それから、深く頭を下げた。
「大将。拙僧の経が、ちと足りなんだようでござる。拙僧の兵を、診ていただけませぬか」
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【もうひとつの戦国の物語】
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