第100話: ダンジョン管理所月次報告会②
ボンたちが帰った次の日、私はカウンターの上に置かれた端末を見つめていた。
表示されているのは、昨日の換金記録。
いつもの魔石とは違う。
小さなものが山ほど並んでいるわけでもない。
画面の端に、一億円という赤い数字がひとつ残っている。
一億円。
管理所の換金機がそんな金額を弾き出す魔石なんて、そうそうない。
少なくとも、青梅ダンジョンの受付をしていて見るものではない。
私は小さく息を吐いた。
「本当に、何を拾ってくるのよ」
誰に言うでもなく呟く。
昨日のうちに、秘書には一報を入れておいた。
さすがにこの金額を黙っておくのは怖い。念のためだ。
端末を閉じる。
カウンターの向こう側には、もう誰もいない。
ボンたちは昨日、あの馬鹿みたいに大きい魔石を前にして、バカ騒ぎをして帰っていった。
私は席を立ち、受付奥の小さな扉へ向かった。
今日は月次報告会の日だ。
前回と同じように、地下の会議室へ向かう。
階段を下りると、ひんやりした空気が肌に触れた。
地上の受付は古いプレハブみたいな建物なのに、地下だけは妙にしっかりしている。
コンクリート打ちっぱなしの殺風景な部屋。
大きすぎる丸テーブル。
私のためだけに置かれた椅子。
私は椅子に座り、テーブル中央の円盤型装置に手をかざした。
──起動。
低い音とともに、装置が淡く光る。
青い光が天井へ伸び、ひとつ、またひとつと人影を結んでいく。
スーツ姿の男。
制服姿の少女。
帽子を深くかぶった老人。
派手な女。
無愛想な男。
相変わらず、濃い面子だ。
日本各地のダンジョン管理者。
このうちのほとんどが現役でダンジョンを攻略している。
十二人目の姿が投影され、全員がそろった。
前回と同じパンツスーツの女性が一歩前に出る。
「それでは、これよりダンジョン管理所月次報告会を始めます」
まばらな拍手が起きる。
誰も本気で拍手していない。
でも、しないと始まらないからしている。
こういうところは、どこの組織も変わらない。
「まずは各管理所の魔石納品総額から報告いたします」
パンツスーツの女性が淡々と告げた。
月次報告会の最初は、毎回これだ。
どの管理所が、どれだけ魔石を納品したか。
探索者が持ち込んだ魔石の総額。
ダンジョンの稼働力。
管理者の実力。
そして、だいたいのところ、見栄の殴り合い。
「1位、銀座ダンジョン。納品総額、1兆23億8810万円」
部屋のあちこちから、低い感嘆の声が漏れた。
ついに一兆を超えたらしい。
銀座は相変わらず強い。
銀座の管理者、黒木ミナミは、涼しい顔で眼鏡を押し上げていた。
腹が立つくらい似合っている。
「2位、渋谷ダンジョン。納品総額、9348億1120万円」
隣から、低いうめき声が聞こえた。
「また銀座に負けた……」
渋谷ダンジョンの管理者、菅原サツキが拳を握っている。
前回も同じようなことを言っていた気がする。
たぶん来月も言う。
「サツキさん、今月も十分すごい数字ですよ」
誰かがなだめるように言った。
「そういう問題じゃない。銀座ダンジョンに勝つか負けるかの問題だ」
サツキが短く吐き捨てる。
いつも通りだ。
その後も、各地のダンジョン名と納品額が読み上げられていく。
大都市のダンジョンは桁が大きい。
地方の主要ダンジョンでも、数十億、数百億は珍しくない。
青梅は、前回までそこに並ぶような場所ではなかった。
そもそも比べる位置にすらいない。
今までの青梅は、ダンジョンというより、魔石を産まない古い穴だった。
そして、パンツスーツの女性が、ほんの少しだけ間を置いた。
「最後に、青梅ダンジョン」
その瞬間、サツキがこちらを見た。
露骨だ。
前回の1795万円が、まだ引っかかっているらしい。
「納品総額、5億7428万9000円」
静かになった。
さっきまで、桁違いの数字がいくつも並んでいた。
銀座や渋谷に比べれば、5億なんて小さい。
小さいはずだ。
けれど、ここにいる全員が知っている。
青梅ダンジョンは、そういう場所ではない。
数十年まともな納品がなく、管理者も探索しない。
人が寄りつかず、ゴブリンばかり出る。
そんな場所が、前回の1795万円から、一気に5億を超えた。
「青梅?」
誰かが呟いた。
「あそこ、ほとんど稼働してなかったはずだろ」
「一ヶ月で何があった?」
「ゴブリンしか出ないんじゃなかったのか」
ざわつきが広がる。
私は肩をすくめた。
できるだけ、どうでもよさそうに。
本当は、どうでもよくない。
どうでもよくないどころか、こっちが一番びっくりしている。
でも、表に出す必要はない。
サツキが一歩こちらへ近づくように、ホログラムの姿を揺らした。
「ゆき」
「なに」
「説明しなさい」
「納品しただけだけど」
「青梅で5億? あり得ない。誰を抱え込んだ?」
「優秀な探索者が来ているだけ」
「どの階層まで潜らせている?」
「探索者の個人情報」
「青梅でそんな額が出るわけないでしょ。あなたが潜ってるんじゃないの?」
「私はもう探索はしないわ」
サツキの眉間にしわが寄る。
怒っているというより、納得できない顔だ。
ゴブリンの牧場。
ゴブリンの軍隊。
ゴブリンの地竜討伐。
並べると意味が分からない。
説明したら、たぶんもっと意味が分からない。
「少なくとも、不正ではないわ」
私はそれだけ言った。
「魔石は正式に換金機を通している。納品記録もある。管理所の手数料も引いている。それ以上のことは、探索者本人に聞いて」
「その探索者を教えなさいって言ってるの」
「個人情報」
「便利な言葉ね」
「便利だから使ってる」
サツキが舌打ちした。
その横で、黒木ミナミがくっくと小さく笑う。
「面白いですね。青梅に、そこまでの探索者が現れるとは」
「面白がらないで」
「失礼。ただ、興味はあります」
「持たなくていい」
本当に持たなくていい。
黒木みたいな人間に興味を持たれると面倒だ。
あいつらがあの調子で自由に稼げるのは、青梅が静かだからだ。
余計な目が増えると、ろくなことにならない。
「よい」
白髪の老人、二宮ギンが口を開いた。
場のざわつきが、すっと引く。
「納品が正式であるなら、今はそれでよい。各管理所にも探索者の秘匿情報はあるじゃろう。無理に暴くものではないぞ」
「会長」
サツキが不満そうに声を出す。
「ただし、ゆき」
ギンの視線がこちらへ向いた。
「青梅で何か異常があれば、すぐに報告せよ」
「はい」
私は短く答えた。
異常。
その言葉だけなら、もう毎日のように起きている。
ただ、それを全部報告したら、会議が終わらない。
パンツスーツの女性が資料を切り替えた。
「続いて、共有事項に移ります」
空気が変わる。
納品額のざわつきとは別の、重い沈黙が降りた。
「前回報告した、魔物の階層移動についてです」
前回は、たしか3件だった。
渋谷ダンジョンの5階層相当の魔物が、4階層で確認されたという話。
その時点でも、十分に嫌な兆候だった。
「今月確認された同様の目撃情報は、全国で112件です」
誰もすぐには喋らなかった。
112件。
一気に増えている。
一件や二件なら、異常個体で済む。
十件でも、まだ偶然や記録違いを疑える。
百を超えると、もう現象だ。
「112件……?」
「増えすぎだろ」
「初心者の探索者が巻き込まれるぞ」
「深層を探索してる奴らの方が危険じゃないか?」
管理者たちの声が重なり始める。
さっきまで青梅の納品額で騒いでいた空気が、一気に実務の顔へ変わっていく。
さすがに、そこは管理者だ。
「現時点で、複数のダンジョンにおいて、下層相当の魔物が上層へ移動した可能性があります。特に、秋田鉱山ダンジョンから重大な報告が上がっています」
秋田。
私は、端末を持つ手に少しだけ力が入った。
「秋田鉱山ダンジョン10階層にて、地竜と思われる個体の出現が報告されました」
ざわ、と部屋が揺れた。
「地竜?」
「10階層で?」
「本来のボスは何だ」
「アイアンゴーレムのはずです」
パンツスーツの女性が答える。
「登録上、秋田鉱山ダンジョン10階層のボスはアイアンゴーレムです。地竜は、当該ダンジョンでは20階層相当の魔物と推定されています」
今度は、はっきりとしたどよめきが起きた。
「20階層相当の魔物じゃないか」
「これは本当にやばいな」
「10階層も上がってきたのか」
「地上にまで出てきたら洒落にならないぞ」
サツキも、さっきまでの追及する顔ではなくなっていた。
鋭い目で資料を睨んでいる。
「討伐は?」
「すでに討伐済みです。討伐したのは青梅ダンジョンの探索者ですね」
昨日、私が報告しておいた。
流石に報告しないとまずい案件だったから。
言えるわけがない。
本当に地竜を倒したのは、ゴブリンたちだと。
黒鉄装備を運び、大量に使ったのも、ゴブリンたちだと。
それを持ち帰り、青梅の管理所に納品したのも、ゴブリンたちだと。
全部、知っている。
私は地竜が10階層に出たと聞いても、そこまで驚かなかった。
いや、正確には驚いた。
驚いたけれど、私が本当に固まったのは、あの魔石を見た瞬間だった。
地竜が出たことではない。
秋田のダンジョンに勝手に行ってきたことでもない。
あの子たちが、地竜の魔石を持ってきたこと。
つまり、あの子たちが地竜を倒したこと。
ボンたちは、たぶん分かっていない。
あれがどのくらい危険な魔物なのか。
20階層相当という言葉の重さ。
普通の探索者チームなら、遭遇した時点で全滅を覚悟する相手だ。
それを、ゴブリンをぶつけて、ゲート越しに観戦して、最後に魔石を持ってきた。
おかしい。
何度考えてもおかしい。
「ゆき」
サツキの声で、私は意識を戻した。
「なに」
「今の報告、青梅の探索者が地竜を倒したって言ったわよね」
今さら誤魔化しようがない。
「言ってたわね」
「本当に、あなたのところの探索者なの?」
「報告がそう言ってるなら、そうなんじゃない」
「はぐらかさないで。誰が倒したの」
「個人情報」
「また便利な言葉ね」
「便利だから使ってる」
なぜわざわざ教えてあげる必要があるんだ。
「秋田までわざわざ遠征させたの? そんな有名なダンジョンがあるわけでもないのに」
「さあ」
サツキの視線が細くなる。
私は顔色を変えない。
受付でスマホを見続ける日々は、こういう時に役に立つ。
感情を顔に出さない訓練としては、わりと悪くない。
ギンが静かに口を開いた。
「今は推測で個人を追う段階ではない。全管理所は、上層の巡回と退避手順を再確認せよ。特に、10階層前後に未熟な探索者を入れる場合は、必ず警告を徹底することじゃ」
「はい」
管理者たちが頷く。
会議はその後も続いた。
監視カメラの増設。
ゲート封鎖基準。
探索者への注意喚起。
話はどれも真面目で、必要なものだった。
私は端末に必要な情報だけを淡々とメモする。
でも、頭の片隅にはずっと、あの巨大な魔石が残っていた。
あいつら、次に何を持ってくるんだろう。
ちょっとワクワクしている自分にびっくりする。
私も随分とあいつらに毒されているらしい。
来月の報告会が、今から少しだけ楽しみだった。
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
ついに100話いきました! 皆様のおかげです!
「青梅、まさかの5億円」
「地竜討伐、犯人はゴブリン」
「ゆき、若干毒されてきた」
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