第30話: ゴブリンさん、大きな赤ん坊ですよ
青梅のダンジョン管理所に、俺たちはいつものように集合した。
「おはよー……」
ゆきがカウンター越しに顔を上げる。
その視線の先、今日はやけに静かなコハルが立っていた。
「……おっス」
声に張りがない。テンションも見た目も一段階低い。
「え、どうした? 体調悪いのか?」
「ううん、ちょっと寝不足っス……昨日発売のゲームやってたら朝になってたっス……」
「お前、ゲーマーだったのか」
「あとちょっとでレジェンドになれるところなんス……」
「お前の念力が頼りなんだから、気をつけてくれよ?」
「はいっスー……すんませんっス……」
うつむいたまま小さく返事をするが、すぐに「がんばるっス」と気合いを入れ直した。
「じゃ、行ってきまーす」
「気をつけてねー」
ゆきの言葉を背に、俺たちは今日もダンジョンへと向かった。
ひんやりと湿った空気が肌を包む。
薄暗い通路を抜けると、前方からギャギャッという声が響いた。
「……来たな、野良ゴブ」
コハルがふらりと一歩前へ出る。
「ん……っス」
目元をこすりながら、右手をふわっと上げる。
念力が発動したのは、まるであくびのついでのようだった。
ゴブリンの体が浮かび上がり、動く間もなく空中で固定され──
「おやすみなさいっス……」
──ビシィッ!
無言のまま、ゴブリンが壁に叩きつけられて動かなくなる。
「……はええ……」
「もはや惰性で殺してないか?」
ブタオが呆れたような声を出す。
俺は近づいて、倒れたゴブリンから魔石を丁寧に取り出した。
「よし、今日も順調だな」
「コハル先生のおかげです」
「むにゃ……任せるっス……」
眠そうな目をこすりながら、ふらふらと大部屋の方へ歩いていくコハル。
今日の作業も、この天才少女にかかっている──
ゲッヘッヘ。
もうお前を逃してはしないぜ。
大部屋にたどり着くと、昨日と同じ光景が広がっていた。
隅の壁際には、昨日コハルが“飛行機っスー”で処分したオスゴブリンたちの死体が積み上げられていた──はずだった場所に、今は魔石だけがぽつぽつと転がっている。
「おお、32個、ちゃんと残ってるな」
黒く光る魔石が床の上に散らばっていた。
ダンジョンの自浄作用で、死体はすっかり吸収され、残ったのは報酬だけ。
「んー……魔石、いくっスよー」
コハルがぼんやりした声で言いながら、目元をごしごしこすり──そのまま両手を軽く持ち上げた。
すると、魔石たちがふわりと宙に浮かび上がる。
「ボン先輩、袋っス……」
「あ、ああ、はいはい」
俺が慌ててビニール袋を広げると、コハルの念力によって、魔石がひとつずつ袋に向かって吸い寄せられていく。
「ぽいっ、ぽいっ……むにゃ……ぽいっスー……」
なんか、夢うつつで遊び感覚でやってるように見えるのに、精度は完璧。
きっちり32個、無駄なく袋に収まった。
「……この子マジで天才だな」
「でも寝ぼけて念力で殺されないか不安だわ」
「た、確かに」
次に檻Bだ。
檻Bの前に立つと、中ではオスゴブリンたちがぎゅうぎゅうに詰まりながら、こちらを睨んでいた。
「さて、本日のメインディッシュです。先生、お願いします。」
そうつぶやくと、コハルは再び眠たげな目をこすった。
「うー……一気に片付けるっスね……」
両手を広げると、檻の中のゴブリンたちが檻を突き破って次々に宙に舞い上がった。
キィィン、と空気が軋むような音がする。
「発進、飛行機っスー……」
そのまま全員が、大部屋の隅へ向かって一斉に飛翔。
──ドゴッ! バギャッ! グシャァン!
連続で鳴り響く、骨と壁がぶつかり合う音。
気がつけば、壁の端には再びゴブリン山が完成していた。
「……あのさ」
「うん」
「あの子、いっつも『いくぞ!』『いけぇ!』って、気合い入れてやってたじゃん?」
「うん」
「いらなかったっぽいね」
「完全にいらなかったね」
ふたりで肩をすくめ、遠くで鼻をすすってるコハルを見やる。
「ふわ〜……今日、昼寝したいっス……」
でもまあ、やることはやってくれてる。
だったら、今日はせめて早めに切り上げてやるか──と、そんな気持ちで、俺たちは次の作業に移るのだった。
苦笑しながら、檻Aへ向かった。
檻Aの前にたどり着くと、まず最初に目に入ったのは──
「……ゴブタロウ、爆睡してるな」
大の字で横になり、腹を上下させながら寝息を立てているゴブタロウ。まわりではメスゴブリンたちがくたっと座り込んでいた。
「おー我らが性獣様がよく寝てらっしゃる」
「ヤりすぎたんだ」
「働き者っスね……感謝っス……」
俺とブタオがそっと手を合わせて拝んでいる横で、コハルがすっと手を掲げた。
「じゃ、出産チェックいくっスよー。浮かすっス」
ぴゅっと風を切る音とともに、檻の中の赤ちゃんゴブリンたちが、ふわりと宙に舞い上がった。
「はい、外に出すっス」
上部の開口部から、念力で赤ちゃんたちを滑らせるように外へ運び出す。
浮かんだままの赤ちゃんたちは、ぴぃぴぃ鳴きながら、コハルの指先に誘導されるように一列に整列していく。
「じゃ、性別確認いくっスよー」
一匹ずつ回転しながら、足を広げてくれるゴブリンたち。
「オス、オス、オス、オス……まだオス……またオス……」
ブタオが脇でカウントする。
「オス42匹! メス9匹! 初50匹超えでございます!」
「今日もエグい! ありがとうございます!」
「っスー……」
……コハルさんや、今日は早く帰って寝ましょうね。
「……あれ?」
ブタオの声が少し上ずる。
「こいつらデカくね?」
ブタオの指先が示すのは、明らかに他よりひとまわり大きい赤ちゃんゴブリンたち。
オス2匹、メス2匹。計4匹が、ゆっくりと空中を回っていた。
「でかいな。赤ちゃんっていうより、幼児って感じのサイズだ」
「これ……なんでだろ?」
俺たちが顔を見合わせていると、ブタオが檻の中のゴブタロウをちらっと見て、ぽつりとつぶやく。
「……あいつ、ホブになったからじゃね?」
「あー!」
俺とコハルが同時に声を上げる。
コハルの眠気も吹っ飛んだようだ。
「ホブゴブリンの影響……ありえるかもっス!」
「ステータス的な何かが遺伝してるってことかもな」
「ってことは、この子たちも……将来的にホブに?」
「これ絶対そうっスよ!」
「つまり……3000円の魔石が回収できるようになるということでOK?」
「ゴブリン牧場に産業革命が来ました」
「もっともっと稼げるっスー!」
これはやばいな。
もしかするとゴブタロウがさらに進化してさらに稼げるゴブリンが生まれるのでは?
想像しただけでよだれが出てきますなぁ?
「じゃ、オスは檻B、メスは檻Aっスね」
「ちょい待ち。ホブのオス赤ちゃんは違う檻に入れてみようぜ。ブタオ、頼むわ」
「オッケー」
ブタオがチョチョイと小さい檻を作る。
檻Cと名付けてあげよう。
「じゃ行きまっスー」
コハルがそう言うと、赤ちゃんたちがふわりと動き出し、それぞれの檻へと収まっていった。
「毎度ながら、神業」
「本日もありやっしたー」
作業を終えた俺たちは、いつものようにダンジョンを後にして管理所へ戻ってきた。
プレハブのドアを開けると、受付カウンターの奥──
「おかえりー」
ゆきがいつものようにスマホから目を離さず、片手だけひらりと上げた。
「今日は魔石33個っス!」
コハルが元気に袋を掲げる。
その中には、朝拾った1個と、さっき回収した32個の魔石がぎっしり。
「また増えてるじゃん……」
ゆきが少しだけ顔を上げて袋をのぞき込み、目を細めた。
「いいペースだね」
そう言いながら、カウンターの下から現金の束を取り出す。
数枚ずつ手早く数えて、きっちり3枚の一万円札と千円札を並べていく。
「はい、33000円ね」
俺たちはその数字に一瞬でざわついた。
「1人11000円!」
「初の10000円超えだー!」
「ありがたいっスー!」
俺とブタオがじわじわと喜びを噛み締めている横で、コハルは両手でをお金を抱えてニッコニコ。
「うわー、ゲーム課金し放題っスー!!」
「やめとけって」
「コハルちゃん借金1億あるの忘れてね?」
こいつ、もうダメかもわからんね。
俺たちはそれぞれの報酬を財布にしまった。
「よーし、今日は焼肉行こうっス!」
「おごってくれるなら行くぞ」
「おごらないっスー!!」
そんな軽口を叩き合いながら、俺たちはプレハブを後にした。
ちなみに行ったのは安い焼肉食べ放題。
みんな借金あるんでね。
でも、すぐに高級焼肉に行ってみせる。
待ってろ叙○苑!
現在のゴブリン牧場の状況(85匹)
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・檻A(ゴブタロウ、メス54匹(通常赤ちゃん7匹、ホブメス赤ちゃん2匹))
・檻B(オス40匹)
・檻C(ホブオス赤ちゃん2匹)
・ゴブリンの死体(39匹)
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