第4話: ゴブリンさんと初戦闘
スキル確認から、二日後──
ブタオのタクシー勤務がたまたま休みだった俺たちは、
青梅に向かうことにした。
目的地は、
【青梅ダンジョンゲート管理所】。
都心の喧騒とは打って変わって、
道中はひたすらのどかな景色が続く。
コンビニもない。
信号もほとんどない。
代わりに、田んぼと低い山ばかり。
「……マジで、こんなとこにダンジョンあるのかよ」
運転席のブタオが、ハンドルを握りながらぼやく。
「あるらしいぞ。
ただし、人はほとんど来ないらしいけどな」
「まあ、あの渋谷の大混雑よりはマシか……」
ダラダラとそんな会話をしながら、
俺たちは山道を登っていった。
ナビが「目的地周辺です」と告げた頃、
前方に、小さな建物が見えてきた。
白いペンキが剥げかけたプレハブ事務所。
看板には、かろうじて読める字で【青梅ダンジョンゲート管理所】と書かれている。
──思ってた以上に、しょぼい。
「……うわ、マジでプレハブじゃん」
「……ていうか、人の気配がねぇ」
駐車場には、ボロい軽トラが一台ぽつんと停まっているだけだった。
都会とは別世界。
──ここが、俺たちの新たな挑戦の地だ。
俺たちは顔を見合わせ、
深呼吸して、車を降りた。
ガチャリ。
プレハブのドアを開けると、
乾いたドアベルが虚しく鳴った。
中にいたのは、スマホをいじる受付嬢がひとりだけ。
静かな空間に、スマホゲームの効果音だけが響いていた。
---
こっちに気づいているはずなのに、
女の子はスマホから顔も上げない。
(……マジでやる気ねぇな)
俺たちは顔を見合わせ、
とりあえず受付カウンターに近づいた。
「……すみません、ダンジョン利用したいんですけど」
俺が声をかけると、
ようやく受付嬢はスマホをテーブルに置いた。
「あー……初回?」
「いえ、渋谷で登録済みです」
「あっそー。
じゃ、IDカード見せてー」
だるそうな声に従って、
俺とブタオは本登録のIDカードをそれぞれ差し出した。
受付嬢はちらっと確認すると、
無造作に奥を指差す。
「あっちの扉。
中にゲートあるから、勝手にどうぞー」
「……ありがとうございます」
一応礼は言ったが、
正直、拍子抜けするくらいのやる気のなさだった。
俺たちは小さくうなずき合い、
指差された奥のドアへ向かった。
ドアを押し開けると──
そこには、
黒い石枠でできたゲートが、
静かに佇んでいた。
裸電球のかすかな光を受けて、
ゲートの輪郭だけがぼんやりと浮かび上がる。
渋谷ダンジョンとは、まるで違う。
静かで、暗くて、誰もいない。
「……すげぇな」
ブタオがぽつりとつぶやく。
「管理、これでいいのかよ……」
思わず俺もつぶやき返した。
けど──
ここが、俺たちの新しいスタート地点だ。
(──行くか)
無言でうなずき合い、
俺たちはゲートへと歩き出した。
黒い石枠の前に立つと、
冷たい空気が肌を刺した。
(……いくぞ)
心の中で呟きながら、
そっとゲートに手を伸ばす。
次の瞬間、
視界がぐにゃりと歪んだ。
ふわりと体が浮くような感覚──
──そして。
足元が、硬い石畳に変わった。
周囲を見渡すと、
そこは、狭く湿った岩の回廊だった。
壁も、天井も、床も、
すべて自然のまま削り出したようなゴツゴツした岩でできている。
かすかに水滴が落ちる音だけが響く、
静かな空間。
(……渋谷とは、まるで違うな)
あそこは明るくて、観光地みたいな賑わいがあった。
ここは──
人気もなく、静かで、空気が重い。
何より、
どこか生臭い匂いが、微かに鼻を刺していた。
「……気をつけろよ、ブタオ」
「お、おう……」
ブタオの声にも、自然と緊張が滲む。
俺たちは、バットを手に、
そろりそろりと岩の回廊を進み始めた。
闇の奥から、
なにかがこちらを見ているような錯覚に襲われながら──
俺たちは、
青梅ダンジョン、第一層を進み始めた。
---
湿った岩の回廊を、俺たちはそろそろと進んでいた。
そのとき──
──カサッ。
微かな物音。
「ッ!」
俺とブタオは同時に振り返った。
奥の暗闇から、
土色の小さな影が飛び出してきた。
鋭い牙、ぎらつく目。
錆びたナイフを握りしめたゴブリンだ。
「うわっ、来た!」
「マジかよ……!」
思わず二人してバットを構えるが、
足がすくんで動けない。
「ど、どうすんだよ!?」
「し、しらねえよ!」
ゴブリンはギャギャッと叫びながら、こちらに迫ってくる。
そのとき、俺は思わず叫んだ。
「ブタオ!ストーンバレットだ!」
「……ストーンバレットってなんだよ!?」
「土の弾丸飛ばすんだよ!常識だろ!?」
「アニメの話だろうが!現実でそんなもん使えんのかよ!」
「いいからやってみろって!」
ブタオは顔を引きつらせながら、
両手を前に突き出した。
その指先で、土の粒がぐるぐると回転し始め、
やがて拳大の泥団子が空中に浮かび上がった。
「いっけー!!」
ブタオが叫びながら、泥団子を発射する──
……が。
ポトッ。
泥団子は3メートルも飛ばずに、あっけなく地面に落ちた。
場が静まり返る。
ゴブリン。
ブタオ。
俺。
三者三様に無表情で、固まる。
(……終わった)
そんな確信とともに、
俺とブタオは顔を見合わせ、次の瞬間。
「逃げろおおお!!」
「うわああああ!!」
叫びながら、全力で背を向けた。
バタバタと岩の回廊を駆け抜ける。
「使えな!!お前の土魔法使えな!!」
「ウルセェな!!戦えない飼育よりマシだろ!!」
「くっそ、どっちもゴミかよ!!」
後ろからは、ギャギャギャ!とゴブリンの甲高い声と足音が追ってくる。
「く、くるなぁぁぁ!」
ブタオが必死で振り返りざま、
ゴブリンの足元に向かって両手を突き出した。
ボコッ!
小さな土の出っ張りが盛り上がり、
ゴブリンの足が引っかかる。
ズサァッ!
ゴブリンが勢いよく転倒した。
俺とブタオは顔を見合わせ、何をすべきが言葉を交わさずとも理解した。
「「今だぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」
金属バットを振りかぶって、
必死にゴブリンをタコ殴りにした。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
「おらああああああ!」
ガン!
「もう来んなぁぁぁぁ!」
ガン!
「ちょっと漏らしちゃっただろうがあああ!」
ガン!
「今ので体重十キロは痩せたわぁぁぁ!」
ガン!
「んなわけないだろお前はデブのままだあああ!」
ガン!
「帰ったらおれ焼肉食うんだぁぁぁ!」
ガン!
「フラグ立てんなあああ!」
ガン!
数十回は叩いただろうか。
ゴブリンはぴくりとも動かなかった。
俺たちは、肩で息をしながら、
ぐったりとその場にへたり込んだ。
「……や、やったか」
「……殺した……」
震える手でバットを握りしめながら、
俺たちはゴブリンの死骸を見下ろした。
息が上がって苦しい。
汗が顔をつたって滴り落ちる。
ブタオも汗だくだ。
というかちょっと臭い。
あ、こっち近寄らないでください。
「お前、漏らしたの?」
ちょっとだよ、ちょっと!




