第12話: ゴブリンさん、出産する
朝6時。
目覚ましより早く目が覚めた。
(……緊張してるな)
ダンジョンで初めてゴブリンを見た日も、
初めてスキルが発動した日も、
ここまで心臓がバクバクすることはなかった。
今日は──
ゴブリンが産まれる。
アニメを見て集合時間まで過ごすが、内容が全く頭に入ってこない。
どうにか時間をつぶし、ブタオとの約束の10時をむかえた。
俺はリュックを背負って、外に出る。
まだ空気はひんやりしていて、遠くでカラスが鳴いている。
5分も待たずに、見慣れたブタオの軽ワゴンが角を曲がってやってきた。
「おっすー!」
窓を開けて、ブタオが満面の笑みを浮かべる。
「……お前、なんでそんなにテンション高いんだよ」
「出産に立ち会うって、人生でそうそうないぞ? 初体験よ、初体験!」
「いや、俺たちが産むわけじゃないからな」
「でも、初孫みたいなもんじゃね?」
「やめい」
助手席に乗り込むと、ブタオはウキウキでスマホをダッシュボードにセットしていた。
「今日はBGMも完璧。ほら、“出産”って言ったらこれでしょ」
スピーカーから流れ出したのは──
なぜかベートーヴェンの『運命』。
「ドゥンドゥンドゥンドゥン……って! 不吉すぎるわ!」
「いや、だって今日の俺たちの“運命”が、ここから変わるんじゃね?」
「名シーン感出すな! ゴブリンの出産だぞ!?」
「でもさ……もし、昨日倒したあのオスが父親だったとしたら……」
「やめろ、その“仮定”が一番重いわ!!」
「いやもう……責任、取らなきゃいけない気がしてきた……」
「勝手に親戚面すんな!」
そんな会話をしながら、車は西へと進む。
コンビニ前を通るたびに「あ、おむつ買っとく?」とかふざけてくる。
「あとミルクな、チョコ味でいいか?」
「育てる気満々かよ……」
青梅の街並みが見えてきた頃には、車内はすっかり静かになっていた。
俺もブタオも、妙な緊張感に飲まれていた。
「……なぁ、ほんとに、産まれるのかな」
ブタオがぽつりと漏らす。
「産まれるよ。スキルが言ってた。“出産予測:12時間後”って」
「そっか……」
信じるしかなかった。
俺たちは、魔物の命に、期待している。
魔物の命に、未来を賭けている。
(……行こう)
青梅ダンジョンゲート管理所の看板が見えた。
いよいよだ。
【青梅ダンジョンゲート管理所】
「はいはい、二名ね〜。魔石、忘れないでね〜」
受付嬢は今日もスマホをいじりながら、やる気ゼロで応対してきた。
だが俺たちはもう慣れたもんだ。
「了解でーす」と軽く流して、ブタオと拳をコツン。
──いざ、突入。
「出産立ち会いとか、マジで初体験だな……!」
「うるせぇ、静かにしろ。ダンジョンの空気、いつもより重い」
「お前のプレッシャーが重いだけだよ」
ぬるっとした空気の中、俺たちはいつもの道を急ぎ足で進む。
暗がりの岩壁。ぬかるむ土の床。馴染みのルートが、今日はやけに長く感じる。
(間に合え……!)
自然と足が速くなる。
「おい、見えてきたぞ!」
──そして、大部屋に到着。
土で組まれた即席の檻。
中には、昨日捕らえたメスゴブリンの姿。
「……!」
体を丸め、苦しそうに呼吸していた。
「始まってる……!」
まるで嵐の前の静けさ。
いつもはギャーギャー暴れていたゴブリンが、今日は唸り声すら漏らしていない。
「うわ……マジか……」
ブタオが圧倒されたように呟く。
檻の中、メスゴブリンの腹部がわずかに膨らんでいる。
額には汗。目を閉じ、歯を食いしばっていた。
「ボン……これ、ヤバくね?」
「ヤバいな……来るぞ」
俺たちは、何もできず、檻の前で立ち尽くすしかなかった。
ブタオが言う。
「コーラとポップコーン持ってきたぞ」
「映画かよ!」
「食べないの?」
「……食べる」
二人で檻の前に座ってポップコーンを食べながらメスゴブリンを見る。
「頑張れー!」
「お母さんになるんだー!」
「そこ! もうちょい力んで!」
「あー惜しい!」
ヤジを飛ばしているとメスゴブリンが短く叫んだ。
「……ギィィ……ッ!!」
「きた!」
下腹部を押さえ、ぐっと力を込めたその瞬間──
何かが、ぬるりと滑り出す。
「出てる、出てる!!」
ブタオが目を見開き、檻に顔を近づける。
そして──
ぷるん。
淡い緑色の、小さな、小さな命が、地面に落ちた。
小さな体が、ビクンと震える。
「……キャッ……キャッ……」
弱々しくも、生きている。
生まれた!
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【スキル『飼育』が発動しました】
【対象:ゴブリン(新生児)】
【効果:成長促進】
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俺の頭の中に、冷たい機械音が響いた。
「効いてる……スキル、効いてる……!」
「まじか! まじか!!」
二人でひとしきり騒いだ後、赤ちゃんゴブリンを落ち着いて見る。
「かわい……くはないな」
「ああ、ブサイクだ」
「まるでお前のようだな」
「俺、絶対に結婚しないわ。子供が可哀想だ。」
「お前と結婚する人なんていないよ」
「夜道に気をつけろよ。後ろから車で轢くわ。」
「おまわりさんここでーす!!」
しばらくふざけあった後、ブタオがそっと口を開いた。
「性別確認、する?」
「……ああ。大事だからな」
俺は丁寧に土檻の扉を開け、メスゴブリンに警戒されないようゆっくりと近づいた。
メスゴブリンは俺たちに向かってキィキィと叫んだが、やや衰弱気味で立ち上がりはしなかった。
「……よし、確認するぞ」
ぬるぬるとした小さな体。まだ目も開ききっていない。
「いくぞ……」
ブタオがゴクリと喉を鳴らす。
俺はそっと、赤ちゃんゴブリンの足を開いて間に例のブツがあるかを確認した。
「……っ!!」
「どうだ!? どうなんだ!?」
「──ぶら下がってない!」
「メスだああああああ!!!」
またしても、俺たちはダンジョンの中でハイタッチ。
もう何度目だろう、この叫び。
でも今回はレベルが違う。まさかの、二世代連続メス。
「やっべ……流れ来てるわ……」
「富豪への道が開かれました!」
俺たちは浮かれながらも、冷静さも取り戻しつつあった。
「ブタオ、檻分けよう。赤ちゃんは別で管理しよう。」
「任せろ、任せろ〜」
ブタオが土魔法でミニサイズの檻を作る。
ほんの一畳分くらいのスペース。だが新生児には十分すぎる。
俺はそっと赤ちゃんゴブリンをその中に入れ、檻の扉を閉める。
ふにゃふにゃと動く小さな体。まだ視線は定まらないが、どこか俺たちを見ている気がした。
一方、メスゴブリンは檻の隅でうずくまったままだが、目だけはこちらを追っていた。
「なんか、見られてるな……」
「親の目だな」
「メスゴブリンよ安心しろ。メスは大事にする。」
「オスは?」
「魔石にします」
「最高です」
残酷かもしれないが、もともとの計画ではそうなのだ。
良心がちょっとは……痛まないな。
ゴブリンだと全く痛まないわ。
早くゴブリンの数を増やしたいわ。
「よし、じゃあ次はメスゴブリンとオスゴブリンを同じ檻に入れるか」




