第52話: スカー、世知辛い
昼過ぎ、俺たちは青梅ダンジョンの管理所に到着した。
「さて、行くか」
管理所でゆきに一言声をかけたあと、俺たちはいつものようにダンジョンの奥、大部屋へと足を運んだ。
むわっとした空気とともに、ほんのり獣臭い匂いが鼻を突く。
いつも通りの、ゴブリン牧場の香りだ。
「……あれ?」
視界の先、広々とした大部屋の奥。
檻の周囲に集まっているのは、全員、ホブゴブリンのようだった。
背が高く、がっしりとした体格、手には剣や槍を構え、目つきも鋭い。
「え? 魔石回収係、いなくね?」
俺は思わず声を漏らした。
「やべー……回収係、全滅してる?」
焦りながら周囲を見渡すと、チアキが檻の手前を指差した。
<あれ、袋が山になってますよ!>
「えっ?」
そこには、ビニール袋が十数個、ドサッと積まれていた。
表面には血のような赤黒い染みがこびりついているが、破れはなく、ずっしりと中身が詰まっているのがわかる。
「あっぶねー……持って帰ってはきてたのか。よかったぁ……」
安堵の息をついた俺の前に、のしのしと歩いてくる二匹の姿があった。
一匹は、頬に大きな切り傷を持つホブゴブリン──スカー。
そしてもう一匹は、小柄ながらも目つきの鋭い、我らが魔石回収エース──チビだった。
「おお、お前ら戻ってきてたのか。よかったよかった!」
二匹とも俺の呼びかけに小さく「ギャ」と返す。
なんだろう、最近のゴブリンたちは、明らかに知性が増してきてる気がする。
「──よし!お前ら、集合ーっ!」
俺が声を張り上げると、大部屋のそこかしこにいたホブゴブリンたちが、一斉にこちらへ集まってくる。
ドシッ、ドシッと足音を鳴らし、金属の擦れる音を響かせながら、50匹近いホブゴブリンたちが俺たちを取り囲むように整列した。
「おお……なんか、すげぇな……」
彼らの手には、それぞれ錆びた剣や先の欠けた槍、柄の短い棍棒など、ボロボロながらも立派な武器が握られていた。
中には、どこから調達してきたのか、鉄の胸当てや脛当てを身につけている個体もいる。
防具というにはあまりにも雑だが、装備という概念を理解し始めていることが何より驚きだった。
そして何より──
「……みんな、股間隠してる……」
腰布。全員が、何らかの布を巻いて、しっかりと股間を覆っていたのだ。
今までのゴブリンたちは、裸が当たり前。
ブランブランさせながら走り回っていた。だが、今目の前に並ぶホブゴブリンたちは、まるで戦士だ。
羞恥心や社会性が芽生えているようにしか思えない。
なんかごめんな?
お前らにもプライドがあったんだな。
俺は内心で謝っといた。
「よーし、魔石を持ってきてくれー」
俺の呼びかけに、スカーが素早く反応する。
鋭く短く「ギャッ」と声を発すると、彼の後ろに控えていた数匹のホブゴブリンたちが動き出した。
彼らは檻の端に積まれていたビニール袋に手をかけ、ズルズルと俺たちの前まで運んでくる。
ゴブリンサイズにはやや重そうだが、彼らの筋肉質な腕が難なくそれを支えているのを見て、戦力としての成長も感じずにはいられない。
「サンキュー……っと」
俺は一袋を持ち上げてみた。ズシリとした重み。
肩にかけると、その中身の密度が手に伝わってくる。
「おお、これは……昨日よりちょっと多いか? たぶん、55から……65個くらいかな?」
ビニール袋の中では、魔石がカラカラと音を立て、陽光を反射して赤黒く鈍く光っていた。
「じゃあ次な。檻Bの奴らは──出てこい!」
俺が指を鳴らすと、土魔法で形作った檻の扉がぐいっと開く。
中から出撃待機組のゴブリンたちが、ぞろぞろと大部屋へ姿を現した。
その数は膨大だった。
「うじゃうじゃ……ゴキさんみたいですね……」
出てきたゴブリンたちにスカーが声を次から次へとかけ、規則正しく隊列を組むように並び始めるゴブリンたち。
ざっと見ただけで、300、いやそれ以上はいる。
チアキが小声でカウントしながら、手元のメモに数字を走らせる。
「……ハーフオス、301匹……オブオス、172匹……」
「マジか、500匹近くいんじゃん……」
圧巻の数だった。だが、異変に気づいたのはそのときだった。
「……あれ?」
何かが違う。
視界の端に、明らかに異質な体格のゴブリンがいた。肩幅が広く、腕が太く、何より姿勢がいい。
皮膚は通常よりも濃く、筋肉の盛り上がりが段違いだった。
「……細マッチョ!? あいつ……ハイゴブリンか!?」
慌てて近づいて見れば、やはりそうだった。
背丈はホブゴブリンよりもわずかに低いが、引き締まった筋肉、鋭い目つき、そして何より──威圧感が違う。
「すげぇ……本当に生まれてんのか、ハイゴブリン……!」
さらに俺はもうひとつの異変に気づいた。
「あれ、普通の……ノーマルのゴブリン、いなくね?」
「確かにいねーな」
何度見直しても、通常のゴブリン種──1階層で出会う種類のゴブリンが一匹もいない。
いるのはすべて、ホブ、ハーフ、そしてハイ。
「ってことは……ゴブタロウ、ハイゴブリンが通常種と交配しても、ハーフ以上しか生まれなくなってる……?」
「これはありがたいっスね!」
目の前の景色が、繁殖のフェーズが完全に次の段階へと移行したことを如実に物語っていた。
「確かに、ありがてぇ……」
これなら個体管理も楽になるし、戦力の質も担保できる。
チアキがざっと最終的な数をまとめる。
<ハイゴブリン21匹。あわせて494匹ですね!>
「よし、ハイゴブリンが1チームに1匹は欲しい。ってことは、21チームか。1チーム25匹……ギリだな」
俺はスカーに振り返り、軽く顎で指示を出す。
「スカー、あとは頼んだ」
「ギャッ」
スカーは返事をすると、一歩前に出て両手を広げ、大きく声を張り上げた。ゴブリン語で何やら指示を飛ばし始めると、ホブたちが動き出す。だが──
「……お?」
スカーの命令に従わず、突っ立ったまま動かない個体がいた。
そいつは、他のハイゴブリンとは違う──目が合っても、眉一つ動かさず、気だるげ表情を浮かべていた。
「……スカー、どうした?」
スカーは、眉を寄せてチラリとこちらを見る。
なんとも言えない、微妙な表情だ。
気まずそうに、でもどうにもできない、というような──
「……あっ!」
俺は思わず声を漏らした。
「これは……新人に優秀なやつが入ってきて、指示が出しづらい社会人あるあるのアレだ!」
ゴブリンにもこの現象があるのか。
世知辛いなー。
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現在のゴブリン牧場の状況(1233匹)
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・檻A(ゴブタロウ + メス808匹)
ゴブタロウ
メス228匹
ハーフメス309匹
ホブメス112匹
ハーフメス赤ちゃん105匹
ホブメス赤ちゃん51匹
ハイメス赤ちゃん13匹
・檻B(0匹)
ハーフオス0匹
ホブオス0匹
ハイオス0匹
・探索部隊(494匹)
ハーフオス301匹
ホブオス172匹
ハイオス21匹
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