第15話: ゴブリンさん、元気な男の子ですよ
「ふふーん、ふふーん♪」
朝、ブタオの車に乗り込むと、すでに彼はご機嫌モード全開だった。
「テンション高いな」
俺が言うと、ブタオはドヤ顔でサイドミラーを直しながら言った。
「だってよボン、今日から俺たち、1日4匹ペースでメスが増えるんだぞ? これはもう、畜産業界の革命よ」
「まだ1匹は今日成体になるから今日までは3匹だな」
「その中にメスがいたらどうよ? アホみたいに増えてくれるぜ?」
「そこまでうまくないと思うけどな」
エンジン音とともに車が走り出し、窓の外に見える景色が少しずつ緑を帯びていく。
ブタオはハンドルを握りながら、鼻歌まじりに言った。
「それにしても、昨日の3体セットは神引きだったなぁ……マジ、俺ガチャ運あるかも」
「俺ですー。ガチャ運あるのは俺ですー。」
くだらない会話をしながらも、心のどこかで、俺も期待していた。
「着いたぞ、ボン」
ブタオの声で我に返る。
目の前に広がるのは、いつものあの地味なプレハブ施設──青梅ダンジョンゲート管理所。
俺たちは今日も、牧場の最前線へと足を踏み入れる。
入り口の自動ドアをくぐると、いつものようにカウンター奥に──
「……」
無言でスマホをいじる女の姿。受付嬢だ。
「今日も来ましたー!」
ブタオがテンション高く声をかけると、彼女はチラッとだけ顔を上げた。
「……魔石、持ち帰ってねー」
(この対応……なんだかクセになりそうです)
ダンジョンに入り、慣れた足取りで大部屋──俺たちの牧場にたどり着く。
「よう、オス。元気してっか?」
ブタオが軽く手を振ると、檻の中のオスゴブリンがギャギャと喉を鳴らす。今日も元気そうだ。問題は──
「……あれ」
俺の足が止まった。
昨日まで赤ちゃんだったメスゴブリンが、檻の中で立っていた。もう完全に、成体と呼べるサイズだ。
「わかっていたけど成体化早すぎんか……?」
「飼育スキルって神スキルだな」
俺が飼育スキル発動させると、衝撃的な一文が表示されていた。
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【対象:ゴブリン♀】
【状態:妊娠中(進行率6%)】
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「……は?」
「どした?」
「妊娠してやがる」
「ってことはこのオス……」
「「ヤリやがった!!」」
なんて手が早いのだろうか。
成体になったのはつい先ほどのはずだ。
成体になった瞬間に襲うとはなんて野郎だ。
こちらとしては最高に感謝です。ありがとうございます。
俺たちの視線が、同時にオスゴブリンに向かう。
当の本人(?)は、檻の中で尻をポリポリかいていた。満ち足りた顔で。
「ご苦労様です!」
「いつもありがとうございます!」
ここで終わらなかった。
俺は他の2匹のメスゴブリンにも、念のためスキルを向けてみた。
──妊娠中(進行率:5%)
──妊娠中(進行率:5%)
──妊娠中(進行率:5%)
「……いや、お前さぁ!」
「仕事熱心すぎるだろ!!」
「それに成体になったばかりのゴブリンの進行率が微妙に高いのよ!」
「このロリコン!」
「若い女がいいってか!」
「俺もそうだ!」
「俺もだ!」
ブタオと声を揃えて突っ込む。
まさかの全員妊娠。繁殖速度が、完全に想定を上回っている。
「こりゃすぐに百匹とかいきそうだな」
「もうメスゴブリン探しに行かなくていいかもな」
リュックサックに入っている業務用チョコレートを鷲掴みして檻の中に投げる。
「……あとは、あれだな。赤ちゃんゴブリンがまた出てきてないか確認しよう」
「うん……なんかもう怖い」
俺たちは大部屋の隅を確認するため歩き出した。
「──いた」
大部屋の隅っこ。檻の影に、赤ちゃんサイズのオスゴブリンが3匹、ゴロンゴロンと転がっていた。
「お、ちゃんと生まれてるな」
「四匹いるな」
「あれ、三匹のはずでは?」
「うーん、一匹のメスが二匹産んでも不思議ではない」
「多産かよ!!」
これはいい方に期待を裏切ってくれた。
確かに一匹ずつ産むって決まってるわけじゃないよな。
これは本当に百匹まで一瞬かもしれない。
「にしても、無造作に転がりすぎじゃね」
「母親としての愛情とかはないんだろうな」
「すぐ生まれるもんな」
「何十匹も産んでたらそうなるか」
ブタオが赤ちゃんゴブリンに近づこうとして、ピタッと止まる。
「これ、檻の中なんだよな。どうやって出す?」
「チョコで釣るか?」
「まだハイハイもできそうにないぞ」
モゾモゾ動いてるが、移動速度はカタツムリ以下。
ずっと泣いてるのもいれば、他のゴブリンのケツをかじってるやつもいる。
「よし、手前に寄せよう」
俺たちは慎重に、檻の外からバットでちょんちょんと赤ちゃんゴブリンをつつき、手前まで転がしてくる。
今回はちょうどバットが届く距離にいたからいいけど、奥の方にいたらどうすればいいだろうか。
帰りに物干し竿でも買っておくか。
ちなみにメスゴブリンたちは赤ちゃんゴブリンを移動させても興味を示さなかった。
「──ブタオ、ここだけ檻を解除してくれ」
「任せろ。ふんぬぅ!」
ブタオが両手を構え、地面を睨む。
──ズズッ。
檻の土壁が、赤ちゃんゴブリン四匹分の幅だけ、ずるりと地面へと吸い込まれるように消えた。
「成功!」
「よし、回収急げ!」
俺たちはさっと腕を突っ込み、四匹の赤ちゃんゴブリンをひょいひょいと掴んで引きずり出す。
回収が終わったらブタオが土魔法で檻を元に戻しておく。
「なんだこれ、子猫拾ってるみたいだな……」
「いや、これは拾ってるんじゃなくて、将来の金の卵を確保してるんだ」
「性別は……」
「全部オスか」
「くぅー! 流石にメスはいないかぁ!」
「そこまで甘くはなかったな」
今回の収穫はオス四匹。まあ上々だろう。
それより、まさか人類がゴブリンの赤ちゃんを品種管理して檻に分ける時代が来るとは思わなかった。
俺たちは、四匹の赤ちゃんを新たな檻に移し、そっと寝かせた。
「……よし、オスの隔離は完了だ」
「問題は、こいつらが成体になった時だな」
俺とブタオは檻越しに、スヤスヤと寝息を立てる赤ちゃんゴブリンたちを見つめた。
「……こいつら、24時間後には──」
「魔石になります」
「俺らの給料だな」
「ゴブリンがお金に見えてきたわ」
「眼科に行ってこい」
ブタオに眼科を勧めた俺だが、本音を言うと俺もお金に見えてきた。
いい子(いい品質の魔石)に育つんだぞ。
「どうするよ?」
「何が」
「この後メス探しするか?」
「……いや、やる気出ないわ」
「帰るか」
「帰りましょう」
このあと受付嬢に魔石が一個もないことを伝えて、ゴミを見るような目で見られたのはちょっと傷つきました。




