第9話: ゴブリンさんがチョコを食べる
「……さて」
檻の外に立った俺たちは、
ゴブリンの様子をじっと見つめた。
気絶していたゴブリンは、
体をびくびくと痙攣させながら、ゆっくりと目を開けた。
まだ完全に覚醒してはいないが、
時間の問題だろう。
(よし……今しかねぇ)
俺はバッグからチロルチョコを一個取り出した。
包みをカサカサと剥がして、
そっと檻の中に転がす。
ゴロゴロと土の床を転がったチョコを、
ゴブリンは警戒心むき出しで見つめた。
ギラギラとした目。
耳をぴくりと震わせながら、じっと動かない。
……しかし、手を出さない。
匂いを嗅ぐ素振りすら見せない。
「……食わねぇな」
「どうすんだよ、これ」
俺とブタオは顔をしかめた。
(……そもそも、チョコが食い物だって認識できてねぇのか?)
確かに、匂いはほとんど漂っていない。
これじゃあ、ただの異物だと思われても仕方ない。
ブタオがぼそりと呟く。
「……案外、こういうやつって知能低いのかな」
「知らねぇけど、可能性はある」
俺はうなずいた。
「……わかった。見せるか」
俺はもう一つチョコを取り出し、包みを剥がすと──
檻越しにゴブリンへ見せつけるように、パクッと食べた。
「──ん、うまい!」
ブタオも負けじとチョコを齧る。
「うまいな!」
二人して大げさに頷いてみせる。
ゴブリンは、ちっちゃな頭をかしげた。
黄色い目がこちらの動きをじっと追っている。
(……いけるか?)
やがてゴブリンは、
ものすごく、ものすごく警戒しながら、
そろそろと手を伸ばした。
指先でチョコをつまみ──
恐る恐る、口に運ぶ。
パクッ。
モグモグ──
──ギャギャ!!
次の瞬間、ゴブリンは跳びはねた。
両手をパタパタ振り回しながら、
檻の中をぐるぐると回りだす。
(……きた!!)
その瞬間だった。
俺の頭の中に、
無機質で、抑揚のない電子音とともに、冷たい声が響いた。
【スキル『飼育』が発動しました】
【対象:ゴブリン♂】
【効果:成長促進】
(スキル……発動した……!)
胸の奥がドクンと脈打った。
手応えは確かにある。
(これで……これで、牧場計画が──)
ブタオを見ると、
相変わらず檻の向こうでゴブリンの奇行に爆笑しているだけだった。
(そりゃそうだ。こいつには見えないもんな)
「おい、ブタオ!」
「んだよ!」
「──スキル、発動した!」
「……マジか!?」
ブタオの目がぱあっと輝いた。
「やったな!!」
「まだ油断すんなよ。これからだ」
俺たちは互いに拳を軽くぶつけ合った。
チロルチョコ一個で、
世界がちょっと変わった気がした。
(──ここからだ)
心の底から、強く思った。
「……ふぅ」
檻の中でぐるぐる回りながら、
チロルチョコの包み紙をしゃぶっているゴブリンを見ながら、
俺たちは大きく息を吐いた。
「……まあ、一歩目としては上出来じゃね?」
「だな」
俺は、檻の土壁をコンコンと叩いて補強を確認しながら言った。
(とりあえず、第一歩は踏み出した──)
これで、「飼育スキルが使える」ということは確定だ。
あとは、ここにゴブリンを集めて、育てて、
まとめて魔石を収穫するだけ。
……まあ、言うほど簡単にはいかないだろうけどな。
「なあ、ボン」
ブタオが檻を覗き込みながら言った。
「こいつ、オスだよな?」
「……ああ」
「じゃあ、あれか。
種馬ってやつ?」
「お前、言い方ぁ!」
思わず突っ込んでしまった。
だが、言ってることは正しい。
「こいつだけじゃ増えねぇ……メスを確保しねぇと」
メスゴブリン。
数が少ない、超重要資源。
これを手に入れなきゃ、
俺たちの牧場計画は始まらない。
(──次の目標は、メスだ)
自然と拳に力がこもった。
「……ま、今日はここまでだな」
「了解!」
ダンジョンの空気は、前回より少しだけ、
軽く感じた。
ゲートを抜け、
【青梅ダンジョンゲート管理所】に戻る。
受付嬢はスマホをいじったまま、
ちらりとこちらを見た言う。
「魔石は?」
「一個っす!」
「しょぼ」
午前中と同じ流れで千円札を渡してくる。
あざーす、と言いながら受け取り、
【青梅ダンジョンゲート管理所】をあとにした。
(いいんだ……今に見てろよ……!)
心の中でだけ、小さくリベンジを誓う。
帰り道。
コンビニでまたおにぎりとお茶を買いながら、
ブタオがにやにやしながら言った。
「明日から、ゴブリン牧場、開業だな!」
「……ああ」
俺も小さく頷いた。
(種馬だけじゃ、牧場は作れねぇ)
(──メスを、手に入れる)
空に浮かぶ三日月を見上げながら、
そんなことを静かに誓った。




