第10話: ゴブリンさんの爪は鋭い
ブタオの次の休みは、三日後だった。
その二日間──
俺は、ひたすら待ち続けた。
貯金は、もう十万円を切っている。
(ヤベぇ……普通に働かなきゃやべぇ……)
そんな焦りと、
それでもダンジョンに賭けてみたいという思いとが、
ぐるぐると胸の中で渦巻いていた。
スーツ姿のサラリーマンたちを横目に、
コンビニで半額のおにぎりを買って食べながら、
心のどこかで考える。
(このままじゃ、俺……またブラック企業に逆戻りだぞ……)
それだけは絶対に嫌だった。
だからこそ──
三日後、待ち合わせ場所にブタオの車が現れた瞬間。
「──よっしゃぁ!!」
自然と、叫び声が出た。
ブタオが窓を開けてニヤリと笑う。
「おう、ボン! 牧場開きにいくぞ!」
「当たり前だ!」
俺はリュックを背負い直し、
気合いを込めて助手席に乗り込んだ。
エンジン音とともに、車は青梅ダンジョンへ向かって走り出す。
(──今日こそ、絶対にメスゴブリンを手に入れる)
胸の中で、固く誓った。
【青梅ダンジョンゲート管理所】に到着した俺たちは、
いつものように小さな建物へと入った。
中にいたのは──
スマホをいじる、例の受付嬢ひとり。
今日も変わらず、
やる気ゼロみたいな顔でカウンターに座っている。
「さて、今日もいっちょやるか!」
ブタオが気合いを入れると、
受付嬢がちらりと俺たちを見た。
そのまま、ぺらっとノートをめくり、
ボールペンでカリカリと名前を書き込む。
「はいはい、二名っと……
今日も死なないでねー」
言葉は適当だけど、
一応、気遣いっぽいことを言ってくれる。好き。
「魔石忘れずに持って帰ってねー」
「わかってますって」
俺は苦笑いしながら答えた。
ブタオは
「っしゃー、今日こそメスだな!」
と嬉しそうに拳を握りしめている。
受付嬢は相変わらずスマホをいじったまま、
チラリとこちらを見て、またスマホいじりに戻った。
俺たちは特に気にせず、ダンジョンゲートへと向かっていった。
「さて、今日もいっちょやるか!」
ダンジョンのゲートを抜けた俺たちは、
軽く拳をぶつけ合ってから歩き出した。
湿った空気。
薄暗い通路。
見慣れたきた景色だけど、
今日はなんとなく、空気が違って感じた。
(──気合い、入れすぎか)
前回の成功で、少しだけ自信がついていた。
もちろん油断はできないけど、
それでも──
(やるしかねぇ)
二人並んで通路を進む。
作った大部屋はそのまま。
檻の中には、元気に暴れる種馬ゴブリン一匹。
(あいつも今日から仲間を増やすための種馬業だ。……たぶん)
探索を開始して、
だいたい二十分が経った頃だった。
「──いた!」
通路の先に、ぴょこぴょこと小さな影。
ゴブリンだ。
単独。
しかも、こっちにはまだ気づいていない。
(よし、やるぞ)
俺はバットを構えた。
「ブタオ、落ち着いていけよ」
「任せろ!」
車の中で相談していた作戦Aを実行するのだ。
ブタオの土魔法でゴブリンの足元を一気に盛り上げて転げさせて袋叩きにする作戦だ。
ブタオが両手を広げ、地面に意識を集中させる。
初級土魔法。
──ボコンッ!
地面が盛り上がった。
しかし──
「あっ、ずれた!!」
ブタオの作った土の出っ張りは、
ゴブリンの三メートル手前で不発に終わった。
「お前、どんだけ方向音痴だよ!!」
「うるせぇ! 魔法はフィーリングだろ!」
叫び合う俺たちに、
ついにゴブリンが気づいた。
ギャギャギャ!!と甲高い声を上げ、突進してくる。
「やべ、来た!」
俺は慌ててバットを構え──
空振った。
ヒュッ!
バットがスカスカと空を切る。
「なにやってんだよぉ!」
「知るかぁぁぁ!」
俺たちはぐるぐるとゴブリンの周りを回りながら、
必死で攻撃のチャンスをうかがった。
──ドスッ!
ようやく、俺のバットがゴブリンの頭をかすめた。
ゴブリンは「ギャ!」と短く悲鳴を上げ、
そのままバタンと倒れ込んだ。
「生きてるかな?」
ピクピクと動いてるので生きてはいそうだ。
慎重にゴブリンの腰布をめくった。
──ぶらんっ。
ハズレです。
もうオスは必要ないので、ナイフでとどめをさして魔石を回収した。
もちろん回収したのはじゃんけんで負けた私です。
あいつ未来予知でもできんのか!?
「次行くか」
「おう!」
ヘロヘロになりながら、
俺たちは再び通路を進み始めた。
──一匹目をなんとか倒した俺たちは、
息を切らしながらダンジョン内を進んでいた。
湿った空気。
ぬかるむ土の床。
(疲れるな……)
体力は、すでにじわじわ削られ始めていた。
そんな中──
「いた!」
ブタオが声を上げた。
通路の角を曲がった先、
またしても、小さな影。
(よっしゃ……二匹目だ!)
俺たちはすぐに武器を構え、
そろりと間合いを詰めた。
──が。
先に動いたのは、ゴブリンの方だった。
ギャギャッ!と叫びながら、
ドスドスと突進してくる。
「来たぞ!」
「よし、俺に任せ──」
ブタオが手を広げ、地面に魔力を集中させ、気合を入れるために踏み出した右足が
──ズルッ!!
「うわっ!」
足を滑らせ、盛大に転倒した。
「なにやってんだよぉぉぉ!!」
俺が叫んだ時には、
ゴブリンはすでに俺に肉薄していた。
(やべぇ、間に合わねぇ!)
仕方ない。
俺はヤケクソ気味に、
バットを横薙ぎに振り抜いた。
──ドスッ!!
ゴブリンの腹にクリーンヒット。
「ギャギャ!」
悲鳴を上げながらもゴブリンは鋭い爪で俺の左腕を少し切り裂いた。
「っいってぇ!」
「今助ける!」
ブタオがゴブリンの横から思いっきりバットを振り抜いた。
頭にバット食らったゴブリンは力尽きたように地面に転がる。
「はぁ……はぁ……」
バットを引きずりながら、
俺はその場にへたり込んだ。
「セーフ」
「いや、俺怪我したから」
「大丈夫だそんくらい。つばつけとけ。」
「それ迷信だろ」
「いや、医学的に正しいらしいそ。看護師の母ちゃんが言ってた。」
「マジかよ」
左腕を見るが、服が切れて酷そうに見えるが傷は深くはなさそうだ。
カッターで軽く切り裂かれたくらい?
でも初めてダンジョンで怪我した。
ダンジョンってやっぱ怖いところなんだよな。
(これが──俺たちの現実か)
でも、勝ちは勝ちだ。
「オスかい!」
すっ転んだブタオが申し訳ないと思ったのか、自主的にゴブリンの性別を確認した。
またオスか。
でも十匹のうち一匹はメスの割合だから、単純計算であと8回やればメスをゲットできる。
そんな風に思いながら、
俺たちは次の敵を求めて、
立ち上がった。




