第91話: なっつん、黒鉄鉱石を見る
翌日。
俺は青梅ダンジョン管理所の駐車場で、スマホの銀行アプリを開いていた。
昨日の換金額は3846万円。
ゆきちゃんの取り分10%を引いて、そこからいつものように分配する。
昨日の分だけで借金が消えるわけではない。
ただ、これまでの俺の取り分に昨日の分が乗ったことで、口座残高は3000万円を超えた。
俺の借金は3000万円。
返せちゃうなぁ。
「何してるんスか?」
コハルが横からスマホを覗き込もうとしてきた。
俺は少しだけ画面を傾ける。
「借金返す」
「ダンジョン行く前に?」
「なんかいつまでも頭の片隅にあるのが嫌なんだよ」
ブタオが車のドアにもたれながら、俺のスマホを見た。
「見てる方もなんかドキドキするな」
「押す方はもっとドキドキだよ」
会社を辞めた時、俺の人生にのしかかっていた3000万円。
毎月の返済予定を見るだけで胃が重くなったやつ。
それが今、銀行アプリの画面上にある。
送金ボタン。
確認画面。
金額、3000万円。
よし。
いくか。
「返しまーす」
「軽いっスね」
「重く押しても金額は変わらん」
<完済ボタン、押下確認です>
「チアキ、実況が銀行員っぽい」
俺は返済ボタンを押した。
画面が切り替わる。
処理中。
完了。
借金残高、0円。
「いえーい! 借金消えたー!」
「おめでとうございまーすっス!」
「テンションがコンビニくじ当たった時なんだよ」
<おめでとうございます。私も続きたいです>
チアキのチャットが届いた。
チアキの借金は10億円。
数字が急に非現実的だ。
ただ、順番で言えば、まずはコハルの1億円である。
「次はコハルの1億か」
「いやー、このまま行ったら私の借金もすぐっスね」
「よし。借金が消えたところで、鉱石見に行くぞ」
「余韻、短いっス」
「余韻で盾は増えない」
俺たちは管理所へ向かった。
受付では、ゆきちゃんがいつものようにスマホを見ていた。
「おはようございまーす」
「はーい」
俺たちは管理所を抜け、青梅ダンジョンへ入った。
大部屋へ近づくにつれて、いつものゴブリンの声とは違う音が混ざってきた。
ごろごろ。
ざらざら。
台車の車輪が床をこする音。
鉱石が落ちる重い音。
大部屋に入ると、端の方に黒っぽい鉱石の山ができていた。
昨日、秋田鉱山5階層とここをゲートでつないだ。
そのあと、秋田鉱山組966匹には掘った鉱石を台車で運ばせ続けている。
その成果が、もう目に見える形になっていた。
ただ、目に見える成果の横で、ゴブリンたちも目に見えてヨロヨロだった。
台車を押すハイゴブリンの足取りが、妙にふらついている。
鉱石を降ろした別のゴブリンは、その場で一瞬だけ膝をつき、すぐ立ち上がってまたゲートへ戻ろうとした。
「こ、こいつら、休んでない!」
「ちゃんと休んでいいっスよ!」
コハルが慌てて声をかける。
すると、台車を押していたハイゴブリンが、目を丸くした。
『ええ!? 休んでいいんスか!?』
「逆になんでダメだと思った?」
『掘るっス! 運ぶっス! また掘るっス!』
「労働の歌みたいに言うな」
「黒いっスね」
「鉱石も以外もたくさんありそうだな」
ブタオがしゃがんで、山の端に転がった石を拾った。
黒鉄鉱石らしいものもちゃんとありそう。
まぁこれだけあればまとまった装備を作れるのでは?
秋田側から台車を押して戻ってきたハイゴブリンが、鉱石を大部屋の端へ降ろす。
ざらざらと石の山が増えていく。
そしてまた、空の台車を押してゲートへ戻っていった。
完全に作業場である。
『隊長、石、増えたっス!』
「見れば分かる」
『俺ら、ずっと掘ってるっス!』
「偉い。だが休め」
『今、休憩って言ったっスか!?』
「休むんだよ。ヨロヨロじゃねぇか」
コハルも鉱山組を見て、少し顔を引きつらせていた。
たしかに、帰ってくるゴブリンたちはわりとボロボロだ。
休みと言ってゴブリンたちは帰ってきたそばから横になって寝だした。
こいつら、12階層帰りからそのまま採掘へ回されている。
俺の中では戦闘じゃないから軽作業だったが、ツルハシを持って一晩掘るのは普通に重労働である。
ゴブリンなのでいけると思っていた。
いけてはいる。
ただ、だいぶヨロヨロでいけている。
「秋田側、魔物はどうだった?」
俺が聞くと、盾を持ったファイターが胸を張った。
『コウモリみたいなのが来たっス!』
『マジシャンが焼いたっス!』
『硬い虫もいたっス!』
『踏んだっス!』
マインバットとアイアンビートルとかかな?
5階層の魔物は少ない。
鉱山ダンジョンは魔石稼ぎより素材稼ぎの場所らしい。
ただ、効率が悪いのであまりいく人がいないらしい。
装備は魔物の素材で作れるし、かさばる鉱石を取る人は少ない。
俺らにとっては当たりのダンジョンだ。
ツルハシの破損は思ったより多かった。
安いツルハシ1000本。
夢の形が尖っている買い物だったが、初日で何十本か折れている。
「安いやつだから仕方ないな」
<安物買いの銭失いですね>
「刺すなぁ」
数で押し切るにも、道具の耐久は大事らしい。
俺はまたひとつ経営を学んだ。
鉱石の山と道具の壊れ具合を確認したところで、俺たちは一度管理所前へ戻った。
しばらくして、なっつんが青梅管理所に到着する。
俺たちは管理所の外で合流し、そのまま大部屋へ案内した。
会うなり、なっつんは少し目を細めた。
「昨日、秋田行ったんだよね?」
「行った」
「動きが早いわね。じゃ早速行きましょうか」
大部屋に入ったなっつんは、鉱石の山を見て足を止めた。
「で、昨日ゲート置いて、もうこんなに掘らせたの?」
「掘らせてみました」
「ゴブリン使いが荒いのね」
荒いと言われると否定しにくい。
ただ、俺たちが掘るよりは明らかに向いている。
俺はツルハシよりスマホを持っていたい。
なっつんは鉱石の山に近づき、黒っぽい塊をいくつか拾った。
表面を指でこすり、重さを確かめ、別の石と見比べる。
顔つきが職人になっていく。
手つきだけで、いつもの雑談モードではないと分かる。
素材を見る職人の顔だ。
「黒鉄鉱石ね」
「使えそう?」
「使えるわよ。まぁそんなに強い装備はできないけどね」
「火には強くない?」
「火鉱石ほどじゃないわね」
「アイアンタートルの甲羅みたいな特殊枠でもない?」
「そこまでは無理。でも硬いし、加工しやすいし、量が取れるわね」
「量が取れるのは最高です」
「盾、槍先、簡易防具、採掘道具。どれでもいけるわ」
おお。
いいね。
秋田まで飛んだ甲斐がある。
帰りは一瞬だったけど。
「石も混ざってるけど行けるんです?」
ブタオが鉱石の山を指さす。
「混ざってても、私のスキルで分けられるよ。鉱石だけ抽出して、パッと装備が出来上がる感じ?」
「職人スキル、便利すぎるなぁ」
「で、これで何を作ってほしいの?」
なっつんは鉱石を手の中で転がした。
「やっぱ盾かなぁ。なくなってきたし。その次に剣と槍とか武器になりそうなもの」
「オッケー。それじゃあ料金なんだけど、毎回見積もるの面倒じゃない?」
ごくり。
料金。
借金残高0円になったばかりの男には、まだ少し鋭い単語である。
「面倒なのは、まあ、面倒だな」
「週一でここに来てあげる。その時に鉱石を見て、まとめて装備を作る。月1億でどう?」
「いちおく」
声が変なところで止まった。
月1億。
どでけぇ金額をさらっというジャマイカ。
「別に、私はお金には困ってないのよ。だからそこまで高く設定してない」
「月1億が高くない世界、怖いっス」
「面白そうだから、あなたたちと関わっておきたいの。無料でやってあげてもいいんだけど、それはそれで変でしょ。ビジネスとして関わっていきましょ」
なっつんは、黒鉄鉱石を手の中で転がした。
表情は軽い。
でも、言っていることはかなり現実的だった。
「それに、あなたたちがここで断って、他の工房へ話を持っていくのも困るでしょ?」
うむ。
ゴブリン牧場。
青梅大部屋。
秋田鉱山へのゲート。
黒鉄鉱石の山。
これを知らない工房に持ち込むのは、さすがに嫌すぎる。
バレるリスクも嫌だ。
「秘密を知ってる相手に固定で払う方が、結果的に安いか」
「そういうこと」
俺はブタオとコハルを見た。
「どうするよ、お前ら」
「高くね?」
「高いよな?」
「でも昨日の売り上げ、3000万超えっスよ? このペースならすぐ1億いくのでは?」
<むしろ安い気がしています>
チアキのチャットが一番冷静だった。
冷静すぎて怖い。
月1億が安い側に見えるチーム。
だいぶ遠くまで来てしまった。
「よし。それでいくか」
「じゃあ契約成立ね」
「お願いします!」
「じゃあ、今回はバランスよく作るわね」
なっつんが鉱石の山に手を向けた。
黒っぽい塊がいくつか浮き、表面の石くずがぱらぱらと落ちる。
次の瞬間、黒鉄鉱石がぐにゃりと形を変えた。
「え、早っ」
「そういうスキルだからね」
黒い金属が伸び、広がり、固まっていく。
盾。
剣。
槍。
山の一部が、ごろごろした鉱石から装備へ変わっていった。
「盾300、剣300、槍300。まずはこのくらいでいいでしょ」
「900個をこのくらいで言うんスね」
「月1億の仕事、始まるの早いな」
黒鉄鉱石の山は少し低くなった。
その代わり、大部屋の端には黒い盾と剣と槍が整然と並んでいる。
採掘したものが、その場で装備になる。
月1億、いきなり説得力を出してきた。
寝ているゴブリンを叩き起こして、邪魔な石を秋田ダンジョンに運ばせる。
可哀想だって?
ゴブリンに人権はねぇ!
黒鉄装備の山ができたところで、いつもの出産チェックに入る。
昨日の檻B赤ちゃん501匹は、すでに成体になっていた。
ハイゴブリンオス400匹。
ゴブリンファイター50匹。
ゴブリンマジシャン51匹。
母檻側のハイメス赤ちゃんも成体化している。
ゴブタロウ檻はハイメス447匹。
スカー檻はハイメス33匹。
チビ檻もハイメス33匹。
ヤリ檻はハイメス45匹。
メスゴブリンたちは、今日も赤ちゃんを土の滑り台トンネルへ運んでいく。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ赤ちゃんが、ころころと仕分け先へ流れていった。
コハルは鉱石を動かす。
赤ちゃんはメスゴブリンが運ぶ。
この運用が最強です。
<集計します>
チアキがメモをまとめる。
<本日の赤ちゃんは618匹です。内訳は、ハイメス赤ちゃん62匹、ハイゴブリンオス赤ちゃん445匹、ファイター赤ちゃん55匹、マジシャン赤ちゃん56匹です>
「618匹か。まあ、母数増えてるしな」
「600匹って、小学校なら全校生徒っスよ」
「じゃあ鉱山組に入学だな」
「入学先が鉱山なの終わってるっス」
今日成体になった501匹はどうするか。
12階層以降は盾が足りない。
深層へ出すにはまだ装備が弱い。
だが、9階層までなら話は別だ。
黒鉄装備ができたばかりで、試す場所としてもちょうどいい。
「今日成体になったやつらは、黒鉄装備を持たせて9階層まで行かせるか」
「入学先、鉱山じゃなくてダンジョンだったっス」
「校外学習だな」
「戻ってくるまでが校外学習っスよ」
ハイゴブリンオス400匹。
ファイター50匹。
マジシャン51匹。
合計501匹。
ファイター50匹には盾を持たせる。
ハイゴブリンオス400匹には、剣200本と槍200本を分ける。
マジシャン51匹は後方から火球。
盾は250個、剣は100本、槍は100本余る。
余りが出るの、気持ちいい。
在庫という言葉は人を強くする。
「9階層までなら、前の感覚だとそこまで被害は出ないはずだよな」
ブタオが言った。
「黒鉄装備の試運転にはちょうどいい」
「試運転の対象が501匹なの、だいぶ雑っス」
「数がいるから試せる」
<9階層までであれば、装備確認として妥当だと思います>
雑な作戦に、丁寧な承認が出た。
たぶん成立する。
ゴブリンの運用は、だいたい数で押し切れる。
余った分は大部屋の端に積んでおけばいい。
見える場所に山がある方が、増えている感じがして気持ちいい。
経営者の景色である。
チアキの空間魔法でしまっておいてもらってもいいけど一旦置いておこう。
お札風呂みたいなものだ。
黒鉄装備を受け取った501匹は、スカーの指示で青梅9階層へ向かっていった。
今日は深追いしない。
9階層まで。
できたての装備で、まずは様子見である。
「次はツルハシも黒鉄にしたいな」
ブタオが軽く言う。
「確かに安物よりも良さそう」
「道具が強くなれば、もっと掘れる。もっと掘れれば、盾も剣も槍も増える」
<設備投資ですね>
「その言葉、今ちょっと好きになってきた」
元社畜の俺は、借金を返したその日に、ゴブリン鉱山の設備投資を考えている。
人生、何が起こるか分からない。
ただひとつ分かるのは、明日もゴブリンは掘る。
俺は掘らない。
ブルーカラー最高!
現在のゴブリン牧場の状況(2671匹)
⸻⸻⸻⸻⸻⸻
・ゴブタロウ檻(ゴブタロウ + ハイメス447匹 + ハイメス赤ちゃん49匹)
ゴブタロウ1匹
ハイメス447匹
ハイメス赤ちゃん49匹
・スカー檻(スカー + ハイメス33匹 + ハイメス赤ちゃん4匹)
スカー1匹
ハイメス33匹
ハイメス赤ちゃん4匹
・チビ檻(チビ + ハイメス33匹 + ハイメス赤ちゃん4匹)
チビ1匹
ハイメス33匹
ハイメス赤ちゃん4匹
・ヤリ檻(75匹)
マジシャン13匹
ファイター12匹
ハイメス45匹
ハイメス赤ちゃん5匹
・檻B(556匹)
ハイゴブリンオス赤ちゃん445匹
ファイター赤ちゃん55匹
マジシャン赤ちゃん56匹
・秋田鉱山組(966匹)
ハイゴブリンオス711匹
ゴブリンマジシャン109匹
ゴブリンファイター146匹
・青梅9階層探索組(501匹)
ハイゴブリンオス400匹
ゴブリンファイター50匹
ゴブリンマジシャン51匹
⸻⸻⸻⸻⸻⸻




