第29話: ゴブタロウ、進化する
昼頃、いつものように俺たちは【青梅ダンジョンゲート管理所】に集合した。
「おっはよーございまーすっス!」
コハルの元気すぎる声がプレハブの中に響き渡る。
「おはよー……今日も元気だね」
受付カウンターの奥でスマホをいじっていたゆきが、ちらりと顔を上げてそう言った。
毎度のことだが、この姉妹はほんとにバランスが極端すぎる。
「今日も張り切ってまいりましょーっス!」
コハルが勢いよくガッツポーズを決める。
俺とブタオは軽く会釈しつつ、「じゃあ、行ってきます」と告げてダンジョンへ向かった。
ひんやりと湿った空気に包まれながら、俺たちは大部屋へと進んでいく。
そして昨日、殺処分したオスゴブリンの死体を山積みにしていた大部屋の隅に立つ。
「……お、残ってる残ってる」
昨日までゴブリンだったものは、完全に姿を消していた。
その代わりに、そこには黒く光る魔石が──
「25個ちゃんとあるっス!」
「25000円いただきましたー!」
俺がビニール袋を開くと、コハルがにやりと笑う。
「回収は任せてほしいっス!」
そう言って、コハルが両手を掲げると、地面に散らばった魔石がふわっと浮かび上がった。
まるで磁石に引き寄せられるように、俺が構えた袋の中に次々と落ちていく。
「ぽいっ、ぽいっ、ぽいっスー!」
ひとつひとつ丁寧に狙いをつけて投げる感じが、どこか楽しそうだ。
「すげえな、これ」
「念力って万能すぎるだろ」
袋の中には、きっちり25個の魔石が収まっていた。
続いて、俺たちは檻Bの前へ移動する。
「さて、今日の主役たちのお時間です」
檻Bの中には、昨日生まれて今日成体化したオスゴブリンが32匹。
ぎゅうぎゅうに詰め込まれ、むっすりとした表情でうごめいていた。
「じゃ、処分いってみよっか」
そう言うと、コハルが得意げに腕をまくり──両手を掲げる。
「いけえええええええええっス!!」
ブワッと空気が動く。
檻の中にいたオスゴブリンたちが、檻をぶち破り、次々に宙に舞い上がる。
「飛行機っスー!!」
コハルの号令とともに、浮かんだゴブリンたちが一直線に──
大部屋の壁に向かって、突撃。
──ドゴッ! バゴォン! グシャァ!
鈍くて重い音が連続して響き渡り、壁の一角にはゴブリンの死体が綺麗に積み重なった。
もはや芸術の域である。
「……この子って実はサイコパスなんじゃねぇかな」
「……俺は絶対にコハルちゃんを怒らせないことをここに誓います」
俺とブタオは顔を見合わせ、肩をすくめた。
コハルがピースサインをしながらくるっと回る。
笑顔は、今日も全開だった。
殺処分が終わったあとは、いつも通り──檻Aへ向かう。
出産チェックの時間だ。
「さてさて、今日も元気な赤ちゃんが生まれてるかな〜っと」
檻の中を覗き込んだブタオが、ふと動きを止めた。
「……おい、ボン」
「うん?」
「ゴブタロウ……デカくなってね?」
言われて目を凝らすと、確かにゴブタロウは明らかに一回り大きくなっていた。
肩幅が広がり、手足の筋肉が以前よりもはっきりしている。
「え、マジで……あいつ、前は小学生くらいだったのに、今中学生くらいあるぞ……」
「ていうか、先輩たち、知らないんスか?」
コハルが腰に手を当てて得意げに言った。
「これ、たぶんホブゴブリンっスよ」
「ホブ? なにそれ、おいしいの?」
俺が聞くと、コハルはふふんと鼻を鳴らして答える。
「姉ちゃんに聞いたことあるっス! ホブゴブリンってのは、三階層から出てくる進化系ゴブリンっス!」
「進化……?」
「そうっス! 普通のゴブリンより身体も大きくて、力もかなり強いらしいっス! しかも、魔石の価値も上がって、一個3000円くらいになるらしいっスよ!」
「3000円!? 倍以上じゃん!」
「そうなんスよ~。下手に突っ込むと死ぬって、姉ちゃんも言ってたっス!」
「ゆきちゃん、スマホいじってるだけじゃなかったんだ」
ブタオが妙に感心した声を漏らす。
「姉ちゃんも前は探索者として結構すごかったっスからね! 知識はかなりあるっスよ!」
「ええ!? ゆきちゃんって探索者だったの!?」
「はいっス! 銀座ダンジョンの最前線で攻略してて、界隈では結構有名っス」
衝撃の事実である。
あのやる気のなさそうな子が銀座ダンジョンの最前線組だったとは。
銀座ダンジョンといえば日本で1番攻略が進んでいるダンジョンだ。
攻略は50階を超えているとか。
「なんで探索者を辞めちゃったの?」
「……これ言っていいんスかね。まあいっか。ダンジョン攻略中に親友を亡くしちゃったんスよね。それから結構引きずって辞めちゃいました。」
ゆきちゃんにそんな過去があったとは。
だからどうというわけではないが、彼女も怒らせてはいけない人のようだ。
ブタオはふーん、と興味がなさそうだ。
いや、こいつはバカだから何も考えてないだけな気がする。
「それにしても、これがホブなら──俺ら、ヤバいもん育ててることにならない?」
「確かに。でもなんでだ……なんでゴブタロウだけホブになってんだ?」
ブタオが檻の中のメスゴブリンたちを見渡す。
「放置してるだけなら、メスもホブになってるはずだよな」
「うん。ゴブタロウだけってのが引っかかる」
俺はあごに手を当てて考える。
「オスゴブリンを殺処分して、そのぶん経験値が入ってるとか……?」
「でもそれだったら、メスも同じ条件だよな?」
「だよなぁ。だとしたら……」
ブタオと目を合わせた瞬間、ふたりの口から同時に言葉がこぼれる。
「……ヤッたことで経験値が入ってる?」
沈黙。
「えー!? それって……ゴブリンって……そういう……?」
コハルが顔を赤くしている。
「ヤればヤるだけ強くなるのか」
「それなんてエロゲ?」
ともかく、ゴブタロウがホブ化したのは確かなようだ。
俺たちの牧場に、新たな変化が訪れようとしていた。
「さて、ゴブタロウ様の成果を見せてもらおうか……」
檻Aの中では、メスゴブリンたちがぐったり横たわっている。その足元には、小さなゴブリンの赤ちゃんたちが、ピィピィ鳴きながら転がっていた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……あー、もう数えるのやめたっス」
「今回は多そうだな……」
「コハルちゃん、お願いしていいか?」
「任せるっス!」
コハルが両手を突き出すと、赤ちゃんゴブリンたちが次々にふわりと浮かび上がる。
軽い力で操るようにして、全員を開口部から檻の外へと引き出す。
「ほいっと」
浮かんだままの赤ちゃんたちが、ゆっくりと回転する。
「じゃ、今から性別チェック行くっスよー!」
コハルが指をくるりと回すと、空中の赤ちゃんたちが一列に整列し、くるくると姿勢を変えながら下半身を見せてくる。
「オス、オス、オス、オス、オス、オス……おっ、メス!」
最終的に確認されたのは──オス39匹、メス8匹。
「じゃ、メスは檻A、オスは檻Bっスね!」
言うが早いか、コハルはメスの赤ちゃんたちをふわりと檻Aに戻す。
続けて、残ったオスたちを極狭仕様の檻Bに、まとめて詰め込んでいく。
「よいしょっと。これで完了っス!」
「早すぎる……」
「これが俺たちのコハルちゃんだ!」
あまりのスムーズさに、俺とブタオはもはや感嘆の声しか出なかった。
これでメスの数も45匹か。
50匹まで目前だな。
こうしてすべての作業が終わり、俺たちはダンジョンを出ることにした。
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管理所に戻ると、ゆきがいつものようにカウンターでスマホをいじっていた。
「おかえりー」
「今日は魔石、25個です!」
俺が手に持った袋を見せると、ゆきの手が止まり、目だけこちらに向く。
「……また記録更新じゃん。すごいじゃん」
「コハルちゃんがね、めっちゃ活躍してくれて!」
「……頑張ったっスー!」
「うん、やっぱり向いてるんじゃない? ダンジョン探索」
そう言って、ゆきはニコッと笑った。
──ゆきちゃんの過去を知ると、含みがありそうだ。
ゆきが魔石の質をチェックしてから、千円札25枚を取り出し、カウンターの上に並べる。
「じゃ、25000円ねー」
「うおおお、1日でこれって……」
俺たちはその金額に改めて圧倒されつつ、それを三人で等分する。
「じゃ、8000円ずつで……残り1000円は、ジャンケンで」
「いっくっスよー!」
コハルの気合が入る。
せーの、ジャンケンポン!
俺:チョキ
ブタオ:チョキ
コハル:グー
「勝ったっスー! 二連勝っスー!」
コハルは嬉しそうに千円札を握りしめた。
「よし、今日も大成功だったな」
「明日もよろしくっス!」
「おう、任せとけ」
そうして俺たちは、それぞれの帰路についた。
明日もまた、ゴブリン牧場が俺たちを待っている。
現在のゴブリン牧場の状況(85匹)
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・檻A(ゴブタロウ、メス45匹(赤ちゃん8匹))
・檻B(オス39匹)
・ゴブリンの死体(32匹)
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