第3話: スキル確認
「よし……帰るか」
俺は、うっすら汗ばんだ手でバットを握り直した。
たった一匹のスライムを倒しただけなのに、
こんなに疲れるとはな。
──でも、これで第一歩だ。
人混みをかき分けながら、
俺たちはダンジョンの入口ゲートへ向かって歩き出した。
地味な岩の回廊を、ひたすら進む。
途中、すれ違う連中は皆、浮かれていた。
「やったー!スキルゲットしたー!」
制服姿の高校生が、バットを振り回しながら叫んでいる。
「うぇー、スライム気持ち悪い……マジ無理……」
女子大生っぽい二人組が、キャーキャー言いながら後ずさっている。
「俺のスキル……『爪強化(小)』とか、マジで使い道ねぇ……」
フリーター風の男が、壁にもたれかかりながら、がっくり肩を落としていた。
──スキルは必ず手に入る。
だが、強いとは限らない。
(……まあ、現実はそんなもんか)
そんなことを思いながら、
俺たちは一時間かけて、ようやく入口ゲートまでたどり着いた。
目の前に広がる、黒い闇のゲート。
ここをくぐれば、元の世界だ。
「行くぞ、ブタオ」
「ああ……」
二人並んで、ゲートへと踏み込んだ。
視界が一瞬、白く弾け──
──次の瞬間、
俺たちは【渋谷ダンジョンゲートビル】の中に戻っていた。
無機質な白い壁。
天井に張り巡らされた監視カメラ。
乾いた空気。
周囲には、同じように帰還した冒険者たちがちらほらといる。
そして、ゲート出口のすぐ脇には、
厳重に設置された【魔石売却カウンター】。
無愛想な係員たちが並び、
一人一人、魔石を回収している。
(──ここで売らないと、外には出られない)
そんなルールが、ビル内には徹底されていた。
「とりあえず、売るしかねぇな……」
「だな」
俺たちは、軽くため息をつきながらカウンターに向かった。
受付の男は、無表情で言った。
「魔石を出してください」
というか少し疲れてそうに見える。
これだけ人が多いと作業も大変なんだろうな。
俺とブタオは、それぞれポケットから魔石を取り出した。
──半透明で、ぷるぷるとしたゼリーみたいな石。
これが、スライムの心臓部。
今日、俺たちが必死に手に入れた戦利品だ。
「2個、ですね。スライム魔石。
一個100円。合計200円です」
カチャン、とカウンターに置かれた100円玉2枚。
「……」
「……」
俺とブタオは、無言で小銭を受け取った。
「……ビール一杯も買えねぇな」
「しかも割り勘だしな」
小さく苦笑し合いながら、
俺たちは魔石売却を済ませた。
これでようやく、
渋谷ダンジョンゲートビルの外に出ることが許可される。
ポケットの中、カチャカチャ音を立てる100円玉2枚。
(……まあ、こんなもんか)
最初のダンジョン探索は、
汗と疲労と、
わずか200円の戦利品だけを俺たちに残して幕を閉じた。
---
魔石を売却し終えた俺たちは、
ビルの別フロアにある【スキル確認受付】へ向かった。
案内板に従って階段を上がると、
そこにはまた、無機質なカウンターが並んでいた。
「スキル確認、お願いします」
俺が声をかけると、
事務的な態度の受付の女が小さく頷いた。
「仮登録IDカードをお願いします」
「……えっと、これです」
俺は、登録センターでもらった仮登録用IDカードを差し出す。
女はそれを受け取り、
無表情のまま、端末を操作した。
「では、こちらへどうぞ。スキル確認後、本登録に進みます」
すぐ近くにある個室へ案内される。
灰色の壁と、
真ん中に置かれた黒い石板──それだけの、味気ない部屋。
「石板に手をかざしてください。
ステータスとスキルが表示されます」
女は淡々と説明すると、部屋を出て行った。
ドアが閉まる。
途端に、室内は妙に静かになった。
(……いよいよか)
俺は、緊張を押し殺しながら、
黒い石板に右手をかざした。
次の瞬間──
石板の表面がぼうっと光り、
半透明の文字が浮かび上がった。
----------------
【ステータス表示】
【名前】:佐藤太郎
【レベル】:1
【スキル】:飼育
----------------
「……飼育?」
首をかしげる。
スキル名は分かった。
でも──内容が、まったくピンとこない。
さらに下に、小さくスキル説明が表示される。
-----------------------------------
【飼育】:対象の成長を促進する効果を持つ
-----------------------------------
「……」
(成長を、促進……?)
意味は分かる。
でも、どう使えばいいのかは、まったく想像できなかった。
それに──
(スキルって、ダンジョン内でしか使えないんだよな……)
(魔物を強くして、俺に何の得があるんだよ……)
ズドンと、胸の奥に重いものが落ちる。
(……ハズレかもしれねぇ)
初めてのスキル取得だっていうのに、
喜びよりも、がっかり感のほうが勝っていた。
ため息をひとつ吐いて、
俺は個室を出た。
待合室でブタオが座っていた。
「おう、ボン。終わったか?」
「おう。次、おまえの番な」
「よっしゃ、行ってくる!」
ブタオはズシンと床を揺らしながら、
ずんずんと個室へ向かっていった。
---
スキル確認が終わった俺は、
再び受付カウンターに呼び出された。
さっきとは違う、別の事務員の男が、
手際よく端末を操作している。
「スキル確認、完了ですね。
仮登録から本登録へ切り替えます」
カタカタとキーボードを叩く音。
その後、
カウンター下からカードを取り出し、
俺の目の前に差し出してきた。
「こちらが、本登録用のIDカードになります。
紛失した場合、再発行には手数料がかかりますのでご注意ください」
男はマニュアル通りの口調で淡々と言った。
受け取ったIDカードは、
銀色の光沢があるプラスチック製だった。
仮登録のカードとは違い、
表面には【冒険者登録番号】と【名前】、
そして【現在のスキル:飼育】の文字が刻まれている。
(……これが、正式な俺の証か)
ポケットにしまったカードは、
小さな板切れのくせに、妙にずっしり重く感じた。
正式な冒険者になった──
その実感が、ほんの少しだけ、心を震わせた。
---
俺は本登録用のIDカードをポケットにしまい、
肩の力を抜いた。
それにしても──
「遅ぇな、ブタオ……」
待合室の椅子に座りながら、
俺は退屈そうに壁の案内板を眺めた。
(……まあ、デブだからな。
動作が全部ワンテンポ遅ぇんだよな)
なんて適当なことを考えていると、
ブタオがようやく個室から出てきた。
ズシン、と無駄に重い足音を響かせながら、こっちに歩いてくる。
「おう、ボン!終わったぜ!」
「おせぇよ」
「うるせ」
「とりあえず居酒屋に行くか」
「おけ」
「で?スキル、何だったんだよ?」
俺が尋ねると、ブタオはニヤリと笑った。
「それは──居酒屋でな」
「もったいぶんなデブ」
軽口を叩き合いながら、
俺たちはダンジョンゲートビルを後にした。
外に出たとたん、
夜風が汗ばんだ肌に心地よかった。
渋谷の喧騒が耳に戻ってくる。
(──さて)
初めてのダンジョン。
初めてのスキル取得。
初めての稼ぎ……は、ビール一杯にもならなかったけど。
---
場所を移して、
俺たちはいつもの安居酒屋に来ていた。
ビールのジョッキを片手に、
ブタオがニヤニヤと俺を見ている。
「んで、ボン。スキル、なんだったんだよ?」
「……『飼育』だ」
「飼育?」
ブタオは目を丸くした。
「動物園の飼育員かよ」
「俺もそう思ったわ」
俺は苦笑いしながら、
テーブルに置かれたお通しの枝豆をつまんだ。
「対象の成長を促進する……みたいな効果らしい」
「はぇー……成長?」
ブタオは一瞬だけ真面目な顔になった後、
すぐにアホみたいな笑みを浮かべた。
「……なぁ、それって俺にかけたら、痩せたりしねぇかな?」
「おまえの場合、成長方向間違うだろ。
さらに太るだけだ」
「うぐっ……」
ビールを飲みながら、ブタオが悔しそうにうなる。
でもまあ、俺自身、
正直スキルに手応えはなかった。
「スキルってダンジョン内でしか使えないからな……」
「へぇー、そうなのか」
「魔物を成長させたところで、どうすんだよって話だ」
思わずジョッキのビールをぐいっと飲み干す。
(やっぱ、ハズレかもしれねぇ……)
そんな沈み込んだ俺を見て、
ブタオがフォローするように言った。
「まあまあ、俺なんてもっと地味だったぞ?」
「お前は何引いたんだよ」
俺が尋ねると、ブタオは得意げに胸を張った。
「初級土魔法!」
「土ぃ?」
「そう、土だ。
攻撃力は低いけど、ちょっとした壁とか盛り上げられるらしい」
「おまえ、それ……使い道あるか?」
「ないな!」
清々しいまでの即答だった。
俺たちは顔を見合わせて、
思わず吹き出した。
けど──
笑ったのは、そこまでだった。
「……このスキルじゃ、まともに冒険できねぇかもな」
ブタオがポツリと漏らす。
俺も、ジョッキの中身をぐるぐる回しながら、
同じことを思っていた。
「強いスキル引くなんて、結局宝くじみたいなもんだよな」
「はは、マジそれな。
俺なんて土弄りしかできねぇし」
ブタオは乾いた笑いをこぼす。
「俺も、魔物を育てるとか、意味わかんねぇし……」
しばらく、二人して黙り込んだ。
カウンターの奥では、別の客が大声で盛り上がっている。
それを聞きながら、俺たちはビールをちびちびやった。
「……仕事探すかぁ」
俺がポツリと言うと、
ブタオも苦笑いした。
「俺もだな。
タクシー運転手、辞められそうにねぇわ」
「まあ、動かなくていいから最高なんだろ?」
「そうだけどよ。……正直、将来考えると、怖ぇわ」
珍しく、ブタオが弱音を吐いた。
俺も、胸の奥がじんわりと重くなる。
(──これが、現実か)
夢を見た。
けど、現実はそんなに甘くない。
ビールを飲み干し、
グラスをテーブルに置いたとき──
ふと、頭の中にひとつのアイデアがよぎった。
「……待てよ?」
「ん?」
ブタオが顔を上げる。
「青梅ダンジョン、行ってみねぇか?」
「青梅……って、あの誰も行かねぇとこか?」
「そう。
ゴブリンしか出ねぇらしいけど、
逆に人がいないなら、色々試せるだろ」
俺は、ビールをもう一口飲んで、続けた。
「スキルの使い道、試してみようぜ。
育てたらどうなるかとか、土で何か作れるかとか──
試してから、諦めても遅くねぇだろ」
ブタオは、しばらく黙った後、
ゴクリとビールを飲み干した。
「……まあ、やるだけやってみるか」
ニヤリと笑ったその顔を見て、
俺も自然と笑っていた。
「よし、決まりだな!」




