第98話: ボン、秋田ダンジョンへ向かう
車屋を出たあと、俺たちはそのまま青梅ダンジョンへ向かった。
テフラの最新電気SUVを試乗した直後に、ブタオの軽バンへ戻る。
エンジン音。
細かい揺れ。
少し硬いシート。
車の値段って座り心地にダイレクトアタックするんだなぁとしみじみする。
「さっきの車、静かだったっスね」
「こっちはこっちで味があるだろ」
「味って便利な言葉っス」
「言うな。俺も分かってる」
ブタオが少し傷ついた声で言った。
今日、チーム用の車は買った。
納車はまだ先だ。
だから俺たちは、今日もこの軽バンでダンジョンへ向かっている。
人生は急には変わらない。
口座残高だけは急に変わったけど。
青梅ダンジョン管理所に着くと、ゆきちゃんがいつものようにスマホを見ていた。
「車買った?」
「買いました」
「成金」
「昨日も言われた気がします」
「昨日は家。今日は車。明日は何?」
「明日は装備ですかね」
「経済回してるね」
淡泊。
でも、青梅ダンジョンの魔石売上が増えて、ゆきちゃんの上納金も増える。
誰も損していない。
たぶん。
俺たちは管理所を抜け、青梅ダンジョンへ入った。
大部屋へ近づくと、いつもの台車の音に混じって、ざわざわしたゴブリンの声が聞こえてくる。
14階層探索組が帰っているらしい。
大部屋に入る。
まず目に入ったのは、床に座り込んでいる大量のゴブリンたちだった。
昨日より数が多い。
そして、黒っぽい硬い模様を浮かべたゴブリンナイトたちが、やけに偉そうに立っていた。
疲れているハイゴブリンの横で、ナイトだけが背筋を伸ばしている。
なんだお前ら。
新入社員なのに幹部面するタイプか。
「おお、戻ってる」
「ナイト、全然元気そうっスね」
<帰還数を確認します>
チアキがスマホを見ながら、無表情で数を拾っていく。
昨日14階層へ送った探索組は1822匹。
ハイゴブリンオス1275匹。
ゴブリンナイトオス119匹。
ゴブリンファイター197匹。
ゴブリンマジシャン231匹。
結果は、
<帰還数は1496匹です>
「お、結構戻ったな」
「14階層でそれなら、かなりいいんじゃないっスか?」
内訳は、ハイゴブリンオス968匹。
ゴブリンナイトオス119匹。
ゴブリンファイター185匹。
ゴブリンマジシャン224匹。
戻らなかったのは326匹。
ほとんどがハイゴブリン側だ。
ナイトは全員帰ってきている。
「ナイト、強いな」
『強いっス!』
『前に出ると敵が止まるっス!』
『ハイゴブリン、後ろで生き残りやすいっス!』
「なるほど、壁役として相当優秀か」
ゴブリンナイトは敵として出ると最悪だが、味方にすると頼もしすぎる。
強くて速い。
すばらしい。
経営者が一番好きなタイプの社員である。
なお給料は、魔石を換金するまでは空気に等しい。
「15階層、行けそうっスか?」
コハルが聞いてきた。
「行けるとは思う」
「じゃあ行かせるっスか?」
「いや、その前に秋田だな」
「秋田?」
「黒鉄装備がそろそろ限界だ。次は秋田の下層素材がいる」
黒鉄鉱石はよく働いてくれた。
5階層産の素材で、青梅14階層まで通用したなら十分すぎる。
だが15階層では厳しい。
ゴブリンナイト相手に黒鉄武器が通りにくいなら、次は硬鉄鉱石か、できれば魔鉄鉱石が欲しい。
秋田鉱山ダンジョンでは、8階層から10階層で硬鉄鉱石。
11階層以降で魔鉄鉱石が採れるはずだ。
つまり、今日の目標は秋田10階層の奥まで進むこと。
できれば11階層への入口を見つけることだ。
「でも秋田って、今の採掘組だけでも掘ってるっスよね?」
「5階層の黒鉄な。もっと下へ行く」
「危なくないっスか?」
「危ないのはゴブリンだ」
「言い切ったっス」
俺たちは安全圏の運用者である。
危険なところへ行くのは、基本的にゴブリンだ。
俺たちは後ろから見守る。
必要なら指示を出す。
もっと必要なら逃げる。
大人の判断である。
その前に、昨日生まれた赤ちゃんたちの確認だ。
檻Bにいた赤ちゃん825匹は、もう成体になっていた。
ハイゴブリンオス583匹。
ゴブリンナイトオス77匹。
ゴブリンファイター81匹。
ゴブリンマジシャン84匹。
黒っぽい模様を持つナイトが、また77匹増えた。
119匹だったナイトが196匹になる。
これ、もう軍団と言っていい。
ゴブリンナイト軍団。
言葉だけならかなり強そうだ。
実物もかなり強い。
「15階層に行かせる前に、秋田の護衛に使う」
「全部連れてくんスか?」
「全部だ。青梅14階層帰りも、今日成体化したやつも、秋田採掘組もまとめて行く」
「過剰戦力じゃないっスか?」
「リスクは限りなくゼロの方がいいだろ」
硬い敵、待ち伏せ、採掘中の襲撃。
普通の探索者が嫌がる要素は、秋田の下層にそろっている。
でも、こっちにはゴブリンがいる。
数がいて、さらにナイトもいる。
こちらがやるのは、物量で黙らせること。
とても知的な作戦だ。
知性とは、時に数である。
出産チェックも済ませる。
ゴブタロウ檻では、ハイメス赤ちゃん71匹、ゴブリンナイトメス赤ちゃん11匹。
檻B行きは、ハイゴブリンオス赤ちゃん635匹、ゴブリンナイトオス赤ちゃん89匹。
ナイトメスが増えたせいで、ナイトの増え方がはっきり加速している。
スカー檻では、ハイメス赤ちゃん6匹、ファイター赤ちゃん53匹。
チビ檻では、ハイメス赤ちゃん6匹、マジシャン赤ちゃん53匹。
ヤリ檻では、ハイメス赤ちゃん8匹、ファイター赤ちゃん35匹、マジシャン赤ちゃん38匹。
<本日の赤ちゃんは1005匹です>
「千超えた」
「出生数の単位がおかしいっス」
「牧場から町になりつつあるな」
ゴブタロウ檻の方から声がした。
ゴブタロウが腕を組んで、妙に偉そうにこちらを見ている。
『任せな』
「た、頼もしい」
今日の探索戦力をまとめる。
14階層帰りが1496匹。
今日成体化した檻B組が825匹。
合わせて2321匹。
さらに秋田鉱山で採掘している966匹も合流させる。
総勢3287匹。
普通の探索者なら、もはや軍隊である。
俺たちの場合は、雑に言うと業務用ゴブリンだ。
チアキが5階層のゲートを開く。
大部屋の一角に、秋田鉱山ダンジョンへ続く空間がゆらりと開いた。
向こう側から、乾いた岩の匂いが流れてくる。
青梅ダンジョンの湿った空気とは違う。
秋田は、やっぱり鉱山の匂いがする。
「よし、行くぞ」
「私たちも行くんスね」
「前後を半分ずつゴブリンで囲まれながらな」
<やはり過剰すぎるかと>
「チアキだけで行ってくれてもいいぞ?」
<断固拒否します>
ゲートを抜けると、秋田鉱山ダンジョン5階層の採掘拠点に出た。
すでにゴブリンたちが黒鉄鉱石を掘っている。
台車が並び、袋が積まれ、ツルハシの音が坑道に響いていた。
俺の指示で、採掘組も護衛隊に合流させる。
黒鉄鉱石はの採掘はもう終わりだ。
今日の狙いは下層。
硬鉄。
できれば魔鉄。
未来の装備がそこに埋まっている。
3287匹のゴブリンが坑道を進む。
先頭にはナイト。
その横にファイター。
後ろにマジシャン。
ハイゴブリンが台車と道具を持って続く。
6階層、7階層は、ほとんど通過だった。
マインバットが天井から降りてきたが、マジシャンの火球で散った。
アイアンビートルが岩陰から出てきたが、ナイトが踏みつけた。
戦闘というより、通行の邪魔をどけただけだ。
「今、戦ったっスか?」
「たぶん」
「見えなかったっス」
「数が多すぎると、戦闘が背景になるな」
8階層に入ると、坑道の空気が少し重くなった。
壁の鉱石も黒鉄よりぎゅっと締まった色をしている。
硬鉄鉱石だ。
なっつんが見たら喜びそうな色をしている。
あとで採掘組を回すとして、今日は先へ進む。
鉱殻スパイダーが天井から糸を垂らしてきた。
普通の探索者なら、台車や袋を絡め取られて面倒な相手だろう。
だが、こちらは3287匹いる。
糸を張る前に、ゴブリンの塊に飲まれた。
「なんか、かわいそうになってきたっス」
「敵に同情するな。こっちは仕事に来てるんだ」
「私も戦いたいっス」
「バトルジャンキーめ」
9階層ではストーンハウンドの群れが出た。
岩のような皮膚を持つ犬型の魔物が、横穴から一斉に飛び出してくる。
普通なら怖い。
かなり怖い。
でも、前にいたナイトたちが一歩出た瞬間、群れの勢いが止まった。
止まったところへファイターが盾で押し、マジシャンが火球を撃つ。
後ろのハイゴブリンたちが、倒れた魔物をさっさと端へ寄せる。
作業が早い。
もはや戦闘部門と清掃部門が分かれている。
会社として成長しているな。
会社じゃないけど。
10階層に着くころには、俺の感覚がだいぶ麻痺していた。
戦いがあったのかどうか分からない。
前の方で何かが吠え、ゴブリンが押し返し、しばらくすると通路が空く。
それだけだ。
「これなら11階層行けそうだな」
「本当に行くんスね」
「魔鉄鉱石が見たい」
<10階層の奥はボス部屋と呼ばれ、アイアンゴーレムが出現するようです>
「アイアンゴーレム?」
<記録上の個体は体高3メートルほど、単独での出現例が多いようです>
「単独ならワンチャンあるっスね」
「数で殴れば何とかなるだろ」
そう言われると、急に嫌な気がしてきた。
でも、ここまで来た。
ゴブリンも大量にいる。
ナイトもいる。
なら進む。
俺は探索者として成長した。
いや、ゴブリンを前に出す技術が成長した。
10階層の奥に、長い下り階段があった。
坑道の階段というより、古い採掘場へ降りるための巨大な斜坑みたいだ。
幅が広く、天井も高い。
ゴブリンの大群が降りても詰まらない。
ただ、下から吹き上げてくる空気が妙に冷たかった。
「ここを降りたら11階層か?」
<地図情報上は、10階層の最奥に近づくはずです。その先に階段がある可能性があります>
「よし。ナイト先頭。ゆっくり降りろ」
『ウラーーーラーーーラーー!!!』
「階段で叫ぶな。反響がすごい」
ゴブリンたちが階段を降りていく。
俺たちはかなり後ろから続いた。
足元の石が硬い。
壁には金属っぽい筋が走っている。
これが魔鉄鉱石の気配なのかもしれない。
長い階段を降りきると、大きな広間に出た。
<現在地は10階層最奥と推定されます。11階層への接続点は未確認です>
天井が高く、壁のあちこちに鉱石の筋が光っている。
奥にはさらに別の坑道がいくつも伸びていた。
まだ11階層じゃないのか、10.5階層って感じか。
「おお」
思わず声が出た。
広い。
そして、鉱石の密度が違う。
ここを掘れれば、装備更新は一気に進む。
なっつんの顔が浮かんだ。
たぶん目を輝かせる。
そして俺の財布を見る。
やめて。
その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ。
足元が揺れた。
広間全体が、低くうなった。
天井から細かい砂が落ちる。
ゴブリンたちが一斉に前を向いた。
ゴゴゴゴゴ。
もう一度、地面が揺れる。
さっきより近い。
重い何かが、地面の下からこちらへ近づいてくるような振動だった。
「……なあ」
「なんスか?」
「これ、さっき言ってた3メートル級の足音か?」
チアキが無表情のまま、スマホを見た。
<考えにくいです。震動が明らかに大きすぎます>
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
広間の中央の地面に、ひびが入った。
ゴブリンナイトたちが構え、ファイターが盾を持ち上げる。
マジシャンの手に火が灯る。
俺は一歩下がった。
指揮官なので。
冷静な判断が必要なので。
そして、地面のひびが、さらに大きく開いた。
現在のゴブリン牧場の状況(5325匹)
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・ゴブタロウ檻(ゴブタロウ/ゴブリンナイト + ハイメス785匹 + ゴブリンナイトメス21匹 + 赤ちゃん82匹)
ゴブタロウ(ゴブリンナイト)1匹
ハイメス785匹
ゴブリンナイトメス21匹
ハイメス赤ちゃん71匹
ゴブリンナイトメス赤ちゃん11匹
・スカー檻(スカー + ハイメス59匹 + ハイメス赤ちゃん6匹)
スカー1匹
ハイメス59匹
ハイメス赤ちゃん6匹
・チビ檻(チビ + ハイメス59匹 + ハイメス赤ちゃん6匹)
チビ1匹
ハイメス59匹
ハイメス赤ちゃん6匹
・ヤリ檻(114匹)
マジシャン13匹
ファイター12匹
ハイメス81匹
ハイメス赤ちゃん8匹
・檻B(903匹)
ハイゴブリンオス赤ちゃん635匹
ゴブリンナイトオス赤ちゃん89匹
ファイター赤ちゃん88匹
マジシャン赤ちゃん91匹
・秋田10階層護衛・採掘隊(3287匹)
ハイゴブリンオス2262匹
ゴブリンナイトオス196匹
ゴブリンファイター412匹
ゴブリンマジシャン417匹
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