第82話: ゴブリンさん、今日は休みです
翌日。
俺たちはいつものように青梅ダンジョン管理所に集まった。
「おはよーございまーす」
「はいはい」
ゆきちゃんはスマホから目を離さず、いつもの調子で片手をひらひらさせる。
この淡泊さ、実家のような安心感がある。
「今日は盾を取りに行くんスか?」
「いや、なっつんが作るの今日だろ。受け取りは明日でいい」
<本日は休養日ですね>
「そう。今日はゴブリンを休ませる」
昨日は10階層帰りの戦力を、そのまま9階層まで出した。10階層には行かせていない。
だから温存と言えば温存だ。でも、成体組は全員出した。
冷静に考えると、全員出勤させておいて「温存です」と言い張るのは、前職の上司みたいで嫌だ。
今日はちゃんと休ませる。
俺は心に決めた。
たぶん。
「じゃ、行くか」
俺たちは管理所を抜け、青梅ダンジョンへ入った。
見慣れた通路を進み、大部屋へ向かう。
ここまで来ると、もう緊張感はほとんどない。
一階層の奥にある、俺たちだけの牧場。
安全地帯。
そして金のなる大部屋。
大部屋に入ると、ゴブリンたちはすでに整列していた。昨日9階層まで出した成体組だ。
ざっと見たところ、数はほとんど減っていない。ハイゴブリンも、マジシャンも、ファイターも、疲れてはいるが無事そうだ。
「お、ちゃんと戻ってるな」
『戻ったっス、隊長!』
『9階までなら問題ないっス!』
『でも眠いっス!』
最後のやつ、正直でよろしい。
俺たちは改めて数を確認する。
・ハイゴブリンオス:229匹
・ゴブリンマジシャン:61匹
・ゴブリンファイター:54匹
合計344匹。
昨日出したのが352匹だから、減ったのは8匹。9階層までなら、やっぱり損耗はかなり抑えられる。
「10階層に比べたら全然マシだな」
「ハイが6匹、マジシャン1匹、ファイター1匹減りっスね」
<9階層までであれば、現在の戦力でも安定運用できてますね>
チアキのチャットに、俺たちは頷いた。
ただし、今日は出さない。今日は、休みの日である。
「よし。お前ら、今日は探索なし。あとは寝てろ」
『休みっスか?』
『魔石は?』
『9階くらいなら行けるっスよ?』
「行けるのは分かってる。でも今日は休め」
俺がそう言うと、ゴブリンたちは顔を見合わせた。
なんで休めと言われて困惑しているのか。うちの牧場、労働観がだいぶ仕上がってきている。素晴らしい。
「明日、盾を取りに行く。ファイターに配る。そのあとで10階層にもう一回挑む。だから今日は休め」
『盾!』
『肉壁卒業っスね!』
『今日は寝るっス!』
ファイターたちのテンションが上がった。
肉壁卒業という言葉は相変わらずひどい。でも本人たちが喜んでいるなら、まあいいか。
よくはないか?
『隊長、明日は10階層っスか?』
「そうだな。盾を受け取ったら、そのまま10階層だ」
『それなら、ゲートを7階層くらいまで設置してほしいっス!』
「ゲート?」
言われて、俺は少し固まった。
そういえば、ゲートの設置をちゃんとしていなかった。
毎回、下の階層まで歩かせている。
ゴブリンたちは文句を言わずに行っていたが、よく考えたら普通に遠い。
9階層まででも遠い。
10階層なら、もっと遠い。
「うーん、そのうちな?」
『隊長!? 10階層まで遠いっスよ!?』
ゴブリンたちから、かなりまっとうな抗議が飛んできた。
まあ、そうだよな。
明日、盾を受け取ったあと、ゲートも設置するか。
いくのやだなぁ。
チアキだけで行ってくれないかな。無理か。
ブタオが腕を組み、満足げに頷く。
「休みって言っても、ゴブリンたちは何して休むんだ?」
「寝るしかなくね?」
「人間と変わんねぇな」
「そういや、こいつら飯とかどうしてるんスかね?」
コハルがゴブリンたちを見ながら、ふと首を傾げた。
たしかに。
俺たちはこいつらに、まともな餌をやったことがない。
でも普通に増えている。
普通に戦っている。
普通に文句まで言っている。
「多分、ダンジョンの魔力でどうにかなってるんだろ」
「便利っスね」
「便利すぎて怖いな」
冷静に考えると、牧場を名乗っているのに餌代ゼロである。
牧場としては反則みたいな収益構造だ。
人間だったら、食費だけで大変なことになっている。
その点、魔物はすごい。
すごいが、よく分からない。
続いて、昨日の赤ちゃんたちの様子も確認する。
檻Bへ入れていた赤ちゃんは、もう成体になっていた。
ハイゴブリンオス161匹。
ゴブリンマジシャン33匹。
ゴブリンファイター32匹。
合計226匹。
昨日はぎゃあぎゃあと転がっていたのに、今日は普通に立っている。ダンジョンの成長速度は、相変わらず倫理観を置き去りにしている。
「昨日生まれて、今日もう働ける見た目なの、便利すぎて怖いな」
社畜自動生成システムとでも呼ぼうかな。
言いながら、俺は新しく成体になったゴブリンたちを見る。
こいつらも探索に出せば、今日の稼ぎはさらに増える。
でもまあ、明日は盾ありで10階層だ。
万全に動いてほしいし、今日は休みでいいだろう。
ゴブタロウ檻、スカー檻、チビ檻にいたハイメス赤ちゃんも、もうメスとして数えられる状態になっている。
ゴブタロウ檻に38匹。スカー檻に1匹。チビ檻に1匹。こちらも合計40匹。
成体化の確認が終わったので、そのままいつもの出産チェックに入る。
探索は休みでも、数の確認は別だ。
「よし、次は出産チェックだな」
「了解っス」
まずはゴブタロウ檻。
メスたちは慣れた動きで、足元の赤ちゃんを抱え上げていく。
ブタオが作った土の滑り台トンネルへ、赤ちゃんたちが順番に流されていった。ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、丸い体がころころ転がっていく。
相変わらず、命の誕生と物流の相性がよすぎる。
「ゴブタロウ檻、今回も多いな」
<ハイメス赤ちゃん45匹です>
檻Bへ流れていく赤ちゃんも確認する。こちらはハイゴブリンオス。数は190匹。
母数が252匹まで増えているので、このくらいになるのも自然だ。数字だけ見ると、自然とは何か分からなくなるが。
次にスカー檻。
ハイメス赤ちゃんは1匹。それとは別に、がっしりした赤ちゃんたちが檻Bへ滑っていく。
ファイターだ。
今回は34匹。
赤ちゃんなのに、すでに腕が太い。
生まれた時点で前衛感がある。
最後にチビ檻。
こちらもハイメス赤ちゃんは1匹。檻Bへ転がっていく小柄な赤ちゃんたちは、マジシャンだ。
今回は35匹。見た目は小さいのに、なんとなく目つきだけ賢そうなのが腹立つ。
「出産チェック、終わり」
<集計します。ハイメス赤ちゃん47匹、ハイゴブリンオス赤ちゃん190匹、ファイター赤ちゃん34匹、マジシャン赤ちゃん35匹。合計306匹です>
休ませる日なのに、306匹増えた。もう休養日というより、戦力が勝手に増える日である。
ただし、今日探索に出す成体はゼロ。そこだけは守る。
俺はそう決めた。
今日やることは、これでだいたい終わり。
あとは昨日の魔石を売って帰るだけだ。
大部屋の隅には、昨日の魔石バッグが積まれていた。55チーム分。
昨日は9階層までだったが、成体組を全員出している。バッグの数も多い。
どれもぱんぱんに膨らんでいて、見ているだけで中身の重さが分かる。
「昨日の分だけで結構あるな」
コハルが手を軽く上げると、エナメルバッグがまとめてふわりと浮いた。
こういう時の念力は本当に便利だ。
俺たちは成果物を運んでいるというより、成果物について歩いているだけである。
「じゃ、換金行くか」
俺たちは浮かんだバッグを連れて、管理所へ戻った。
⸻
管理所に戻ると、ゆきちゃんは相変わらずスマホを見ていた。
「魔石、お願いします」
「はいはい」
俺たちがエナメルバッグを並べていくと、ゆきちゃんの指が止まる。
「……休ませるって言ってなかった?」
「昨日の分です」
「ふうん」
ゆきちゃんはそれ以上聞かず、計測機に魔石を流し込み始めた。
カラカラカラ、と魔石が転がる音が響く。俺たちはカウンターの前で待つ。
今日は休養日。なのに、この待ち時間だけはいつも通り緊張する。
お金が増える瞬間は、人を落ち着かなくさせる。
しばらくして、計測が終わった。
「3018個。換金額は、1287万6000円」
「休養日でも1000万超えたーー!!」
「働いてないのに働いてるっスーー!!」
「いや、昨日の分だからな」
そう。
今日働いていないだけで、昨日は働いている。ゴブリンが。
俺たちは安全な管理所で数字を見ているだけ。この構図、冷静に考えると相変わらずだいぶひどい。
でも儲かる。
ゆきちゃんは半眼で俺たちを見る。
「で、今日は本当に行かせないの?」
「行かせません。休養日です」
「へえ」
ゆきちゃんはそれだけ言うと、スマホへ視線を戻した。
淡泊。今日も通常運転である。
俺たちは換金を終え、管理所を出た。
明日は、なっつんのところへ盾を取りに行く。その足で青梅に戻り、ファイターたちへ配る。
盾の持ち方を確認して、問題なければ10階層へ再挑戦。
「明日、忙しくなりそうだな」
「盾300個っスからね」
<収納と運搬はお任せください>
「頼りにしてます、チアキさん」
<はい>
チアキが小さく頷いた。
今日の稼ぎは1287万6000円。今日の方針は休養。
明日は盾を受け取り、そのまま10階層へ再挑戦する。
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現在のゴブリン牧場の状況(1228匹)
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・ゴブタロウ檻(ゴブタロウ + ハイメス252匹 + ハイメス赤ちゃん45匹)
ゴブタロウ1匹
ハイメス252匹
ハイメス赤ちゃん45匹
・スカー檻(スカー + ハイメス21匹 + ハイメス赤ちゃん1匹)
スカー1匹
ハイメス21匹
ハイメス赤ちゃん1匹
・チビ檻(チビ + ハイメス21匹 + ハイメス赤ちゃん1匹)
チビ1匹
ハイメス21匹
ハイメス赤ちゃん1匹
・ヤリ檻(55匹)
マジシャン13匹
ファイター12匹
ハイメス30匹
・檻B(259匹)
ハイゴブリンオス赤ちゃん190匹
マジシャン赤ちゃん35匹
ファイター赤ちゃん34匹
・休養中の成体組(570匹)
ハイゴブリンオス390匹
マジシャン94匹
ファイター86匹
今回の帰還確認
ハイゴブリンオス -6匹
マジシャン -1匹
ファイター -1匹
合計 -8匹
今回成体化した補充組
ハイゴブリンオス +161匹
マジシャン +33匹
ファイター +32匹
ハイメス +40匹
合計 +266匹
今回回収した赤ちゃん
ハイメス赤ちゃん47匹
ハイゴブリンオス赤ちゃん190匹
マジシャン赤ちゃん35匹
ファイター赤ちゃん34匹
合計 +306匹
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