6杯目 まずは一発、謝罪をドン!
「すみませんでしたァーーーーーッ!」
それはもう見事な土下座であった。
「あらあら……」
菓子折りを受け取った『シモン・バー』の店長、シモンさんは困ったように頬に手を当てる。
言うまでもなく、連日の騒動についての謝罪である。
開店前に店に押しかけておいて謝罪というのもどうかと思うが、こういうのは早いに越したことはない。ウメワリィのせいで何度も頭を下げてきた経験が活きた。
「そんなに気を使わなくてもいいのに~」
「二日連続で騒ぎを起こした挙句フルチン振り回して謝罪の一言もなかったら人としてヤバいでしょう」
「確かに言葉にするととんでもないわねぇ」
シモンさんは呆れたように笑い、ちょっと待っててねぇと言ってバックヤードに戻った後、お味噌汁と共に戻って来た。
我とウメワリィは店長が勧めるままにそれを口へと運んだ。
ああ。
二日酔い明けの身体に、染みる。
ウメワリィは早々にふにゃふにゃになり、テーブルに突っ伏して二度寝を始めていた。
「お酒って不思議よねぇ、大人しか飲めないのに、飲んでる最中は子供みたいにはしゃいで」
ここ数日の痴態を思い出す。
ゲロ、喧嘩、野球拳。
確かに、いい歳した大人がやる事ではなかった。
「……私ね、飲んでる人を見るのが好きなの」
「それはもう、この店のアルコール濃度が物語ってますから」
「バレちゃってたか~」
てへ、と舌を出す店長。
「こう見えても大人のおねーさんだからね、私も色々あったのよ」
彼女の視線がカウンター隅の席へ向かう。
そこは、配信者ランキング10位、そしてシモン店長の元パーティー仲間、ミルティさんの定位置だった。
「真面目に真っ直ぐ生きていくのって、とーっても立派なことなのだけれどね……でもそれってすっごく疲れちゃう」
「…………」
「張りつめた糸が切れないように無理をして、自分を傷つけて。それでいつか、本当に切れてしまって取り返しがつかない事になる……そんなの、あんまりでしょう」
その言葉は、身に覚えがあった。
ただ前だけを見て、周りを見ていなかった自分。
「キンミヤくんは、ウメワリィちゃんと再会してどう思った?」
横でふにゃふにゃになっているピンクの塊を見て──多分、聞かれていないだろうと思い。
「楽しかったです。久しぶりに、子供の頃へ戻ったみたいで、その」
自分でも驚くほどに、素直な言葉が出た。
「子供の頃。まだ自分には無限の可能性があると思っていた頃。きんぎょに追いつけると、何の根拠もなく信じていた頃 」
たくさんの現実を見て。
もう考えないようにしていた気持ち。
「大人になって忘れていた、あの時の気持ちを思い出したんです」
「……」
「自分の始まりが、子供の頃に抱いた無謀な夢だったんだって」
口にすると、胸の奥が少し熱くなった。
「だから、その。いまだに自分でも半信半疑で……揺らいでいて、信じ切れていないし、何言ってるんだろうって冷静な自分もいて、どうかしてるって、思うんですけど」
そう、どうかしている。
聞き分けのない子供のわがまま。
「ウメワリィと一緒なら、もう少し、子供でいられると思うんです」
「そっかぁ」
シモンさんは柔らかに微笑んで、頭を撫でてくる。
「良い顔になったね、少年」
それが少し嬉しくて、こそばゆくて、照れ笑いで誤魔化した。
「で、良い空気の所悪いんだけどね」
シモン店長はウメワリィの方に視線を送り、我の視線もそれに追従し。
ふにゃふにゃになって二度寝していた筈の彼女の耳が、真っ赤になっていることに気が付いた。
「なっ、あっ、あぁぁ……!」
「い、いやぁ照れますね……あ、あの、私いま多分凄い顔しちゃってるので、なるべくこっちを見ないでくれると、その、うれしい、です……」
「う、うむ……」
お互い顔を合わせられずに下を向いていると、シモン店長は「お邪魔モノは退散しましょうかしら~」と言ってバックヤードに戻っていく、おい、勘弁してくれ。
気まずい沈黙が流れ……ずっと言おうと思っていたことを言う決意を固め、言葉を発する。
頭を下げながら。
「ありがとう……貴様のおかげで、大事なことに気が付くことができた」
「あ、あはは……私が勝手にやったことですから」
「それでも、だ」
「……」
「その上で……すまん。我は、貴様の気持ちに応えることはできない」
「……それは、私がいっぱい迷惑をかけちゃってるからですか?」
不安げに伏した目。
「違うッ!」
それが何故だかすごく嫌で、自分が思っているよりも数段大きな声が出てしまい。
「違うんだよ……」
続く言葉は蚊が鳴いたように弱い。
「──きんぎょを倒すまで、そういった事は考えられない。我は不器用だからな。きっと貴様と過ごすのは楽しくて……我はきっと本質を見誤ってしまう。ウメワリィから貰った最後のチャンスを無駄にしないためにも、今はダンジョン配信の事だけを考えていたい」
そして、ウメワリィは。
「チッ……やはり弱っている所に付け込んで1発ヤっておくべきでしたか……」
「おい」
──救われた。
いつも通りの、悪ふざけ。それが彼女なりの優しさだと、我は知っていた。
ウメワリィは呆れた顔で笑って。
「まったく、改めて何を言うかと思えば。恋する乙女舐めんなって感じですよ」
ため息をひとつ吐き、やれやれといった感じで続ける。
「そんな覚悟はもうとっくに済ませてるんですよ、こっちは」
彼女は真剣な目でタブレットの画面に資料を表示させ、こちらに見せる。
そこに書かれていたタイトルは。
『人類最強・きんぎょ攻略計画』
「きんぎょちゃんを倒すのは、普通の手段ではまず不可能でしょう」
「……ああ、それはよく知っている」
だから、と言ってウメワリィは次の資料を表示させる。
「この世界に君臨する、9人の別格配信者」
ダンジョン配信者ランキング。
第10位──近距離戦に限れば人類最強に匹敵する打撃手。
『黄金の右腕』 ミルティ。
第9位──老若男女お茶の間で知らない人はいない、大人気マスコットにして装着者。
『バラエティの怪物』 ポヨヨン。
第8位──千の貌を持ち、ダンジョンすら騙し通す異装者。
『サキュバスレイヤー』 えだまめ。
第7位──一切の魔力を持たず、鍛え抜かれた肉体と頭脳でダンジョンを攻略する人間。
『人類到達点』 満智院 最強子。
第6位──攻略不可能ダンジョン、ポイント・ネモに君臨する女帝。
『異界氷皇姫』 シトリス。
第5位──全ての配信に目を通し、活動開始以来ダンジョンでの死傷者をゼロにした監視者。
『安楽椅子配信者』 キャンディ。
第4位──100人の科学者が打倒人類最強を掲げ造り出した最強の機械。
『叡智の最終結論』 スクラップくん。
第3位──圧倒的再生回数を誇り、動画のクオリティや投稿頻度では他の追随を許さない配信者。
『配信王』 ビカキン。
第2位──あらゆるチートを使いこなし、攻略不可能ダンジョンを次々に踏破していった異世界からの来訪者。
『主人公』 ビアー。
──そして、その頂点に君臨するのは。
第1位──『人類最強』 きんぎょ。
「この人たちを全員倒して、レベルアップして──きんぎょちゃんを倒せるくらい強くなりましょう!」
何をさらっと言っているのだこの女は。我がいままで勝手に諦め、勝手に閉ざしていた未来を、当然のように再び目の前に並べてみせるのだ。
「で、全部が全部、丸く収まったそのあとに」
ウメワリィは一呼吸置いて、いつもの悪戯っぽい顔で言った。
「私と付き合ってください!」
こちらに向かって手を差し伸べながら。
いつもの悪戯を計画するのと同じテンションで紡がれた言葉に、思わず絶句してしまう。
ウメワリィの言っていることは滅茶苦茶である。
運よく動画が伸びただけの自分が、別格配信者たちに挑もうなど、無謀もいいところ。
それを、本気でやろうと言っているのだ、ウメワリィは。
しかも、こんな自分なんかと恋人になるために。
たった一つの恋のために、別格配信者達へ挑み──人類最強を倒そうというのだ。
そのために6年もかけて計画を練ったと、そう言っているのだ。
大した根拠もなく。
ただ自分たちなら出来ると無根拠に信じて。
無理、無茶、無謀。
誰がどうやったって止めるべきである。
しかし。
「ああ──」
差し出された手を、まっすぐに握り返して、
「それはなんというか、楽しそうだな」
ウメワリィと一緒にやるのであれば、不思議となんだって出来そうな気がしてしまう。
「まず最初に攻略するのは」
ウメワリィの視線が、『シモン・バー』の一角に注がれる。
カウンター席の一番右。いつもそこを定位置としているのは。
ずっと同じ酒場にいて、憧れて見上げるしか出来なかったその人は。
近接戦闘のエキスパートにして、刹那の時であれば人類最強を圧倒すると豪語する打撃手。
「ダンジョン配信者ランキング第10位──『黄金の右腕』ミルティ」
ああ、そうだ。きっと二人でなら。
「彼女を倒して、私たちの名前を世間に轟かせましょう!」
今なら、届く気がする。
──子供みたいな、無根拠な自信でも。この手の中に、確かにある。
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