第88話: ゴブリンさん、つるはしを持たされる
なっつんの工房へ向かう車内で、俺はスマホのメモを開いていた。
採掘道具。
つるはし。
台車。
書いているだけで、じわじわ労働の匂いがしてくる。
ただ、働くのはゴブリンである。
俺は道具を買うだけ。
それならまあ、ちょっと楽しい買い物と言えなくもない。
「つるはし、何本くらい買う?」
ブタオが運転しながら聞いてきた。
「1000本くらい?」
「多すぎるだろ」
「探索組1008匹いるし」
「全員に持たせる前提やめろ」
「でも、全員で掘ったら早そうじゃない?」
「鉱山が先に壊れそうっス」
「そこはほら、交代制で」
「急にシフト組むな」
コハルが後部座席から言った。
チアキはスマホで採掘道具の種類を調べている。
なんかもう、俺たちの中でゴブリンを鉱山に送ること自体は決定事項になっていた。
決まるのが早い。
でも儲かりそうな話は早い方がいい。
<初回は試験運用でよいかと思います。道具は二百セット程度でも十分ではないでしょうか>
「チアキ先生が常識的な数字を出した」
「ボンさんの1000本がおかしいだけっス」
「いや、夢は大きく持たないと」
「夢の形がつるはし1000本なの、嫌だな」
「でも二百本の夢もまあまあ尖ってるぞ」
まぁ夢の形としては、かなり先端が尖っている。
しばらく走って、なっつんの工房に着いた。
相変わらず鉄と油の匂いがする。
中に入ると、なっつんは作業台の前で何かの金具を磨いていた。
俺たちを見るなり、眉を上げる。
「また来たの? 盾の追加?」
「違う。採掘道具が欲しい」
なっつんの手が止まった。
工房の中に、金属を磨く音だけが消える。
とても分かりやすい沈黙だった。
「今度は何を始める気?」
「鉱山事業」
「ほう?」
「ゴブリンに鉱石を掘らせたい」
「いいね」
ナツミがニヤリと笑う。
コハルが横でうんうん頷く。
ナツミはこういう話に引かない。
むしろ素材が絡むと、ちょっと楽しそうになる。
俺たちは、秋田の鉱山ダンジョンにゲートをつなぎ、ゴブリンに鉱石を掘らせる計画を説明した。
「ゲートを置く。道具を持たせる。掘らせる。運ばせる。素材をなっつんに渡す。装備が増える」
「途中から全部ゴブリン任せじゃない」
「そこがいい」
「胸張るな」
「俺たちが掘ったら腰が終わるだろ」
「ゴブリンの腰は?」
「増える」
「腰が増えるみたいに言うな」
完璧である。
働くのが俺たちでなければ、だいたい完璧。
ナツミは腕を組んで聞いていた。
口元が少し笑っている。
完全に商売の顔だ。
「発想はひどいけど、素材を自前で集めるのはかなりいいわね」
「ほら」
「ほらじゃない」
「完成品を買い続けると高いんだよ」
「そりゃそうよ。素材持ち込みなら、こっちはスキルでちょちょいだし」
「ちょちょいなんだ」
「素材を集めてくれれば、こっちが青梅まで行って作ってあげるわよ」
「出張鍛冶サービス」
「料金はその時に相談しましょ。素材の量と作るもの次第ね」
「相談って言葉、だいたい高くなる前触れなんだよな」
「払えるでしょ?」
「払える」
余裕ですが?
「じゃあ、秋田へ行くのはゲート設置のためか」
秋田。
鉱山ダンジョン。
あれ、ダンジョンだから魔物いるじゃん。
もしかして危ない感じですか?
「やっぱ行きたくねぇ」
「本音が早いっス」
「強い魔物とかいたらどうするよ?」
<鉱山ダンジョンはあまり魔物がいないことで有名ですね>
「なら行くわ」
「手のひら返しが早い」
ナツミが作業台の下から古いカタログを引っ張り出した。
「で、道具はどれくらい必要なの?」
「1000セットいける?」
「人の話聞いてた?」
「探索組1008匹いるし」
「初回から全員分いく気?」
「ある分には困らなくね?」
「困るかどうかで言えば、置き場所くらいっスね」
「置き場所はチアキがいる」
<私の収納を倉庫扱いしないでください>
「倉庫より便利だからな」
ナツミはカタログをめくりながら、必要なものだけを抜き出した。
「まあ、掘らせるだけならツルハシね。運ぶなら台車。最初はそれでいいんじゃない?」
「じゃあそれを1000セットで」
「押し切ったっス」
「スコップとか袋とかヘルメットは?」
「いらねぇ」
「即答っス」
「鉱石は台車に積め。頭は気合いで守れ」
「気合いで守れる部位じゃないだろ」
「ヘルメット買うなら、その金でツルハシを増やしたい」
「採掘への本気度だけはあるわね」
ナツミがカタログを指で叩いた。
「ツルハシは三種類あるわ。安いやつ、普通のやつ、ちょっといいやつ」
「安いやつで」
「即答っス」
「ゴブリン用だぞ」
「用途への割り切りがすごい」
ナツミが在庫を確認してくれた。
安いツルハシ1000本と台車50台なら、工房と武装堂経由で今日中に用意できるらしい。
多い。
でも、ゴブリンの数を考えると必要になる。
「で、いくら?」
俺が聞くと、なっつんは電卓を叩いた。
画面をこちらに向ける。
「全部で五百八十万円くらい」
「余裕です」
こんな金額も余裕になってしまった。
私、社長ですから。
「感覚壊れてるっス」
「壊れてない。進化した」
支払いを済ませると、奥にある在庫場所へ案内された。
ツルハシ1000本と台車50台。
普通なら、ここから運び出すだけで大仕事である。
「チアキ先生、頼みます」
<収納します>
チアキが静かに手をかざす。
つるはしの束が、すっと消えた。
台車まで消える。
なっつんが目を丸くした。
「相変わらず便利すぎるわね」
「チアキ、物流までできるの強すぎるな」
<こちらで稼いでもいいかもしれません>
「鉱山と青梅がつながったら、物流革命だな」
道具を収納し終えると、なっつんが腕を組んだ。
「で、秋田はいつ行くの?」
「いつ行こうかなぁ」
チアキがスマホを操作し始めた。
画面を見て、少し首を傾げる。
<今日の秋田行き、空席あります>
「え、今日?」
<はい。空いていれば当日でも搭乗は可能です>
そうか。
飛行機って、空いてればその日に乗れるのか。
当たり前のようで、俺の人生にはあまりなかった発想である。
旅行は計画するもの。
飛行機は前もって取るもの。
そんな感覚だった。
でも今は違う。
ちょっくら散歩行ってくるわくらいの感覚で飛行機に乗る。
富豪になっちまったようだな。
ふっふー!
「そのまま空港行くっスか?」
コハルが目を輝かせた。
こいつ、こういう時だけ軽い。
「急すぎるだろ」
ブタオが言う。
まぁそう思う。
だが、急だからこそ勢いで行ける気もする。
一晩置いたら、俺はたぶん面倒になる。
朝起きた瞬間に、秋田遠いなぁ、明日でよくないかなぁ、と考え始める。
今ならノリでいける。
「タクシーで空港行くか」
「リッチっス!」
コハルがにやにやする。
飛行機で遠出して、知らないダンジョンに行く。
ちょっとした旅行みたいなものだ。
行き先が鉱山ダンジョンなだけで。
ナツミがこちらを見て、指を一本立てた。
「鉱石が集まったら連絡して。青梅に行って作るから」
「来てくれるの?」
「その量をこっちに運ばれても困るでしょ。そっちで作った方が早いわ」
「助かる」
チアキが航空便を押さえた。
俺はタクシーを呼ぶ。
画面に表示された概算料金を見ても「安いなぁ」としか出てこない。
「ゴブリンは探索、人間は出張。みんな働いてるな」
「ゴブリン側はハードっスねぇ」
しばらくして、工房の前にタクシーが止まった。
そして俺たちは、空港へ向かう。
ゴブリン牧場は、探索部門に加えて鉱山部門を始めようとしていた。
働くのは、もちろんゴブリンである。
生まれ変わってもゴブリンにだけはなりたくない。
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