第34話: 上納金
青梅ダンジョンの管理所には、もう何度も通っている。
この日も、ボン・ブタオ・コハルの三人は、変わらぬ調子でやってきた。
「おはようございまーす!」
「……うん、おはよう。今日も気をつけてねー」
カウンターの奥、いつものようにスマホをいじりながら、ゆきは顔を上げることもなく答える。
それだけのやりとりで、三人は通過していく。
だが、その背中を、今日はじっと見つめていた。
数秒後、彼らがダンジョンの中へ消えたのを確認してから、ゆきはゆっくりと席を立った。
そして、管理所のドアの鍵を回し、ガチャリと音を鳴らす。
裏返して『CLOSED』の看板を掲げた。
「……さて」
ポケットから黒い手袋を取り出し、静かに装着する。
そしてもう一度、背筋を伸ばし、深く息を吸った。
──ここ最近の彼らの換金額は明らかにおかしい。
まだ彼らがダンジョンに潜り出してから何日も経っていない。
何かしらの理由があるのは確かだ。
だから、今日、見に行くことにした。
そして、もし──もし、妹のコハルに無理をさせているような状況だったなら。
それがどんなにグレーでも、見過ごすつもりはない。
たとえ、それが殺人につながったとしても──だ。
ゆきは足音ひとつ立てずに、ダンジョンの入口ゲートを通過する。
気配を限界まで殺し、呼吸を浅く、身体の力を抜く。
かつて、前線で探索者をしていた時のクセが、すぐに体に馴染んだ。
「……楽勝」
初心者の尾行なんて、準備運動にもならない。
しばらくして、彼らの声が遠くから聞こえてくる。
通路の奥、どうやら崩した瓦礫の向こうにある部屋に入ったらしい。
「今日も稼ぐっスー!」
コハルの明るい声が反響し、そして何かを砕くような音が続いた。
どうやら、土の壁を再び壊して入ったようだ。
(ブタのスキルか。あれは……土魔法か?)
入口の陰から、大部屋の中をそっと覗く。
次の瞬間、ゆきは思わず目を見開いた。
──そこに広がっていたのは、狂気にも似た光景だった。
檻。大量のゴブリン。しかも、赤ん坊までウジャウジャといる。
(……何これ)
ただの初心者探索者が、ここまでの設備と手間をかける理由。
そしてこの数のゴブリンを、まるで牧場のように飼育している理由。
少なくとも、普通ではない。
(……でも、どうやってここまで増やした?)
普通、ゴブリンの出産には最低でも一週間は必要だったはず。
それにしては異常なスピードでゴブリンを増やしているように見える。
さらに奥を見ると、檻の中に──ホブゴブリンの姿まである。
(マジかよ……)
私なら、ここにいるゴブリンを10秒で殲滅できる。
だが初心者から見れば、それは死と隣り合わせの脅威だ。
──なのに、ゴブリンたちはまるで猫のように大人しい。
全く暴れもせず、ただその場にいるだけ。
そもそも、ゴブリンを檻に入れたところで普通はずっと暴れるものだ。
増やすなんてことは不可能だ。
(……何かしらのスキルで支配されてるな。テイム系か)
目を細め、鋭く観察する。
だが──その瞬間。
「鬼はー外っスーーー!!」
妹の叫びとともに、複数のオスゴブリンが宙を舞い、檻の壁に叩きつけられて即死した。
(……なんだ)
唖然とする。
コハルのスキルは念力。それも相当な制御力と威力を備えたものだ。
それならば、ここにいるゴブリン程度が敵になることは、まずない。
(……なら、まあ……ギリセーフってことでいいか)
そして、またも妹の声が聞こえた。
「いけー!ベビーゴブリンフロートタイムっスー!」
手をかざして念力を発動し、生まれたばかりの赤ちゃんゴブリンたちが宙をふわふわと舞い始める。
(……なんなんだその掛け声)
だが、笑っていられる状況ではない。
その赤ちゃんの数は──見たところ、100匹を超えていた。
(メスも相当数いるな。……つまり、これからさらに指数関数的に増えるってことか)
(これが本部にバレたら……たぶんめちゃくちゃ喜ぶだろうな)
(魔石を安定供給できるのだ。発電所のようなものだろうか)
彼女は息を吐いた。
(……でも、見た感じ、コハルは元気そうだ)
表情も明るく、体力にも余裕がありそうだ。
無理やりやらされている様子はない。
むしろ、ちょっと楽しそうですらある。
(あのバカ妹……喜んでやってんな、これ)
ゆきはようやく、小さく笑った。
(ふむ。……なら、私の役割は決まったか)
しばらく様子を観察したあと、彼女はそっとその場から離れ、通路の陰に身を潜めた。
そして、後方確認──通路に誰もいないことを確認すると、静かに地上へと戻る。
(この件、本部に報告しても何もいいことはない。調査が入れば妹も巻き込まれる)
(なら、落としどころはひとつ)
管理所に戻った彼女は、再び鍵を開け、“OPEN”に看板を戻す。
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作業が終わって管理所に戻る道中。
コハルの念力で赤ちゃんゴブリンを仕分けして、ブタオの土魔法を活用して檻の入り口を補強して──今日も、簡単な1日だった。
手に入れた魔石の数はなんと59個。
そのうち、ホブ由来と思われるちょっと綺麗な魔石が、ひときわ目立っていた。
「これ、さすがに姉ちゃん怪しむっスよね?」
「なんて言い訳するか……3階層に行って稼いできましたって言う?」
「1時間しか経ってないんだよなぁ……」
そんな不安を胸に、俺たちは管理所へ戻ってきた。
──が、扉を開けた瞬間、その不安は一気に倍になった。
「お、お邪魔しまーす……」
カウンターにいたゆきちゃんは、珍しくスマホを触っておらず、肘をついて手を組み、その上に顔を乗せた状態で──にこりと、笑っていた。
「……!」
その笑顔が怖い。
無言なのが、もっと怖い。
なんか、知ってる人の目をしてる。
「ど、どど、どうも! 魔石の換金、お願いします!」
俺が必死に明るく声をかけると、ゆきちゃんは微笑んだまま、こう言った。
「10%でいいよ」
「……はい?」
「上納金。10%だけでいいよ。それで本部には黙っててあげる」
「な、なんのことかなー!? わっはっは!」
ブタオが乾いた笑い声を上げる。コハルは後ろで冷や汗を垂らしている。
「君たち、ゴブリン増やしてるでしょ?」
バレてーら。
「えっと……その……ご、ゴブリンって増えるものなんですかねぇ?」
「20%の方がいい?」
「10%でお願いします!!」
3人揃って土下座レベルの勢いで即答。
「うん、じゃあ今日から10%引いておくね。本部にバレるとマズいから、直接じゃなくて妹の口座に振り込んどく。それなら怪しまれないでしょ?」
「オス! それで大丈夫です!」
敬礼まで決めてしまった俺を見て、ゆきちゃんはまた微笑む。
「ちなみに、なんでわかったんすか?」
「つけたからね」
「つけてたんかーい!!」
三人揃ってずっこけた。
「ま、いいんじゃない? 楽して稼げるなら、それも才能だし。妹に無理させないようにだけ、ちゃんとね」
「……はい、肝に銘じます!」
たぶん、俺たちは命拾いした。
受付嬢というダンジョン側の人間を、敵に回さなかったどころか、味方に引き込めたのだ。
しかも、最悪な事態を知った上で、こちらに歩み寄ってくれた。
(……これ、めちゃくちゃデカくね?)
もしも外部に漏れたら即終了だったこの牧場計画が──少なくとも当面は、守られる。
「じゃあ、また明日も……」
「……がんばるぞー……(棒読み)」
ゆきちゃんの視線が痛くて、全然テンション上がらないけど。
それでも俺たちは、明日もゴブリンを育てる。
金のために。
ちなみに今日の換金額は76000円だった。
現在のゴブリン牧場の状況(256匹)
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・檻A(ゴブタロウ + メス133匹)
ゴブタロウ
メス75匹
ハーフメス24匹
ホブメス2匹
メス赤ちゃん14匹
ハーフメス赤ちゃん16匹
ホブメス赤ちゃん2匹
・檻B(オス123匹)
オス61匹
ハーフ60匹
ホブ2匹
・処分済み
オス33匹
ハーフ35匹
ホブ1匹
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