第90話: ゴブリンさん、鉱山で働く
翌日。
俺たちは青梅ダンジョン管理所に集まった。
昨日は秋田まで飛行機で行き、鉱山ダンジョンの入口付近にチアキのゲートを設置した。
そして帰りは一瞬。
俺らにとって飛行機はもはや過去の遺物である。
「おはようございまーす」
「はいはい」
ゆきちゃんはスマホから目を離さず、片手だけひらひらさせた。
鉱山のことは特に言わない。
大人の秘密である。
俺たちは管理所を抜け、青梅ダンジョンへ入った。
見慣れた通路を進み、大部屋へ向かう。
今日は12階層へ送ったゴブリンたちの帰還確認だ。
昨日の時点で探索組は1008匹。
ハイゴブリンオス755匹、ゴブリンマジシャン120匹、ゴブリンファイター133匹。
11階層帰りをそのまま12階層へ送り込んだ。
大部屋の入口に近づくと、ざわざわした声が聞こえた。
帰ってきている。
ただ、昨日より明らかに少ない。
「あー、これは減ってるな」
「12階層っスもんねぇ」
大部屋に入ると、床には帰還したゴブリンたちが座り込んでいた。
「チアキ、数えてくれ」
<確認します>
チアキがスマホを構え、俺も飼育スキルで状態を確認する。
帰ってきた数は、523匹。
「半分ちょっとか」
「減ったっスね」
「12階層、きついなぁ」
内訳は、ハイゴブリンオス360匹。
ゴブリンマジシャン62匹。
ゴブリンファイター101匹。
出発時から見ると、ハイゴブリンが395匹、マジシャンが58匹、ファイターが32匹減っている。
合計485匹の未帰還。
数字だけ見ると重い。
だが、床の魔石バッグを見ると心が少し軽くなる。
人間とは汚い生き物である。
俺だけかもしれない。
『隊長、12階層、敵が強かったっス』
盾持ちファイターの一匹が、ボロボロになって言った。
うーん、四肢は無事だし歩けるか。
ならよし。
「新しいゴブリンがいたのか?」
『いや、見た目は同じっス』
『でも硬いっス』
『速いっス』
『火の玉が重いっス』
なるほど。
新種というより、同じやつが普通に強くなっているらしい。
「やっぱ大事なのは装備だよ装備」
「ここから一気に変わるといいなぁ」
魔石バッグはかなり多い。
12階層まで進んだ分、単価は高くなっているはずだ。
いくらになってるか楽しみですなぁ。
昨日チアキが鉱山ダンジョンについて調べてくれていた。
秋田の鉱山ダンジョンは、青梅ほど魔物が多くない。
そして階層によって取れる鉱物の質がかなり違うらしい。
1階層は、ほとんど何も取れない。
2階層から4階層は、しょぼい鉱石なら取れる。
5階層から、盾や武器の素材としてなっつんに渡せそうな鉱物が出る。
つまり、入口にゲートを置いただけでは足りない。
5階層まで行って、そこに採掘用ゲートを置く必要がある。
「5階層まで行くのか……」
「青梅の12階層よりはマシじゃね?」
「強い魔物に不意打ちされたらどうするよ」
「ゴブリンで囲めば安全っスよ」
「ゴブリン便利」
緑色の壁。
しかも数百匹。
安全圏というには少し近いが、俺たちが前に出るよりはずっといい。
その前に、昨日生まれた赤ちゃんの確認だ。
檻Bにいた赤ちゃん443匹は、もう成体になっていた。
ハイゴブリンオス351匹。
ゴブリンマジシャン47匹。
ゴブリンファイター45匹。
昨日まで丸かったやつらが、今日はツルハシを持てる見た目になっている。
ダンジョンの成長速度、相変わらず便利すぎて怖い。
母檻側のハイメス赤ちゃんも成体化している。
ゴブタロウ檻はハイメス403匹。
スカー檻はハイメス30匹。
チビ檻もハイメス30匹。
ヤリ檻はハイメス41匹。
めちゃくちゃ増えたな。
「昨日生まれたやつらも今日から鉱山研修だな」
「新人研修の場所が鉱山なの、だいぶ黒いっス」
「社会は厳しい」
「社会に出た初日がツルハシは嫌っスね」
俺も嫌だ。
だが、働くのは俺ではない。
ここが大事である。
続いて出産チェックに入る。
メスゴブリンたちは、いつものように足元の赤ちゃんを抱え上げ、ブタオ製の土の滑り台トンネルへ運んでいく。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ赤ちゃんたちが、ころころと仕分け先へ流れていった。
<集計します>
チアキが淡々とメモを取る。
ゴブタロウ檻からは、ハイメス赤ちゃん44匹、ハイゴブリンオス赤ちゃん400匹。
スカー檻からは、ハイメス赤ちゃん3匹、ファイター赤ちゃん30匹。
チビ檻からは、ハイメス赤ちゃん3匹、マジシャン赤ちゃん30匹。
ヤリ檻からは、ハイメス赤ちゃん4匹、ファイター赤ちゃん20匹、マジシャン赤ちゃん21匹。
<本日の赤ちゃんは555匹です。内訳は、ハイメス赤ちゃん54匹、ハイゴブリンオス赤ちゃん400匹、ファイター赤ちゃん50匹、マジシャン赤ちゃん51匹です>
「増えるなぁ」
「減った分、だいたい戻ってきてないっスか?」
「損益分岐点超えてくるな」
「じゃあずっと12階層回すのはすでにできそうっスね」
今日の死亡は485匹。
今日の出生は555匹。
差し引きで増えている。
12階層で半分近く減っても、牧場全体では増える。
この仕組み、冷静に考えると強すぎる。
冷静に考えなくても、だいぶおかしい。
盾の在庫も確認する。
アイアンタートルの盾は、最初に300個あった。
10階層でファイター10匹が戻らず、11階層でさらに51匹が戻らなかった。
そこまでで、盾は239個まで減っていた。
今回、12階層でファイター32匹が戻らなかったので、盾も32個消えた。
残り207個。
帰還ファイター101匹が持っていて、予備は106個。
新しく成体になったファイター45匹にも持たせると、予備は61個。
「盾、全然余裕なくなってきたな」
「300個あったのに早ぇな」
「持ち主ごと消えるからな」
「盾の消耗品感がすごいっス」
だから素材がいる。
買い続けるのは違う。
鉱山で掘る。
ゴブリンが。
「よし。今日は全員で秋田だ」
「全員?」
ブタオが聞き返した。
「動ける成体全員だな」
「鉱山にそんなに連れていくんスか?」
「5階層まで行くんだぞ。護衛も採掘も運搬もいるだろ」
<ツルハシは1000本ありますので、数は足ります>
「ほら」
俺は帰還組と新規成体組をまとめて整列させた。
ファイターとハイゴブリンはツルハシで採掘担当。
マジシャンは体格が貧弱だから周りを警戒させるか。
「お前ら、今日は鉱山だ!」
『鉱山?』
『敵は倒すんスか?』
『魔石は?』
「今日は魔石じゃなくて石で稼ぐ日だ」
『石で?』
『石を殴るんスか?』
「そうだ。石を殴れ。いい石を見つけたら掘れ。台車に積め。ゲートで青梅へ戻せ」
『隊長、俺ら、疲れてるっス』
「だから今日は戦闘じゃない。軽作業だ」
『軽作業! なら大丈夫そうっす!』
ゴブリンたちがざわついた。
納得するな。
軽作業というジャンルの軽作業じゃない詐欺ジャンルの仕事だ。
でも今は騙されたままでいなさい。
それが幸せさ。
「軽作業の定義、だいぶ黒いっス」
「戦闘よりは軽い」
「比較対象が悪いっス」
チアキが収納からツルハシを出す。
ずらりと並ぶ安いツルハシ。
ゴブリンたちがそれを手に取っていく。
盾とツルハシを持ったファイター。
杖とツルハシを見比べるマジシャン。
ツルハシを肩に担いで妙に得意げなハイゴブリン。
見た目が一気に作業員になった。
ただしヘルメットはない。
「安全衛生が終わってるっス」
「安全衛生より採算」
口に出した瞬間、少しだけ前職を思い出して嫌になった。
俺はあの頃、こういうことを言う上司を心の底から嫌っていた。
今、俺はゴブリンに言っている。
うーん、上司のことを悪く言えないかもしれない。
大事なのは部下の健康よりもお金だよね!
青梅の大部屋側から、秋田鉱山ダンジョンへのゲートを開く。
青白い渦の向こうに、昨日見た岩肌の空間がある。
昨日は飛行機とタクシーで行った場所。
こちら徒歩10秒の物件となっております。
俺たちはゴブリンの壁に囲まれながら、秋田鉱山ダンジョンへ入った。
1階層は、調べた通りだった。
岩はある。
壁もある。
でも、掘って金になりそうな雰囲気は薄い。
ちょっと削ったところで、ただの石が増えるだけだろう。
ただの石で収納を埋める趣味はない。
2階層から4階層に降りると、壁に鉱石らしいものが見え始めた。
ところどころ光る筋がある。
ただ、色は鈍い。
素人目にも、なんか品質悪そうだなって雰囲気を感じる。
戦闘は何度かあった。
だが、青梅の下層帰りのゴブリンたちが前にいるので、なんかあったかな?
くらいの認識しかできていない。
鉱山ダンジョンでは石系の魔物が出るらしい。
ロックラットとか、ストーンリザードとか。
防御力が高そうな魔物だな。
どうやってゴブリンたちは倒しているのだろうか。
ツルハシで戦ってるのかな?
通路の先で何かが鳴り、ファイターの盾が音を立て、マジシャンの火球が岩壁を赤く照らす。
終わる頃には、チビ系のマジシャンが魔石を拾っていた。
鉱山でも魔石は出る。
ありがたい。
働き口が増えただけではなく、副収入まである。
5階層に着くと、壁の雰囲気が変わった。
鉱脈の色が少し濃い。
光り方も違う。
素人の俺でも、これはさっきまでのしょぼい石とは違うな、くらいは分かる。
「ここだな」
<人目につきにくい場所を探します>
チアキが周囲を確認し、通路脇の少し奥まった場所で足を止めた。
人の流れから外れている。
ゴブリンを並べても邪魔になりにくい。
普通の探索者が見たら、まずゴブリンの数で引くだろうけど。
チアキが手をかざす。
空気が揺れ、青白い線が走り、丸い渦が開いた。
青梅の大部屋へつながるゲート。
これで、秋田鉱山5階層と青梅ゴブリン牧場がつながった。
だいぶ意味の分からない物流である。
「ブタオ、隠しといて」
「はいよ」
ブタオが土魔法で周囲に低い壁と仕切りを作る。
完全に隠すというより、人目につきにくくする程度だ。
やりすぎると逆に怪しい。
まあ、ゴブリン966匹を連れている時点で、もう全部怪しい。
「よし。ここを採掘拠点とする」
『ウラーラー!』
「うるさい。掘れ」
ゴブリンたちが一斉に壁へ向かった。
ツルハシが岩に当たり、カン、カン、カンと音が響く。
台車がぎこちなく動き、掘り出された鉱石が積まれていく。
最初はただの石も混ざっていた。
というか、かなり混ざっていた。
『隊長、石、殴ったら取れたっス!』
「それ全部ただの石じゃないだろうな」
『石っす!』
「鉱石を取れ」
『鉱石ってどれっスか?』
「黒くて光ってるやつ」
『掘るっす!』
ううむ、楽だ。
ゴブリンに掘らせるとどんどんと石が掘られる。
この階層で取れるという黒鉄鉱石も普通に取れてそう。
ツルハシを折るゴブリンもいた。
台車を押すより担ごうとするやつもいた。
初日から完璧とはいかない。
ただ、数がいる。
数は力だ。
力はだいたい雑さを押し切る。
しばらくすると、最初の台車がゲートを通って青梅側へ戻っていった。
鉱石が積まれている。
台車を押してきたハイゴブリンたちは、そのまま大部屋の端へ向かい、鉱石をざらざらと床に降ろした。
鉱石置き場。
今、そういう場所ができた。
なっつんに聞いたところ、石が混ざっていてもスキルで鉱物だけを分けて装備に変換できるらしいので、適当に掘るだけで良さそうだ。
チートかよ。
「ずっと掘らせる担当作っても良さそうだな」
「毎日鉱山送り決定っスね」
「ゴブリンの職種が増えたな」
<探索班、採掘班、繁殖班ですね>
「業務分類するな」
魔石で稼ぐ。
鉱石で装備を作る。
ゴブリンで全部回す。
牧場とは何だったのか。
もう事業である。
ゴブリン総合商社。
名前が嫌だな。
採掘がある程度回り始めたところで、俺たちは一度青梅へ戻った。
鉱山組には、掘った鉱石を台車でゲートへ運び続けるよう指示してある。
青梅の大部屋に戻ると、端の方に鉱石が積まれ始めていた。
台車で運ばれてきた鉱石が、ざらざらと山になっていく。
そして床には、12階層探索の魔石バッグが残っている。
こっちはこっちで換金しなければならない。
お金の作業が多い。
幸せな忙しさだ。
「じゃ、魔石売りに行くか」
「鉱石は?」
「明日なっつんに来てもらおう」
「盾、作れるといいっスね」
「作れないと困る。ゴブリンが減る」
「心配そこっスか」
コハルが念力で魔石バッグを浮かせる。
チアキが魔石バッグだけを収納にまとめ、俺たちは管理所へ戻った。
受付では、ゆきちゃんが相変わらずスマホを見ていた。
「魔石お願いします」
「はいはい」
秋田のことは言わない。
鉱山のことも言わない。
こちらから余計な情報を出さない。
今日は12階層の魔石を売りに来ただけである。
ゆきちゃんが魔石を計測機へ流し込む。
カチャカチャ、カチャカチャ。
液晶の数字が積み上がっていく。
ハイゴブリン。
マジシャン。
ファイター。
単価の高い魔石が続き、表示金額がどんどん跳ねた。
途中で、ゆきちゃんの指が一度止まる。
濃い色の魔石をひとつ摘まみ、機械にかざした。
「また品質高いの混ざってるね」
「12階層まで行かせました」
「ふうん。下から上がってきてるのか、単に深いところの個体が強いのか、どっちかかな」
「危ないっすね」
「あなたたちは安全でしょ」
ゆきちゃんは淡々と言い、また計測に戻った。
しばらくして、計測が終わる。
「換金額、3846万円」
一瞬、全員が黙った。
「えぐい!」
「あれ、これって夢かな?」
「タワマン借りなくてもすぐ買えちゃいそうっスねぇ」
<私の借金もすぐ返せそうです>
ここまで楽に稼げちゃっていいんですかね?
あ、いいですか
あざーっス!
「私の分、引いとくね」
「はい」
384万6000円。
ゆきちゃん税も、どんどん立派になっていく。
受付でスマホを見ているだけの人に、俺の元年収くらいが流れていく。
世の中は理不尽だ。
まあ、秘密保持料込みなので文句は言えない。
さーて、今日は何を食べようかなぁ。
現在のゴブリン牧場の状況(2053匹)
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・ゴブタロウ檻(ゴブタロウ + ハイメス403匹 + ハイメス赤ちゃん44匹)
ゴブタロウ1匹
ハイメス403匹
ハイメス赤ちゃん44匹
・スカー檻(スカー + ハイメス30匹 + ハイメス赤ちゃん3匹)
スカー1匹
ハイメス30匹
ハイメス赤ちゃん3匹
・チビ檻(チビ + ハイメス30匹 + ハイメス赤ちゃん3匹)
チビ1匹
ハイメス30匹
ハイメス赤ちゃん3匹
・ヤリ檻(70匹)
マジシャン13匹
ファイター12匹
ハイメス41匹
ハイメス赤ちゃん4匹
・檻B(501匹)
ハイゴブリンオス赤ちゃん400匹
ファイター赤ちゃん50匹
マジシャン赤ちゃん51匹
・秋田鉱山組(966匹)
ハイゴブリンオス711匹
ゴブリンマジシャン109匹
ゴブリンファイター146匹
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