第89話: ボンさん、空を飛ぶ
タクシーのドアが開いた。
なっつんの工房前から、そのまま空港へ向かう。
チアキの収納には、安いツルハシ1000本と台車50台。
それから、なっつんが追加でくれた鉱石用の袋がいくつか入っている。
見た目は全員ほぼ手ぶらなのに、中身は完全に鉱山労働者セットである。
「手ぶらで鉱山道具一式って、何か変だな」
「普通は持ち歩かないっスからね」
<持ち歩く前提が間違っています>
タクシーは工房前を離れ、空港へ向かって走り出した。
窓の外を流れる景色を見ながら、俺はスマホに表示された搭乗情報をもう一度確認する。
秋田行き。
今日。
今から。
本当に行くらしい。
「当日で飛行機乗るの、なんか大人っぽいっスね」
コハルが妙に浮かれた声で言った。
空港へ向かうと決まっただけで、もう少し声が明るい。
まあ、俺も少し分かる。
空港という単語だけで、ちょっと非日常になる。
「俺の車、工房に置きっぱなしだけどな」
ブタオがぼやく。
「帰りはゲートでなっつんの工房に戻ればいいだろ」
「持つべきものは空間魔法の使い手だな」
<一家に一台は欲しいでしょうね>
青梅ダンジョンでは、1008匹のゴブリンが12階層へ向かっている。
俺たちはタクシーで空港へ向かっている。
住む世界が違いますなぁ。
タクシー代は安くない。
昔の俺なら、表示される概算料金を見ただけで一回冷静になっていたと思う。
だが今は違う。
昨日の換金額は二千八百七十六万円。
ゆきに十パーセント持っていかれても強い。
タクシー代くらいで今の俺は止められないぜ。
「飛行機乗るの、高校の修学旅行ぶりだな」
俺が言うと、ブタオが窓の外を見たままうなずいた。
「俺も」
「大人になってから飛行機乗ることとかなかったよな」
「そんな金ないからな」
「今日はタクシーで空港だぞ」
「リッチだねぇ」
空港に着くと、思ったより人がいた。
スーツの人。
家族連れ。
旅行っぽい人たち。
平日でも結構人っているのな。
お前ら普段仕事は何してるんだ?
そんな休める仕事なのか?
その中に、鉱山道具一式を異空間にしまった俺たちが混ざっている。
見た目だけなら一般人だ。
少なくとも、これから鉱山へ行くようには見えない。
みんな手ぶらなので預け荷物はなく、すぐに搭乗口へ向かう。
「チアキがいたら密輸し放題だな」
<犯罪計画に私を含めないでください>
「違う違う。合法物流の可能性の話」
「密輸って言ったぞ」
「言葉選びをミスった」
<かなり大きめのミスです>
チアキがいなかったら、鉱山計画のほとんどは成立していない。
そのうちチアキ物流とか始めたら普通に儲かりそうだ。
俺たちがゴブリン牧場をやっていなければ、普通にそっちで食える気がする。
でもそうしたら俺らが必要ないか。
却下だな。
手続きを終えると、少しだけ時間があった。
ブタオだけは空弁を買っていた。
飛行機に乗る時間になった。
コハルは窓側を見て、少しそわそわしていた。
ブタオは買った空弁をすでに食べ始めている。
タイミングおかしいだろ。
チアキは座席に着くと、すぐにスマホで秋田空港から鉱山ダンジョン管理所までのルートを確認し始めた。
仕事が早い。
俺は窓の外を見る。
「なんか、普通に楽しいな」
「仕事だけどな」
「仕事で飛行機乗るのも、ちょっとカッコいいっス」
「仕事内容はゴブリン鉱山送りだけどな」
「台無しっス」
青梅ダンジョンの大部屋でゴブリンを12階層へ送り出した翌日に、飛行機で秋田へ向かっている。
人生、どこで曲がるか分からない。
会社員時代は、出張なんて大それたものはなかった。
人生初の出張である。
おら、ワクワクすっぞ。
飛行機が離陸した。
体が少し沈み、窓の外の地面が遠ざかっていく。
雲の上に出ると、景色が一気に白くなる。
俺はぼんやり外を見ながら、今日の目的を頭の中で整理した。
秋田の鉱山ダンジョンへ行く。
チアキがゲートを設置する。
青梅と秋田をつなぐ。
ゴブリンを送り込んで採掘させる。
青梅ダンジョンに鉱物を搬送させる。
なっつんに渡して盾や装備を作ってもらう。
つまり今日の移動で、ゴブリン牧場に鉱山が増える。
魔石だけじゃなく、素材まで自前になる。
考えるほど、かなり楽しくなってきた。
「ボン、顔が楽しそうだな」
「そりゃ楽しいだろ。鉱山が増えるんだぞ」
「言い方が完全に経営者っス」
「俺はもう牧場経営者だからな」
「従業員がゴブリンだけど」
「しかも採掘もできるようになる」
「労働力として見すぎっス」
魔力で生きているらしいゴブリンたちは、飯代もかからない。
道具を持たせれば働く。
増える。
探索する。
魔石を持って帰る。
今度は鉱石も掘る予定だ。
牧場という名前のまま、事業拡大である。
秋田空港に着くと、空気が少し違った。
遠くまで来た感じがある。
実際、飛行機で来ている。
コハルはきょろきょろし、ブタオは到着した瞬間から食べ物の気配を探していた。
「旅行っスね」
「飯は?」
「先に軽く買ってから鉱山」
「軽くじゃなくてもいいぞ」
「軽くでいい」
空港からは、またタクシーで鉱山ダンジョン管理所へ向かった。
今日だけでタクシー代をいくら使っているのか。
細かく考えるのはやめた。
移動費を気にして予定が遅れる方がもったいない。
俺はそういう大人になった。
昨日までは違った気もする。
しばらく走ると、建物の雰囲気が変わってきた。
観光地というより、作業場に近い。
山の近くにある施設。
鉱山ダンジョン管理所は、青梅よりも無骨だった。
入口の看板も、どこか実務的である。
稼ぐ場所、という感じがした。
嫌いじゃない。
受付には、少し年配のおばさんが座っていた。
俺たちの登録証を見ると、意外そうに眉を上げる。
「あら、珍しいわね。こんなところ来るなんて」
「観光ですよ」
「鉱山ダンジョンを?」
「鉱物見学です」
「まあ、そういう観光もあるかねぇ」
おばさんは笑いながら、探索利用の手続きを進めてくれた。
嘘ではない。
観光かどうかは、気持ちの問題である。
鉱山ダンジョンの中へ入る。
青梅の土っぽい空気とは違い、ここは岩の匂いが強かった。
壁も床も硬い。
ところどころに鉱石らしい光が混ざっている。
照明に照らされると、細かくきらっと反射した。
「思ったよりちゃんと鉱山だ」
「鉱山ダンジョンっスからね」
ブタオが壁に近づき、手を当てた。
土魔法でどこまで触れるか気になるらしい。
コハルは小石を念力で浮かせ、くるくる回している。
チアキは周囲を見ながら、スマホに何かを打ち込んでいた。
<人通りが少なく、通路を塞がない場所を探しましょう>
「だな」
入口から少し進むと、横道に広めの空間があった。
昔は資材置き場か休憩場所だったのか、床が比較的平らで、壁際に少し余裕がある。
通路からも外れていて、人の流れを邪魔しにくい。
チアキが周囲を確認し、小さくうなずいた。
<ここなら良さそうです>
「よし。やってくれ」
「本当に秋田と青梅がつながるんスね」
「世界中どこでも行けるな」
チアキが手をかざした。
空気が少し揺れる。
青白い線が空間に走り、丸く歪んでいく。
何度見ても不思議な光景だ。
階段脇の空間に、青白い渦が静かに浮かんだ。
向こう側は見えない。
ただ、いつものゲートと同じように、渦の表面が水面みたいに揺れている。
「つながったな」
<接続できました>
「これで鉱山送りルート完成だな」
「探索以外の労働が追加されたっスね」
「どブラックすぎる」
ブタオのスキルでゲートを土壁で隠しておく。
このダンジョンも過疎ってるらしいが念の為。
帰還用のゲートでなっつんの工房へ戻る。
採掘用のゲートは青梅と秋田をつないだままにして、俺たちは別口で車のある場所へ帰る。
さっきまで秋田の岩肌の前にいたのに、一歩で工房前に出た。
見慣れた看板と、置きっぱなしのブタオの車が見える。
空路で移動した距離が、一瞬で縮んだ。
「これ、すごいな」
素直に声が出た。
さっきまで遠いと思っていた場所から、一歩で戻ってこられる。
旅行があんまり特別じゃなくなっちゃうな。
いろんなところにゲートを設置しまくって引きこもりになろうかな。
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