第87話: ゴブリンさん、鉱山送りが決まる
翌日。
俺たちは青梅ダンジョン管理所に集まった。
昨日、10階層から帰ってきたゴブリンたちを、そのまま11階層へ送り出した。
今日はその帰還確認である。
普通に考えると、なかなかひどい。
でも普通に考えたら、そもそもゴブリン牧場なんてやっていない。
「昨日のボン、なかなかだったよな」
ブタオが管理所のソファに座りながら言った。
「なにが」
「10階層帰りのやつらを、そのまま11階層に行かせたところ」
「ゴブリンだからなぁ」
「タワマンの初期費用もあるしな」
「ゴブリンの命の上でタワマンに住むんスね」
コハルが半眼で言う。
「よし。確認しに行くか」
俺たちは管理所を抜け、青梅ダンジョンへ入った。
見慣れた通路を進み、大部屋へ向かう。
入口に近づくにつれて、いつものざわざわした声が聞こえてくる。
ただ、昨日より薄い。
いつもなら、もっとぎゃあぎゃあと騒がしい。
「……少ないか?」
ブタオがぽつりと言った。
大部屋に入る。
床には帰還したゴブリンたちが座り込んでいた。
盾を抱えたファイターがいる。
杖を持ったマジシャンもいる。
ハイゴブリンたちは壁際に寄りかかり、かなり疲れた顔をしていた。
そして、空いている場所が多い。
「あー、これは減ったな」
「11階層、きつかったっぽいっスね」
「チアキ、数えてくれ」
<確認します>
チアキがスマホを構え、俺も飼育スキルで状態を確認する。
昨日送り出した探索組は1025匹。
ハイゴブリンオス738匹。
ゴブリンマジシャン141匹。
ゴブリンファイター146匹。
そのうち、帰ってきた数は、
<帰還数は615匹です>
「6割くらいか」
「減ったっスねぇ」
減った。
かなり減った。
ただ、11階層である。
10階層帰りをそのまま突っ込ませたことを考えると、6割戻っただけでもよくやった方なのかもしれない。
「内訳は?」
<ハイゴブリンオス440匹、ゴブリンマジシャン80匹、ゴブリンファイター95匹です>
ハイゴブリンは298匹減り。
マジシャンは61匹減り。
ファイターは51匹減り。
合計410匹の未帰還。
数字だけ見ると重い。
でも魔石の袋もある。
なら、成果は出ている。
俺の心はそこそこ切り替えが早い。
「ファイター、結構残ってるな」
「盾のおかげっぽいな」
俺は盾持ちファイターの列を見る。
焦げている盾がいくつもあった。
表面に黒い跡が残り、縁が欠けているものもある。
それでも、盾は盾として形を保っている。
持っているファイターはぼろぼろだが、胸を張っていた。
『隊長、11階層、マジシャンが多かったっス!』
「なるほど」
『盾なかったら、前のやつら全員焼けてたっス!』
「やっぱ盾がないと厳しいか。ファイターより盾に無事に帰ってほしいな」
『心配そこっスか!?』
『盾、最高っス!』
「よし。盾は偉い」
『俺らは!?』
「生き残った奴が正義だ」
『隊長はやっぱ最高だぜ!』
ゴブリンがざわついた。
まあ、帰ってきただけ偉い。
ただし、魔石を持って帰ってきているならもっと偉い。
「11階層、どんな感じだった?」
『ホブとか小さいの、あんまりいなかったっス』
『ハイゴブリンばっかりっス』
『あとマジシャンが多いっス。火が飛んでくるっス』
『向こうのハイゴブリン、こっちのハイゴブリンより動きが速いっス』
なるほど。
11階層からはもう雑魚混じりではないらしい。
ハイゴブリンとマジシャン中心。
単価は高い。
そのぶん、こっちも削れる。
「やっぱり装備が大事だよなぁ」
「じゃあ、盾を追加で買うか?」
ブタオが言った。
俺は少し考える。
アイアンタートル盾は、1個1万円で作れた。
ただし、あれは素材を持ち込んだからだ。
完成品を毎回買うとなると話が違う。
今の運用だと盾を買い続けるのは効率が悪い。
利益は出るだろうが、数が増える速度に購入が追いつかない。
買えば買うほど、せっかくの魔石代が盾代に吸われていく。
「装備は大事。でも完成品を毎回買うのは違うな」
「急にそれっぽいこと言い出したっス」
「俺はもう牧場経営者だからな」
「ブラック牧場っスけどね」
うるさい。
利益が出ている牧場である。
盾の残りも確認する。
アイアンタートル盾は300個あった。
10階層でファイター10匹が未帰還。
11階層でさらにファイター51匹が未帰還。
盾もその分、戻ってきていない。
つまり手元に残っている盾は239個。
帰還ファイター95匹が使っているので、予備は144個。
数だけ見ると、まだある。
でも、今日またファイターが増える。
明日も増える。
12階層以降へ進めるなら、もっと削れる。
「300個あればしばらく安心だと思ってたのに、減るの早くない?」
「使ってるやつが帰ってこないと、一緒に減るからな」
「盾って消耗品だったんスね」
「持ち主ごと戻ってこないタイプの消耗品だな」
「世知辛いっス」
「今日は休ませるか?」
ブタオが帰還組を見ながら言った。
ゴブリンたちは、聞こえているのかいないのか、こちらを見ている。
休み。
いい言葉だ。
俺も会社員時代、休みという希望だけで生きていた。
「出産チェックしてから考える」
「考える余地あるんスか?」
「ある。たぶん」
ゴブリンたちが少しだけ安心した顔をした。
早い。
安心するのが早い。
「まぁいいや。出産チェックしよう」
<はい>
昨日の赤ちゃんたちは、もう成体になっていた。
檻Bにいた393匹は、ハイゴブリンオス315匹、マジシャン40匹、ファイター38匹。
母檻のハイメス赤ちゃんも成体になり、ゴブタロウ檻は364匹、スカー檻は27匹、チビ檻も27匹、ヤリ檻は37匹になっている。
ここまでくると、昨日赤ちゃんだったことにいちいち驚いていられない。
便利。
倫理観は置いてきた。
メスたちはいつものように、赤ちゃんを滑り台トンネルへ運んでいく。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ丸いのが、今日もころころ檻Bへ流れていった。
<本日の赤ちゃんは492匹です。内訳は、ハイメス49匹、ハイゴブリンオス351匹、ファイター45匹、マジシャン47匹です>
「492匹。まあ、今の母数ならそうなるか」
「増えるなぁ」
「減っても増えるっスねぇ」
「つまり、全員12階層まで探索で」
『『『えっ?』』』
ゴブリンの声が重なった。
「そういう結論になるのが怖いっス」
「増え続けても場所取っちゃうし、新陳代謝が大事なのだよ」
<生き残られるとすぐに1万匹とかにいきそうですよね>
「それなぁ」
増えすぎてもちょい困る。
嬉しい悩みだ。
ファイターもまた増える。
マジシャンも増える。
戦力は増える。
だが、装備が追いつかない。
今日成体になったファイター38匹に盾を回すと、予備は106個になる。
まだある。
でも明日には、今日生まれたファイター45匹が成体になる。
その次も増える。
もう在庫がすぐにつきそうである。
とはいえ、今日の仕事は今日の仕事である。
帰還組615匹と、成体化した補充組393匹。
合わせて1008匹。
帰還ファイター95匹と、補充組のファイター38匹には盾を配り直す。
合計133匹。
盾は239個あるので、全員に持たせても106個残る。
余裕があるように見えるが、明日にはまた足りなくなる気配がしている。
「盾持ちは前。マジシャンは後ろ。ハイは適当に。12階層まで行ってこい!」
『『『ウラーラーラー!!!』』』
1008匹のゴブリンが、ざわざわと動き出す。
疲れているやつは足取りが重い。
補充組はやたら元気だ。
同じ隊列に混ぜると、職場の新人と徹夜明けの社員みたいな温度差がある。
俺は徹夜明け側の気持ちが少し分かる。
分かるが、行ってこい。
ゴブリンたちは7階層ゲートへ向かい、ぞろぞろと吸い込まれていった。
大部屋が一気に静かになる。
残ったのは母檻のゴブリンと、今日生まれた赤ちゃんたちだけだ。
「盾、どうしよっかなー」
「アイアンタートルまた行くっスか?」
「やだ」
即答した。
あれは嫌だ。
自分たちのレベルだとかなり安全らしいが、わざわざリスクを取りたくない。
普通に怖いし。
他の冒険者は頭がイカれてるんじゃないかな?
死ぬリスクがあるのに稼げるから行くとか、リスク管理ができてないわ。
「盾の素材は欲しい。でも俺は行きたくない」
「最低のわがままっス」
「人類はわがままを技術で解決してきた」
<でしたら、秋田の鉱山ダンジョンがよいかもしれません>
チアキのチャットが届いた。
秋田。
鉱山ダンジョン。
前になっつんが素材の話で出していた場所だ。
「盾の素材になるんだっけ?」
<はい。盾だけでなく、武具にも利用できますよ>
「でもさ、行っても俺たちで大量に採掘するの無理じゃない?」
採掘。
言葉だけで腰が痛い。
俺らで頑張ってつるはしを振ったとして、大量の装備をまかなう分は無理じゃないか?
<ゲートでつなげて、ゴブリンに採掘させましょう>
沈黙。
俺とブタオとコハルが、同時にチアキを見る。
チアキは無表情でスマホを持っている。
「おぬし、まさか天才か?」
「鉱山送りって言葉、だいぶブラックだな」
「でもゴブリンならいけそうっス」
<まずは秋田の鉱山ダンジョンへ行き、ゲートを設置する必要があります>
「でもゲートを勝手に設置していいのかね?」
<ここも勝手に設置してるじゃないですか。秋田の鉱山ダンジョンも過疎気味なので、設置場所を気をつければ大丈夫かと>
「最高かよ」
素晴らしい。
装備まで自動で増えていくのか。
「採掘道具が必要だな」
「つるはしとか?」
「あと台車とかヘルメットっスかね」
「ゴブリンにヘルメットいるか?」
「あると作業員感出るっス」
「じゃあいらないな。経費削減だ」
<鬼畜です>
いや、いらないだろ。
頭に石がぶつかって死ぬくらいなら、それがそいつの運命だっただけだ。
魔石バッグの確認に移る。
「コハル、バッグ頼む」
「了解っス」
コハルが手を上げると、エナメルバッグがふわりと浮いた。
ずっしり詰まった袋が、まとめて空中に並ぶ。
チアキが順番に収納へ入れていく。
大部屋には母檻のざわめきと、赤ちゃんのぎゃあぎゃあした声だけが残っていた。
さっきまで床を埋めていた探索組がいないだけで、かなり広く感じる。
俺たちは管理所へ戻った。
「おかえり。今日は多そう?」
「11階層まで行かせました」
「行かせたんだ」
「俺は行ってません」
「知ってる」
ゆきは淡々と言い、チアキが出したエナメルバッグを見た。
コハルが念力でバッグを機械の近くへ並べる。
魔石が流れていく。
カチャカチャ、カチャカチャ。
液晶に数字が積み上がっていく。
しばらくして、計測が終わった。
ゆきが液晶を見て、軽く眉を上げる。
「2876万円」
一瞬、全員が黙った。
「もう3000万が目前!」
「こんな楽でいいんですかねぇ」
「ボンさんの借金はこれだけで終わりっスね」
<借金返済はしないのですか?>
「あー、今回の収益で貯金が3000万を超えるからもう支払っちゃおうかなと」
<それがいいです>
ゆきが端末を操作する。
「私の取り分、引いとくねー」
「はい」
287万6000円。
ええ商売やで。
このヤ⚪︎ザが!
あ、そんな人を殺す目で見ないでください。
ごめんなさい。
換金を終え、俺たちは管理所を出た。
次に向かう先は決まっている。
「なっつんのところ行くぞ」
「盾の追加か?」
「違う。採掘道具だ」
「ゴブリン牧場、次は鉱山か」
「事業拡大っスね」
<鉱山労働です>
「事業って言え」
俺たちは駐車場へ向かった。
ゴブリン牧場は、どうやら鉱山事業にも手を出すらしい。
働くのはゴブリンだけど。
現在のゴブリン牧場の状況(1983匹)
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・ゴブタロウ檻(ゴブタロウ + ハイメス364匹 + ハイメス赤ちゃん39匹)
ゴブタロウ1匹
ハイメス364匹
ハイメス赤ちゃん39匹
・スカー檻(スカー + ハイメス27匹 + ハイメス赤ちゃん3匹)
スカー1匹
ハイメス27匹
ハイメス赤ちゃん3匹
・チビ檻(チビ + ハイメス27匹 + ハイメス赤ちゃん3匹)
チビ1匹
ハイメス27匹
ハイメス赤ちゃん3匹
・ヤリ檻(66匹)
マジシャン13匹
ファイター12匹
ハイメス37匹
ハイメス赤ちゃん4匹
・檻B(443匹)
ハイゴブリンオス赤ちゃん351匹
マジシャン赤ちゃん47匹
ファイター赤ちゃん45匹
・探索組(1008匹)
ハイゴブリンオス755匹
ゴブリンマジシャン120匹
ゴブリンファイター133匹
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