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5杯目 二日酔い明けの朝って、妙な達成感がある

 もう二度と酒なんて飲まん。

 がうんがうんと痛む頭を抑えながら、そう誓った。


 寝起きのぼんやりした頭で、現状を確認する。

 自宅のベッドで寝ている。

 そこは間違いがない。

 ──よく帰って来たな、偉いぞ我。

 持ち前のポジティブシンキングを活かし、元気を取り戻す。

 酔いつぶれた醜態については考えないこととした。これが人生を上手く生きるコツだ。


 重い手つきで携帯を確認すると……13時。

 日課だったランニングの時間はとうに過ぎていた。

 ……もう、今日はいいか。

 久しぶりに大きな声で叫んで喉は痛いし、身体も怠い。『最悪』以外の感想は特にない。


 でも、少しだけ。

 本当に少しだけ、思いっきり感情を吐き出して、すっきりした気もする。


 ここのところ睡眠時間は削りがちだったし、正直言って思いつめてもいた。

 全身の力を抜いて、どこかに視点を合わせることもせず、ただぼーっと虚空を眺める。

 たまには、こんな日があってもいいのかもしれないと思う。


 それから、少しして。

 腹の虫が鳴って、そろそろ起きるかと、ベッドに手をついたその時。

 隣に、むにゅっとした感触。


「ひやっ……あんっ……」


 ……なんというか、かわいい声だった。聞かなかったことにしたかったのだが、残念なことにその柔らかさと甘い声は脳に焼き付いてしまっていた。

 隣で寝ていたウメワリィが顔を真っ赤にしながら、胸を押さえて身を縮めている。


「……聞きました?」

「いや、その……」

「妄想の中ではもうなんでもやったりますよって感じでしたが……いざこうなってみると、思ったよりも恥ずかしいものですね……」

「そうなのか……」

「いやもうすっごいですからね、頭の中ではぐっちょんぐっちょんですから。片思い拗らせ乙女の妄想力舐めんなって感じですからマジ」

「ぐっちょんぐっちょんなのか……」


 ……助けてくれ。誰に、何をとは言えないが、とにかく助けてくれ。


「「……………………」」


 気まずい沈黙が流れる。


「お、乙女の柔肌を弄んだってことは、その、責任とか、と、とっちゃう感じですかー……?」


 視線を右往左往させ、指を無駄に動かして、しどろもどろになりながら、ウメワリィは必死に言葉を紡ぐ。明らかに無理をして『いつもの感じ』にしようとしてくれているのが明白だった。

 普段のアホみたいなテンションなら、こっちも軽く流せるのに。

 そんなに可愛い反応で、しおらしくされると、やりづらいにも程がある。


 自然と視線が、胸に、唇に移っていく。

 脳裏にこびりついた柔らかさが、ミントの匂いが、甘く脳髄を犯し。


 ごくり。

 唾を飲み込む音が、やたら大きく響いた気がした。


「そ、そういえば昨日の勝負の結果だが」

 ──空気を変えるため無理やり言葉をひねり出した、その瞬間。

 トントン、と控えめなノックの音がした。


 ……やばい。


 ゆっくりと、時間がスローモーションになっていくような錯覚。

 トントン。


 ………………やばいやばいやばい!


 冷静に今の状況を俯瞰して考える。

 酔って帰宅し、女性を自室へ連れ込み、同じベッドで寝た挙句、二人とも微妙に服が着崩れている。


 やばいなんてものではない!!!


「に・い・さーん?」


 声がした。

 耳ではなく、背骨の奥のほうに直接響いてくるような。

 振り返った先、部屋の入り口に、鬼がいた。

 笑顔の仮面をかぶったまま、何かを察した目で、こちらをじっと見つめ──。


 終わった……。



「朝帰りに同衾、兄さんが不良になってしまいました」

 先ほどまで鬼の表情でこちらを詰めていたきんぎょは、怒るのにも飽きたのか、さめざめと泣いてこちらの心を責め立てる。


 あれから居間に移った我々は事情聴取を受けている。

 もちろん、我々の姿勢といえば、それはもう見事な正座であった。


「いや、あのだな……あれはその、違っていてだな……」


 おろおろ。

 妹と喧嘩なんてしたことがないし、怒らせてしまった時にどうすればいいかなんてまるで分からない。

 なんとか弁解しようとするも、何の言い訳も浮かんでこない。

 そうして頭を抱えていると、

「ぷっ……兄さんの慌てる姿、久しぶりに見た気がします」

 きんぎょが笑いだし、ウメワリィの元へ移動し、

「「いえーい!」」

 と、ハイタッチを決めた。6年ぶりの再会とは思えない親密さだった。


「ウメちゃんさんが遂にこちらへ来るというのは伺っていましたので、こうなるかなーとは思って休みを取っていましたから」

「……そうなのか?」

「薄情な兄さんとは違って、私はウメちゃんさんと連絡を取り続けていましたので」

「……知らなかった。黒澤塾の頃から仲がいいとは思っていたが、ここまでだったとはな」

「ウメちゃんさんは、素直で物怖じしなくてこんな私のことも怖がらず一緒にいてくれる、大好きなお友達ですからね、当然ですよ」

「えへへー……はっ! ってことは、きんぎょちゃんはついに私としんゆーの結婚を認めてくれるってことですよね! ありがとう、大好き!」

「いえ、それとこれとは話が違いますね、こんな酒癖と性格の悪い人、絶対に兄さんとは結婚させません」

「な……ッ!」


 そんなに仲は良くないのかもしれない。

 見事な梯子の外しっぷりに、あのやかましいウメワリィですら言葉を喪った。

 うん、流石に我でもちょっと同情するぞ、結婚はしないが。


「まったく、再会初日から同衾だなんて妹は悲しいです。有名人になったからって早速調子に乗ってしまうとは」

「有名人? 我が?」


 何のことだと頭に疑問符を浮かべていると、ウメワリィが隣でドヤ顔をしている。


「このウメワリィ、約束は守る女です」

「いやだから何の話だ」

「昨日の勝負、憶えていますか?」

「ああ、ゴマレバを倒した奴だろう。結局あれはどっちが──」


 その言葉にかぶせるように、ウメワリィは言い放つ。


「昨日の勝負は、しんゆーが勝ちました──残念ですが」


 ほっと胸を撫でおろす。一瞬ちらりと朝のことを思い出したが、今までコイツにかけられてきた迷惑の数々を思い出し、桃色ピンクな思考を振り払う。

 ゲロゲロキスおっぱいゲロゲロ、うん、大丈夫、吹き飛んだ。


「なので、仕方ないから協力してあげます。仕方なくですからね」

 その光景を、討伐対象であるきんぎょはニヤニヤと見つめ、

「まったく、ウメちゃんさんも素直じゃないんですから。兄さんに協力するために──私を倒すために卒業から6年間ずうーっと準備してきたんじゃないでむぎゅ」

「う、うわーーーー! なし! それなし! 私、そんな重い女じゃないですからぁ!」

「そうだったのか……」


 なんだか悪いことをしてしまった気がする。きんぎょを孤独にさせない。人類最強を超える。それは自分だけが挑戦していることだとばかり思い込んでいたのだが……違ったのだ。


「と、とにかく! スマホの電源をつけてください!」


 昨日酔いつぶれていた時に電池が切れていたらしいスマホを充電器に繋げ、数秒後──。


「な、なんなのだこれは……」


 画面に溢れる、膨大な通知。


『【悲報】迷惑系配信者ゴマレバ、遂に退治されてしまう【朗報】』

 それに加えてもう一本。

『キンミヤの妹です、全てをお話します』


 昨日ゴマレバを倒した時の動画。

 そして、きんぎょが我についての全てを赤裸々に語る動画。


 配信サイトに上がった2本の動画がとんでもない再生回数をたたき出し、その余波で自分のチャンネル登録者数が爆増していたのだった。

 今までずっと停滞していた配信者ランキングは──99位へ上昇。


「言ったでしょう、私がしんゆーを勝たせるって」


 インプレッション──再生回数に応じて視聴者から魔力が送られるシステム。

 その影響だろうか。

 スマホが起動した瞬間から、凄い量の魔力が全身を巡っている。


「しんゆーは、なんでみんながダンジョン配信を見るんだと思いますか?」

「それは……」


 言葉に詰まる。

 自分は今まできんぎょの影ばかり追いかけてきた。

 視聴者とは、強くなれば、活躍すればついてくる数字だとばかり思っていて。

 画面の向こうに、それぞれの生活があるだなんて考えたこともなかった。


 ただ、妹を追いかけるために。

 ただ、上へ行くために。それだけで、必死だった。


「暇つぶし、顔や声、考え方が好みだから、学ぶため、色々ありますけどね」


 その先は、言わなくても分かった。

 きんぎょが動画で語った我の過去、それに寄せられたコメントは。


「やっぱり、頑張ってる人を見ると、ちょっとだけ元気を貰えるからなんです」

「……っ!」


 今までの努力を見て、応援してくれる人たちがいた。

 独りじゃなかった。

 誰もいないと思っていたのに、目を向ければずっとそばにいた。


 なら。

 ……なら!

 もう一度。もう一度だけ、夢を見てもいいのかもしれない。


 ウメワリィと、きんぎょが、手を差し伸べる。

「さあ、勝ちましょう」

「倒してくれるんですよね、私を」


 気が付けば二人の手を取り──走る。

 無我夢中で走って、ダンジョンに飛び込んで──そうして、辿り着いたのは。



 アレナダンジョン、深層16階。

 あの日諦めた《レッサーバハムート》がいる部屋の扉の前。

 独りでは絶対に倒せないと思っていた難敵。


 だが、今なら。

 この扉を開くことが出来る。

「《陽性残像(スターゲイザー)──叡智に乗りて歩むもの(スプートニク)》」


 呟いて、レッサーバハムートと我の間に巨大な矢印が現れる。


 進め。


 全身にみなぎる魔力が、応援してくれるコメントが、そう叫んでいる。


 一歩。

『やったれ!』

『昨日の動画見たよ!』

『頑張れ! お兄ちゃんの意地見せてやれ!』


 以前なら不足していた魔力。

 以前なら足りなかった踏み込み。

 今は、その一歩を、誰かの声が押してくれる。


 一歩。

『キンミヤさんが頑張っている姿を見て、自分も頑張ろうって思いました!』



 一歩。

『勝て!』



 一歩。

『頑張れ!』



 一歩。一歩。一歩。一歩。一歩。

『『『『『『いけーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』』』』』』






 斬。







 一刀のもとに、レッサーバハムートを両断し。

 カチン、と。刃を鞘に納め。

 レッサーバハムートの咆哮が止まり、背後で巨体が崩れ落ちる音が響き。

 そして、雫が頬を伝う。


「まったく、大馬鹿者だよお前は」

 独りで頑張っていると思い込んで。

 勝手にいじけて。

 勝手に諦めて。


「こんなにも、こんなにもたくさんの人に支えられていたというのに」


 ウメワリィときんぎょがこちらに駆け寄って、思いっきり抱き着く。

「恵まれすぎているな、我は」

 家、才能、そしてなによりも、周りに。


「しんゆーが」

「兄さんが」


「「ずっと、ずうっと、頑張ってきたからですよっ!」」


 ああ。


「我はもう一度、夢を見ていいのだな」

 ──何度でも言おう。

 この話は、諦めの悪いバカ共が、酒を飲んでバカをやりながら、ついでに人類最強を目指そうという、なんともバカな話なのである。


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