第70話: 意思疎通を試してみる
昼過ぎ、管理所のロビーで俺たちはのんびりと待っていた。
昼食後のまったりとした空気が漂う中、静けさを破るように、駐車場の方からエンジンの音が響いてくる。
「おっ、来たな」
ブタオが窓の外を覗き込むと、軽トラがが見えた。
ナツミだ。軽トラの荷台には、昨日と同じく火鉱石の盾が積まれているのがチラリと見えた。
俺たちはそそくさと外に出て、彼女を迎えた。
軽トラの窓がガコンと下がり、ナツミの笑顔が覗く。
「ごめーん! 盾なんて大きいもの、何十個も一気に持ってこれないわ! 今日は10個だけ持ってきたよー!」
元気いっぱいの声に、俺は思わず笑った。
「そりゃそうだわな……軽トラで一気に全部ってのは無茶だ」
俺は肩をすくめ、ナツミに気を使わせないように手を振った。
「いや、いいよいいよ! 残りはあとで取りに行くわ。チアキが」
<!?>
即座にチアキからチャットが飛んできた。
「いやさ、俺たちが行っても意味ないかなって……運搬とかチアキの空間魔法に任せた方が効率的じゃん?」
<……それはそうですけど>
チアキの返答には微妙な困惑が滲んでいたが、俺は流すために手をパンと叩いた。
「まあまあ、細かいことは気にするな! よし、チアキ。荷台に乗ってる盾を回収してくれー!」
<了解です……>
チアキが静かに歩み寄り、手を掲げる。
淡い光が盾の周囲に灯り、シュッと空間に吸い込まれるように盾たちは消えた。
ナツミはその光景を見て、感心したようにふんふんと頷いていた。
「さて、じゃあ全員でダンジョンに入るか」
「おう!」
俺たちは勢いよく管理所を後にし、ダンジョンゲートへと向かう。
ふと、その足で歩きながら思った。
「……そういや、ゆきは特に何にも言ってこないな。新しいメンバーが増えても問題ないのか?」
ナツミが加わったことで、何か質問されるかと思ったが、ゆきはいつも通り淡々と事務をこなしているだけだった。
「……まあ、いいか」
小さくつぶやき、俺たちはそのままダンジョンの中へと歩を進めた。
ダンジョンの中、大部屋への通路を抜けると、むわっとした熱気とゴブリンたちの鳴き声が迎えてきた。薄
暗い空間に響くその声は、どこか活気に満ちていて、俺は少しだけホッとした気分になる。
「おお、結構帰ってきてるな」
大部屋を見渡すと、視界のあちこちにゴブリンたちの姿があった。
ざっと見積もっても、100匹以上はいる。
前回より随分戻りがいい。
これが盾の効果なのか、それともゴブリンマジシャンとゴブリンファイターを2匹ずつ編成したのが良かったのか……。
どっちもかな?
「よし、種族ごとに並ばせよう!」
声を張り上げると、ゴブリンたちはギャギャと鳴きながら慣れた動きで整列を始めた。
俺とブタオ、コハルが前に出て、それぞれの数を数えていく。
ハイゴブリン、83匹
マジシャン、31匹
ファイター、31匹
結構生き残ったな。
「……ってことは、ハイゴブリンは10匹減ったか。マジシャンとファイターは1匹ずつ」
ブタオがファイターたちの列に目をやり、ポンと手を叩いた。
「でもよ、盾持ってたファイターは5匹、ちゃんと戻ってきてるわ」
「……ノー装備のやつが死んだんだな。ならヨシ!」
俺は胸の中でガッツポーズし、次の作業に移る。
「魔石の入ったエナメルバッグ、持ってこーい!」
俺の号令に応え、ゴブリンたちがわらわらと動き始める。
回収係たちが列を作り、エナメルバッグを次々と俺たちの前に運び出す。その動きはもう熟練のものだ。
確認すると、エナメルバッグは16個、すべて揃っていた。
「ゲッヘッヘ……この数なら、今日も1000万は堅いなぁ……!」
俺は思わず笑みをこぼし、重さを感じさせるエナメルバッグの列を見て、心の中で小さくガッツポーズを決めた。
「さて……今日は実験をする!」
俺の突然の宣言に、ブタオが眉をひそめて聞き返す。
「なんの実験だ?」
俺はにやりと笑った。
「ゴブリンとの意思疎通だ!」
「ああ……忘れてたっス、そんなの。そういやそんなスキル手に入れてたっスね」
ブタオも「確かにあったな……」と頭をぽりぽりとかいていた。
「俺も昨日確認するのすっかり忘れてたわ……でもな、それでわかった。これは意識的にやろうとしない限りは発動しないんだ。パッシブじゃなくて助かった……!」
急にゴブリンたちの不満とかぶつけられなくてよかったぜ。
「それじゃあ……記念すべき初回はゴブタロウと意思疎通を試みる!」
俺の言葉に、ブタオが面白そうに頷いた。
「おー、確かにあいつ、何考えてんのか気になるな」
「初期からずっと檻の中っスもんね。実は外に出たいかもしれないっス」
<気になりますね……>
チアキのチャットも届く。
そのとき、ナツミが首をかしげた。
「ん? 何すんの?」
「俺のスキルでな、飼育してる魔物と意思疎通できるようになったんだ。それをこれから試してみるとこ」
「へぇー、おもしろそうじゃん! やってやって!」
ナツミの目が好奇心で輝いていた。
「うむ、行くぞ!」
俺はゴブタロウの檻の前まで歩いていき、深呼吸をひとつして話しかけた。
「ゴブタロウ! 聞こえるか!」
檻の中でゴロゴロと横になっていたゴブタロウが、面倒くさそうに上半身を起こし、眠たげな目でこちらを見た。
その瞬間、俺の頭の中に響く声。
『……昼寝してるから静かにしてくれ』
「……あ、なんか……ごめんな? 寝てていいよ」
俺はそっとその場で手を挙げ、声をかけるのをやめた。
「なんて言ったんだ? 俺には『ギャ』としか聞こえなかったぞ?」
ブタオが不思議そうに首をかしげる。コハルも「私もっス」と首を振った。
「えーと……昼寝してるから静かにしててほしいってさ……」
「……お、おう」
微妙な空気が流れたが、コハルが笑いながら言った。
「でも、意思疎通できたっスね!」
「そ、そうだな! よし、他のゴブリンにもやってみるか!」
俺は新たな期待を胸に、次のゴブリンの元へ向かうのだった。
「……よし、次はチビだな」
俺は檻の前まで歩き、鉄格子の向こうで座ってぼーっとしているチビに声をかけた。
「おーい、チビー。元気にしてるかー?」
チビはぱちくりと瞬きをし、こちらに気づくと慌てたように背筋を伸ばし、きちんと座り直した。
そして──頭の中に響く、しっかりとした声。
『お疲れ様です! 何かご用でしょうか!』
お、おお……まるで体育会系の後輩みたいな返答が返ってきた。
「いや、特に用はないんだけどさ……。なんか、ほしいものとか、要望とかないか?」
するとチビの声が驚いたように響いてくる。
『あれ!? こっちの言ってることがわかるんですか!?』
「俺のスキルでな、意思疎通できるようになったんだよ」
『それはすごいです! えっと……ほしいものですか……。特にないですね』
「ないのか」
『ないです』
「……」
『……』
無言。
「……あー、なんかあれば話しかけてくれ」
『わかりました!』
チビは真剣な表情のまま、ぺこりと頭を下げていた。
俺は檻の外に戻り、ブタオたちに報告した。
「なんか……すごい慕ってくる後輩みたいなやつだったわ。特にほしいものとかないってさ」
ブタオは「そんなもんか」と言い、コハルも「後輩とかイメージ通りっス」と頷いた。
<今度はスカーさんに話しかけてみましょう!>
チアキからのチャットが飛んでくる。
「よし……スカーだな」
スカーの檻の前に行くと、彼はあぐらをかいて落ち着いた様子で座っていた。
近寄ると、ゆっくりと目を開き、こちらを見据えてくる。
「スカー。元気かー?」
『……うむ。ご主人、我らの声が聞こえるようになったのだな。聞こえていたぞ』
……なんだこの落ち着きと威厳。まるで武士みたいな口調だ。
「あー……そうなんだよな。えっと……なんか、ほしいものとか……ある?」
『ない』
即答だった。
「あ、そう……今の生活に不満とかは?」
『ない。好きに雌と交わり、生命の安全も保障されている。これこそが幸福というものよ』
あー……要するにヤレれば幸せってことか。
「……ヤレれば幸せってこと?」
『うむ!』
スカーは堂々と胸を張り、力強く頷いた。
俺は檻を離れながらブタオに報告した。
「不満とかなくて、メスとヤレれば満足だってさ」
ブタオは思わず笑って「そりゃあ……理解できるわ」とうなずいた。
「……俺も理解できる」
そのやりとりにコハルが呆れたように眉をひそめた。
「男って……不潔っスー」
<どんな種族でも雄は雄ということですか>
チアキの冷静なチャットが飛び、ナツミはその場で腹を抱えて爆笑していた。
「……いや、ナツミさん、そんなにツボる?」
「だって! なんかゴブリンたちの生態が人間臭すぎて面白すぎるんだもん!」
俺たちはなんとなく気が抜け、場の空気がふわっと和んだのだった。
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現在のゴブリン牧場の状況(470匹)
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・ゴブタロウ檻(ゴブタロウ + メス155匹)
ハイメス131匹
ハイメス赤ちゃん24匹
・スカー檻(スカー + ハイメス17匹)
ハイメス16匹
ハイメス赤ちゃん1匹
・チビ檻(チビ + ハイメス17匹)
ハイメス16匹
ハイメス赤ちゃん1匹
・檻B(121匹)
ハイゴブリンオス赤ちゃん91匹
マジシャン赤ちゃん15匹
ファイター赤ちゃん15匹
・探索部隊(145匹)
ハイオス83匹
マジシャン31匹
ファイター31匹
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