第53話: コハルさん、やりすぎです
「……ここは、俺が代わりにガツンと言ってやるか……」
一瞬そう思って、半歩前に出かけたが──
「いや、違うな」
俺は足を止め、隣のコハルに目をやった。
「コハル。あのハイゴブリン……見せしめに殺しちゃって」
「……ええええっ!? いいんスか!? ボンさんが指示すれば、きっと言うこと聞くと思うんスけど……」
コハルは素っ頓狂な声を上げて俺を見つめた。
だが、俺はあえてきっぱりと首を横に振る。
「ダメだ。チームの指揮はスカーがやるって決めたんだ。リーダーの命令に従わない奴がいれば、そいつはもう組織にとっての障害だ。問題児はいらん」
しばしの沈黙ののち、コハルはニッと笑って片手をあげた。
「りょ、了解っス!」
そのまま右手を前に突き出し、軽く指先を動かす。
無反応だったあのハイゴブリンが、突如としてふわりと浮かび上がる。
地面からおよそ2メートルほどの高さで、まるで見えない糸に吊るされたかのように宙に浮いた。
ハイゴブリンはバタバタと空中で暴れている。
「じゃ、いくっスね~」
そう言った直後、コハルの指先がすっと下に動いた。
──ドンッ!!
鈍い音とともに、ハイゴブリンが地面に叩きつけられた。
土と埃が舞い上がり、周囲のゴブリンたちがびくりと反応する。
「うわーお。お、生きてるな……さすがハイゴブリン、頑丈だ」
苦悶の表情を浮かべながらも身じろぎするハイゴブリンを見て、俺は思わず唸った。
「頑丈っスね~」
コハルは楽しげに呟き、もう一度指を持ち上げ──そして振り下ろす。
──ガンッ!
──バゴッ!
──ドドッ!
容赦なく繰り返される地面への激突。
ハイゴブリンは受け身をとることもできず、まるで餅をつくように叩きつけられる。
「ちょ、コハルちゃん……あんた、残酷すぎるぜ……」
思わずブタオが横で呟いた。
だが、止まらない。コハルは何かに取り憑かれたように、冷静かつ無表情で手を動かし続ける。
「念力って……最恐スキルですね……」
俺の言葉に応えるように、最後の一撃が打ち込まれた。
ビタン、と重たい音がして、ハイゴブリンは動かなくなった。
沈黙が降りた。
あれだけ騒がしかったゴブリンたちが──全員、黙っていた。
武器を持ったまま、仲間の死体を見下ろし、そしてその視線は徐々にコハルへと集まっていく。
「…………」
驚愕。
畏怖。
そして、確かな恐怖。
誰一人、声を上げる者はいなかった。
俺も少し唾を飲み込みつつ、思った。
コハルさーーん!!
やりすぎですーーーー!!!!
「よ、よし……! 見ただろ! スカーの命令に従わない奴はこうなる! 絶対にスカーの指示を聞くように!」
俺がそう叫ぶと──
「「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!!」」
ホブゴブリンたちが声を揃えて大声で返事した。統率の取れた返答に、俺も思わず「おおっ」と声を漏らす。
「……今までで一番いい返事が返ってきたな」
「ぎゃ」
スカーがこちらに一歩進み出て、ぺこりと小さく頭を下げた。
「……え、感謝してんの? いや、日本人みたいだな」
そんな律儀なゴブリン初めて見たぞ。
あの件のハイゴブリンが死んだことで、数は1匹減って──
「これで……ハイゴブリンは20匹か」
スカーはすぐさま態勢を立て直し、残ったメンバーで20チームを編成していった。
各チームに1匹ずつハイゴブリンが配置される形だ。指示も的確で、手際も良い。
まるでプロの軍曹。
しばらくして、チームを整え終えたスカーが「ギャ!」と号令を飛ばし、ゴブリンたちはぞろぞろと探索へと向かっていった。
「いやーコハルちゃん、残虐だったなー」
ブタオが呟く。
「ええええ!? でもボンさんが指示したんじゃないっスか!?」
コハルはまるで冤罪を主張する無実の人みたいに手を振って抗議する。
「いやいや、あれは実行犯の方が怖いって……」
ブタオがブルブルと頭を振った。
「俺、絶対にコハルちゃんを怒らせないことをここに誓います」
敬礼までしてる。
<こ、怖かったです……コハルさん、笑顔でしたよ……>
チアキのチャットが入ってきた。うん、俺も同感だ。
「いや~、久しぶりに荷物持ち以外で念力使うことになったから、つい張り切っちゃったっス!」
自分でもテンションが上がっていたのだろう、コハルはニコニコしながら言う。
「……ほ、ほどほどにね?」
俺たちは檻Aに移動し、出産を終えたメスゴブリンたちの間を見て回る。
転がっている赤ちゃんたちは、いつものようにオスが大半だ。
「よーし、赤ちゃんオスは全部、檻Bに移動させロー」
メスゴブリンたちも慣れたもので、ブタオが作ったトンネルに赤ちゃんを流し込んでいく。
「うむ、今日も大量である」
一通り移動を終え、俺は腰に手を当てて一息ついた。
「よーし、帰るかー」
そう言った時だった。
「……あ、ハイゴブリンの魔石取らないっス?」
コハルが指差した先には、さっき倒したハイゴブリンの死体が転がっていた。
「あっぶね、完全に忘れてた。取っとくか」
「ブタオ、ナイフくれ」
「おう」
ブタオが地面に手をつけ、土魔法で短剣を作り出す。
小さくても刃は鋭く、しっかりした造りだ。
俺はそのナイフで、慎重にハイゴブリンの胸元を切開する。
少し探ると、いつものように、きらりと光る魔石が姿を現した。
「……ほう。他のゴブリンとサイズは同じくらいだけど、色が違うな。青みが強くて、輝きも良い。質が良さそうだ」
「じゃ、今度こそ戻るぞー。コハル、魔石の運搬お願いねー」
「任せといてっス!」
魔石の詰まったビニール袋とハイゴブリンの魔石が空中をふわふわと運ばれていく。
俺たちはその後を歩いて、管理所へと戻った。
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管理所に入ると、ゆきがいつもの位置で出迎えた。
「おかえりー」
「ただいまです。今日はちょっと見てほしいのがありまして」
俺はハイゴブリンの魔石を差し出した。
「これ……もしかしてハイゴブリンの魔石?」
「そうですね。実は昨日から、ハイゴブリンも生まれるようになったんですよ」
「あ、伝え忘れてたっス!」
「いや、普通に衝撃なんだけど……ちょっと見てみるね」
ゆきは驚いた顔のまま、魔石を例の換金機に入れる。数秒後、ディスプレイに金額が表示された。
「3万円だね」
「ふぉぉぉぉぉおぉ!! 3万円!? あの1個で!?」
「すげぇぇぇ!!」
「高いっス!」
<すごいです!>
驚きの声が次々と上がる。
1人はチャットだが。
「今日、ハイゴブリンが21匹いたけど……それだけで63万円かよ!? 昨日の収益の半分を一気に稼げるじゃん!」
テンションが上がったまま、続けて他の魔石も換金してもらう。袋の山をひとつずつ機械に流し込み、最終的に──
「1123個で……142万1000円だね」
「うむうむ。今日もよく稼げたのぉ」
「作業時間、1時間くらいっスよね? この稼ぎはやばいっス」
「よし、じゃあ今日はここまで。解散解散ー!」
今日も青梅ダンジョンは、俺たちにとって宝の山だった。
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現在のゴブリン牧場の状況(1980匹)
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・檻A(ゴブタロウ + メス1016匹)
メス228匹
ハーフメス414匹
ホブメス163匹
ハイメス13匹
ハーフメス赤ちゃん121匹
ホブメス赤ちゃん58匹
ハイメス赤ちゃん19匹
・檻B(470匹)
ハーフオス253匹
ホブオス176匹
ハイオス29匹
・探索部隊(494匹)
ハーフオス301匹
ホブオス192匹
ハイオス21匹
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