第18話: ゴブリンさん、家賃0円なんですって
「ついたぞー、青梅ダンジョン!」
ブタオがハンドル越しに伸びをしながら声を上げる。
「毎日が給料日っていいな」
「日雇い労働者なだけだけどな」
車を降り、いつもの【青梅ダンジョンゲート管理所】に向かう。
ボロいプレハブの建物。見慣れすぎて、もう逆に落ち着くレベルだ。
今日の作業は──成体オスゴブリン4体の殺処分。
ホブゴブリンの大腿骨から作った新しい槍もある。準備は万全。
プレハブのドアを開けると、いつもの受付嬢がカウンター奥でスマホをいじっていた。
変わらない塩対応。だが、俺たちも慣れたものである。
「がんばー」
スマホから目を離さず、棒読みでそう言った。
「おっ、昨日よりトーン上がってません? 応援されてる気がする!」
「……ないよ」
「そこは認めてくれても……!」
「死なないでね〜」
サインを済ませてゲートに向かうと、背後からポツリと。
「……あんたらくらいしかこんなダンジョンに来ないからね」
その一言に、俺とブタオは顔を見合わせる。
「……今、デレた?」
「デレたな」
少しだけ足取りが軽くなった俺たちは、ダンジョンゲートの光の中へと入っていく。
ダンジョンに入ると、いつもの湿った空気が肌にまとわりついた。
大部屋までは15分程度歩くが、ゴブリンと出会うことはない。
かなり出現率が低いっぽいな。
ブタオと雑談しながら大部屋までたどり着く。
薄暗く静まり返った空間に、今日も俺たちの牧場は静かに広がっていた。
目の前にあるのは──檻B。
中では、昨日成体になったオスゴブリンたちが、のんきにゴロゴロと転がっている。
寝てるのか起きてるのか分からない。
だが、この空気の読めなさこそが、ゴブリンという存在なのだ。
「よし、やるか」
俺は背負っていた槍を取り出し、軽く構えてみせる。
「昨日買ったホブゴブリン槍、いよいよデビューだな」
「このために買ったんだからな……やってもらわな困る!」
檻の前に立つと、1匹のオスゴブリンがこちらをじっと見つめてきた。
無言。だけど、わずかに身じろぎするそいつを見て、俺は一歩踏み出す。
「──悪いな。これも仕事だ」
グッと踏み込み、腹部めがけて槍を突き刺す。
「ギャギャッ!」
叫び声とともに、オスゴブリンがのたうつ。
だが、そこにもう一撃。背中に突き立て──さらにもう一撃。
「お疲れっしたぁ!」
「圧倒的に楽です! ありがとうございます!」
「よし、このままサクサクやっちゃいますか」
「おなしゃす!」
その後、同じ手順で残り3体も処理。
突き刺す→うずくまったところを刺す→とどめ、のリズムで粛々と進めていく。
血が飛ぶたびに、心がちょっとだけ削れるけど──
「まあ、魔石があれば、報われる」
「人間って怖いな」
ブタオが疲れた顔でつぶやいた。
すべて倒したあと、檻を解除して俺たちは魔石回収の儀式に移る。
倒れたゴブリンの心臓部分にナイフを入れ、慎重にえぐり出すようにして魔石を摘出。
4体分の魔石をコンビニのビニール袋に入れると、じわっと実感が湧いてくる。
「……よし、回収完了」
「これで四千円か。確実な現金収入って素晴らしい」
「しかも合法」
「それ大事!」
笑い合いながら、袋をリュックに詰める。
ここまでで10分もかかっていない。
時給換算にしたらいくらになるんだろうか。
「次は……出産チェックと赤ちゃん確認だな」
そう、今日の本番はここからである。
殺処分と魔石回収を終えた俺たちは、檻Aへと戻った。
ここには、我らが性獣様ゴブタロウと、メスゴブリン六匹がいる。
昨日までは赤ちゃんだったメスも、飼育スキルのおかげで成体になっているのは遠目からでも確認ができた
「さて……今日は何匹、生まれたかな」
ブタオがわくわくしながら檻の中を覗き込む。
──ゴブリンのメスたちは、ややぐったり気味。
でも、明らかに床に小さな体が転がっている。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……ごぉ?」
「双子ご馳走様です!」
「あざーす!」
「明日は五つ子で頼みます!」
「最大30匹は熱い!」
「にしても本当にこんな楽でいいのかね」
「神様が俺たちに稼ぎなさいって言ってくれてるよの」
「マジかよ。今日からお祈り始めるわ。」
しかし重要なのは数だけではない。
性別の確認だ。
昨日購入した物干し竿一号を右手に。
武装堂の後に追加で購入した物干し竿二号を左手に。
ゴブリンの赤ちゃんを檻の外から檻の端まで二本の物干し竿で移動させる。
ブタオがさっと檻の一部を解除し、赤ちゃんゴブリンを回収して檻を元に戻す。
俺たちは手早く赤ちゃんゴブリンを持ち上げて、性別確認作業に入った。
1体目──オス
2体目──オス
3体目──オス
4体目──オス
「……あと1体か……!」
5体目──
「メス!!」
「よっしゃああああ!!」
ハイタッチが響く。
「これでメスが……七匹!」
「日給7千円の世界線へ辿り着きました」
とりあえず、メスは檻Aに戻しておく。
オス四体は再び処分対象になるので、隔離する必要がある。
「よし、檻Bをもう一度作り直すか」
ブタオが手をかざし、土魔法を発動しようとしたそのとき──
「あれ?」
「ん?」
「……最初から小さく作ればよくね?」
「えっ」
「いや、広めに作ってるから槍が必要だったけどさ、でも最初から小さい檻にしてればよくね? ナイフで届くし、動けねぇし」
「ボン……お前が天才か?」
「知ってた」
というより俺らがバカすぎた。
別に快適な空間なんて作る必要なんてなかった。
俺は目の前で槍を持って立ちながら、思わずつぶやいた。
「じゃあ、この“ホブゴブリン槍”は?」
「いらないこですね」
2人して静かにうつむいた。
「ま、まあ……買っちまったもんは、使えばいい」
「バットよりも距離あるからいいじゃん」
「金払ってない奴は適当でいいな」
「すまんな。今日の魔石を売るお金がないと飯も食えないくらい金ない。」
「マジで貧乏だなお前」
「褒めるな恥ずかしい」
「いつ褒めたんだよ」
結局、成体オスがギリギリ4体並べるような幅70cm、高さ1mくらいの長細い土檻を作成し、そこに赤ちゃんオス4体を収容する。
これ成体になったらめちゃくちゃ狭いだろうな。
でも家賃は0円だから許してくれ。
帰り道にゴブリン一体と遭遇したが、槍を腹部に刺すことで簡単に倒すことができた。
誰だよバットなんてアホみたいな武器使ってるやつ。
ダンジョンを出て、受付嬢に魔石五個を渡す。
「……」
受付嬢はスマホを見ながら五千円札を机に置いた。
「……」
「……」
今日は褒められませんでした。
それだけが心残りです。




