第74話: ボンたち、装備を整える
午後の陽射しが倉庫の外壁に斜めに差し込み、鉄のシャッターに白い光の筋を作っていた。
「着いたな。ナツミの工房」
「でかいっスよね。工房っていうよりほんと倉庫って感じっス」
コハルが感嘆の声を漏らしながら、足早に入口の方へ向かう。
入り口脇の小さな日よけの下、ガタついた椅子に一人の男が座っていた。
よれたシャツに作業ズボン。腕を組み、首をかくりと垂れている。
「この警備員、寝てんじゃね?」
ブタオが呆れた声を上げた。
が、その直後。俺たちの足音に気づいたのか、男はぴくりと肩を震わせ、すぐに顔を上げた。
「お、帰ってきたのか」
ナツミに向かって声をかけてきた。
声は思いのほか低くて渋い。
目つきも鋭く、眠そうな様子はどこにもなかった。
「この人ほんとに警備? クビにした方がいいんじゃない?」
俺と疑念を口にした瞬間、ナツミが後ろから笑い声混じりに言葉を挟んできた。
「大丈夫よ。こんなでも一時期は最前線にいた探索者だから。誰か来たらちゃんと気づくわ」
「へえー」
俺たちの中で一番勘のいいコハルが目を細めて見上げる。
「見た目ただのおっさんっスね」
「見た目だけで判断するんじゃないわよ。あんたらが束になってかかっても敵わないわよ」
ナツミは俺たちのレベルも知っている。
その彼女が断言するということは──あの人、相当ヤバい人なんだろう。
警備の男は特に否定するでもなく、むしろ「まあな」って顔をして薄く笑っていた。
なんか、満更でもなさそう。
「じゃ、早速装備を見繕いましょうか」
ナツミが軽く手を振り、俺たちを倉庫の奥へと誘導する。
俺たちは警備の人に軽く会釈し、工房の中へと足を踏み入れた。
工房の中は雑然としていて、鉄の棚に並べられた部品やら布やらが所狭しと詰め込まれている。
奥に進むと、少し広めのスペースが設けられており、ナツミがそこで足を止めた。
「ここで待ってて。あんたたち向けに、いろいろ持ってくるから」
そう言って、ナツミは一人奥の方へと消えていく。
その背中を見送りながら、俺たちはぼんやりと工房の空気に包まれた。
鉄と油と、ちょっと焦げたような匂い。
これから装備を買うって実感が、じわじわと湧いてくるのだった。
倉庫の隅でダラダラと座り込んで、しばらく雑談やらスマホをいじったりして時間を潰していると──
「お待たせー!」
快活な声とともに、ナツミがゴロゴロと台車を引いて戻ってきた。
鉄製のそれは見るからに重たそうで、キィィ……と微かな音を立てながら転がってくる。
「うわ、すご」
俺たちの目が思わず釘付けになった。
台車の上には、大小さまざまな装備品が山のように積まれていた。
軽そうな剣に、ぴっかぴかのローブ、金属製のブーツ、装飾が施された指輪。
まるでおもちゃ箱をひっくり返したような──いや、きっと本物の宝箱の中身ってこういう感じなんだろうな、ってくらいワクワクさせるラインナップだった。
「これ……全部、俺たち用?」
「ええ。あなたたちみたいなチーム向けに、軽くて扱いやすいものを中心に集めたわ」
ナツミはにっこりと笑いながら、台車の上からいくつかの装備を手に取り始める。
「じゃ、まずはチアキちゃんからね。はい、これ」
ナツミが差し出したのは、純白のローブだった。
一見するととてもシンプルな見た目だが、よく見ると織り込まれた繊維がわずかに光を反射していて、まるで魔力をまとっているかのような品格があった。
「これねー、あんまり物理攻撃には強くないんだけど、魔法耐性がかなり高いのよ。8層くらいまでの魔法だったらかなり軽減してくれるわ。フードも深いから顔を隠せるし、空間魔法の探索者なら身バレはしない方が良いと思うの」
<ありがとうございます! かわいいです!>
チアキのチャットが飛んでくる。
ローブを受け取った彼女は、さっそくその場で羽織ってみた。
白く、そして軽やかな布地が彼女の身体を包む。
フードをかぶれば、たしかに表情はほとんど見えない。
これなら顔バレはしなさそうだ。
「ふむ。特に見た目は可もなく不可もなく……って感じだな」
「ま、機能性重視ってことっスね」
チアキは少しだけくるりと身を回して見せる。
「で、気になるお値段は……?」
「これは500万ね」
「ご、ひゃく……?」
「え!? 奥さん300でどうっすか!? もうちょいなんとかなりません!?」
ブタオが謎の即興値切り交渉を始めたが、ナツミは片眉を上げてすげなく言う。
「無理」
「ですよね〜」
俺たちは肩を落としたが、ナツミはすぐに真顔に戻ってこう続けた。
「でも、チアキちゃんが死ぬリスクを負うより、100倍よくない?」
ぐうの音も出ません。
たしかに、空間魔法という希少スキル持ちであるチアキが倒れたら、俺たちの探索そのものが崩壊しかねない。それを思えば──
「買います!!」
「よろしい。それと、チアキちゃんは近接戦闘しないでしょ。だから武器はこれで十分ね」
ナツミが取り出したのは、刃の短いナイフ。特に目立つ装飾もないが、見るからに切れ味が良さそうだった。
「護身用に、ってことで。30万くらいの、まぁ普通のやつ」
「500からの30だと、もはや安く感じてしまうマジック。買わさせていただきます」
チアキの装備は、こうして530万円で決定された。
「次はコハルちゃんね。はい、これ!」
ナツミが軽やかに取り出した装備は─ビキニだった。
いや、ビキニというよりもビキニアーマーという名の、ほぼビキニ。
素材はなんかそれっぽい金属があしらわれていて、確かに装備感はある。
が、防御力がありそうには到底思えない。
そして──なんだか色々とはみ出しそうだ。
どこがとは言わんが。
「どエロい……」
思わず口をついて出た感想に、隣のブタオも黙って頷いている。
うん、これは完全にそういうやつだ。
「いやいやいやいや!!!」
顔を真っ赤にしたコハルが、勢いよく両手を振って拒否反応を示した。
「こんなん着たら恥ずかしくて死ぬっス! しかも紙装甲っスよコレ! 絶対に着ないっス!!」
「冗談よ冗談。ふふ」
ナツミが肩をすくめながら笑う。
どうやらからかっただけらしい。
「あなたもチアキちゃんと一緒でいいんじゃないかしら? スキルは念力なんだから武器を持つ必要はないと思うけど、念のために護身用のナイフは持っておきなさい」
「ふう……びっくりしたっス……」
コハルが胸をなでおろすと、すかさずブタオが乗ってきた。
「コハル、100出すからビキニアーマー着てくれ」
「100億ッスか!?」
「100円だ」
「却下っス!!」
「ブタオ……お前の気持ちはわかるぞ……!!」
俺が心の中でそっと賛同する。
が、叶わぬ夢だ。
それにしても──
「というか、チアキのローブが500万で、コハルのも同じってことは……2人で1060万……」
「……全然、払えてしまうんだよなぁ」
今日稼いだ額を思い出して、軽く戦慄する。
ゴブリンって儲かる。
「じゃあ、ボンとブタオはすっごい平均的なレザーアーマーでいいかしら?」
ナツミが台車の中からゴソゴソと取り出したのは、無骨で地味な茶色いレザーアーマーだった。
特に飾りもなければ、オーラも感じない。
ただ、堅そう。それだけ。
「武器もこの、頑丈以外に取り柄がない槍で」
「ええー!? なんか男どもだけ適当すぎるーー!!」
「ずるいぞー! 女子にはちゃんと見繕って男子には適当だなんてー!」
ボンとブタオが揃って文句を垂れるが、ナツミはぴしゃりと切り捨てた。
「うるさいわね。結局、コハルちゃんの念力だよりなんだから、あんたらは万が一の時の壁よ。壁」
「ぐぬぬぬぬ……!」
「な、何も言い返せねぇ……!」
「でも、でも……もっとかっこいいのがいいーー!」
二人がブーブーと文句を言い続ける中、ナツミが「はぁ」と溜息をつきながら、もう台車の中から何かを取り出してきた。
「これならどう?」
黒いローブを二つ。
ぱっと見、シンプルな作りだが、繊維には何か特殊な加工がされているのか、鈍い光を放っている。
「これは魔法防御力が全然ないけど、物理攻撃にはちょっと強いわよ。少なくとも、魔物に噛みつかれてもちぎれないわ。ローブは」
「中身はちぎれるんかい!」
「……でも、チアキとコハルのローブと逆の色で、モノクロっぽくて良くないか?」
「なんかかっこいい気がしてきたから、コレ買います!」
俺とブタオは満足げに頷いた。
「1つ250万ね」
さらっと言われた金額に、またもや俺たちの背筋がピンと伸びた。
「え……えええええええ……?」
さっきまで文句言ってたけど、すでに俺たち、買う気満々だったので、なんだか断れない空気。
「今日の稼ぎ全部飛んだな」
「装備って……高いのな……」
誰ともなく漏らしたその言葉が、妙にしみじみと響いた。
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現在のゴブリン牧場の状況(996匹)
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・ゴブタロウ檻(ゴブタロウ + メス214匹)
ハイメス182匹
ハイメス赤ちゃん32匹
・スカー檻(スカー + ハイメス20匹)
ハイメス19匹
ハイメス赤ちゃん1匹
・チビ檻(チビ + ハイメス20匹)
ハイメス19匹
ハイメス赤ちゃん1匹
・檻B(198匹)
ハイゴブリンオス赤ちゃん137匹
マジシャン赤ちゃん31匹
ファイター赤ちゃん30匹
・ヤリ檻(55匹)
マジシャン13匹
ファイター12匹
ハイメス30匹
・探索部隊(486匹)
ハイオス335匹
マジシャン66匹
ファイター65匹
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