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借金持ちの俺、ゴブリン牧場で大金を稼ぎます  作者: といとい


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第85話: 天空の城

不動産屋の車に乗せられて、俺たちは青梅ダンジョンから少し離れた駅前方面へ向かった。

目指すのは、車で15分ほどのタワーマンション。

しかも最上階。

月々350万円。

文字にすると簡単だが、普通に考えたら狂っている。


「350万か」


「高ぇな」


「高い。高いんだけど、昨日の換金額を思い出すと、払える側にいるんだよな。これ、もう行けるやつでは?」


「最高じゃないっスか」


コハルの言う通りだ。

社畜時代の俺なら、家賃350万円と聞いた時点で脳が拒否していた。

今は昨日の換金額と並べて、払えるかどうかを真面目に考えている。

家賃というより、ダンジョン近くのまともな住環境を確保する費用として頭が処理し始めている。

人間、稼ぎが変わると選べる景色も変わるらしい。

最高である。


「でも、ダンジョンまで15分なら便利だな」


ブタオが窓の外を見ながら言った。


「駐車場もあるんスかね」


「高級マンションならあるんじゃね?」


「立体駐車場で、ブタオの軽バンが浮かないか?」


「浮くとか言うな」


ブタオの軽バンには世話になっている。

ただ、高級タワマンの地下駐車場にあの車が入っていく姿は、少し見たい。

高級車の列に混ざる白い軽バン。

いいじゃないか。

逆に個性だ。


後部座席では、コハルがスマホで物件情報を見ている。

チアキも横で画面を覗き込んでいた。


「ジムあるっスよ! ラウンジもあるっス! コンビニ直結っス!」


<防音性能とセキュリティはかなり高いようです。監視カメラ、入館管理、宅配ボックス、非常用電源もあります>


「宅配ボックスより、防音が大事だな」


「ボンの部屋、壁薄いもんな」


「隣の人、俺より俺の生活リズム知ってるからな」


嫌すぎる。

今のアパートは、狭いし、古いし、人を呼ぶには向いていない。

防音が欲しい。

セキュリティも欲しい。

そして少しだけ、最上階という言葉に負けている。

そんな感じで物件を見に来た。


車が目的地に着く。

目の前に立っていたのは、空へ向かってまっすぐ伸びるガラス張りの塔だった。

入口には植栽が整えられ、エントランスの奥にはホテルみたいなロビーが見える。

俺は思わず、足を止めた。


「ここ、家?」


「家っスね」


「俺の知ってる家と違う」


「ボンの知ってる家、たぶん古いアパートだもんな」


やめろ。

事実で殴るな。


店員に案内され、自動ドアを抜ける。

中は静かだった。

床はつやつやしているし、天井は高いし、ソファは座る前から高そうだ。

コンシェルジュらしき人が、自然な笑顔で会釈してくる。

俺も反射で会釈した。

たぶん、いま俺は完全に場違いな顔をしている。


「すげぇな」


「ホテルっス」


<共有スペースがきれいです>


「住民の人、全員人生成功してそう」


「お前も今わりと成功してる側じゃね?」


「中身が追いついてないんだよ」


成功した人間は、もっと自然にこういう場所を歩けるはずだ。

俺は床を汚さないように歩いている。

入館しただけで負けている気がする。


エレベーターに乗り、最上階のボタンが押される。

数字が上がっていく。

それだけなのに妙に緊張した。

地下深くへ降りるダンジョンとは逆だ。

こっちは上に行くのに、これはこれで落ち着かない。


扉が開く。

廊下は静かで、ホテルみたいな匂いがした。

店員が一番奥の扉の前で足を止め、カードキーをかざす。

小さな電子音。

扉が開いた。


「こちらです」


中に入った瞬間、視界が広がった。

広い。

とにかく広い。

リビングの向こう側に大きな窓があり、青梅の街並みが下に見える。

遠くに山の線も見えた。

たぶん、あの辺にダンジョンがある。

俺たちはさっきまで、あそこでゴブリンの赤ちゃんを数えていた。

そこから車で15分。

今は最上階から街を見下ろしている。


人生の移動距離がおかしい。


「うわぁ……」


コハルが窓際へ走る。

ブタオはキッチンへ向かった。

チアキは壁、窓、収納、天井、床を順番に見ている。

俺はリビングの真ん中で固まった。

広すぎる。


俺ひとりでここに住むのか、持て余しそうだな。

部屋の端まで移動するだけで、俺のアパートなら玄関からベランダまで行ける。


「このキッチン、でけぇな」


ブタオがシステムキッチンを見ながら言った。


「冷蔵庫もでかいの置けるぞ。あと、ここに炊飯器置いて、こっちにレンジ置いて……」


「なんでお前が使う前提なんだよ」


ブタオの動きが止まった。


「え、使わねぇの?」


何言ってるのコイツ、みたいな顔でこっち見ないでください。

ここ、俺の内見なんですが。


コハルは風呂場を見て戻ってきた。


「風呂広いっス! 足伸ばせるっス! 夜景見えるっス!」


「お前もなんで入る前提なんだよ」


「え」


コハルも止まった。

その顔は、完全に入るつもりだった顔である。


チアキはスマホを構えたまま、収納の前に立っていた。


<収納は十分あります。足りない分は私の異空間収納で補えます。防音もかなり良さそうです。打ち合わせ部屋として使いやすいかと>


「チアキ先生」


<はい>


「打ち合わせ部屋って言った?」


<はい>


「俺、ここを自分の部屋として見に来たんだけど」


沈黙。

三人が、同時に俺を見る。

俺も三人を見る。

なんだこの空気。


「え、お前らも借りるの?」


ブタオが目をそらした。

コハルが窓の外を見た。

チアキがスマホを両手で持ち直した。

全員、分かりやすすぎる。


「いや、俺も住みたくなっちゃって」


「私もっス」


<私も、ここはかなり合理的だと思います>


「合理的って言えば何でも通ると思ってる?」


完全に乗っかってきた。

俺の天空の城計画が、いつの間にか共同生活計画になっている。

なにこれ。

俺の城、入居者多くない?


店員は慣れた様子でにこにこしていた。

驚いていない。

むしろ、よくある流れだと言いたげだ。


「探索者チームの方ですと、住居を共にされるケースはわりとありますよ」


「そうなんですか?」


「はい。帰還時間が不規則だったり、装備の保管場所が必要だったりしますので。高収入のチームほど、セキュリティの高い物件を共同拠点にされることが多いですね」


高収入のチーム。

セキュリティの高い物件。

共同拠点。


言葉だけ聞くと立派だ。

中身はゴブリン牧場である。

装備の大半はダンジョンに置きっぱなしだけど、集まる場所としては普通に便利そうだ。


隣の人が咳払いするだけで、俺の心臓が跳ねる生活もそろそろ卒業したい。


「家賃350万を、全員で住むなら……」


「割るっスか?」


「割らない」


「割らないんスか!?」


「いや、割ってもいいけど、どうせ収益分配から出す方が楽だろ。先に引けばいい」


言いながら、自分で少し引いた。

350万円なんて金額を気軽に扱えている。


防音、セキュリティ、集合場所、寝床。

どれも今の俺たちには普通にありがたい。

そして単純に、最上階に住める。

最後の理由が一番強い気もする。


「初期費用はどれくらいですか?」


俺が聞くと、店員はタブレットを操作した。


「敷金、礼金、前家賃、保証会社、各種手数料で、初期費用はおおよそ1200万円ほどになります」


「いっせんにひゃく」


思わず復唱した。

月350万円だけでもおかしいのに、初期費用1200万円。

普通なら即撤退である。


だが、俺の頭の中では、最近の換金額が勝手に並んでいた。

1000万円超えが続いている。

昨日の換金だけでも1287万6000円。

今までの確定売上は、1億円に届きそうなところまで来ている。

払えないかと言われると、払えてしまう。


払える。

そこが一番気持ちいい。


「ボンさん、顔がニヤけてるっス」


「ニヤけるだろ。払えるんだから」


ブタオがリビングを見回す。

コハルは窓に張り付いている。

チアキはスマホに何かを打ち込んでいる。

たぶん、契約条件の確認だ。


<法人契約に近い形、または代表者契約での共同利用として処理できるか確認した方がよいかと思います>


「チアキ先生が本気だ」


<本気です>


チアキが本気なら、もうだいぶ流れは決まっている。

ブタオはキッチンを使う気だし、コハルは風呂に入る気だし、俺は最上階に住む気になりかけている。

いや、住む気になっている。

認めよう。

俺も住みたい。


「じゃあ……進めますか」


「お申し込みですね」


店員の笑顔が、さらに営業用の輝きを増した。

その瞬間、俺の中の元社畜が小さく叫んだ。

家賃350万だぞ。

初期費用1200万だぞ。

お前、家賃って言葉の意味を知っているのか。

知っている。

知っているからこそ、今ちょっと震えている。

でも払える。

強い。


「ノリで契約進めてるっスね」


「人生はノリが大事だ」


「金額がノリじゃねぇのよ」


だが、正しさだけで人生は進まない。

たまには勢いで最上階を借りる日があってもいい。

いや、ないか。

普通はない。


店員が必要書類の説明を始める。

本人確認、収入証明、探索者証、保証会社、入居審査。

高級物件らしく手続きは多い。

ただ、探索者チーム向けの扱いには慣れているようで、話は思ったより早かった。


「審査が通りましたら、最短で数日後から入居可能です」


数日後。

俺の生活が、薄い壁のアパートから最上階タワマンに変わるかもしれない。

しかもひとり暮らしではなく、ブタオとコハルとチアキもいる。

共同生活。

チーム拠点。

ゴブリン牧場本部。


最後の名前は絶対に表札に出せない。


窓の外を見る。

青梅の街が下に広がっている。

その向こうに、たぶんダンジョンがある。

いまもゴブリンたちは10階層を進んでいるはずだ。

俺たちはその帰りを待ちながら、最上階タワマンの申し込みをしている。


この状況、冷静に考えるとかなりひどい。

俺がゴブリンだったらキレちゃうね。


だが、これがリアルなのである。

俺らのために、せっせとダンジョンから魔石を持ち帰ってくれたまえ。

隊長はその間に、城を借りる。

最低だ。

でも、景色はいい。


そう思いながら、俺は申し込み用紙に名前を書いた。


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