第2話: 友人とダンジョンに行ってみる
ダンジョン──
それは、今や世界中に存在する異空間だ。
突如として地上に出現した巨大なゲート。
そこをくぐると、空間ごと切り取られたような別世界が広がっている。
中では魔物たちが跋扈し、
倒せば「魔石」と呼ばれるエネルギー資源が手に入る。
魔石は、現代文明の新たなエネルギーとして、
とんでもない価値を持っていた。
階層を下りるごとに、魔物は強くなり、
手に入る魔石も、より強力なエネルギーを宿す。
──ただし。
銃やミサイルといった通常兵器は、なぜかダンジョン内では威力を発揮しない。
原因は「魔力」という存在にあるらしい。
ダンジョン内部では、魔力を帯びた武器やスキルを使わなければ、
魔物にまともなダメージを与えることができない。
だからこそ、
「スキルを持つ人間」が必要とされた。
魔物を初めて倒した者には、
世界の法則のように、必ず一つだけスキルが授けられる。
戦うためのスキル。
生き残るためのスキル。
稼ぐためのスキル。
スキルの種類は無数にあり、
何を引けるかは完全に運任せだ。
それでも、人々は夢を見た。
一攫千金。
人生逆転。
スキル一つで、すべてが変わるかもしれない世界に──
そして俺も、その夢を追う一人になった。
---
「カンパーイ!」
俺とブタオは、ガツンとジョッキをぶつけた。
泡だらけのビールを一気に流し込み、
「ぷはぁ」と二人して同時に息を吐く。
ここは、駅前の安居酒屋。
酒も料理も安っぽいが、気心知れた奴と飲むならこれで十分だ。
ブタオ──本名、木村貴。
身長172センチ、体重110キロ。
保育園の頃からの付き合いだ。
小学校の頃、昼休みに校庭で取っ組み合いになったとき、
「おまえ、マジでブタみたいだな!」
って俺が叫んだのが、あだ名の始まりだった。
それ以来、二十年以上。
こいつはずっと俺にとって「ブタオ」だ。
本人も特に気にしていない。
むしろ気に入っているフシすらある。
「いやー、マジ最悪だったわ。
先週の競馬で五万吹っ飛ばした」
テーブルにドカッと座ったブタオが、
唐揚げにマヨネーズをたっぷりかけながらぼやく。
「競馬、またやったのかよ」
「なあ、なんでだろうな。
当たる気しかしなかったのに」
「バカか。デブの直感なんか信じるなよ」
「うるせぇ。
デブなりに、感じるもんがあるんだよ」
唐揚げを頬張りながら、ふて腐れるブタオ。
そんなブタオは今、タクシー運転手をやっている。
理由を聞いたときの答えは、あまりにシンプルだった。
「動かなくていいって最高じゃん」
──本当に、ブタだなこいつ。
でもまあ、そんなダメなところも含めて、
こいつとは腐れ縁みたいなもんだ。
ジョッキを置いた俺は、
軽いノリで切り出した。
「なあ、ブタオ。ダンジョン、行かね?」
「はァ!?」
目の前のデブが、
盛大に唐揚げを吹き出した。
「ダンジョンって……あの渋谷のやつか?」
ブタオがジョッキを傾けながら、ニヤついた顔で聞いてきた。
「そうそう。渋谷ダンジョン。
駅から徒歩五分の、あそこ」
「マジかよ。……スライムって、うまいのかな」
「食うな」
「いや、ぷるぷるしてるし、タコ刺しみたいな感じでいけそうじゃね?」
「初ダンジョンで食レポすんなよ」
俺は苦笑いしながら、ビールを流し込んだ。
ブタオは唐揚げをもぐもぐしながら、ふと思い出したように言った。
「まあ、スキル確認だけならいいか。
運良く『金生産』とかできたら、人生上がりだな」
「……金が自由に作れたら、金の価値は大暴落だな」
「よくわからんけど……金は多いほうがいいだろ」
適当な笑顔でまとめるブタオに、俺は小さくため息をつく。
そんなブタオが、少しだけ真面目な顔になった。
「で、どんくらい稼げるもんなんだ? ダンジョンってさ」
俺は、空になったジョッキをテーブルに置きながら答えた。
「基本、スキル次第だな」
「スキル?」
「ああ。
戦闘系のスキル──たとえば剣術強化とか、魔法系とか──
そういうのが引けなきゃ、まずまともに稼げない」
「マジか」
「逆に、戦闘系スキル引けたら、年収一千万は堅いって言われてる」
「マジかよ!」
ブタオの目が輝いた。
「さらに、超強いスキル──
たとえば『空間支配』とか『完全回復』みたいな、レアスキル引いたら──」
「引いたら?」
「年収、青天井」
「……はぇぇ……」
ブタオは感心したようにビールをぐいっと飲んだ。
「そりゃあ夢あるわな」
「だろ?」
俺もニヤリと笑った。
もちろん、そんなスキルを引ける奴は一握り。
ほとんどは地味なスキルで終わる。
──でも、それでも。
挑戦する価値は、あると思った。
(俺たちみたいな底辺には、な)
---
数日後。
俺たちは、渋谷の雑居ビル街に来ていた。
「ここか……ギルド登録センターって」
ビルの入り口に掲げられた、
小さなプレートを見上げてブタオがぼそりと呟く。
【渋谷ダンジョン探索者登録センター】
見た目は完全に、
普通の市役所の出張所か、マンションの管理事務所だった。
──思ったより地味だな。
派手な装飾も、いかにもファンタジーって感じの門構えもない。
それでも、入り口には制服姿の警備員が立っていて、
それなりに物々しい空気を醸し出している。
俺たちは中に入った。
中もまた、期待を裏切らない味気なさだった。
白い壁、事務的なカウンター、
「次の登録研修は14時からです」と無機質にアナウンスする電光掲示板。
「なんか……もっとこう、冒険者ギルド! みたいなノリかと思ったわ」
「わかる」
ブタオも肩をすくめた。
中に入ると、すぐに受付の女性に呼び止められる。
「登録希望の方は、14時開始の研修にご参加ください。
開始10分前には3階の会議室にお集まりください」
淡々と、事務作業のように説明される。
渡されたのは、研修案内の紙と、仮登録用のIDカードだった。
俺たちは、それを受け取って、
待合スペースの椅子に腰を下ろした。
周りにも、ちらほらと登録希望者らしい若者たちがいる。
制服姿の高校生っぽいのもいれば、
金髪の大学生みたいな奴らもいる。
その中に、30歳コンビの俺たち。
「……なんか、浮いてね?」
「まあな。
30になってから登録するやつなんて、そういねぇだろ」
「だよなぁ……」
ブタオが手持ち無沙汰にIDカードをくるくる回す。
俺は、壁にかかった時計をちらりと見た。
(……早く始まってくれ)
---
14時少し前。
案内に従って、
俺たちは3階の会議室へ向かった。
エレベーターを降りると、
無機質な廊下に『研修室→』とだけ書かれたプレート。
指定されたドアを開けると、
そこには学校の視聴覚室みたいな会議室が広がっていた。
簡素なパイプ椅子がずらりと並び、
前方には大きなテレビモニターが設置されている。
すでに十数人が集まっていて、
各自バラバラに座ってスマホをいじったり、ぼーっとしていた。
「……地味すぎだろ」
ブタオがぼそっと漏らす。
俺たちも、適当に空いている席に座った。
数分後、職員っぽい男が現れ、
モニターのリモコンを操作する。
パッと画面が明るくなり、
堅苦しいタイトルが表示された。
【ダンジョン探索に関する基本事項講習】
「……うわ、絶対眠くなるやつ」
ブタオが耳打ちしてくる。
「黙って見とけ。終わったらダンジョンだぞ」
俺も小声で返した。
講習動画は、予想以上に退屈だった。
スーツを着た堅物っぽいオッサンが、
ひたすら単調な声で説明を続ける。
内容をまとめると──
(結局、3つのルールを守ればあとはご自由に、ってことっぽい)
一、ダンジョンから帰ったら魔石は必ずギルドに売れ
二、ダンジョン内で犯罪やられても、基本は自己責任
三、契約書にサインしないとダンジョン入れない
つまり、
ギルドとしては「知らんから勝手にやれ。ただしルール違反は許さん」ってスタンスらしい。
(……まあ、別に普通だな)
淡々とした気持ちでタブレットにサインする。
隣のブタオも、
「よくわかんね」とか言いながら、テキトーに指でサインしていた。
(……ま、こいつはこれでいいか)
手続きを終えた俺たちは、
渋谷ダンジョンゲートへ向かった。
登録センターから歩いて五分。
人混みをかき分けて進むと、
目の前に巨大な建物が現れた。
【渋谷ダンジョンゲートビル】
いかにも行政が建てました、みたいな無機質なコンクリビルだ。
入口の先に──あった。
幅5メートル、縦5メートルほどの黒いゲート。
周囲を柵で囲まれ、
警備員が数人、厳重に見張っている。
ゲートは、まるで巨大な石の枠だけがポツンと置かれていて、
その中心は完全な漆黒。
吸い込まれそうな、真っ暗な空間が広がっていた。
「おおお……」
ブタオが思わず声を漏らす。
俺も、無言で見上げた。
写真や動画で何度も見たはずなのに、
こうして生で見ると、やっぱり圧倒される。
人々が次々とゲートに吸い込まれていく。
ダンジョンスーツに身を包んだ集団、
笑顔で動画を撮影しているdTuber風の若者たち、
制服姿の高校生たち──
中には、明らかに素人っぽい奴も混ざっている。
(……まあ、安全な1階層だけだしな)
一度入ったら、簡単には戻れない。
最低でもゲート近くに設置された【帰還ポータル】までたどり着かないと脱出できない。
でも、1階層のスライムなら、ほぼ脅威はない。
「いくか」
俺は、ブタオに声をかけた。
「お、おう」
ちょっとビビり気味のブタオの背中を軽く押して、
俺たちはゲートへと歩き出す。
目の前の黒い闇に、
手を伸ばす。
──そして。
視界が一瞬、真っ白になった。
俺たちは、ダンジョンへと足を踏み入れた。
視界が戻ったとき、
俺たちはもう、異空間に立っていた。
(──ここが、ダンジョン……)
天井はやたら高い。
無骨な岩の壁、むき出しの床。
どこまでも続く灰色の空間。
だけど──
「……人、多っ」
思わず口から漏れた。
見渡す限り、そこらじゅうに人、ひと、ヒト。
ざっと見ても、数百人はいる。
あちこちでdTuberがカメラを回して、
「やってみた!」とか「スライムチャレンジ!」とか叫んでいる。
制服姿の高校生グループ、
私服の大学生っぽい連中、
社会人風のパーティー──
そして、その向こうに、
ぷるぷると小さなスライムたち。
だが、その数は──圧倒的に少ない。
「うわ、スライム取り合いじゃん……」
ブタオも顔をしかめる。
どこもかしこも、
スライム目掛けて走り出す奴らだらけ。
ひとつ見つかれば、
すぐに4~5人が殺到して、バットやら木刀やらでスライムを叩き潰している。
(……こりゃあ、しんどいな)
俺たちは、周囲を警戒しながら、
人混みの隙間を縫って歩き始めた。
「スライム、一匹くらいは倒さねぇとな……」
「だな」
ジョッキをぶつけたあの日、
軽く口にした「伝説のスキルゲット計画」は、
ここにきて早くも頓挫しそうな気配を見せていた。
(まあ、そんな甘くねぇか)
俺は、息を吐き、前を睨んだ。
どこかに、残ってるはずだ。
俺たちの、
未来を変える一匹が──
人混みをかき分けながら、
俺たちはひたすら歩き回った。
──気がつけば、もう3時間は経っていた。
「スライム、どこ行ったんだよ……」
「マジで絶滅してんじゃね?」
ブタオもぐったりしながら文句を言う。
それでも、諦めずに歩き続けた。
──そして。
視界の端に、
ちょこんと震える小さなスライムを見つけた。
「いた!」
俺はすかさず駆け寄る。
同時に、周囲からも人影が数人、殺到してきた。
(まずい──!)
俺は腰に差していた金属バットを引き抜き、
思いっきりスライムめがけて振り下ろした。
「せいっ!」
ベチャッ!
小気味いい音を立てて、スライムが潰れた。
ほんの一瞬、
周囲の空気が静止する。
──倒したのか?
俺は息を切らしながら、スライムの残骸を見下ろした。
それと同時に。
脳内に、
声が響いた。
『──スキル取得完了──』
(……!)
電流のような何かが、
頭の奥から身体中を駆け抜ける。
血が熱く滾るような、
言葉にできない奇妙な感覚。
隣で、ブタオもゼェゼェ言いながら立っていた。
「ボン……今、なんかきた……!」
「おう……俺もだ」
二人して顔を見合わせる。
(これが、スキル……!)
体の奥から湧き上がる力の気配。
でも──
まだ、何のスキルを手に入れたのかは分からない。
ここ、ダンジョン内部では、
自分のステータスを直接見ることはできない決まりだった。
ステータスを確認するためには、
帰還後、ギルドに設置された専用の石板に触れる必要がある。
システム的な制約──らしい。
(めんどくせぇな……)
ちょっとだけ舌打ちしながら、
俺はそれでも、胸の奥に小さな期待を抱いた。
どんなスキルでもいい。
たとえ地味でも、戦えなくても。
これが、俺たちの──
人生を変える第一歩だ。
「よっしゃあ!」
「ナイスだボン! デブは応援してた!」
「うるせぇ」
バカみたいに笑い合いながら、
俺たちは、
小さな、小さな、
最初の成功をかみしめた。




