九州征伐前夜(下) 弟が病と聞いて、天下人が飛んできた
一五八六年 初冬 大和 郡山城
郡山に戻った夜、触れを出す前に、俺はまず妻に四か条を話した。
夢の中では、妻は何も聞かずに従ってくれた。だから今度も、何も聞かれないだろうと思っていた。
妻は、黙って最後まで聞いた。それから、膝の上で手を重ねて、俺の顔をじっと見た。
「殿。どこか、お悪いのでございますか」
夢の中では、聞かれなかったことだった。
あのときの俺は、三日も熱にうなされたあとで目を覚ました。妻は、その三日のあいだに、聞きたいことを全部、自分の中で片づけていたのかもしれない。今度の俺は、大坂の屋敷で、何事もなく目を覚ました。妻は、何も片づけていない。
「悪いところは、まだない。まだないうちに、手を打っておきたい。俺は、長生きがしたい。兄者より先には、死にたくない」
妻は、重ねた手の指を一本ずつほどいて、また重ねた。それを二度くり返してから、顔を上げた。
「承知いたしました。殿のお膳は、わたくしが見ます。台所の者が何と申しましても。たとえ、関白殿下が何と申されましても」
最後の一言は、冗談だと思っていた。
◇
触れは、翌日のうちに家中に回った。
料理番の老人は、台所の板の間で泣いた。四十年この包丁一本で、と言いかけたところで、俺は懐から出汁の書き付けを差し出した。大坂の屋敷で家康に書いてやったのと同じものを、祐筆に清書させてある。老人は書き付けを受け取ると、読みもしないうちにまた泣いた。何に泣いているのかは、本人にも分かっていないようだった。
城の医師は、白い髭をしごきながら、冬の朝の冷えはお体の毒にございますと渋った。俺が脛を押して見せると、老人は首をかしげ、それから自分の指で押し直して、跡が戻るまでの間を口の中で数えていた。翌朝、夜明けの行列の最後尾に、白い髭があった。
行列は、日ごとに長くなった。槍は置いてこいと触れに書かせたら、侍たちは翌朝、木刀を持ってきた。十日目には、料理番まで前掛けのままついてきて、昆布の値が上がったとこぼしていた。高虎は、うしろを振り返っては、列がまた伸びたと、なぜか得意げに俺に知らせた。
城下の者は、それを郡山の殿様の朝の行列と呼んだ。
大坂でもそう呼ばれているとは、知らなかった。大坂では、少し違う尾ひれがついていた。
一五八七年 冬 大和 郡山城
年が明けて間もない朝だった。
行列が本丸の庭を二周したところで、大手門のほうが騒がしくなった。宿直の侍が、裏返った声で駆けてきた。
「殿。か、関白殿下が、お越しにございます」
兄は、供を十人ほどしか連れていなかった。馬を下りると、行列の先頭にいる俺を見つけて、そのまま庭を突っ切ってきた。霜の上に、兄の草履の跡が一筋ついた。
「小一郎。おぬし、病じゃと聞いたぞ」
「病ではありませぬ」
「隠すな。大坂では、皆が申しておる。郡山の弟御は、塩を断ち、酒を断ち、夜明け前から物の怪のように城をさまようておる、と。気を病んだか、腹に悪いものができたか、どちらかじゃと」
兄は、俺の顔を両手ではさんで、右から左から眺め回した。うしろの行列の侍たちが、どこを見ていいか分からずに、木刀を握りしめていた。
「九州の大将は、おぬしにと思うておった。じゃが、病の者を大将にはできぬ。島津は手強い。おぬしを死なせに九州へやるわけにはいかぬのじゃ」
腹の底が、冷えた。九州の大将を外されたら、どうなるか。年表の行が、俺の手の届かないところで動き出す。それに、兄の手のひらが、俺の頬の上で汗ばんでいた。この人は、本気で心配して、供もろくに連れずに大坂から飛んできたらしかった。
「兄者。病でないことを、お見せします。今日一日、俺のそばにいてくだされ」
◇
まず、朝餉を出させた。
兄は、減塩の汁をひと口すすって、顔じゅうの皺を真ん中に寄せた。
「まずい。大坂の屋敷で飲んだ白湯より、まだまずい」
「昆布の出汁です。塩は半分にしてあります」
「塩を半分にして、何が楽しゅうて生きておる」
兄は文句を言いながら、椀を空にした。それから、黙って椀を差し出した。料理番の老人が、震える手で二杯目をよそった。よそいながら、また泣いていた。天下人がおかわりをしたのが、うれしかったらしい。
「泣くな。わしは、まずいと申したのじゃぞ」
「は、ははっ。まことに、まずうございます」
料理番が泣きながらうなずき、兄は二杯目も空にした。
次に、城の医師を呼んだ。白い髭の老人は、天下人の前でかしこまりながらも、俺の脛を押して、兄に跡を見せた。
「殿下。殿のお足のむくみは、まだ浅うございます。浅いうちに手を打っておられる。拙者は、長年この地で医を営んでまいりましたが、病が来る前から養生をなさるお方を、初めて見申した。気を病んだお方の養生ではございませぬ」
渋っていた老人が、いつのまにか俺の側に立っていた。兄は、俺の脛と医師の顔を見比べて、しばらく唸っていた。
昼には、家康からの荷が届いた。
俵が二つ。中身は、小豆だった。添え状が付いていた。祐筆に読ませると、むくみには小豆がよいこと、煮る前にひと晩水につけること、砂糖は入れぬこと、塩もほんの少しにすること、毎朝椀に一杯ずつ食すこと、と細かく書いてあった。最後に、『白湯の仲間より』とあった。
兄は、添え状をひったくって、自分で読み直した。
「なんで徳川殿が、おぬしの足のむくみを知っておる」
「大坂で、一緒に庭を歩きました」
「わしの知らぬところで、徳川殿と庭を歩いたのか」
兄は、なぜか不機嫌になった。小豆の俵を、にらみつけていた。
夕餉には、兄が酒を所望した。俺は止めなかった。兄は客だ。だが、膳を運んできた妻の盆には、徳利がなかった。
「お方。わしの酒は」
「ございませぬ。この城では、殿に酒をお勧めする者は許さぬと、触れが出ております。殿下がお飲みになれば、殿にもお勧めすることになりましょう」
妻は、天下人を前にして、少しも声を震わせなかった。兄は、口を半開きにしたまま、妻と俺とを見比べた。高虎が、廊下で咳払いをした。笑いをこらえていたのだと思う。
冗談だと思っていた妻の一言は、冗談ではなかった。
◇
翌朝、兄は行列に加わった。
意地になっていた。郡山の侍たちに混じって、本丸の庭を歩き出したはいいが、二周目の半ばで息が上がった。三周目には、立ち止まって膝に手をついた。高虎が、そっと兄の前にしゃがんで、背を向けた。
「殿下。お背中を」
「いらぬ。わしは、草履取りから這い上がった男じゃぞ。走るのは得意じゃ」
「走っておりませぬ。歩いております」
兄は高虎の背をはたいて、四周目に踏み出した。足もとは怪しかったが、最後まで歩き通した。
大手門のほうから早馬が駆け込んできたのは、そのときだった。
九州からの知らせだった。兄が先に送っていた軍勢が、豊後の戸次川で島津に破られた。長宗我部元親の嫡男、信親が討ち死にした。
兄の顔から、色が消えた。膝に置いていた手を、ゆっくりと下ろした。息は、まだ上がっていた。誰も、もう笑わなかった。
兄は、しばらく黙って霜の庭を見ていた。それから、俺のほうを向いた。
「小一郎。わしは、もう陣羽織は着ぬと、皆の前で申した」
「徳川殿の肩に掛けるところを、俺も見ておりました」
「じゃから、おぬしが着ていけ。わしの代わりに、おぬしが島津の前に立て。病でないなら、その足で、日向まで歩いてゆけ」
兄の手は、また少し震えていた。今度は、寒さのせいかもしれなかった。
「歩いてゆきます。朝ごとに歩いておりますので」
兄は、ふん、と鼻を鳴らした。それから、小豆の俵のほうへ顎をしゃくった。
「あれも持っていけ。徳川殿の小豆じゃ。わしより先に、徳川殿と仲ようなりおって」
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